言葉のかわりに -番外編・それでも君に恋してた 9-

 

 

――数週間後。

 

十一月の初め、俺達Juliusは大きなライブハウスのクリスマスイベントに出演する事が決まった。

これで唯ちゃんに電話をする口実が出来た。

別に用事はなくても電話くらいしても……とは思うのだが、俺も彼女も拓未や上木さん、舞ちゃんみたいに

口数が多くないから話が続かなくて気まずい思いをさせそうだし、メールも何を送っていいかわからず

何か切欠が出来るのを待っていた状態だったのだ。

 

しかし――、

 

「出ない……」

その日の夜、さっそく唯ちゃんに電話をしてみたが出なかった。

しかも彼女の方からは掛け直しても来ない。

 

(実は俺……本当は嫌われてる、とか?)

 

 

数日後――、

学食で上木さんと舞ちゃんに会った。

 

「香奈ちゃん、舞ちゃん♪ ここ、いい?」

四人掛けのテーブルに座っている彼女達の目の前はちょうど席が二つ空いていた。

さっそく拓未が話し掛ける。

 

「「うん、どうぞ♪」」

にっこり笑って答える二人。

 

(唯ちゃんの事……訊いてみようかな?)

そう思っていると……、

「唯ちゃん、クリスマスライブ、来れるって言ってた?」

またしても拓未に先を越された。

 

「うん、行くって言ってたよー」

親子丼を飲み込んで答えた上木さん。

だが、チケットはまだ出来ていないから手渡す事が出来ない。

 

「……あ、あのさ……唯ちゃんて……夜、いつも何してるの?」

俺は拓未の口から『チケットは俺が渡す』という言葉が出る前に舞ちゃんに訊ねた。

 

「唯なら試験が近いからって最近はずっと地下室でピアノ弾いてるよ?」

 

「地下室でピアノ? それと試験ってどう関係があんの?」

拓未が不思議そうな顔をする。

 

「唯は音楽高校のピアノ科に通ってるの」

 

(音楽高校……)

 

「へぇ……て事は、唯ちゃんはピアニスト志望なんだ?」

拓未は定食のコロッケを食べながら言った。

 

「うん、篠原くんがそんな事を訊くって事はどうせ携帯に電話しても出なかったからでしょ?」

舞ちゃんはにやりと笑った。

 

「あ、あぁ……まぁ……」

 

「えっ? お前、いつの間に唯ちゃんのケー番げっとしてたんだよっ?」

拓未は予想通り驚いた。

それはそうだろう。

俺がこの間、唯ちゃんと会った事は拓未には話していなかったからだ。

 

「あ、もしかして……この間、唯とレッスンの帰りに会った時? ほら、シュークリームくれた日だよ」

何も知らない舞ちゃんは俺が隠していた事をどんどんバラす。

 

「えー、何それ? その話、あたし知らないよ?」

「俺も初耳だぞっ?」

上木さんと拓未は興味深そうな顔で身を乗り出した。

 

「い、いや……それはその……だから……別に話さなくてもいいと思って……」

 

「「ふぅーん?」」

何やら言いたげな拓未と上木さん。

 

「と、とにかくっ、唯ちゃんには、俺からチケット渡すからっ、た、拓未は上木さんにチケット……よろしく」

 

「でも多分、唯、試験が終わっても携帯に出ないと思うよー?」

すると、ここで舞ちゃんが一言。

 

「それって……もしかして、俺……き、嫌われてる……とか?」

 

「じゃなくて、唯はいつも携帯を部屋に置きっぱなしにしてるんだけど、寝る時くらいしか部屋にいないし、

 電話も夜遅いと相手に気を遣って掛け直さないから、伝えたい事があるならメールの方が確実かも」

 

「そ、そうなんだ……」

舞ちゃんの話でとりあえず唯ちゃんに嫌われていない事にホッとした。

隣では拓未と上木さんがにやにやしている。

 

(こ、こいつ等……)

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

数日後の昼休憩――、

学食に集まった俺達メンバーにクリスマスライブのチケットが拓未の手から配られた。

 

「これで唯ちゃんと会えるな?」

拓未がにやりと笑って耳打ちをする。

 

「べ、別に俺は……っ」

と、言い掛けたが実はその通りなのだ。

会いたい時に限ってバイト帰りに見掛ける事もなく、後はチケットを渡す時くらいしか会えないと思っていたからだ。

 

俺はすぐにメールを打った。

 

−−−−−−−−−−−−−−−

篠原です。

舞ちゃんから聞いてると思うけど

クリスマスライブのチケット、

渡したいから放課後会えるかな?

−−−−−−−−−−−−−−−

 

(これで大丈夫かな?)

文章を読み返して確認。

 

(送信……と)

 

「返事来るといいなー?」

ハッと顔を上げると拓未がへらっと笑っていた。

 

「唯ちゃんに送ったんだろ?」

 

「……」

(……バレてる)

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

唯ちゃんから返事が来たのは放課後になってからだった。

HRが終わった直後、俺の携帯が短く鳴った。

 

−−−−−−−−−−−−−−−

こんにちは、唯です。

この間、電話くれてたのに

出られなくてごめんなさい。

電車通学なので今からだと

四十五分後くらいに駅に着くけど、

それでも大丈夫かな?

−−−−−−−−−−−−−−−

 

(来たっ)

 

−−−−−−−−−−−−−−−

全然OK!

駅前のコーヒーショップで待ってる。

急がなくても大丈夫だから

−−−−−−−−−−−−−−−

 

俺はすぐに返事を返した。

 

 

五十分後――、

「お、お待たせして、ごめんなさいっ」

待ち合わせ場所のコーヒーショップに唯ちゃんが入って来た。

 

「急がなくていいって言ったのに」

まだ少し肩で息をしている彼女。

きっと学校から駅、そして電車を降りてからここまで走って来たんだと読み取れた。

 

「そういえば、試験が近いって聞いたけど……大丈夫?」

 

「うん、平気」

唯ちゃんはそう言って柔らかい笑みを浮かべた。

 

「試験て……どんな事をするの?」

 

「んと……一月の定期演奏会の選考も兼ねてて……『D.スカルラッティのピアノソナタ L360 ハ短調』っていう課題曲をやるの」

 

「……へ、へぇー」

正直、全然わかんなかった。

彼女も俺がピンと来ていない事に気が付いているのか苦笑いをしている。

けど、それがまた今までに見た事がない表情だっただけにキュン――、と来た。

 

「忘れないうちにチケット渡しておくよ」

 

「う、うん」

返事をしながらサイフからお金を出す彼女。

俺はそれを手で制した。

 

「?」

 

「唯ちゃんは俺が特別招待」

 

「え……、で、でも……」

 

「いいから」

 

「……」

 

「俺が唯ちゃんに聴いて欲しいから」

 

「え……」

 

「そんな理由じゃ駄目?」

 

「駄目じゃ、ないけど……」

唯ちゃんは少し驚いた顔をしていた。

 

「じゃあ、そういう事でそのチケットは受け取って?」

 

「うん……ありがとう」

 

「それで……出来ればなんだけど……」

 

「?」

 

「ライブが終わった後も空けておいて欲しい、かな」

 

「……え?」

 

「いや、せっかく、その……クリスマスだし……打ち上げも兼ねてみんなで食事、とか……」

 

「う、うん」

正直、試験が終わっていたとしても人見知りだって聞いていたから断られるかと思った。

けれど、彼女は少し照れたように返事をして微笑んだ。

 

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