メグタマ! −シリーズ1・誤認逮捕+殺人事件=腐れ縁の始まり? 第十二話−

 

 

「ほら、少しは落ち着いたか?」

長原の事情聴取を途中で抜けて自分のデスクでボーとしていたタマキの目の前に

熱いコーヒーがそっと置かれ、ハッと顔を上げると是永が立っていた。

 

時間は気が付けばもう夜の八時。

長原と菅野の取り調べも一旦終わったらしい。

 

「長原の家宅捜索に入った鈴野さんから連絡が入った。御木本さんの携帯と手帳、後は凶器と

 長い髪のカツラが出てきたそうだ」

 

「そのカツラは……」

 

「お前の犯行だと見せかけるために長原が事件の前の晩に購入したそうだ。

 ライターも指紋をハンカチで綺麗にふき取ってからお前の指紋をつける為に誰もいない時を狙って

 お前のデスクの上に置いて、落し物としてホワイトボードに貼り付けられた後に回収したらしい。

 それを現場検証の時にこっそり御木本さんの死体の傍に置いたと言っていた」

 

「そうですか……でも、どうして長原さんはそうまでして是永さんと…………」

 

「長原の家は母子家庭で、早く出世して母親を喜ばせてやりたかったと言っていた」

 

「それでいつも手柄を立てる事に拘っていたんですね……」

 

「あぁ……あの日、お前が帰った後、長原はチャンスだと思って犯行を行ったらしい。

 お前は女子寮に入っているから、早く帰った日はだいたい寮の食堂で夕食を済ませるだろうし、

 一人で飲みに行くタイプでもない。彼氏もいないと思っていたんだろう。

 女子寮には防犯カメラが付いていないからIDカードで寮の玄関を開けたとしても、

 アリバイ作りの為に誰かに自分のIDカードを使わせたとも考えられる。

 アリバイ証言も寮母さんや食堂のおばさんなんかは家族同然だから偽証する事も考えられるから、

 犯人に仕立て上げるのは簡単だと思ったんだろうな」

 

「そうですか。それにしても……菅野はどうして御木本さんに誤認逮捕の情報をリークしたんでしょうか?」

 

「菅野は及川さんの事をカメラマンとしてライバル視していたらしい。

 歳も近い及川さんの所にはいろいろなオファーが来るのに菅野には名指しでオファーが来る事は

 ほとんどなかったそうだ。それで今回、及川さんを潰せるかもしれないと思ったんだろうな。

 だが、カメラマンの自分が直接記事を書けば怪しまれると思って記者である御木本さんに情報を流した。

 ところが、御木本さんは菅野がどういうつもりで情報を自分にくれたのか聞かされていなかったんだ。

 だから、彼が及川さんの顔や名前を伏せて記事を書いた事に腹を立てて喧嘩になったらしい」

 

「けど、御木本さん、その翌日から機嫌良かったって……」

 

「菅野から元々の情報をリークした人間を訊き出して長原を脅迫していたそうだ」

 

「それで御木本さんが『大金が入る』って言っていたんですね」

 

「あぁ、だけど長原は御木本さんの自宅に行き、懐から金を出すフリをしてナイフで彼の胸を一突き、

 その後、傍にあったダンベルでパソコンのハードディスクを壊してその場で服を着替えた後、

 お前に見せかけるように変装して携帯と手帳を持って部屋を出たんだ。

 ……今回の事件、お前にはショックな事ばかりだったな」

 

「……はい……まさか、長原さんが……」

疲れた様子のタマキ。

是永の話で事件の全貌が明らかになり、その事実をまだ受け止めきれずにいる。

 

「一緒に飯でも食って帰るか?」

そんなタマキの事を気遣って是永が誘った。

 

「はい」

タマキはその言葉に素直に甘えた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「……あれ? 及川さん?」

是永に連れられ、彼がよく顔を出す小料理屋に行くとメグルと哉曽吉がいた。

タマキは狭い店内ですぐに彼等の姿を見つけた。

 

「あ……こんばんは」

メグルが驚いた顔で会釈をする。

 

「お?」

そして哉曽吉も小さく声を発した。

 

「及川さん達もここへ来ていたなんて知りませんでした」

是永は小さく笑みを浮かべた。

 

「ここへは今日初めて来たんですよ。雰囲気の良さそうな小料理屋で前から気になっていたから

 仕事帰りに寄ってみたんです。是永さんと朝井さんは?」

メグルは少しお酒が入っている所為かいつもより柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「俺達は事件が解決してお疲れ様会です」

 

「例の事件ですか?」

メグルはすぐにピンと来た。

 

「えぇ、及川さんが携帯に画像を送って下さったお蔭で早期解決出来ました」

 

「え? その画像って何ですか?」

タマキは是永からメグルから画像が送られて来たという話を聞いていなかった。

首を傾げながらメグルと是永の顔を交互に窺う。

 

「先日、及川さんから菅野と長原がホテルの地下駐車場で会っている現場を押さえた画像が

 俺の携帯に送られて来たんだよ」

是永は携帯を開いてその画像をタマキに見せた。

 

「こ、これ……っ」

(どうして及川さんから是永さんへ……?)

タマキはその画像を目にし、絶句した。

 

「誤認逮捕の情報をリークしたっていう菅野がコソコソと誰かと会っていたから、

 もしかしたら事件に関係があるかもしれないと思って是永さんに送ったんだ」

 

「それなら私にも送ってくれればよかったのにぃーっ」

メグルの説明に頬をふくらませるタマキ。

 

「いや、君に送ったらまた早まった事をするんじゃないかと思ってね」

 

「う……そ、そんな事……っ」

顔を引き攣らせながら、とりあえずそう返してみたが、実は図星だった。

タマキはサッと視線を外した。

 

「だが、及川さんの鋭い判断のおかげで事件が解決したんだ」

是永の言葉に一瞬、彼もまた自分が無鉄砲な行動しかしないと思われているのだと自覚する。

 

「この画像を見て、長原の様子をそれとなく窺っていた。

 それで今日も竹岡と一緒に長原を尾行していたら菅野と接触したところに

 お前が飛び出してきたって訳なんだ」

 

「そうだったんですか……私、是永さんに単独行動しろって言われて、

 てっきり見捨てられちゃったんだと思ってました……」

 

「そんな訳ないだろ?」

シュンとしているタマキを見て是永が笑う。

 

タマキはその笑顔に自分はまだ見捨てられていないのだとホッとした――。

 

「あ……ところで今日は何の取材だったんですか?」

明るい顔に戻ったタマキはメグルと哉曽吉に視線を向けた。

 

「それって職質?」

哉曽吉は意地悪そうにニヤッと笑った。

 

「違いますー、普通に訊いただけです」

仕事が終わり、二十歳の女の子の顔に戻っているタマキ。

 

「今日はグラビア」

そんなタマキの様子にメグルはクスッと笑って答えた。

 

「俺、最初の頃、メグさんは女性の写真は撮らないって聞いてゲイなのかと思ってました」

哉曽吉は冗談っぽく言っているが、実は本気で思っていた事だった。

 

「そんな訳ないだろ」

苦笑いするメグル。

 

「そういえばメグさんと依子さんてホントに別れたんすか?」

哉曽吉は酒の力でさらりと訊いた。

 

「別れたよ。て言っても、友達に戻っただけだけどな」

 

「付き合いが長いと別れても“ただの友達”に戻れるもんなんすね」

哉曽吉は別れた数人の元カノを思い浮かべる。

 

「源五郎丸さんは別れたら別れたっきりなんですか?」

 

「うん。あ、俺の事は“ゲン”でいいよ。呼び難いでしょ?」

タマキの質問に答えて哉曽吉が笑う。

 

「じゃあ“ゲンさん”で♪」

 

「なんかそれどっかの大工さんみたいだな」

是永はププッと笑った。

 

「それなら“ゲンちゃん”はどうですか?」

 

「うん、そっちの方がいいかな。朝井さんはみんなからなんて呼ばれてるの?」

 

「だいたいはみんな“朝井”って呼び捨てです。後は名前が“タマキ”だから“タマ”とか」

 

「じゃあ、俺も“タマ”って呼んじゃお♪」

 

「ふふ、どうぞ♪」

哉曽吉とタマキはどういう訳かすっかり仲良くなったみたいだ。

 

「そういえば及川さんのお名前も朝井と同じ漢字だから、俺てっきり“タマキ”さんかと思ってました」

そんな二人の様子を眺めていた是永はメグルに視線を移した。

 

「よく言われます。ルビ振らないと必ずと言っていいほど“タマキ”さんて言われるし」

 

「“メグル”さんでしたっけ?」

 

「そうそう、だから“メグさん”って俺は呼んでる」

タマキの質問にニコニコしながら答える哉曽吉。

 

「じゃあ、私達も“メグさん”て呼びます♪」

 

「“達”って?」

 

「もちろん、是永さんの事ですよ」

タマキは不思議そうな顔をしている是永にニッコリ笑った。

 

「じゃあ、是永さんも苗字じゃなくて名前で呼びましょうよ」

そう提案したのはもちろん哉曽吉だ。

 

「是永さんの下の名前って“タミオ”さんでしたよね?」

タマキがそう言うと、

「じゃ、“タミさん”で♪」

哉曽吉が速攻で言った。

 

「はは、いいですよ」

是永は小さく笑った。

 

そうして、メグルとタマキ、哉曽吉と是永の四人の距離は一気に縮まり、

これが奇妙な縁の始まりだった――。

 

 

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