言葉のかわりに -番外編・それでも君に恋してた 8-
文化祭から数日後の木曜日――、
……RRRRRR、RRRRRR、RRRRRR……、
HRが終わったのをまるでどこかで見ていたかのように俺の携帯が鳴った。
この時間帯の電話はどうも嫌な予感がする。
(やっぱり……)
着信表示は予想通り“店長”だった。
「……はい、篠原です」
『篠原くん、お疲れ〜、今日デートの約束とかしてる〜?』
「いえ、してませんけど……」
(また誰か急に休むのかー?)
『じゃあ〜、今日六時から九時まで入ってくれないかな〜?』
(……やっぱ、そうきたか)
『入ってくれたら大出血サービス! シュークリームをお持ち帰りに付けちゃう!』
「……シュークリームの発注ミスもあったんすね」
おそらくスィーツの発注を担当しているヤツが数量を一桁間違えて発注したかなんかで大量に入って来たのだろう。
『篠原くん、段々勘が良くなって来たよね〜?』
「はは、シュークリームのお持ち帰りはともかく、今日は何も予定はないので大丈夫っすよ。
六時から九時ですね?」
『うん、助かるよ。それじゃ、よろしく!』
店長はそう言うと明るい声で電話を切った。
(なんか……毎回店長の思惑通りになってるような気がする……)
――とは言え、俺も文化祭の準備なんかで誰かと代わって貰う事があったからお互い様という訳だが。
◆ ◆ ◆
バイトが終わり――、
約束通り、店長が俺にシュークリームをお持ち帰り用に持たせてくれた……しかも五個。
(こ、こんなに……どんだけ間違えて発注したんだよっ?)
そして、その帰り道の途中――、
(あ……)
神崎さんに会った。
俺の目の前を歩いている。
(唯ちゃん……かな?)
ドキドキと胸が高鳴り、そう直感した。
(声……掛けてみようかな……)
躊躇している間にここにいるはずがないと思いながら、どこかから拓未が現れるような気がした。
「……唯ちゃん」
俺は思い切って声を掛けた。
「っ」
少し驚いたように振り向く彼女。
(振り向いたって事は、やっぱ唯ちゃん?)
「……だよな?」
「……はい」
俺が自転車から降りて目の前に行くと小さな声で返事をした。
(さて……、声を掛けたはいいが話題が思いつかない……)
「え、えーと……あぁ、そうだ……今日は自転車じゃないんだ?」
彼女はいつもこの道で自転車に乗っている時に見掛けていた。
「きょ、今日は……舞がバイトに乗って行くからって……」
「そうなんだ? 神崎さ……舞ちゃんとはレッスン日は別なんだ?」
俺と唯ちゃんはゆっくりと一緒に歩き出した。
「いえ、舞は中学で教室を辞めちゃったから……」
「え、なんで……? ヴァイオリンやってるんだろ?」
「中学までは一緒に通ってたんですけど、舞は音楽は嫌いじゃないけどヴァイオリニストにはなりたくないって言ったから……」
「なんかもったいないな。唯ちゃんはヴァイオリンとか持っていないって事はピアノ?」
「はい」
「……て、さっきからなんか敬語使ってくれてるけど……俺達、タメだよ?」
「えっ?」
唯ちゃんは俺が同い年だとは思っていなかったらしい。
「てか、唯ちゃんもバンドやってるんだよな? 今度、いつライブがあるの?」
「あ、あれは……一回だけの約束でやっただけだから……」
「そうなんだ?」
「お兄ちゃんのお友達のバンドのキーボードの人が階段から落ちて手を骨折したらしくて……、
でも、あのライブに出演する事が決まってたからヘルプでやってくれないかって言われて……」
「そうだったんだ? てっきりあのバンドの正式メンバーだと思った。
唯ちゃんは他にバンドとかやってないの?」
「う、うん」
「そか……あの、さ……それで……その……唯ちゃん、本当に俺達のファンになってくれたの……?」
「うん」
彼女は顔を赤くしながら、でも、はっきりと頷いた。
「……じゃあ……携帯番号、とか教えて……?」
「え?」
「その……拓未から上木さんや、神崎さん……あ、舞ちゃんにチケットを渡して貰ってもいいんだけど……、
俺としては……直接、唯ちゃんに渡したいんだ……バイト先も近いし」
「バイト先?」
「あー、俺、この先にあるコンビニでバイトしてるんだ」
歩いて来た道を振り返って指を指す。
「この間、お兄ちゃんがJuliusのヴォーカルの人がコンビニにいたって言ってた」
「うん、会った」
「え、えっと……そ、それでー……あなたの……名前、は……?」
「……あ、そういえば、まだ名乗ってなかったよね? ごめん」
俺は今更ながら自分が未だ彼女に対して名乗っていない事に気が付いた。
これじゃあ、唯ちゃんが警戒するのも当たり前だ。
「俺、篠原和磨。よろしくね」
ジーンズのバックポケットから携帯を出す。
「よ、よろしくお願いします」
すると唯ちゃんも肩に掛けていたトートバッグから携帯を取り出した。
俺達は携帯番号とメアドを交換した――。
「唯〜っ」
そのすぐ後、前方から神崎さんが自転車で近付いて来た。
舞ちゃんだ。
「舞、どうしたの?」
「迎えに来たの……て、篠原くん?」
「やぁ……俺がバイトから帰ってたら、偶然そこで会ったんだ」
「そうだったんだ? 今日は私の自転車がパンクしちゃって時間がなくて唯の自転車を略奪してったから、
心配になって迎えに来たの。でも、篠原くんが一緒で良かった」
舞ちゃんは安心したように笑みを浮かべた。
「ありがと、舞」
そんな舞ちゃんに唯ちゃんも柔らかい笑みを返す。
(仲が良いんだな)
「篠原くんのバイト先ってここから近いの?」
舞ちゃんが自転車を降りて唯ちゃんの隣に並ぶ。
「うん、この道を真っ直ぐ行ったトコにあるコンビニ」
「そうだったんだ? てか、篠原くんていつも無口で無表情だから取っ付き難い人なんだと思ってた」
苦笑いをする舞ちゃん。
確かにそんな印象を抱かれても不思議ではない。
実際よくそんな風に言われるし自覚だって一応ある。
そういうのもあって唯ちゃんが怯えてたんだと思うけど。
「俺は不機嫌な訳でも威嚇してるつもりもないんだけどなー、何故かそんな事はよく言われる」
「元々そういう性格って面では唯と似てるのかもね?」
「そうなんだ?」
「唯も無口って言うか大人しくて人見知りする子だし、中学までは私と香奈や孝太が一緒だったから
それなりに他の人とも話してたんだけど……一人だけ違う高校に行っちゃったしね。
だから未だに仲の良い友達も少ないみたいだし、唯、篠原くんのバンドが好きみたいだし、
バイト先も近いなら友達になってくれると嬉しいかな」
「ま、舞っ」
慌てた様子で舞ちゃんに視線を移した唯ちゃん。
「俺は全然OKだよ? 寧ろ、こっちからお願いしたいくらい」
だって、俺も唯ちゃんの事はもっと知りたいと思っているし。
「そういえば、二人共シュークリームとか好き?」
「「うん」」
流石は双子。
ユニゾンで返事が返って来た。
「店長が発注ミスだかなんだかで大量に本部から入って来たのを帰り際に持たせてくれたんだけどさ、
よかったら一個ずつ食べて?」
そう言ってシュークリームを二人に一つずつ渡す。
「わぁ♪ 私達、このシュークリームが大好きなの♪」
舞ちゃんが嬉しそうな顔をする。
俺は唯ちゃんの反応が気になっていた。
すると、無言だったけれど唯ちゃんも嬉しそうな顔をしていた。
「「ありがとう♪」」
そしてまたユニゾンの声が返ってきた。
「はは、どう致しまして♪」
それから、あっと言う間に彼女達の家に着いた。
「それじゃ、篠原くん、またね」
「え、えと……シュークリーム、ありがとう」
舞ちゃんと唯ちゃんが同時に手を振る。
「うん、それじゃあ、また」
俺は二人に手を振って再び自転車で走り出した――。