X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・11−
「ねぇ、どうやって愛莉を宥めつかせたの?」
俺と愛莉が一緒にメンバーの所に戻ると、千草が俺に耳打ちをした。
愛莉が“普通”に戻っていたからだ。
「『シンが言ってる事はただの言い掛かりだから気にするな』って、言っただけ」
「そ、それだけっ?」
「うん、だいたいはそんなトコ」
俺がそう答えても千草はまだ首を捻っていたが、とりあえずそれ以上は訊いて来なかった。
……と言うより、“訊けなかった”と言った方が正しかった。
「「「詩音く〜ん♪」」」
俺の目の前に三人組の女の子達が駆け寄って来たからだ。
「「「サインして〜♪」」」
三人同時に色紙とマジックを差し出す。
「え……て、俺……サイン、ないよ?」
「まだ考えてないの?」
真ん中にいる女の子が驚きながら言う。
「う、うん」
だって、まさかこんな風にサインを頼まれるだなんて思っていなかったし。
「じゃ、次回までに考えておいてね?」
今度は左の子が言った。
「うん、わかった」
「ねぇねぇ、握手と一緒に写メいい?」
すると今度は右の子が携帯を出して言った。
「うん」
俺が返事をすると、その子は他の子に携帯を渡して俺の横に並んだ。
……チャラーン――、
そして一緒に写メを撮って握手をすると、
「次、私と♪」
「その次は私!」
他の二人ともそれぞれ一緒に写メを撮って握手をした。
「今度はいつライブがあるの?」
再び真ん中の子が俺に訊く。
「まだ決まってないんだ」
「じゃ、私達の携帯教えるから決まったら知らせて?」
この三人組はなかなか積極的な子達のようだ。
もう赤外線通信の準備をしている。
「えっと、メールでもいいかな? その方が日時とか聞き間違えたりしないで済むと思うから」
だって、いくらファンとは言え、一人一人に電話をしていたら大変だ。
「「「OK、OK!」」」
三人は声を揃えて言うと俺とメアドの交換をして仲良く帰って行った。
その直後……、
今度はArrogantのライブの時に前の方に居た二人組の女の子が俺に近づいて来た。
(さっきシンと俺達が揉めてたから、何か訊きに来たのかな?)
普通にそう思っていた。
しかし――、
「「あたし達も一緒に写メ撮って〜♪」」
「へっ?」
(今、なんと……?)
「後、メアド交換も♪」
「え、えっと……君達……Arrogantのファンなんじゃ……」
「さっきまではね」
「“さっきまでは”って?」
(俺が愛莉と話している間にシンと何かあったのかな?)
「だって、詩音くんの方が優しそうだから」
右側の女の子がそう言ってちらりとシンに視線を移す。
「Arrogantのメンバーは差別が酷いから」
左側の女の子も同じ様に彼等の方に視線をやる。
「差別って、どういう事?」
「他のメンバーはそれほどでもないんだけど、シンくんは可愛い子じゃないと相手にしないから。ね?」
二人が顔を見合わせて言う。
だが、目の前にいるこの二人だって十分可愛いと思う……俺は。
「一緒に写メ撮ってって言っても、可愛い子ならすんなり撮ってくれるけど、あたし達は無視されるもん」
「先に言ってても後回しにされるし」
(んな、アホな)
「ま、確かにアイツはそんな奴だよ」
……と、いつの間にか愛莉が傍に来ていた。
(ちっちゃいから全然わかんなかった……て言ったら、きっと怒るよなー?)
「でも、詩音くんならそんな事しなさそうだし」
二人はそう言うけれど……、
「普通、そんな事する奴は滅多にいないと思うよ?」
思わず口にしてしまった。
「けど、詩音が優しいのは確かだよ」
愛莉は何を思ったのか、そんな事を言った。
そこで俺はふと思った。
“シンてそんなに酷い奴なのか――?”
聞けば悉く女の子の扱いが酷い。
歌が上手くて、ギターが上手くて……それだけでこんなにも高飛車な態度が取れるものなんだろうか?
「詩音くん、こっち向いてー」
女の子達の声にハッとして顔を上げる。
俺は慌てて表情を作った。
……チャリラ〜ン――、
「次、あたしとー」
……ピロリ〜ン――、
二人とそれぞれツーショットの写メを撮り、メアド交換をする。
「やっぱり詩音くんは嫌な顔一つしないでくれたね」
「次回のライブも絶対行くから、連絡ちょうだいね!」
「うん、ありがとう。決まったらメールするよ……て、多分グループ送信で一斉に送る事になると思うけど」
「そんな事、全然気にしなくていいよ」
「メールくれるだけで嬉しいし♪」
二人はそう言うと、Arrogantの方には見向きもせず、俺達に手を振って歩き始めた。
Happy-Go-Luckyのファンがまた増えた――。
◆ ◆ ◆
――数日後。
「ねぇねぇ、昨夜この間のライブハウスの人から電話があったんだけどね、
『来月も出てくれないか』って言われちゃった」
放課後、部室にメンバーが集合すると千草が話を切り出した。
「お? 来月も?」
(またバンド数が足らないのかな?)
「なんか、あそこのオーナーがね、うちのバンドを気に入ってくれたみたい。
それで、高校生はこの時期、体育祭とか学園祭があるだろうから無理にとは言わないんだけど是非にって」
……と、千草は言ったけれど――、
「要するにまたバンドが足らないから、俺達に出ろって事だな」
「それでもいいじゃん」
「オリジナルももう一曲出来そうだし」
「やってみようよ?」
美希や美穂、愛莉は今回もまた乗り気のようだ。
「詩音はどう思う?」
千草は賛成の意を表明していない俺に視線を向けた。
「特に反対する理由もないし、いいと思うよ」
「じゃ、OKって返事をしておくね」
千草はそう言うと、さっそく携帯でライブハウスに電話を掛け始めた――。
◆ ◆ ◆
十月初旬――、
爽やかな秋空が広がったこの日、俺達の学校では体育祭が行われていた。
「シオンく〜ん♪」
「きゃあぁ〜っ! カッコいいーっ!」
「頑張って〜っ!!」
俺は朝から競技に出る度、声援を受けていた。
もちろん、俺よりもっとすごい声援を受けている奴がいるけれど。
「シンくぅ〜ん♪」
「こっち向いてーっ!」
「きゃあーーーっ♪」
「足速〜い!」
たった今、俺の目の前、トラックの中を走り抜けて行ったシンだ。
こいつもまた何かの種目に出る度に黄色い声が飛び交い、携帯やデジカメでその勇姿を撮られていた。
でも、やっぱり高飛車で女の子の扱いが良くないと言うか、雑と言うか……。
そして、午後の前半にあったスウェーデンリレー以降、出る種目がなくなった俺は
部室棟の裏側にあるベンチに寝転がり空を見つめていた。
(超青空ぁ〜♪)
「フン、フン、フッフ〜ン、フン♪ フフン、フン、フ〜ン♪」
あまりの気持ち良さに思わず鼻歌が出た。
「詩音、みーっけ♪」
すると、突然誰かの顔が俺の視界に広がった。
「わっ!?」
「なんか珍しい鼻歌が聞こえてきたから誰かと思ったら、やっぱお前だったか」
ニヤッと笑って俺の顔を覗き込んでいたのは愛莉だった。
彼女が“珍しい鼻歌”……と言ったのは、俺が今口ずさんでいたのは俺達のオリジナル曲だからだ。
「こんなトコで何やってんだ?」
俺が体を起こしてベンチに座り直すと、愛莉も俺の隣に腰を下ろした。
「いやぁー、暇だなーっと思って」
「もう出るモンないのか?」
「あぁ、愛莉は?」
「あたしももうない」
「それで徘徊してて俺を発見したのか……」
「まぁ、そんなトコ」
「……」
「……」
「……」
そして、しばらくの沈黙の後――、
「なぁ……、詩音」
再び、少し遠慮がちに愛莉が口を開いた。
「うん?」
「あの曲って……詩音の実体験?」
「あの曲?」
「今回の新曲」
愛莉が言った新曲とは、今俺が鼻歌で歌っていた曲・俺達、Happy-Go-Luckyにとって四曲目のオリジナル、
『Your Song』の事だ。
「……」
俺は即答する事が出来なかった。
それは、半分は図星で半分はそうじゃないからだ。
そのオリジナル曲・『Your Song』はミディアムテンポの曲で歌詞の内容は、
とある年上の女の子にフラれるという要するに失恋ソング。
「どうかなー?」
とりあえずそう答えた。
でも、さっき空を見ながら口ずさんでいた時も“あの人”の顔が浮かんだのは事実で、
透き通るようにきれいな青空を見ているうちにあの歌を歌っていたのだ。
「けど、お前この間年上より年下がいいとか言ってたもんな? なら、実体験な訳ないか」
愛莉はそう言って一人で勝手に納得していた。
誤魔化す手間が省けた。
「俺は想像力が豊かだから、実体験じゃなくても曲が書けるんだよ」
「なんだ、妄想ばっかしてんのか?」
「妄想って言うな。“創作”だ」
「まぁ、そういう事にしておいてやるよ」
「あのなー……」
いつもはここからじゃれ合いみたいなケンカが始まるところ。
だけど今日は違う。
青空の下――、
俺と愛莉の周りにのんびりとした時間が流れている所為で、そのまま二人共空を見上げて笑った。