X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・18−

 

 

――夕方四時半。

 

俺とHappy-Go-Luckyのメンバーと、東野先輩のカップルとミヤのカップルは

野外ステージに集まった。

みんなでシンのライブを観に来たのだ。

 

「さっきまでそんなに人いなかったのに……」

ミヤはいつの間にかワラワラとどこからともなく集まって来た客の多さに驚いていた。

ステージの前の方には大勢の女の子達が犇めき合っている。

相変わらずすごい人気だ。

 

「シンのバンドは人気があるからなぁー」

 

「そんなにすごいんだ……?」

東野先輩はまだシンのライブを観た事がないらしい。

ややポカンとしている。

 

そして、Arrogantのメンバーがステージに上がると凄まじく黄色い声が沸き上がった。

シンはライブ経験が多いだけあって落ち着いていて堂々としている。

 

「貫禄あるなぁー」

……と、ミヤ。

その言葉にみんなも頷いている。

 

 

シン達のセッティングが終わると、まだ照明が落とされたままのステージにギターの音が響き渡った。

右手にいるArrogantのギターから曲が始まり、その彼にピンスポが当たる。

シンのギターとベース、ドラムが一斉に入ったところで一気にステージの照明が明るくなり、

会場が熱気の渦に包まれた。

今まで気が付かなかったけれど、言われてみれば確かに彼の顔や声、歌い方、

そして一瞬にして人を轢きつける雰囲気なんか父親の矢川恭介そっくりだ。

 

“天性のカリスマ性”

 

……とでも、言うべきか。

その姿に姉の東野先輩も驚いている。

ミヤはArrogantの演奏の上手さに口が開き、ミヤカノの藤谷さんはすっかりシンに釘付けになり、

目がハートになっていた。

 

愛莉はというと……、

 

腕組みをして無表情でシンを見つめているように見えた。

だが、よく見ると視線はシンの後ろだ。

 

(ドラムを見てるって事は、もうシンの事は気になっていないのかな?)

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

ライブイベントが終わり、衣装から私服に着替えたシンが楽屋として使っていた教室から出て来ると、

すぐに大勢のファンの女の子達が彼を囲んだ。

しかし、以前のように雑に扱っていない。

握手やサイン、一緒に写メを撮る事にも嫌がらずに丁寧に対応している。

 

「……なんかシンの奴、詩音と仲良くなってから変わったよな? お前、アイツに何したんだ?」

その様子を俺の隣で見ていた愛莉が不思議そうな顔で言った。

 

「何したって……なんかその言い方、俺が悪い事したみてぇじゃん。何もしてないよ」

 

「いや、そう言う意味で言った訳じゃなかったんだけど、あまりにも不思議で。

 それって“男同士の内緒話”に関係してんのか?」

 

「うん、まぁな」

 

「そんな事言われると超気になるんだけど」

 

「今度シンに訊いてみたら? 愛莉なら案外すんなり話してくれるかもよ?」

 

「なんで?」

 

「男っぽいから」

 

「む」

 

「はは、ごめん、嘘だよ。一緒にバンドやってたんだし、他の子達よりも近い存在だから」

 

「近いのかな?」

 

「そりゃ、近いだろ」

 

「……でも、あたしは一緒にバンドやってた時でもなんかすごい遠い存在に感じた。

 アイツがバンドを抜けてからはもっと遠く感じたけど」

 

「今は?」

 

「んー……なんか別人みたいな気がして、やっぱり遠い。そのうち近くに感じるかもしれないけど」

 

「まぁ……以前が以前だっただけにな」

俺は以前のアイツを思い浮かべてみた。

今、目の前で女の子達に囲まれているアイツとはえらい違いだ。

シンに恋をしていた愛莉じゃなくても以前のアイツを知っている子なら、きっと同じ様に感じているのかもしれない。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

翌日、学園祭最終日――。

後夜祭のこの日は一般公開も模擬店もない。

 

午前中、各クラスで模擬店の後片付けをした後、午後は全生徒が多目的ホールに集まって

有志によるステージと最後は校庭でのボーンファイヤー・所謂キャンプファイヤーがある。

 

そしてHappy-Go-Luckyのメンバー五人でステージを観賞していると、

俺の携帯がズボンのポケットの中で震えた。

 

携帯を開くとメールが届いていた。

 

(誰からだろ?)

 

−−−−−−−−−−

今から会えないかな?

 

☆佐保☆

−−−−−−−−−−

 

それは、Happy-Go-Luckyのファンの一人で隣のクラスの天宮佐保(あまみや さほ)ちゃんからだった。

 

(わざわざ呼び出すって……何の用だろう?)

そう思いながらとりあえず返事を返す。

 

−−−−−−−−−−

うん、大丈夫だよ。

 

Shion

−−−−−−−−−−

 

すると、すぐにまた返事が来た。

 

−−−−−−−−−−

じゃあ、部室棟の裏で待ってる。

 

☆佐保☆

−−−−−−−−−−

 

(部室棟の裏?)

俺は過去四回も告白をされているだけあってなんとなくピンと来た。

 

だが、俺の中ではもう答えは決まっている。

 

−−−−−−−−−−

わかった。

 

Shion

−−−−−−−−−−

 

短く返事を返してさり気なくみんなから離れる。

 

「あれ? 詩音、どこ行くんだ?」

しかし、愛莉に気付かれてしまった。

 

「え、えーと、トイレ」

 

「ふーん、いっトイレー」

 

「……」

(笑えねぇー)

俺はとりあえず無言で手を挙げて部室棟に向かった――。

 

 

部室棟の裏に到着すると、既に天宮さんの方が先に来ていた。

 

「ごめん、待った?」

 

「ううん」

天宮さんは首を横に振り、大きく息を吸い込んだ。

 

「……神谷くん、今、フリーだよね?」

 

「彼女がいるかどうかって事、かな?」

 

「うん」

 

「一応、フリーだけど……」

 

「あたしが立候補しちゃ、ダメ?」

 

「……」

 

「“彼女”に」

予想通り、“そっち系”の話だ。

 

「え、と……俺、今誰とも付き合う気にはなれなくて……だから、ごめん」

 

「……どうして?」

 

「……」

 

「あたしの事が嫌いだから?」

 

「いや、そうじゃないよ。天宮さんの気持ちはありがたいし、嫌いじゃないけど……」

 

「じゃあ、どうして?」

どうも彼女はなかなか積極的な子のようだ。

本当の事を言わないと諦めてくれそうにもない。

 

「……失恋したばっかだから」

 

「好きな人がいたの?」

 

「うん……でも、その人に彼氏がいるってわかって……だから、まぁ失恋かな」

 

「じゃあ、やっぱりあたしと付き合ってっ」

 

「へっ?」

この人は一体、何を聞いていたんだろうか?

そんな疑問が頭に浮かんだ。

 

「あたしがその人の事、忘れさせてあげる」

 

「ちょ、ちょっと待ったっ、俺、そんなんで付き合えないよ」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……天宮さんの事、傷付けるから。その気もないのに付き合ったりなんかしても、

 俺はともかく、天宮さんが傷付くだけだよ?」

 

「あたし、傷付かないもんっ」

 

「……」

(そんな事言われてもなー)

 

「神谷くんがあたしの事を嫌いじゃないなら、あたしは嫌われてると思わないから傷付かないよ」

 

(えー、そんな簡単なもんなのかー? いやいやいや、そうじゃねぇだろー?)

 

「あたし……神谷くんが好き……」

真っ直ぐに見つめられ、思わず動けなくなる。

 

「神谷くんにファンがいっぱいいるのも知ってる。でも、あたしは“ただのファン”っていうだけじゃ嫌なの、

 特別な事をして欲しいとか、あたしだけを見て欲しいとかじゃなくて……ただ“彼女”になりたいの。

 “ファン”としてじゃなくて“彼女”として接して欲しいの」

 

「……」

それは、やっぱり“特別扱いをしてくれ”って事じゃないのか? と、突っ込みたくなる。

しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

「神谷くんの心の中に別の人がいたとしても、それでもいいの」

 

「でも、それじゃあ……」

 

「だって、神谷くんとその人が付き合う事はないんでしょ? 神谷くんはその人の事、

 諦めるつもりなんでしょ?」

 

「う、うん」

 

「だったら、あたしが忘れさせてあげるっ」

 

「いや……だから……」

 

「だって、神谷くんがその人の事をいつの間にか忘れたとして、それでその後に告白した誰かと

 付き合うなんて嫌だもんっ、誰にも取られたくないのっ」

 

“誰にも取られたくない”……か。

 

俺も、東野先輩に対してそんな風に思ってたっけ。

けど、俺の場合は告白する勇気もなくてこの様だけど。

 

「それでも、ダメ……?」

 

「ダメとか、そういうのじゃ……ただ、本当に天宮さんを傷付けたくないから……」

本当ならここまで言ってくれているし、俺が一言“うん”と首を縦に振ればいい話なのかもしれない。

だけど、“本当にそれでいいのか?”とブレーキが掛かる。

 

「神谷くんのそういう優しいところ好き……」

 

「優しくないよ」

だって、こうやって勇気を出して告白してくれた女の子に対して“No”と言っているんだから。

俺には彼女の気持ちに応える勇気がない。

ただ、傷付けるのが怖いだけなんだ。

 

「あたしは神谷くんの事が好き、誰にも取られたくないっ」

 

「……」

 

「それでも、神谷くんはあたしを受け入れてはくれないの……?」

 

(ずるいな……そんな言い方……)

 

「神谷くんが好き……、大好き……」

 

「……」

 

「神谷くんが好きなの……っ」

 

「……天宮さん」

気が付けば俺は涙を流し始めた彼女の肩を抱いていた。

 

「俺……、まだ、好きだった人の事を忘れた訳じゃないよ?

 すぐに忘れられないと思うし……」

 

「わかってる……それでも、あたしは神谷くんの傍にいたい、誰よりも傍にいたいのっ」

 

「天宮さんを傷付ける事になっても? 今だって……衝動的に君を抱きしめてる……」

 

「そうだとしても、いいの……」

 

「俺はズルイ男だよ? ここまで言ってくれた天宮さんを断り切れずに……いや、断る勇気もない、

 意気地なしなんだから」

 

「意気地なしでも付き合ってくれるならそれでいいの……神谷くんが好きだから……」

 

そう言った彼女に、俺は首を縦に振っていた――。

 

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