メグタマ! −シリーズ1・誤認逮捕+殺人事件=腐れ縁の始まり? 第十一話−

 

 

タマキは菅野の体の間からチラリチラリと見え隠れするスーツ姿の男性の顔を物陰から窺った。

 

そして、菅野の頭の角度が上手い具合にずれたその時――、

(……えっ!?)

菅野と話している相手の顔が見えた。

 

「な、長原さんっ?」

タマキは思わず二人の前に飛び出した。

 

「「っ!?」」

同時に菅野と長原がタマキの方に視線を移す。

 

「朝井……っ、どうしてお前がこんな所にいるんだ?」

 

「それはこっちの台詞ですっ、どうして長原さんがここにいて菅野さんと会ってるんですかっ?」

 

「……そ、そんな事っ、お前に関係ないだろっ」

 

「あります。私は菅野さんを尾行してここに来たんです。ですから刑事として訊きます。

 どうして長原さんがここにいるんですか? 菅野さんと何の話をしていたんですか?」

明らかに焦っている様子の長原とは対照的にタマキは落ち着いた口調だ。

 

「ただの友達で、世間話をしていただけだよ!」

声を荒げる長原。

 

「それならどうして態々こんな人目につかない場所でコソコソ会う必要があるんですか?

 それに捜査を始める時、どうしてその事を言わなかったんですか?」

 

「……そ、それは……っ」

長原は言葉を詰まらせ、タマキから目線を外した。

 

すると菅野が助け舟を出した。

「そんな事より刑事さんの方こそ俺を尾行してたのはどういう訳?」

 

「……訊きたい事があって追いかけて来ました」

タマキは動揺する事無く菅野の方に向き直った。

 

「御木本さんについてなんですが、彼は手帳などは使っていませんでしたか?」

 

「手帳は取材のやり方にもよるけど記者なら持ってると思うよ?」

 

「何色の手帳だったかご存知ですか?」

 

「普通に黒い手帳だったよ」

 

「そうですか……それにしても御木本さんとはあまり親しくないと仰っていたのに、

 よく手帳の色までご存知でしたね?」

タマキは菅野の表情の変化を窺った。

 

「……」

黙り込む菅野。

 

「後もう一つ。御木本さんは携帯は使っていませんでしたか?」

 

「今時携帯持っていない奴なんて、まずいませんよ。

 それに俺達みたいな仕事は持っていないと仕事になりませんし」

 

「ですよね? 聞き込みでもピンクの携帯を使ってたって同僚の方が仰ってたのに、

 それがどういう訳か見つからないんですよ」

 

「何言ってんだ? 黒だよ」

……と、何故かフンと笑って答えた長原。

 

「……どうして、長原さんが知っているんですか?」

タマキは菅野に鎌をかけたつもりが、まさか長原が答えるとは思っても見なかった。

 

「あ……っ」

長原はハッとして、しまったという風に顔を歪ませた。

 

「バカ……」

その様子を見て菅野はチッと軽く舌打ちをして呟いた。

 

「長原さん、これは一体どういう事なのか答えて下さい」

タマキは長原に一歩詰め寄った。

 

「……」

 

「長原さん、答えて下さい」

 

「お前、俺を疑ってるのかっ?」

威嚇するように長原が怒鳴る。

 

「答えられないんですか?」

だが、タマキは怯まない。

 

「…………」

 

「それに長原さん、御木本さんのパソコンが壊されてた事についても

 『ダンベルで壊されていた』って、捜査会議で言ってましたよね?」

 

「そ、それがなんだよっ?」

 

「どうしてダンベルで壊されたってわかったんですか?

 鑑識ですら何を使ってパソコンが壊されたのかわかっていなかったのに」

 

「どうしてって……それは……」

 

「どうしてですか?」

 

「く……っ、う、うるさいっ!」

長原はタマキを突き飛ばした。

 

「きゃっ!」

壁に肩を打ち付けられるタマキ。

その隙に立ち去ろうとする長原と菅野。

 

「長原!」

そこへ今度は何故か是永と竹岡が現れた。

 

「タケ! 菅野を追ってくれ!」

 

「はい!」

是永の指示で逃げ出した菅野を素早く追い始めた竹岡。

 

「???」

タマキはポカンとしながら竹岡の後姿と是永を交互に見た。

 

「長原、お前、一昨日も菅野と会っているな? しかも今みたいに人目につかない場所で。

 これは一体どういう事なのか説明をして貰おうか」

是永は携帯の画面を長原に見せた。

そこにはホテルの地下駐車場でコソコソとで会っている長原と菅野の姿が写っていた。

メグルが隠し撮りをした画像だ。

 

「そ、それは……っ」

言葉を詰まらせる長原。

 

「『そっちに刑事が行く、気をつけろ。俺の名前は絶対に出すな』

 これはこのホテルの地下駐車場で菅野に言った言葉だな? 防犯カメラの映像から解析した。

 これでもまだ何か言い訳があると言うなら取調室でゆっくりと聞かせて貰おうか」

 

「く……、くっそぉーーーーーーっ!!」

長原はもはや言い逃れが出来ないと思ったのかいきなり是永に殴りかかった。

 

「っ!?」

タマキは声にならない声を上げた。

 

……ドガッ!

是永は長原の拳をひらりとかわして脇腹に蹴りを入れた。

 

「ぐっ!」

顔を歪ませ脇腹を押さえながら尚も是永に殴りかかる。

だが、是永はその腕を取り押さえ、逆手にして長原の体を地面に押さえ込んだ。

 

「朝井! 手錠!」

 

「は、はいぃっ」

是永の声にハッとし、タマキは慌てて手錠を出した。

 

「な、長原さん……た、逮捕、しますっ」

ガチャリと音を立てて長原の手首に手錠が掛けられる。

 

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!!!」

長原は手錠で拘束されたまま地面を何度も何度も叩きつけ、泣き喚くように叫んだ。

 

「……」

タマキはそんな長原の姿にただただ呆気にとられていた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

タマキ達が星川署に長原と菅野を連行すると途端に署内が大騒ぎになった。

捜査一課の若手刑事が逮捕されたのだから当たり前だ。

 

長原の取調べを是永が、菅野の取調べを竹岡が行う事になり、それぞれ別々の取調室に入った。

 

「まず動機はなんだ?」

是永が長原の正面に座り、取調べが始まった。

タマキはその様子を捜査一課の課長・佐田と共に取調室の隣にある部屋でマジックミラー越しに見ていた。

 

「……朝井の事が気に入らなくて……それで誤認逮捕の情報を菅野にリークしました……」

ゆっくりとした口調で話し始める長原。

 

「俺は、どうしても是永さんと組みたかったんです……それなのに、よりにもよって入って来たばかりの

 朝井みたいな新人と組まされて……コンビを解消して今度こそ是永さんと組めると思ったのに……っ」

 

「だから、誤認逮捕の情報を流して朝井を潰そうとしたのか?」

 

「はい……そうすれば、今度こそ……」

 

「……何故そうまでして俺と組みたがるんだ?」

 

「是永さんは捜査一課の中で唯一のキャリア組です。是永さんと組んで手柄を上げれば

 俺の出世も早くなると思ったんです……」

 

「……」

タマキはまさか長原がそこまで出世に拘っていたとは思わず、愕然としていた。

 

「……」

それは是永自身も同じだった。

 

「長原……俺はお前が思っている程、優秀な人間じゃない」

是永は静かに言った。

 

「……」

その言葉にゆっくりと長原が顔を上げる。

タマキもまた同じ様に顔を上げた。

 

「確かに俺はキャリア組だが、そんな物は何の役にも立たない。だから、もうとっくにキャリアを捨てている。

 それに俺は誰がなんと言おうと朝井とのコンビは解消するつもりはない」

 

「え……っ」

小さく声を上げるタマキ。

だが、もちろん取調室にいる是永や長原に聞こえるはずもない。

 

「何故ですか?」

長原が呟くように訊ねた。

 

「……朝井がまだ交通課にいた頃の話なんだが、痴漢被害が多く対応に苦戦していた生活安全課の応援要請で

 捜査一課の中から俺が行く事になったのを憶えているか?」

 

「はい」

 

「実はその一件、朝井も絡んでいるんだ。彼女は女友達から痴漢被害の相談を受けていて、

 もちろん、朝井はすぐに警察に相談するように言ったらしいんだが、その友達が嫌がったらしくて、

 友達に頼まれてたまたま非番だった彼女がその友達と一緒にいつもの通勤電車に乗っていたんだ。

 同じ車両には俺と生活安全課の刑事達も乗っていて、痴漢は見事友達の目の前で朝井が取り押さえたんだが

 駅に着いた途端、その痴漢が朝井の腕を振り解いて逃げ出したんだ。

 そこへ俺達が一斉に取り囲んで逮捕したんだが、朝井は一度取り押さえた痴漢に逃げられた事を

 深く反省して逮捕術を磨いて努力をした。

 その後、朝井が捜査一課へ異動願いを出した時に俺は署長に呼ばれてこの痴漢逮捕の一件での

 朝井の印象を訊かれ、異動にも賛成した。朝井が捜査一課へ来て一週間でお前とコンビを解消した時も

 課長からお前とコンビを組むように言われたが俺は朝井と組みたいと進言した」

 

「そんな…………」

愕然とする長原。

 

「……」

隣の小部屋ではタマキも自分が知らなかった事実に言葉を失っていた――。

 

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