X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・9−

 

 

「中学の時、初めてアイツの歌を聴いて、すげぇ上手いって思った。

 それで、いつかあんな奴とバンドやりたいなって思ってたら、

 高校に入って同じ軽音部にアイツが入ってきて運良く一緒にバンドをやる事になったんだ」

 

「うん」

少しゆっくりとした口調で話し始めた愛莉に相槌を打つ。

 

「そのうち、アイツの後ろでアイツの背中を見ながらドラムを叩いてるうちに、いつの間にか好きになってた」

 

「……うん」

 

「最初は何とも思ってなかった。でも、あたし以外の女子と話してるトコや一緒に居るトコを見てると、

 なんかやきもち妬くようになってきたんだ」

 

「うん」

 

「それで、あたしはアイツの事が好きなんだって気が付いた」

 

「うん……」

 

「でも、裏切られた」

 

「突然、バンドを抜けた時の事?」

 

「うん、そう……だから、詩音にも八つ当たりした……」

 

「……」

俺が入部した初日の事だ。

 

「あの時はシンがあたし達を裏切った事が許せなくて自分でも感情がコントロール出来ないくらい頭に血が上って……、

 だから……あの時は、ホントにごめん……」

 

「あはは、いいよ、そんなの」

どえらい時間差の謝罪に俺はそう言うしかなかった。

 

「なぁ、愛莉……今日、アイツのライブを観に来たって事は……アイツの事、まだ好きなのか?」

俺の質問に愛莉は少しだけ顔を上げた。

 

「あたしは……」

 

そして少し考えた後――、

「そうかもしれない……でも、違うと思う」

そう答えた。

 

「なんだそりゃ、どっちだよ?」

 

「自分でもよくわかんないんだ。それを確かめる為に今日、観に来たんだけど……あんまキュンて来なかった。

 でも、まだ『もう好きじゃない』って言い切れない気もする。

 それに、好きだとしてもアイツはきっとあたしの事なんかどうでもいいって思ってるから……、

 さっきだって、変装の為とは言え、結構頑張って女の子らしい格好して来たのに“似合わない”ってハッキリ言われたし」

 

「俺は似合ってると思うぞ?」

 

「い、いいよっ、そんな無理にフォローしてくれなくてもっ」

俺が素直な感想を述べると、愛莉は顔を真っ赤にしながら言った。

 

「本当だって、アイツだって本当はそう思ってるかもしれないぞ? けど、喧嘩別れみたいに脱退したから、

 あんな言い方したのかもしれないし」

 

「……つ、つーか、もうここでいいからっ、お前、まだバイトあんだろっ?」

大通りまで出たところで愛莉が足を止めた。

 

「いいよ、駅まで送ってくから」

 

「いいってばっ!」

 

(あ〜ぁ、もう……顔真っ赤にして照れちゃって……こういうトコは可愛いんだよなー)

「……わかった、そんなら気ぃ付けて帰れよ? 後、ミニ穿いてんだから階段とか電車ん中で座る時とかも

 パンツ見えないように気を付けろよ?」

 

「わかってるって」

愛莉は赤い頬のまま、プイッと顔を背けた。

 

「じゃー、またな」

 

「……あ、詩音……さっきの話はそのー……オフレコで……」

 

「あぁ、わかってる。俺も聞かなかった事にするよ」

 

「サンキュ……て、あたし、ホントに詩音に弱み握られたかも」

 

「何言ってんだよ、今聞かなかった事にするって言ったじゃん?」

 

「あぁ、うん……」

 

「それより、マジで気を付けて帰れよ?」

 

「う、うん……じゃ、おやすみ」

 

「おやすみ」

 

それから俺は、しばらく愛莉の背中を見送ってまた『God Valley』に戻った――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

翌日――、

今日も昼から練習が入っていた。

 

「うぃーす」

 

「おぅ」

部室に入ると愛莉が一番乗りだった。

 

(つーか……またTシャツとジーンズに戻ってるし)

愛莉はいつもの男っぽい格好に戻っていた。

昨日のミニスカート姿が幻に思えてくる。

 

「昨日はありがとな。バイト、途中で抜けたりして怒られなかったか?」

他のメンバーがまだ来ていない事もあり、愛莉が昨日の事を口にした。

 

「あぁ、全然大丈夫」

 

「そか。なら、よかった……てか、シンがあっちのバンドに行きたがった理由がわかった。

 あのライブハウスに出られるくらい上手いんだもんなー」

 

「でも、俺等のバンドも親父は褒めてくれてたよ? なかなか纏まりがいいって。

 ただ、まぁオリジナルが五曲以上と出演審査に受かんなきゃ出られないけどな」

 

「親父? て、オーナーの事?」

 

「そうそう、バイト中は親父の事は“オーナー”、お袋の事は“ママ”って呼んでるんだ」

 

「あ、なるほど」

……と、そんな話をしていると――、

 

「おはよー」

千草が来た。

 

「おはよ」

「おぃっす」

俺と愛莉はそう返すと、目配せで“二人だけの会話”を終わらせた。

 

 

そして、俺達はほぼ毎日練習をして夏休みが終わる頃にはオリジナル曲を三曲完成させる事が出来た――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――九月。

 

学校が始まるとシンの周りは夏休み前よりも騒がしくなっていた。

先日のライブでまたファンを増やしたようだ。

教室の移動で廊下を歩いていると、周りを数人の女子に囲まれたシンとすれ違った。

すると、シンは何やらを俺を一瞥してにやりとした。

 

「……?」

一体、何が言いたいのやら……。

理解に苦しむ。

首を捻りながら少しだけ振り返ってみると、愛莉と湯川さんが後ろを歩いていた。

 

「よう」

シンは含みのある笑みを浮かべながら愛莉に声を掛けていた。

 

「この間はわざわざライブに来てくれてありがとな?」

シンの言葉に愛莉があからさまに嫌そうな顔をする。

 

「愛莉、小暮くんのライブに行ったの?」

湯川さんは驚いた顔で愛莉に視線を移した。

 

「だから、あれは……」

 

「今度、またライブがあるから観に来いよ」

 

「誰が行くかよっ」

 

「ま、どうでもいいけど、お前等も精々早くライブが出来るように頑張れよ?」

シンはフン……と鼻で笑い、嫌味気な視線を愛莉に送った後、俺にも視線を移した。

すると、愛莉と湯川さんも近くに俺がいる事に気が付いた。

 

「詩音く〜ん♪」

湯川さんが手を振りながら近寄って来た。

愛莉もムッとした顔のまま歩いて来る。

しかも俺の目の前に来るなり、

「詩音、ライブやるぞ」

――と言った。

 

(うわぁ……完璧に対抗意識燃やしちゃってるよ……)

「あんな挑発に乗せられんなよ」

 

「……」

 

「でも、この間のライブはちょっと短かったし、オリジナルも出来たんでしょ?

 早く聴きたいからライブやって欲しいなぁ〜?」

すると湯川さんが横からそんな事を言った。

 

「ゆ、湯川さん……」

(頼むから焚きつけるような事を言うなよーっ)

 

「私、この間のライブを観て詩音くんのファンになったの♪」

 

「そ、そりゃ、どうも……」

 

「美海もこう言ってるし、放課後みんなにライブの事、話すから」

愛莉のこの様子では今俺が何か言ったところで聞きそうもない。

 

「わかったよ。でも、メンバーの中にはライブはまだ少し先がいいって思ってる奴もいるかもしれないから、

 無理に意見は通すなよ?」

 

「……わかってる」

 

(ホントかなぁ?)

「それから、とりあえず機嫌直せよ?」

愛莉の頭にポンと手を置く。

 

「……子供みたいな扱いしやがって」

愛莉は不機嫌そうに言った。

けど、少しだけ表情を柔らかくした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

そして、放課後――、

「みんな! ライブやろうぜ!」

Happy-Go-Luckyのメンバー全員が揃ったところで愛莉が大声で言った。

とりあえず機嫌は直ったみたいだが、“やる気”だけは全然なくしていないようだ。

 

「お、いいねぇ!」

「うん! やろうやろう!」

俺はてっきり誰かが難色を示すと思っていた。

しかし、意外な事に美希と美穂が賛成し、

「あたしもそろそろライブの話をしてみようかと思って、昨日ライブハウスでスケジュール確認して来たんだー」

更に千草に至っては既に裏で動いていた。

 

「……」

(マジか……)

俺は絶句した。

 

「黙ってるって事は詩音は反対?」

千草に意見を求められ、しばし考える。

 

愛莉が挑発されている現場を目撃しているから反対しようかと思った。

しかし、千草がライブハウスでスケジュールまで調べていた事を考えると、

愛莉の口からじゃなくても千草の口からライブの話は出ていたはずだし、

愛莉もきっと挑発されなくてもその話に乗っていただろう。

みんなも乗り気だし、俺もライブはしたいと思っていた。

だから、特に反対する意味もないと考えた。

「……いや、いいよ」

 

「よっし! んじゃ、なるべく早くやろうぜ! 今月はっ?」

愛莉はみんなも乗り気だとわかると嬉しそうにニカッと笑った。

 

「いやいや、今からじゃ流石に早くても十月になるだろ?」

(どうしてもシンに対抗したいんだなー?)

 

「ところがねー」

しかし、千草はそうでもないという風に一枚の紙をぺらんとカバンから取り出した。

 

「この間のライブハウスとは違うトコなんだけど、毎月第四日曜日にね、

 四バンドくらいを集めてやってるライブイベントがあって、いつもなら前の月の月末には

 出演バンドが決まってるはずなんだけど、今月はまだ二バンドしか決まってないんだって。

 それで昨日、あたしがスケジュール表を貰いに行った時に『よかったら出てくれないか?』って。

 チケットノルマも軽くしてくれるらしいよ」

 

「よっし、その話乗ったっ!」

千草の説明が一通り終わると、愛莉がシャキーンと手を挙げた。

 

(おいおい……)

 

「持ち時間は何分?」

冷静に質問する美希。

 

「セッティング抜きで三十分」

千草はライブイベントのチラシを見ながら即座に答えた。

 

「じゃあー……今回は五曲くらい出来るかな? オリジナル三曲とカバー二曲」

美穂は少し考えて言った。

 

「うん、そうなるね」

千草はうんうんと頷いた。

 

「じゃあ、それで決まり!」

愛莉はもうすっかり出る気でいるようだ。

 

「……」

(いいのか……? こんな簡単で)

 

「詩音はなんか納得いってなさそうだね?」

千草がそう言って俺の顔を覗き込む。

 

「うーん……納得がいってないって言うか……簡単に決まり過ぎて逆に怖いな、と思って……」

 

「いや、このタイミングでこのライブの話が降って来たって事は出ろって事なんだよ」

すると、愛莉がなんとも“男らしい”発言をした。

 

「……それもそうか」

考えていても仕方がない。

愛莉だけじゃなく、みんなもう出る気でいるみたいだし、愛莉の言う事も頷ける。

 

「じゃあ、今からみんなでそのライブハウスにチケットを取りに行って、帰りにカバー曲を決めようぜ!」

 

「「「「おーぅっ!」」」」

 

こうして、俺達Happy-Go-Luckyの次回ライブが決定した――。

 

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