X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・17−

 

 

ライブイベントが終わり――、

先に機材だけを片付けて、俺は衣装から制服に着替える為に男子更衣室に向かった。

 

その途中、ファンの女の子達に捕まる事数回。

更衣室から部室に戻る途中にも何度も呼び止められ、おかげで俺は部室に戻るのが

すっかり遅くなってしまった。

 

「た、ただいまぁー……」

(なんか、疲れた……)

 

「あー、やっと帰って来た。もぉー、携帯置いたまま行ったでしょ?」

美穂は何か俺に用事があったようだ。

更衣室で着替えて来るだけだからと思い、サイフも携帯も置いて行ったのだが、

思いのほか遅くなって携帯に掛けても出ないものだから困っていたようだ。

 

「ごめん、行きと帰りにファンの子に捕まっちゃって」

 

「多分、そんな事だろうと思ってた」

千草はクスッと笑った。

 

「詩音に会いたいって人が来てるんだよ」

「そうそう、ずっと待ってるんだから」

美希と美穂は妙ににやにやしながら俺の手を引いて部室の奥に連れて行った。

 

「誰?」

とりあえず足を進める。

 

すると、そこに座っていたのは……、

 

「お邪魔してます」

東野先輩だった。

 

「せ、先輩っ!?」

俺はてっきり先輩はもう帰ったんだと思っていた。

 

「もぉー、詩音ったら、先輩を待たせちゃってー♪」

「そうだよ、ダメじゃーん」

「女を待たせる男は最低よー?」

千草と美希、それに美穂は意地悪そうに言う。

それを愛莉は笑いをながら見ている。

 

(こいつ等……絶対楽しんでやがる)

「す、すみません、お待たせして……まさか、先輩が来てくれるなんて思ってなくて……」

 

「お前の携帯に電話しても出ねぇから、ここに来た方が早いと思って」

……と、横から出て来たのはシンだった。

 

「おわっ、いたのかよ?」

 

「姉貴しか見えてなかったか?」

シンはにやりと笑った。

 

「ち、違うっ、そうじゃなくて……まぁ、いろいろびっくりして……」

とか言い訳していると、先輩の隣に大学生くらいの男が座っているのが視界に入った。

 

(この人が先輩の彼氏かな?)

 

「神谷くん、これよかったら、みんなで食べて」

先輩はその男と自分の間に置いていた大き目の紙袋を俺に差し出した。

それは、最近話題のドーナツショップのものだった。

大きさ的に二十個くらい入ってそうだ。

 

「わ、ありがとうございます」

 

「神谷くん、ドーナツとか好きだった?」

 

「はい、大好きです♪」

俺がそう答えると先輩は、

「よかった」

と、可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「先輩から貰ったよ」

リーダーの千草にドーナツが入った紙袋を渡す。

 

「「「「ありがとうございます。頂きます♪」」」」

千草達は嬉しそうにそれを受け取った。

 

「ねぇ、詩音、そういえば今日の『Your Song』やけに感情がこもってなかった?」

そして俺が先輩の目の前にある椅子に座ると美穂が言った。

 

(ギクッ)

飲んでいたペットボトルの水を吹き出しそうになる。

 

「あー、それ私も思った!」

しかも、美希にも言われ、

「やっぱ、そう感じたのはあたしだけじゃなかったんだ?」

千草にまで言われた。

 

この展開はやばい。

 

「野外だし、客も多かったからそんだけテンションが上がってたんじゃねぇの?」

けど、愛莉がさり気なくフォローしてくれた。

 

「あー、確かに他の曲でもテンョン高かったもんね?」

そのおかげで、千草達にもそれ以上突っ込まれなくて済んだ。

 

思わずホッとする。

 

しかし、ホッとしたのも束の間――、

今度は俺の携帯が鳴った。

着信表示の名前はミヤだ。

 

(嫌な予感が……)

「はいよー」

 

『やっと出た、今どこにいるんだ?』

“やっと出た”……というのは、ミヤも俺の携帯を鳴らしていたらしい。

携帯を持たずに更衣室に行った影響がここにもあったようだ。

 

「軽音部の部室」

 

『じゃあ、今から行く』

 

「て、場所わかるのか?」

 

『あぁ、昼間に模擬店巡りしてる時に偶然見つけたから』

 

「そか。まぁ、わかんなかったら携帯鳴らしてくれ」

と、電話を切ったはいいが……、ここに東野先輩がいるのを目撃したらアイツは何て言うだろう?

かと言って、せっかく来てくれた先輩を帰したくはないし、ミヤに今更来るなとも言えない。

しかし、ミヤはともかく先輩はミヤの事は知らないはずだ。

 

(後はミヤが余計な事を言わなきゃいいけど……)

 

 

それから五分後――、

 

「おぃーっす」

部室にミヤがやって来た。

 

「こんにちは♪」

もちろんミヤカノの藤谷ゆかちゃんも一緒だ。

 

「……あぁっ!? 東野先輩っ?」

ミヤは俺の肩越しに先輩の姿を認めると、素っ頓狂な声を出した。

 

東野先輩はミヤの顔を不思議そうにじっと見つめた後、

「……あ、君……神谷くんと一緒にバンドやってた人よね?」

と、口を開いた。

 

(げげっ!? 先輩、ミヤの事も知ってたのかよっ?)

 

「えっ、先輩、俺の事知ってるんすかっ?」

嬉しそうな顔のミヤ。

その隣で藤谷さんがムッとする。

 

「……てか、なんでこんな所に先輩が?」

 

「弟から学園祭で神谷くんのバンドが出るライブイベントがあるって聞いたから観に来たの」

 

「弟さん?」

ミヤは先輩の隣に座っている男に視線を移した。

 

「そこにいるのは姉貴の彼氏、弟は俺だよ」

すると、シンが苦笑いしながら言った。

 

(やっぱ、あの人が彼氏なんだ……)

 

がびーん……。

 

俺は改めてショックを受けた。

 

「詩音、先輩の弟と友達だったのか? てか、この人同じ中学にいたっけ?」

中学時代、見かけた覚えのないシンにミヤは首を傾げた。

その隣では藤谷さんがシンに見惚れていた。

 

「いや、斯く斯くしかじかでシンとは高校に入ってから知り合ったんだ」

 

「斯く斯くしかじかって……よくわかる説明だな」

ミヤは呆れた顔をした。

事情が事情だし、Happy-Go-Luckyのメンバーにも詳しく言っていない事だから端折ったのだ。

 

「この人も軽音部?」

藤谷さんはシンに興味有り気だ。

もちろん、ミヤは面白くなさそうだ。

このカップルって、一体……。

 

「元軽音部、詩音の前のコイツ等んトコのヴォーカル」

 

「なんで、辞めちゃったの?」

 

「他の高校の奴等と組む事になったからだよ。ちなみに明日は俺等もあの野外ステージで

 ライブやるから、よかったら彼氏と一緒に観に来て?」

シンがそう言うと藤谷さんは嬉しそうに「うんっ」と返事をした。

 

「詩音くん達は今度、いつライブがあるの?」

藤谷さんがくるりと俺に振り返る。

 

「まだ決まってないよ。てか、当分やらないつもり」

 

「えーっ、なんでー?」

……と、藤谷さんよりも先に口を開いたのは美穂だった。

 

「先にオリジナルを増やしたいんだ。今のままのペースじゃ、そのうち新曲が

 ライブに追い付かなくなるから」

 

「そうかなぁ?」

 

「そうだよ、現にそういうバンドをたくさん見てきたから」

 

「流石はライブハウスの息子だな」

ミヤがまたさらっとバラす。

 

「えぇっ!?」

そこにいる誰もが驚きの声を上げる。

但し、愛莉以外。

 

「お前がバイトしてんのって……実家だったのかよっ」

シンは大きな目を更に見開いていた。

 

「……て、あれ? 俺、余計な事言った?」

ミヤはばつが悪そうな顔をした。

 

「いや、いいよ。別に隠してた訳じゃなくて、ただ言う機会がなくて言わなかっただけだから」

 

「てか、詩音がライブハウスでバイトしてたのも知らなかったけど……」

千草と美希と美穂は顔を見合わせた。

 

「愛莉は全然驚いてないみたいだけど詩音の実家の事、知ってたの?」

そして、美穂が鋭く突っ込む。

 

「え、うん、まぁ……いつだったかなー? 聞いたような気がしてたから」

……で、またシラ〜ッと目を逸らす。

ここでいつもなら『聞いたような気がするって何?』とみんなから突っ込みが入りそうなところだが、

何故か矛先は俺に向いたままだった。

 

「詩音て、まだあたし達に隠してる事いっぱいありそうだよねー?」

千草がそう言うと、美希と美穂、愛莉までが頷いていた。

 

「例えば実は彼女がいるとか」

美希がにやりとする。

 

「いや、いないから」

 

「じゃ、高校に入って告られた事は?」

今度は美穂。

 

「ないないっ」

 

「でも、この様子だとこの先、告られたり、彼女ができても言ってくれなさそー」

さらには千草までがこれだ。

 

「だって、俺とバンドやってた時もそういうの全然喋ってくれなかったからなー」

ミヤはにやにやしている。

 

「もう俺の話はいいから〜っ」

今回もまたミヤの一言の所為でいろいろと突っ込まれた。

 

コイツが現れるとろくな事がない――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

翌日、学園祭二日目――。

この日は俺が朝一番から模擬店に出る事になっている。

俺達のクラスはソフトドリンクとホットドッグをやっていて、客の回転数をよくする為に

イートインコーナーは作っていない。

その代わり、レジカウンターを多くした。

 

だが……、

 

(何故、俺のレジだけがこんなに混んでるんだ?)

よく見ると、Happy-Go-Luckyのファン達が行列を作っていた。

嬉しいけど、その分忙しいからちょっと複雑だ。

 

……チャリラーン……カシャーン……ピロリロリーン……、

 

しかも“働いている俺”の姿を勝手に写メっている。

 

(あー、早く交代の時間になんねぇかなー)

 

 

そして、二時間後、ようやく俺は“写メ地獄”から解放されたのだった――。

 

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