X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・10−

 

 

数日後の放課後――、

 

日直の美穂を置いて先に部室に向かっていると、目の前を愛莉がズカズカと歩いていた。

これはまた箆棒に機嫌が悪そうだ。

 

しかし、俺の歩幅では背が低くて歩幅の小さい愛莉に追い付くのに然程時間は掛からなかった。

 

「うぃっす」

で、まぁ一応、声を掛ける訳だが……。

 

「あぁん?」

案の定、すんげぇ睨み付けながら振り向く……と。

 

(うぁ……、やっぱ超機嫌悪いじゃんかよ)

「……とりあえず訊くが、何故機嫌が悪い?」

 

「とりあえず言うけど、さっきシンに会った」

 

「OK、わかった」

皆まで言わずとも理解出来た。

どうせまた何か嫌味でも言われたのだろう。

 

「アイツ……あのライブに出るらしい」

愛莉はどうにも誰かに聞いて欲しいのか、俺が『何があった?』と訊く前に話し始めた。

 

「あたし等と同じライブ」

 

「……そか」

(それはまたやっかいだなぁー)

 

「さっき嫌味気に『ライブ来るならチケットやるけど?』とか言いながらチケット差し出して来てさ、

 なんか見覚えのあるチケットだなーと思ってたら、あたし等が出るライブのチケットだった」

 

「で、またそこでシンに嫌味を言われた訳だ?」

 

「そ。『ふぅ〜ん、お前等も出るんだ? まぁ、俺等に喰われないようにな』だってさ!」

 

「逆にその自信はどこから出て来るんだろうな?」

 

「今、そんな事言ってねぇだろ?」

 

「そうだけど、お前がそうやっていちいち反応するから向こうも面白がって言ってるんじゃねぇの?

 小学校の時のいじめっ子ってそんなんだったじゃん?」

 

「あたしもアイツも高校生だしっ」

 

「俺には小学生のガキに見えるね。あ、コレ、お前の事じゃなくてアイツの事ね」

 

「……」

 

「ちょっかい出して楽しんでるだけだよ。そんな“ガキのお遊び”に付き合ってたら

 お前までガキに見られんぞ?」

 

「う……」

 

「確かにアイツは神経を逆撫でするような事ばっか言うんだろうけどさ、

 何言われても笑って流せる“大人の女”の方がカッコいいぜ?」

 

「“大人の女”って……」

 

「まぁ、俺は出来れば年上より年下の子の方がいいかなぁー」

 

「何の話だよっ?」

 

「つまりは機嫌を直せって事だ」

 

「……うん」

愛莉は話してすっきりしたのか、素直に返事をした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――そして、ライブ当日。

 

この日は俺達・Happy-Go-Luckyが一番乗りで会場入りをし、シン達のバンド・Arrogantが最後だった。

楽屋も二部屋有り、俺達とシンのバンドとは一緒にならずに済んだ。

ただまぁ、リハの時間には嫌でも顔を合わせる事になるけれど。

 

演奏の順番は各バンドのリーダーが集まって阿弥陀で決めた。

その結果、シンのバンドは三番目、俺達が四番目、つまりトリになった。

 

 

「あの人が“シン”なんだ? 校内でたまに見掛けるけど、確かにいつも女の子の取り巻きがいるね」

リハが終わった後、楽屋に戻ると美穂が口を開いた。

 

俺は愛莉の様子が気になっていた。

 

「……」

不機嫌そうな表情を浮かべ、黙ったままだ。

まぁ、リハで顔を合わせた時もシンが無言で愛莉に視線を送って“重圧”をかけていたから仕方がないが。

 

 

そうして――、

あっという間にシン達のバンド・Arrogantの出番になり、楽屋にいる俺達にも客席の歓声が聞こえていた。

随分盛り上がっているらしい。

 

“俺等に喰われないようにな”

 

シンがあの時言った言葉に愛莉はプレッシャーを感じているのか、それともただ単に緊張しているのか、

彼女はずっと顔を歪ませていた。

 

 

しかもシンは俺達がステージに上がる直前――、

「楽しみにしてるぜ? お前等のライブがどんなもんか。じっくり観させてもらうから」

そんな事をわざわざステージの袖まで言いに来た。

 

俺や他のメンバーは聞き流していたけれど、愛莉だけはまともにシンの“攻撃”を受け、

ステージに上がってからも表情は“ヤバい”ままだった。

 

(マズいな……)

愛莉は完全にシンに“喰われていた”のだ。

 

俺は自分のセッティングを素早く済ませ、ドラムのセッティングをしている愛莉の傍に行った。

「愛莉」

 

「……ん?」

手を動かしながら顔だけを上げた愛莉。

 

その耳元に囁く。

「俺の背中だけを見てろ」

 

「え……?」

愛莉はポカンとしていた。

けど、とりあえずそれでいい。

シンの事は忘れたはずだ。

だが、俺は愛莉をポカンとさせる為だけにあんな事を言った訳じゃない。

 

俺の背中を見ていれば、アイツがどこで見てようと俺と愛莉の間に立たない限り愛莉の視界には入らない。

だから『俺の背中だけを見てろ』と言ったのだ。

 

 

リーダーの千草がライブハウスのスタッフにセッティング完了のサインを出し、

幕が上がる直前、愛莉の方に振り返るとさっきよりも表情が柔らかくなっていた。

 

(よし、これなら大丈夫だ)

 

幕が上がり始め、俺は視線を前に戻した――。

 

 

シンはPAブースの前にいた。

既に私服に着替えていて、一応ファンにバレないようにかサングラスをして腕組みで立っている。

 

(よりにもよって俺の真正面かよ……けどまぁ、この角度なら愛莉からは見えないし、いっか)

それにステージの最前列には前回のライブでファンになってくれた子やクラスメイト、

後は少し後ろの方だけど湯川さんも来てくれているのが見えた。

Arrogantが終わって客が減ったけれど、一曲目は某人気バンドのヒット曲のカバーだからか反応は悪くない。

これなら、シンの事を気にしなくて済みそうだ。

 

(てか、俺達は俺達のライブをするだけ!)

心の中でそう叫ぶ。

別に“喰う”とか“喰われる”とかそんなの関係ない。

俺達を観に来てくれた人達に、俺達のステージを観てくれている人達に楽しんでもらえるように

演奏するだけだ――。

 

一曲目が終わり、俺がMCを挟んで二曲目に入ったところでシンは楽屋に戻って行った。

俺達がまったく喰われていない事が余程面白くなかったのだろう。

なんとなく、そんな感じだった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

ライブが終わって幕が降り始めると――、

 

「アンコール! アンコール!」

客席からアンコールを求める声が沸き起こった。

 

「「「「「え……」」」」」

俺達メンバーは顔を見合わせて驚いた。

まさかこんな風にアンコールを求められるなんてまったく思っていなかったからだ。

 

(Arrogantみたいに人気がある訳じゃないのに……もしかして、湯川さんが仕込んだのかな?)

しかし、ライブハウス側のOKも出ていないのに勝手にやる訳にはいかない。

それに幕が降りきって客席の照明が明るくなってアンコールの声が止む場合もある。

実際、俺の実家のライブハウスでもよくある光景だ。

 

俺達はそのままステージの袖に下がった。

 

「アンコール! アンコール!」

だが、客席からまだアンコールを求める声が聞こえている。

 

すると、ステージの袖にスタッフが来た。

「アンコールやって下さい」

 

「えっ、いいんですか?」

千草が驚いた顔で訊き返す。

 

「えぇ、トリですし、アンコール止みそうにないんで」

 

そんな訳で俺達は急遽アンコールをやる事になった。

 

 

もう一度ステージに上がって、幕が上がると黄色い声と共に大きな拍手が沸き起こった。

 

「アンコール、ありがとう! どの曲が聴きたい?」

再びマイクの前に立って、客席に問い掛ける。

 

「二曲目にやったやつ〜っ!」

最前列に居る女の子が大声で答える。

すると、他の子達からも「それやって〜!」と言う声が返ってきた。

俺達が一番最初に作ったアップテンポのオリジナル曲だ。

 

「OK!」

そう客席に返事をして愛莉の方に振り返り、合図を出す。

 

愛莉はメンバー全員の顔を見回してスティックでカウントを刻み始めた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

ライブが終わって楽屋口から出ると、Arrogantのメンバーがファンの子達に囲まれていた。

中でもシンの周りは特に賑やかだ。

 

そして俺達に気が付くと、口端を上げてヤツが近づいて来た。

 

「あのアンコール、仕込んでたのか?」

愛莉の前に立ち、見下ろしながら口を開くシン。

 

「なんだとっ?」

……で、シンの挑発にまんまと乗ってしまう愛莉。

 

「じゃなきゃ、お前等ごときの演奏で……つーか、あんな程度の低い簡単なコード進行の

 オリジナルが受けただなんて思うなよ?」

 

「てめぇっ、言わせておけば……っ!」

愛莉がシンの胸倉に掴み掛かる。

 

「やめなよ、愛莉!」

後ろから千草が止めに入るが、愛莉はシンを睨み付けたまま今にも殴り掛かりそうな勢いだ。

それを必死に千草が抑え付ける。

 

「愛莉、落ち着け」

千草だけでは制止が効かなそうなので俺も加わる。

 

「放せよっ!」

 

「いいから、落ち着けって!」

ちょっとやそっと抑え付けたくらいじゃ大人しくなりそうにない。

俺は強引に愛莉の肩を抱くようにしてシンから遠ざけた。

 

「アンタも俺等なんかに構ってないで、ファンサービスの続きでもしたらどうだ?」

愛莉を抑えながらまだ何か言おうとしているシンに向かって言う。

 

「……ふん」

すると、ヤツは一瞬だけ顔を顰めてゆっくりと踵を返した。

 

俺はシンの後姿を睨み付けながら愛莉をライブハウスの中に引き戻し、千草が一緒に来ようとしているところを、

目で制して楽屋へと繋がっている階段の下に連れて行った。

 

「詩音はあんな事言われて悔しくねぇのかよっ!」

 

「悔しくない訳ねぇだろっ」

大声で怒鳴る愛莉とは対照的に俺は外になるべく聞こえないように声を殺した。

 

「曲を作ったのは他の誰でもないこの俺だぞ? あんな事言われて何とも思わない訳ないだろう?」

「だったら、なんで止めたんだよっ!」

「いいから、少し落ち着けよっ」

「あたしは十分落ち着いてる!」

「どこがだよっ!」

「っ」

俺が怒鳴ると、愛莉は一瞬黙った。

 

「確かに自分が作った曲に難癖を付けられるのはいい気はしねぇよ。

 けどアイツが言ってる事は所詮は程度の低い言い掛かりだ。

 コード進行がどうとか言ってたけど、昔から名曲って言われてる曲はだいたい簡単なコード進行だ。

 もし、それをわかった上で言ってるならアイツはバカだ。

 けど、音楽やってる人間なのにわかってなくて言ってるなら、もっと大バカだ。

 コード進行が難しけりゃ、それでいい曲とは限らないだろ?」

 

「……うん」

 

「そりゃ、オリジナルをやったのは今日が初めてだったし、それがわりと反応良かったから嬉しいけど、

 イコールそれで人気曲が出来ただなんて俺だって思っていない。

 だけど、みんなで作り込んで形にした曲に自信を持ってない訳でもない」

 

「うん……」

 

「要するに俺が言いたいのは……いちいちあんなくだらない挑発に乗んなって事」

 

「……」

 

「お前がアイツにいちいちムカつくのは、まだアイツへの気持ちが残ってるからじゃないのか?」

 

「……そうかもしれない」

 

「けど、千草達にも誰にも自分の気持ちを言ってないから、どこにもぶつける事が出来なくて

 余計にイライラしてくるんだろ?」

 

「……うん」

 

「だったら、俺が全部受け止めてやるから」

 

「え……?」

 

「アイツになんか言われてムカつく事があったら、全部俺にぶつけろ」

 

「な、何言ってんだよっ」

 

「俺ならお前の気持ちを唯一知ってる人間だし、わかってやれる。

 それに……シンが突然脱退したあの時も、何も知らなくてもちゃんと受け止めてやってただろ?」

ちょっと冗談ぽく、意地悪な言い方をしてみる。

 

「う……、だ、だからあの時はごめんて……」

 

「ははは、ごめん、ちょっと苛めてみた」

 

「あー? なんだよ、それー?」

 

「とにかく、一人でムカついてないで俺に話せって事」

 

「な、なら、最初からそう言え、バカ。

 ……てか、千草達が心配してるから、そろそろ戻んぞっ」

愛莉は悪態を付きながらも、気持ちが落ち着いたのか階段を上り始めた。

 

「はいはい」

俺はその後を追った――。

 

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