X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・19−

 

 

「あれー? 詩音、天宮さんと一緒だったんだ?」

佐保と二人で多目的ホールに戻り、Happy-Go-Luckyのメンバーから離れた所に座ろうと

客席を移動していると美穂に見つかった。

 

(あっちゃ〜っ、いきなり見つかった……)

同じバレるならもう少し経ってからの方がよかった。

しかし、そんな時に限って見つかるんだよなー。

 

「てか、その手はー……」

……と、佐保と手を繋いでいる事に鋭く突っ込んでくる美穂。

 

「え、えーと……実はそのぉー……佐保と、つ……付き合う、事、に……」

 

「えええええぇぇぇぇーーっ!! さっきトイレに行くって言ってなかったっけ?

 もしかして今いなくなってたのって告られてたの?

 てか、なんでみんなの所に戻らないでこんな端っこの席に来たの?」

 

「……」

機関銃のごとく質問され、逆に答える事が出来ない俺。

 

「あれ? 詩音、美穂、こんな所で何やってんだ?」

すると今度は愛莉が現れた。

 

(げげ……っ、てか、ここ女子トイレの近くだった……)

どうりであっさり見つかるはずだ。

 

「詩音、男子トイレは逆側だぞ?」

いまだトイレに行ったと思っている愛莉は苦笑いしている。

 

「違うよ、愛莉、詩音ったらね、トイレに行くって嘘吐いたんだよー」

美穂がにやっと笑ってバラす。

 

「んじゃ、どこ行ってたんだ?」

 

「わかんないけど、天宮さんと二人で会ってたみたい。

 それで付き合う事になったんだってー。詩音、“初カノ”だね♪」

楽しそうな美穂。

一方、それを聞いた愛莉は『先輩の事が好きだったんじゃねぇのかよ?』と言いたそうな顔をした。

 

「しかも、私達の所に戻らずに二人でこんな所にいたって事は

 やっぱり彼女ができた事、私達に内緒にするつもりだったんだよー?」

 

「こんな事、普通自分からベラベラ喋らないだろ」

だって、こうやって冷やかされるのがわかってたし。

 

「じゃ、千草と美希には私から報告しておいてあげるね♪」

美穂はそう言うと楽しそうに千草と美希の所に戻って行った。

愛莉は無言でその後を追った。

 

(あぅ……後でいろいろ訊かれそうだなー)

 

隣を見ると佐保が顔を赤くしていた。

 

「ご、ごめん、なんかいきなり芸能リポーターみたいなのが……美穂って、

 普段からあんな奴だからあんまり気にしないでね?」

 

「うん……大丈夫。でも、もしかして私と付き合う事になったのバレたくなかった?」

佐保は少し不安そうな顔をした。

 

「そうじゃなくて、俺一人の時にいろいろ訊かれるならまだよかったんだけど、

 一緒に居る時だったからなんか余計に照れ臭かったっていうか……」

俺がそう言うと彼女は安心したように小さく笑った。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

午後四時――。

いよいよ、最後のフィナーレ・ボーンファイヤーが始まった。

 

校庭のど真ん中に薪で組まれた大きな焚き火に男性教師数人で火を点けると、周りから生徒達が集まって来た。

そして、ほとんどの生徒が集まったところで別の男性教師二人がアコースティックギターを持って出て来た。

一人は軽音部の顧問で古文の秋葉先生。

ブラスバンド部の顧問も兼任していて軽音部の方は放ったらかしにしているから俺も会話をしたのは数える程しかない。

もう一人は音楽の山本先生だ。

 

「先生達が演奏するのかな?」

佐保はチューニングを始めた二人を見ながら口を開いた。

 

「やっぱ、何かしら余興がないとな」

先生達はチューニングを合わせた後、オールディーズの曲を演奏し始めた。

それに合わせて周りの生徒達も楽しそうに手拍子をする。

流石はブラスバンド部兼軽音部の顧問と音楽の先生だけあって演奏も上手い。

二人の息もぴったりだ。

 

そうして、先生達は五曲程演奏した後――、

 

「次、誰に弾いて欲しいーっ?」

山本先生が大声で言った。

 

「シンくーん!」

「小暮くーん!」

女子達の反応は予想通りシンだ。

 

「おーい、小暮ーっ、ご指名だぞー?」

秋葉先生がキョロキョロしながら生徒達の中からシンを捜す。

すると、俺達の少し離れた所に居たシンが数人の女子に背中を押されながら前に出て来た。

一斉に拍手が沸き起こる。

 

しかし、次の瞬間……、

 

シンは俺と目が合うとにやりと笑って近づいて来た。

 

(え……?)

 

「道連れ」

シンはそう言って俺の二の腕を掴んで中央に足を進めた。

 

「お、俺、指名されてねぇし……っ」

……と、抵抗してみるがシンは放してくれそうもない。

 

「指名されてた。“シン”と“シオン”て似てるから聞こえなかっただけだ」

 

「そうかぁ〜?」

確かに似てはいるし、今も「シオンくーん♪」と言う声が微かに聞こえている気もする。

 

「つーか、俺一人なんて小っ恥ずかし過ぎるから助けてくれ」

シンは苦笑しながら小声で言った。

 

「わかったよ」

(なんだ……意外に小心者なんだな)

 

「ビートルズいける?」

 

「うん、だいたいは」

 

軽い打ち合わせをして『Get Back』のイントロを弾き始める。

思いがけないシンとのコラボ。

 

でも、すごく楽しいし、いい刺激になった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――翌朝。

 

「おっはよ♪」

駅の改札を出たところで愛莉に声を掛けられた。

 

「おう、おはよ」

(朝から元気だなー)

 

「“彼女”は?」

 

「ん? 別に一緒に行く約束もしてないし」

 

「ふーん……」

愛莉はそう返事をすると、ちらっと俺の顔を窺うように見た後、

「なぁ……もしかして……あの先輩の事を忘れたくて付き合う事にしたのか?」

遠慮がちに言った。

 

「いや、俺も最初は断ったんだけど……佐保が『どうしても俺と付き合いたい』って

 言ったから……」

 

「お前って案外押しに弱い奴だったんだな」

 

「う……」

(な、何も言い返せない……)

確かに俺は“押し”に弱いところもある……と、思う。

 

「ま、まぁ、頑張るさ」

佐保と付き合うと言ったからには彼女を傷つけないように頑張る。

 

それだけだ――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

その日の放課後――、

 

メンバー全員が揃ったところで、今後のライブの予定や曲作りについてミーティングを始めると、

「詩音」

佐保が部室に入って来た。

 

「あれ? どうしたんだ?」

電話やメールじゃなくて直接来たという事は何か大事な用なのかな?

 

「一緒に帰りたいからここで待っててもいい?」

 

「え……っ」

(それはダメだろ)

 

「「「「……」」」」

他のメンバーはなんとなく俺と佐保から視線を外し、無言になった。

 

「佐保、ちょ、ちょっと……」

俺は彼女を部室の外に連れ出した。

 

「一緒には帰れないよ。俺は部活があるし、佐保は帰宅部だろ?」

 

「だから、詩音の部活が終わるまで待ってるから」

 

「待つって言ったって、なんだかんだでいつも二時間以上やってんだぞ?

 それに俺と佐保は乗る電車が違うから駅までしか一緒に帰れないし」

 

「それでもいい、部室で待ってれば時間なんて気にならないもん」

 

「部室はマズイよ、佐保は部外者なんだから。そりゃ、たまに部員の友達が遊びに来る事もあるけど、

 毎日何時間も部室に居ちゃマズイって。それに佐保が居たら練習の邪魔になるだろ?」

 

「毎日じゃないもん、バイトが入ってない日だけ」

 

「だとしてもダメ」

 

「大人しく座って見てるだけでもダメ?」

 

「ダメ。かと言って、部室じゃなくても何時間も佐保に待ってて貰うのも

 逆に気になって練習に集中出来ないから、先に帰って?」

 

「……わかった」

俺にキッパリ言われ、シュンとする佐保。

少し可哀想かな? とも思ったが、こればかりは俺だけじゃなくて他のメンバーにも

迷惑を掛ける事になるからはっきり言った。

 

「でも、佐保の気持ちは嬉しかったよ。下までだけど送ってく」

俯いている佐保の頭に手を乗せる。

佐保はハッと顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ――。

 

 

俺が部室に戻るとメンバー全員、何か言いたそうな顔をしていた。

 

「天宮さんは?」

……で、やっぱり一番最初に訊いてきたのは美穂。

 

「帰ったよ」

 

「えっ! 部室で待つんじゃないの?」

美希はベースを弄っていた手を止めた。

 

「詩音て押しに弱いから、てっきり部室に入れるのかと思ってた」

愛莉も意外そうな顔をしている。

 

「あたしもそう思ってた」

しかも千草までがこれだ。

 

「たまの見学ならともかく、“彼女”がただ俺を待つ為だし、練習は人に見せる物じゃないだろ?」

 

「なんかそれ、天宮さん、可哀想」

美穂は同情するように言った。

 

「じゃあ、美穂はほぼ毎日練習を見られてても平気なのか?」

 

「それはちょっと……」

 

「だろ? それにそんな事を続けてたら佐保の方だってそのうちいい加減疲れてもくるし、

 他のファンの子達も練習を見学したいって言い出したら収拾がつかなくなるだろ?

 だから、こういう事は最初にはっきりさせておかないと返って佐保を傷つける事になるんだよ」

 

「休みの日にデートの途中に仕方なく練習を入れたとかならしょうがないけど、

 毎日の部活の事だからね」

千草は美穂にそう言うと、ミーティングを再開させた。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――夜。

 

「はぁ〜、今日も一日終わりっと……疲れたぁーっ」

バイトが終わって、風呂から上がると佐保からメールが二通来ていた。

内容は他愛もない事。

晩御飯は筑前煮だったとか、今からお風呂に入るとか。

しかも着信も一度あったらしい。

 

(夜遅いし、電話はともかく……疲れたからメールの返事は明日の朝……とか、ダメだよなぁー)

けど、これが相手が東野先輩だったらどうなんだろう?

疲れてても喜んで掛け直したり、メールを返すのかな?

 

(……考えるのも面倒臭くなってきた)

 

−−−−−−−−−−

風呂上りなう。

返事遅くなってごめん。

バイトしてたから

携帯置きっぱにしてた。

疲れたからもう寝るね。

また明日。

おやすみ。

 

Shion

−−−−−−−−−−

 

とりあえず返信。

 

「……」

好きでもない相手と付き合うのは、自分が思っていた以上にしんどい。

 

今更ながら気が付いた――。

 

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