X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・12−

 

 

体育祭が終わって数週間後――。

 

ライブ当日の日曜日、

「「「「「こんにちはー」」」」」

いつものように近くのスタジオで軽く音合わせをした後、メンバーのみんなで会場入りすると、

「詩音っ!?」

懐かしい声がした。

 

「……っ、ミヤッ!?」

 

「詩音、友達?」

予想外の人物と出くわし、お互い驚いた表情で口をパクパクさせていると美希が俺に視線を移した。

 

「あぁ、うん……中学ン時のバンドのメンバー」

そこにいたのは、中学時代一緒にバンドをやっていたベースの宮川敦(みやがわ あつし)だった。

 

「なんだ、ライブが有るんなら有るって連絡くれればよかったのに」

ミヤが苦笑いしながら言う。

 

「あー、オリジナルだけでライブが出来るようになったら……って、思ってたから。

 つーか、そう言うお前こそ連絡くれればよかったのに」

 

「まぁ、俺も同じだったりして」

 

「はは、そっか」

約半年振りの再会。

一言二言交わしただけなのに、もう“あの頃”に戻ったような気がした――。

 

 

楽屋はミヤ達のバンドと同じになった。

ミヤのバンドのメンバーは全員男で、ハーレム状態の俺の事を羨ましがっていた。

 

「彼女出来た?」

にやりとしながらミヤが言う。

こいつからこんな話を切り出してきたって事は……、

「いや、全然。そういうミヤは? 出来た?」

 

「うん♪」

予想通り嬉しそうに返事をする。

 

(ははは、やっぱり。相変わらずわかりやすい奴)

心の中で笑いが出た。

 

「詩音、中学の時も俺達の中で一番モテてたから、てっきり彼女が出来たと思ってた」

 

「モテてないよ」

 

「けど、俺が知る限り三回は告られてるだろ?」

 

「「「「えっ、そんなにモテてたのっ?」」」」

俺とミヤの会話を聞いていたHappy-Go-Luckyのメンバーは一斉に俺の方を見た。

 

「……」

本当は四回だけど……なんて事は言えないが。

 

「けど、こいつさー、いっつも断ってたんだぜ?」

 

「「「なんてもったいない……」」」

ミヤのバンドメンバーが口を揃えて言う。

 

「だって、付き合う気もないのに思わせぶりな返事をしたって相手を傷付けるだけだろ?」

 

「でも、中には超可愛い子もいたじゃん? 三年の夏休み前に告った子とか」

 

「……ん? つーか、お前なんで告った子の顔まで知ってるんだ? 俺、誰にも何にも言った事ないのに」

 

「え?」

シラーっと目を逸らすミヤ。

 

「どこかで覗いてやがったな?」

 

「だって、昼休憩とか放課後にお前が人気のない場所へ向かってたら後をつけてみたくもなるじゃん?」

 

「……それで告られた回数とか、いつも断ってたとかも知ってたのか」

 

「まぁな、けどもう時効だよ♪」

 

「お前が言うなー。てか、そろそろリハ始まるから行くぞ」

これ以上この話を続けていたら、ミヤにもっと余計な事をバラされそうな気がしてきた。

俺はそそくさとギターを片手にステージに向かった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「詩音、今日はマニキュアしないのか?」

そして、リハが終わって再び楽屋トーク。

ミヤが俺の爪を見て言った。

 

「え……詩音てそういう趣味あったのか?」

それを聞いた愛莉が眉間に皺を寄せた。

 

「じゃなくて、ミヤとやってた時、俺、ライブでいつも黒いマニキュアしてたから」

 

「へぇー、なんで?」

 

「カバーしてた曲調が重めのロックだったから、カッコつけてたんだよ。ま、“若気の至り”ってヤツ」

思わずそんな事やっていた自分が可笑しくて笑ってしまう。

 

「え? 脇毛の左?」

 

「愛莉……お前、どんな耳してんだよっ?」

とか言いつつ、俺はかなりウケた。

 

「てか、愛莉はマニキュアしないのか?」

千草や美希、美穂はいつも衣装に合わせてマニキュアをしている。

しかし、愛莉だけはしていない。

 

「マニキュアなんかしたってドラム叩いてたら見えないし」

 

「じゃあ、メイクは?」

愛莉はいつもノーメイク。

髪の毛も少し立たせる程度だ。

 

「メイクもしたって、どうせ見えないって」

 

「そうかぁ? 案外見えるモンだぞ? 愛莉は可愛い顔してんだからすればいいのに」

 

「な、何言ってんだよっ」

俺が素直に思った事を口にすると、愛莉は照れたのか顔を赤くしながらそっぽを向いた。

 

「でも、ホントに中澤さん、可愛いんだからメイクすればいいのに」

 

「ほら、ミヤもこう言ってるし」

 

「まぁまぁ、こういう事は本人がその気になんないとダメなんだし、そんな無理強いしないでやって?」

俺もミヤも別に無理を言っているつもりはなかった。

だけど、千草が間に入ってきた。

 

「ごめん、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど……」

愛莉は普段から男っぽい格好をしている。

だから、マニキュアだのメイクだの面倒臭いって思っているのかもしれない。

それを男の俺達からこんな事を言われると気を悪くするのも当然だろう。

 

(けど、愛莉ってシンのライブを観に来てた時みたいな女の子らしい格好も似合ってたし、

 髪も伸ばしたらきっともっと可愛くなると思うけどなー)

それを言ったら更に機嫌が悪くなりそうだから言わないが――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

ライブが終わり――、

「お疲れ〜♪」

楽屋に戻ると、やけにニヤついているミヤがいた。

その隣にはセミロングの女の子もいる。

 

(この子……さっきも客席でミヤと一緒にいたなぁ? あ、そーか!)

「ミヤ、彼女?」

 

「そ♪」

にんまり笑って答えるミヤ。

やっぱりコイツはわかりやすい。

 

「あっくん、このヴォーカルの人と知り合いだったの?」

親しそうに話している俺とミヤを見て、ミヤの彼女が奴に訊ねる。

 

(“あっくん”って呼ばれてんのか)

 

「うん、コイツとは中学の時に一緒にバンドやってたんだよ」

 

「えー、そーなのぉ?」

そう言ってミヤの彼女は嬉しそうな顔をすると、俺の傍に来た。

 

(……え?)

思わず後退り。

 

「私、藤谷ゆか。あなたは?」

 

「え、と……」

 

「詩音」

俺が口をパクパクしているとミヤが代わりに答えた。

 

「シオンくん?」

 

「そ、神谷詩音」

少しムッとして答えるミヤ。

 

「今度、いつライブやるの?」

と、さらに続けて質問する“ミヤカノ”。

だが、この質問には流石に答える事が出来ないミヤ。

 

「今度は、来月の学園祭、だけど……」

 

「じゃ、あっくんと一緒に行くね!」

 

「う、うん」

(なんか……嫌な予感が……)

ミヤは自分の彼女が自分以外の男に興味を示したのが余程面白くないのか、ムスッとしている。

 

「ねぇ、四曲目にやった曲って、誰が詩を書いたの?」

四曲目とは『Your Song』の事だ。

 

「……俺、だけど?」

 

「やっぱりなぁー、アレ、東野(あずまの)先輩の事だろ?」

ミヤカノの質問に答えているとミヤが横から入って来た。

 

(ギク――ッ)

 

「えっ、誰? その東野先輩って」

すると案の定、Happy-Go-Luckyのメンバーが首を突っ込んできた。

 

「ミヤ! 余計な事言うなよっ?」

 

「詩音が中学ン時好きだった先輩」

しかし、あっさりバラすミヤ。

 

「「「「えぇーーーーーーっ!!」」」」

千草達は同時に声を上げた。

 

「ミヤー、てめぇー」

 

「まぁ、いいじゃん、どうせもう時効だろ?」

 

「なんだその時効って」

 

「もう東野先輩の事、好きじゃないんだからいいだろって事」

 

「……」

 

「え、あれ? 黙ったって事はまさか、お前……まだ好きなのかっ?」

 

「バ、バカッ、んな訳ねぇだろっ」

ミヤに顔を覗き込まれ、俺は慌てて否定した。

だけど、本当はまだ俺の心の中にはずっと先輩への想いがあった。

 

「で? あの曲って東野先輩の事なんだろ?」

 

「謎は多い方が面白いって事で黙秘する」

(つーか、答えられるかっ)

 

「ねぇねぇっ、その東野先輩ってどんな先輩だったの?」

美穂は興味深そうにミヤに訊ねた。

 

「俺等の二つ上で髪が長くて色白でおまけにすっごくきれいな先輩でさ、しかもピアノが上手い人だったんだ」

 

「てか、詩音、この間年上より年下が好みだとか言ってなかったか?」

愛莉は以前俺が何気なく言った事を憶えていたようだ。

すかさず突っ込んでくる。

 

「詩音て美人より可愛い子の方が好みなんだと思ってた」

 

「美希、それは何を根拠に言ってるんだ?」

 

「なんとなく、そうかなー? って」

 

「なんとなく、ね」

まぁ、確かに俺は本当の事を言うと年上より年下、美人より可愛い子の方が好きだ。

だが、これは“あくまで理想”だが。

 

「でも、詩音は結局告んなかったんだよなー」

更にバラすミヤ。

どうせここで止めても後でいろいろ訊かれる気がした俺は、

もうどうにでもなれと覚悟を決めて放っておくことにした。

 

「なんで告んなかったの?」

美穂が俺に視線を移す。

すると、他のメンバーとミヤカノも一斉に顔を向けた。

 

「……向こうは俺の事、全然知らないし」

そう、俺が先輩を好きになった切欠は一目惚れなのだ。

中学に入学してすぐの頃、校内で彼女を見掛けて好きになった。

そしてある日の放課後、音楽室でピアノを弾いている姿を見てからもっと好きになった。

窓から差し込む夕陽が先輩の表情を美しく彩り、そこだけ世界が違って見えた。

俺が先輩の事を今でも忘れられないのは、その姿がはっきりとまぶたの裏に焼きついているからだ。

 

「詩音はなんでその先輩の事知ってたの?」

更に訊く美穂。

 

「校内一の美人で有名だったから俺だけじゃなくて、みんな知ってた」

 

「「「「ふぅ〜ん」」」」

 

「まぁ……もう、昔の話だよ」

とりあえず、そう言ってこの話題を終わらせる。

しかし、今回はミヤのおかげで素っ裸にされた気分だった――。

 

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