メグタマ! −シリーズ1・誤認逮捕+殺人事件=腐れ縁の始まり? 第十話−

 

 

翌朝――。

 

「やぁ、そろそろ来る頃だと思ってたよ」

菅野に会いに来たタマキを待っていたのは、またしても柴多だった。

 

「は、はぁ……」

タマキはいきなりそんな事を言われ、菅野に舐められないようにと気を引き締めていたが、

柴多の口調で調子を狂わされた。

 

「菅野ならもう取材に出たよ」

 

「えっ? 取材ですか?」

出張から帰った翌日だから写真のデータ整理などをしていて出掛ける事はないと思っていた。

それに昨日もホワイトボードの彼の本日のスケージュールには“社内”と書いてあったはずだ。

 

「今朝、出社して来た時に昨日君が来た事を誰かから聞いたらしくてね。

 慌てて“取材”ってホワイトボードに書いて出て行ったよ」

 

「……っ」

(逃げられた――!)

 

「そんな顔しなくても大丈夫だよ」

タマキの様子に柴多がククッと笑う。

どうやら菅野に逃げられたと思ったのが顔に出てしまっていたらしい。

 

「……あの、どこに取材へ行ったかわかるって事ですか?」

菅野以外はスタジオ名や店名が書いてあり、どこで取材を行なっているかが凡そわかるようになっている。

しかし、菅野だけが“取材”とだけしか書いていない。

 

「ここだけの話、“取材”って書いてある場合はね、近くのスーパー銭湯で風呂に入ったり仮眠してる場合が多いんだ」

すると柴多が小声で言った。

 

「会社によってはちゃんとシャワー室や仮眠室があって、そんな事しなくてもいいんだけど、

 うちにはシャワー室も仮眠室もないからね。だけどここはお客様もよく出入りするからそこら辺で寝てたら

 見栄えが悪いでしょ? だから徹夜明けで風呂に入ってなかったり、仮眠したい時なんかは

 “取材”って書いて近くのスーパー銭湯へ行ってるんだよ」

 

「そ、そうですか」

 

「スーパー銭湯はこのビルを出て右に曲がれば看板が見えるからすぐにわかると思うよ」

 

「はい、わかりました。ありがとうございました」

タマキは柴多に礼を言うと足早にスーパー銭湯へ向かった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

菅野の姿はあっさりと見つける事が出来た。

スーパー銭湯のスタッフからラウンジにいると聞いたのだ。

 

「すみません、星川署の朝井という者なんですが……菅野道彦さんですよね?」

タマキはラウンジでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる菅野に声を掛けた。

 

「……えぇ、そうですけど?」

菅野はタマキの姿を認めると一瞬、眉を顰めた。

 

「少しだけよろしいですか?」

口調は丁寧だが相手に“No”と言わせないだけの目力で言うタマキ。

 

「はい」

菅野がそう返事をするとタマキは彼の目の前に腰を下ろした。

 

「菅野さん、御木本修造さんをご存知ですよね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「彼が殺された事はご存知ですか?」

 

「新聞で知りました」

 

「その御木本さんとは以前、同じ会社だったと聞きましたが?」

 

「えぇ、確かに彼とは同じ会社にいました」

 

「その会社を辞めてからもよく連絡は取り合っていたんですよね?」

 

「いいえ」

タマキの問いに“No”と答えた菅野。

聞き込みをした内容とは逆の答えだ。

 

「取り合っていなかったんですか?」

 

「えぇ、彼とは別に親しかった訳じゃありませんから」

 

「そうですか……ちなみに四日前の夜九時から十一時はどちらにいましたか?」

 

「アリバイ確認ってヤツですか?」

 

「えぇ、まぁ……でも関係者の皆さん全員に訊いている事ですので」

タマキは態と少しだけ表情を崩した。

 

「その時間なら家にいました」

 

「それを証明出来る方はいますか?」

 

「残念ながら一人暮らしなもんで」

 

「では、アリバイがないという事ですね?」

タマキの目つきがやや鋭くなる。

 

「そういう事になります」

 

「それでは、もう一つだけ。先程、御木本さんとは連絡等は取り合っていなかったと仰いましたが、

 御木本さんが書いた誤認逮捕の記事が掲載された翌日、菅野さん、あなた態々取材先まで

 御木本さんに会いに行っていますよね?」

 

「……誤認逮捕した刑事ってあなたの事ですよね?」

いきなり話をはぐらかす菅野。

 

「こちらの質問に答えて下さい」

そんな彼にタマキはやや強い口調になった。

 

「……確かに、会いに行きましたよ」

 

「何の為ですか?」

 

「……」

 

「……質問を変えます」

タマキは急に口を閉ざした菅野の表情の変化を見逃さなかった。

 

「その時、御木本さんとあなたが言い争っていたのを見かけた人物がいるんですが、

 これはどうしてですか?」

 

「……些細な事ですよ」

 

「どんな事ですか?」

 

「だから、つまらない事ですよっ」

少しイラついた口調になる菅野。

 

「……そうですか」

タマキは落ち着いた口調で言うと、

「お寛ぎのところ、お邪魔をして申し訳ありませんでした。またお伺いする事があるかもしれませんが、

 その時は宜しくお願いします」

軽く笑みを浮かべて菅野におじぎをした。

 

「……」

菅野はやや眉間に皺を寄せてタマキを見つめている。

 

「では、失礼します」

タマキは菅野を鋭い目力で見つめ返しながら踵を返した。

 

 

……RRRRR、RRRRR、RRRRR――、

 

スーパー銭湯のエントランスを出るとタマキの携帯が鳴った。

 

「はい、朝井です」

 

『是永だ。昨日長原が挙げた三人だがアリバイの裏が取れた。セクハラの記事を書かれた杉田護は

 その時間、実は風俗に行っていたそうだ。それでなかなかアリバイを言わなかったんだろう』

 

「は、はぁ……まぁ、確かに言いにくいですね」

 

『それで横領の件で記事を書かれて自殺に追い込まれた伊田みどりの姉だが、

 午後九時に宅配業者が配達に行っているのと十時に隣人が引越しの挨拶に行っていて顔を確認している。

 みどりの姉の自宅から御木本さんのマンションまではどの交通手段を使っても一時間以上掛かる』

 

「じゃ、一応アリバイが成立したんですね?」

 

『あぁ。それで三人目の裏口入学の件で退学に追い込まれた栗原奈津だが、

 彼女のバイト先のコンビニから自宅までは三十分は掛かると家族の証言があったが、

 鈴野さんが実際移動して時間を計ったところぴったり三十分だったそうだ』

 

「じゃあ、ますます菅野が怪しくなった訳ですね?」

 

『その通り。それで菅野の方はどうだ?』

 

「今、会って来ました。印象としては限りなく黒に近いグレーです。犯行時刻のアリバイもありませんし、

 御木本さんとは親しくなかったと嘘をついた上、喧嘩の理由も言おうとしませんでした。

 なので、この後尾行してみます」

 

『今、どこだ?』

 

「菅野の事務所の近くにあるスーパー銭湯です。そこにいました」

 

『そうか……一人で大丈夫そうか?』

 

「はい、頑張ってみます」

タマキは本当は是永に来て欲しかった。

しかし、不安もあったがここで彼に甘えてしまってはいけないと思った。

是永は是永で何か理由があって別行動をしているのかもしれない。

だから自分に菅野のマークを任せたのだと――。

 

……と、その時、菅野がスーパー銭湯から出て来るのが見えた。

咄嗟に物陰に隠れるタマキ。

 

「菅野が出て来ました。尾行します」

タマキは小声で言い、電話を切ると菅野に気付かれないように後を追った。

 

スタスタと大股で歩く菅野。

タマキがその後ろをソロリソロリとついて行く。

 

(タクシーを拾わないって事は近くで取材? でも、カメラを持っていない……)

菅野はカメラはおろか、カバンも何も持っていなかった。

考えてみればスーパー銭湯へ“取材”に出掛けるのにカメラ等は不要だ。

それならば事務所にカメラを置いて来ているのかも知れない。

仕事ならばカメラ機材を取りに戻るはずだ。

それなのに事務所には戻らずに歩いて移動しているとなると――。

 

 

菅野は時々後ろを振り返っては、やけに警戒をしながら路地裏に入った。

そこは昼間でも薄暗く、まったく人が通らないような場所だった。

 

(こんな所で一体何をするつもりなの?)

奥へ奥へと進んで行く菅野の後をタマキが物陰に隠れながらついて行くと、その先にもう一人いた。

 

(……男?)

 

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