X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・16−

 

 

――二週間後。

 

待ちに待った学園祭。

今日から二日間の一般公開と、一般公開無しの最終日・後夜祭の計三日間行われる事になっていて、

一日目は午後一から野外ステージで俺達軽音部の全五バンドが出演するライブイベントがある。

持ち時間は一バンド三十分、アンコールがあれば二曲までやっていい事になっていて、

ラストは全バンドがステージに上がってセッションをする予定だ。

 

 

午後十二時――、

後一時間でライブイベントが始まる。

 

「超絶ヒマ……」

そんな中、部室で退屈そうに愛莉がげんなりしていた。

それもそのはず。

俺達の出番はまたしてもトリ。

昨日、各バンドのリーダーが集まってジャンケンをした結果、こうなってしまった。

セッティング抜きの三十分だし、アンコールがあった場合を考えると、

夕方の五時あたりからの出番という事も有り得そうだ。

 

「模擬店巡りでもするか?」

 

「二人だけで回ったら、他のメンバーに怒られないか?」

この時、部室には俺と愛莉しかいなかった。

と言うのも、他のメンバーはそれぞれのクラスの模擬店の店番に出ているからだ。

 

「大丈夫じゃないか? それにみんなも後で模擬店回りたいって言ったら、

 また行けばいいじゃん? こういうのは何回回っても楽しいんだし」

 

「それもそっか♪」

愛莉はそう言うとスクッと立ち上がった。

 

 

「まずは片っ端から回って見ようぜ!」

退屈から解放された愛莉はまるで水を得た魚のようだった。

俺の手をグイグイ引いて歩く。

 

「そんな急がなくても模擬店は逃げねぇって」

 

「そうだけどさー」

 

「つーか、ちょうど昼時だから、まずはメシっぽい物を食べたいなー」

 

「んじゃ、美希んトコのクラスが焼きそばやってるから、そこ行って売り上げに貢献してやろうぜ?」

 

「お、焼きそばいいねぇ♪」

そんな訳で俺と愛莉は美希のクラスに向かった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「おわっ!? 超行列じゃん!」

美希のクラスの前にはやはり人気の定番メニューでしかも昼時だからか、物凄い行列が出来ていた。

愛莉は素っ頓狂な声を出した。

 

「でも、昼時を見越してある程度作り置きしてるみたいだから流れはわりと早いぞ?」

 

「うん、とりあえず並ぶか」

そう言って愛莉と二人で行列に加わる。

 

「……なんか、こういうの懐かしいかも」

すると、愛莉が何気なく言った。

 

「うん?」

 

「男子と二人で模擬店巡りとか」

 

「懐かしいって言うか……俺は初めてかな。女の子と二人でっていうの」

 

「中学の時は? 女子と回らなかったのか?」

 

「うーん……いつも野郎ばっかで回ってたからなー」

 

「へー、そうなんだ? 意外」

 

「そう言う愛莉の方こそ、“男子と二人で”って事は彼氏?」

ちょっと突っ込んで訊いてみる。

 

「え……っ」

愛莉は『しまった』と言わんばかりの顔をした。

 

「どんな彼氏だったんだ?」

いつものお返しとばかりに更に突っ込んで訊いてみる。

 

「……笑わないのか?」

 

「は? なんで笑うんだよ?」

 

「だって……、お世辞にも女らしいとは言えないこんなあたしに彼氏がいたとか言ったら、

 普通笑うだろ」

 

「何でだよ? そりゃ、愛莉は男っぽいところはあるけど女の子らしい可愛い顔してるし、

 性格だって可愛いところあるじゃん?」

 

「そ、そんな事ねぇよっ」

 

「あるって。だから俺は全然彼氏がいたとしても不思議じゃないと思うぜ?」

 

「……」

黙り込む愛莉。

 

「まぁ、どんな彼氏だったかは無理には訊かないけど、今は俺との“デート”を楽しもうぜ♪」

 

「デ、デートだぁ〜?」

 

「だって二人きりで回ってんだから」

 

「……まぁ、そうだけど」

途端に顔を赤くする愛莉。

 

(ほら、やっぱりこういうところなんて可愛い)

でも、それを口にすると照れ隠しとかで怒りそうだから言わないけれど。

 

 

そして行列もだいぶ前に進み、愛莉の顔の火照りも引いた頃、

「愛莉、詩音♪」

行列の先頭から整理券を配りながらオーダーを取っている美希と遭遇した。

 

「来てくれたんだー」

そう言って笑った美希は何故か男装をしていた。

 

「昼飯にちょうどいいと思って……て、それより何故に男装?」

 

「うん、一瞬誰だかわかんなかった」

 

「普通の焼きそば屋さんじゃ面白くないからって女子は男装で、男子は女装してやってるの」

エヘッと照れ笑いした美希は長い髪をアップに纏め上げて黒いスーツを着ている。

まるでどこかの執事みたいだ。

 

「塩焼きそばとソース焼きそばの二種類があるけど、二人はどっちにする?」

 

「うーん、定番のソースもいいけど……」

 

「塩も食べてみたいなぁ」

 

「じゃあ、両方買ってシェアすれば?」

俺と愛莉が悩んでいると、なかなかナイスな提案を美希がした。

 

「え……、あ、あたしはいいけど……」

 

「よし、じゃあ、そうしようぜ♪」

だって、せっかく二種類あるんだから二つとも味わってみないと。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

そうして、ようやく二種類の焼きそばをげっとした俺達は中庭のベンチに移動した。

美希達の教室にはイートインスペースもあったが、とても混雑していたし、

それに何より男装した女子はともかく、女装男子を見ながらだとせっかくの焼きそばが

不味くなりそうな気がしたからだ。

 

「超うまそ〜♪」

俺と愛莉が同時に容器のフタを開けると、ソースと塩だれのいい匂いがした。

空腹の俺の鼻を刺激する。

 

俺と愛莉はそれぞれ違う焼きそばを一口食べた。

「「美味いっ♪」」

 

「こっちのソース、めっちゃうめぇっ!」

 

「この塩焼きそば、さっぱりしてて美味しい!」

 

「愛莉、こっちの食べてみ?」

俺は愛莉に自分が食べているソース焼きそばを口元に持って行った。

 

愛莉は少し躊躇して口を開けた。

その口にソース焼きそばを運んで食べさせる。

 

「うん、美味しい」

 

「塩焼きそばいっただき〜♪」

愛莉が油断している隙に彼女の塩焼きそばを箸で一摘み。

 

「あ、美味い♪」

女の子受けしそうな塩だれ、それを引き立てせるレモンの酸味。

これなら後味がさっぱりしているから、こってりソースが苦手な女の子でも食べられそうだ。

 

「愛莉はどっちの味が好き?」

 

「うーん、ソースもいいけどあたしは塩の方がいいかな。詩音は?」

 

「俺はどっちでもいいけど、ソースの方がいいかな」

 

 

そうして、俺と愛莉は時々お互いの焼きそばを摘みながら食べていると……、

「よぅ、バカップル」

誰かの声がした。

俺と愛莉が声がした方向に目を向けると、シンが立っていた。

 

「よっ♪ てか、“バカップル”て」

……と、言った俺とは対照的に、

「……」

以前とはまるで別人のシンに愛莉はなんだかポカンとしていた。

 

「だって、傍から見てたらカップルみてぇだぞ? 千草達は?」

 

「他のメンバーは模擬店の店番してて、俺と愛莉だけで模擬店巡ってたんだ。

 出番まで暇だから」

 

「あー、そういえば今日は野外ステージで軽音部のライブがあるんだったな。

 お前等の出番て何時くらいから?」

 

「予定では四時くらいから。でも多分、押すと思うからもっと遅くなるかも」

 

「そっか……じゃあ、四時くらいに野外ステージに来いって姉貴に言っとく。

 詩音のバンドのライブが見たいって言ってたから」

 

「え……東野先輩来てるのか?」

 

「あぁ、彼氏と一緒に来てるよ。多分、その辺うろついてんじゃねぇかな?」

 

(……え、か、彼氏?)

 

「てか、東野先輩って、詩音の中学時代のあの超美人の?」

俺とシンの会話を隣で聞いていた愛莉が不思議そうな顔をした。

 

「そうそう、愛莉も姉貴に会った事があるのか?」

 

「一度お前の事を尋ねて軽音部の部室に来た事があったんだ。てかっ、シンの姉貴っ?」

 

「あぁ、腹違いのだけどな」

 

「ええぇっ!?」

衝撃を受ける愛莉。

 

(……そうかぁー、先輩、彼氏いたのかぁ……)

かく言う俺も密かに別件で衝撃を受けていた。

 

「……て、詩音、どうしたんだ?」

項垂れている俺を見てシンが首を傾げる。

 

「えっ、あぁ、いや……なんでもない」

とりあえず、平静を装った。

しかし、隣で愛莉が笑いを堪えていた。

(愛莉、余計な事言うなよー?)

 

「そういえば、シンのバンドも明日野外ステージでライブやるんだろ?」

俺が冷や冷やしていると愛莉が話題を変えた。

二日目の明日は軽音部以外で活動しているバンド、例えばシンみたいに

他校の生徒と組んでいるバンドが出場するイベントがあるのだ。

 

「あぁ、俺等も予定では四時からの出演になってるけど、多分押すだろうな。

 まぁ、時間があれば観に来てくれ」

 

「うん」

愛莉は『観に来てくれ』というシンの言葉に素直に頷いていた。

 

「んじゃ、ライブ頑張れよ」

軽く手を挙げて踵を返すシン。

 

「「おぅ」」

俺と愛莉は手を振って応えた。

 

 

「つーか、あんなに美人なんだから彼氏がいない方がおかしいだろ?」

シンの後姿が他の生徒や一般客に紛れて見えなくなると、愛莉が笑いながら言った。

 

「……まぁな」

(ご尤も)

 

「やっぱ、あの先輩の事、まだ好きだったんだ?」

意地悪そうな笑みを浮かべる愛莉。

 

「うぐ……っ」

(くそぉー、なんか弱みを握られた気分)

 

「大丈夫、他のみんなには内緒にしておいてやるよ♪」

 

「愛莉、てめぇ……っ」

「はいはい、そんなに怒らない怒らない♪」

愛莉は楽しそうに笑いながら俺の口に塩焼きそばを突っ込んだ。

 

「……やっぱ、塩もうめぇな」

……とか言ってみるが、さっきよりもほんのちょっとだけしょっぱく感じた。

 

涙の味か?

 

(はぁー……、これで本当にあの歌が実体験になっちまったなぁー……)

もちろん『Your Song』も今日のライブでやる。

先輩の前で歌うのは正直、非常に複雑な気分だ――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

午後五時前、やっと俺達の出番になった。

セッティングに手間取ったり、アンコールをやったバンドがあるから、やっぱりこんな時間になってしまった。

 

「詩音、緊張してんのか?」

ステージの裏、メンバー全員で円陣を組むと愛莉に言われた。

緊張するのはいつもの事だが、今日はいつも以上に緊張していた。

それが思いっきり顔に出ていたのだろう。

 

「んー……ちょっと、な。流石に今日は客の数が多いし、ステージもデカイからなぁー」

(それに東野先輩も来てるって言ってたし……)

 

「よしっ! じゃあ、その緊張、あたしが半分貰ってやる!」

愛莉はそう言うと円陣の中央に手を差し出した。

 

「へっ?」

 

「じゃ、私も貰ってあげる♪」

「あたしも♪」

「私も♪」

すると、他のメンバーも愛莉の手の上に掌を重ねた。

 

「ほら、詩音」

愛莉が俺の手を取り、みんなの手の上に重ねる。

いつも、みんなでこうやって手を重ねて気合いを入れる。

だけど今日はみんなの温かい体温が俺の掌にじんわり伝わってきて俺の緊張を和らげてくれた。

 

「……サンキュ、もう大丈夫」

俺がそう言って笑うと、みんなは安心したように柔らかい笑みを返してくれた。

 

「じゃ、今日も楽しみますか!」

 

「「「「「おーう!!」」」」」

 

そして、今度は千草の言葉と共に気合いを入れた――。

 

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