言葉のかわりに -番外編・それでも君に恋してた 10-
――一ヵ月後。
クリスマスライブ当日、
「『唯ちゃん、来てくれるかなぁ〜?』って顔してるな?」
リハーサルが終わって楽屋でボーッとしていると拓未が俺の顔を覗き込みながら言った。
「う……てか、そう言うお前だって上木さんが来てくれるかどうか不安なくせに」
「香奈ちゃんならもう来てるもん♪」
満面の笑みを浮かべる拓未。
「客席見て来たのか?」
「いや『今、着いた』ってメール来た♪」
「へー」
(もう頻繁にメールとかやり取りしてんのか……相変わらず展開早いな、こいつ)
「ちなみに唯ちゃんも一緒だってさ♪」
ニヤリと笑う拓未。
「……」
(それを早く言えっつーの!)
拓未をじろりと睨みながら俺は内心ホッとしていた――。
◆ ◆ ◆
「和磨、客席の後ろの方見てみ」
開演時間が近くなり、出演の順番が一番目の俺達が幕が降ろされているステージの上でセッティングしていると、
拓未が俺に耳打ちをした。
「こっから客席見えるんだよね〜♪」
数ミリだけ開いている幕の隙間を指差しながら俺に手招きをする拓未。
「ほら、真ん中の後ろの方……いるだろ? 香奈ちゃんと唯ちゃん♪」
「……うん」
俺も幕の隙間から覗くと確かに唯ちゃんが上木さんと一緒にいた。
(今日は君の為に歌うから……)
俺は彼女の姿を見つめながら、先日勇気が出なくて伝えられなかった言葉を心の中で呟いた――。
セッティングが終わり、深呼吸を一つ。
客席に流れているBGMが小さくなっていくと同時にSEが流れ始める。
俺達Juliusがいつもライブで使っているオープニング曲だ。
幕が上がり始めてSEがプッツリ切れると今度はTakumiのギター。
そして、他のメンバーが一斉に入るとステージの照明が明るくなって客席の全体が見えた。
(唯ちゃん)
彼女が立っている位置はさっき確認したばかりだからすぐにわかった。
しかし、Aメロに入ると同時に俺にピンスポが当てられて見えなくなった。
三曲目、MCの後――、
俺はステージの上から唯ちゃんがいる方に視線を向けた。
(唯ちゃん、次の曲は君の為に……)
それは俺がずっと温めていたいつかは誰かの為に歌いたいと思っていた曲……『言葉のかわりに』だ。
(この歌が彼女の心に届きますように――)
◆ ◆ ◆
クリスマスライブが終わって、唯ちゃんは約束通り待っていてくれた。
上木さんも、もちろん一緒だ。
「和磨もやるなぁ〜? ちゃっかり唯ちゃんを打ち上げに誘っちゃってるんだから♪」
ニヤニヤしている拓未。
「そう言うお前だってちゃっかり上木さんを誘ってたじゃないか」
それはまぁ予想していた事だが。
俺達Juliusのメンバーと唯ちゃんと上木さんの六人は拓未の家で打ち上げを兼ねたクリスマスパーティーをする事になった。
「急にこんな大人数で押し掛けて平気なの?」
拓未の家の事をまったく知らない上木さんは心配そうな顔で言った。
「平気平気。さっき電話して適当に用意して貰ったし、遅くなったら泊まっていってもいいし、
送ってあげられるから♪」
ニコニコしながら答える拓未。
実は拓未は大企業の御曹司でかなりの大豪邸に住んでいる。
親父さんは会社の社長でしょっちゅう客人を家に招いているのだとか。
だから、こんな風に急に友達大勢で押し掛けても専属シェフやメイドさんが準備してくれるのだ。
「「わぁ……」」
拓未の家に着き、唯ちゃんと上木さんは予想通りの反応を示した。
二人共口をあんぐり開けている。
「ささ、入ってー♪」
拓未は俺達を自分の部屋に案内した。
こいつの部屋は“御曹司”なだけあってやたら広い。
高級ホテル並みのふかふか絨毯、大画面テレビ、大容量のHDDが搭載されたDVD、どでかいコンポと
なにもかもが桁外れな物ばっかりだ。
しかもベッドルームは別。
「望月くんて、お坊ちゃまだったんだー?」
拓未の部屋に入ってからもずっとキョロキョロしている上木さん。
唯ちゃんも口が開きっぱなしだ。
「でも、俺と結婚しても玉の輿に乗れないよ〜?」
「なんで?」
「将来はミュージシャンになるから、親父の会社には入らないの♪」
上木さんの質問に笑顔で答える拓未。
「じゃあ、将来、唯と共演するかもしれないね?」
「お? 香奈ちゃんは笑わないんだね?」
拓未は上木さんの反応が意外だったようだ。
「何を?」
「俺がプロになるって言うとみんな半笑いになるんだけどなー」
「あたしは今日のライブを観て望月くんなら……ていうか、Juliusならきっとプロになれるって思ったけど?
唯だって同じでしょ?」
上木さんは唯ちゃんに柔らかい笑みを向けた。
「うん」
唯ちゃんも可愛らしい笑みで答える。
(え……)
俺は正直驚いた。
唯ちゃんみたいな本気でピアニストを目指しているような子が俺達のライブを観てそんな風に思ってくれた事に。
ひょっとしたら、ただのお世辞なのかもしれないけれど彼女達はそんな子じゃないって思った。
「そう言ってくれるのは香奈ちゃんと唯ちゃんだけだよ♪」
拓未も嬉しそうだ。
准も智也もニコニコしている。
「ねぇねぇ、ところでさ、二人はJuliusの曲の中でどの曲が一番好き?」
拓未は用意された料理をみんなの取り皿に分けながら訊ねた。
「あたしは一曲目にやったヤツとか好き♪ 唯は?」
「えっと……私は三曲目、かな? MCの後のバラードの曲」
(っ!?)
俺は耳を疑った。
唯ちゃんが言った三曲目とは俺が彼女の為に歌った曲、『言葉のかわりに』の事だ。
「あの曲、すごくきれいな曲で……もちろん他の曲も好きなんだけど、一番はやっぱりあの三曲目」
「へぇー、あの曲は和磨が作ったんだよ。だいたいの曲は俺が書いてて詞は和磨なんだけど、
今んトコあの曲だけは和磨が作詞作曲なんだ」
拓未が二人に説明をしながらにやけた顔を俺に向けた。
「……」
俺は何も言葉を発する事が出来なかった。
それは、唯ちゃんに俺の想いが届いたかどうかはともかく、彼女があの曲が一番好きだと言ってくれた事が
ものすごく嬉しかったし、何より照れ臭かった。
「これからもずっとJuliusのライブに行くから、絶対連絡してね♪」
上木さんはすっかりJulius……いや、拓未のファンになったようだ。
(唯ちゃんはどうなの、かな……?)
「唯ちゃんも?」
俺と同じ事を思ったのか拓未が唯ちゃんに訊ねる。
すると、唯ちゃんはコクンと頷いた。
「じゃあ、これからも二人にジャンジャン声掛けちゃおっと♪
あ、でも、唯ちゃんの方は和磨に任せた! 二人共俺が独り占めにしたんじゃなー?」
拓未がニヤニヤしながら言う。
「……お、おう」
俺はただそう返事をするしかなかった――。
◆ ◆ ◆
――年が明けた一月の半ば。
「おぃっす♪」
朝、登校して席に着くなり、拓未が俺の所にやって来た。
「「おっはよ♪」」
よく見ると拓未の後ろに上木さんと神崎さんがくっついて来ていた。
「おぅ? おはよう」
「和磨、今週の土曜日、確か空いてるって言ってたよな?」
また何か企んでいそうな顔で拓未がそんな事を言った。
「あぁ、今んトコはな」
「じゃあさ、そのまま空けといてくれ。俺達と一緒に音楽を聴きに行こうぜ♪」
「音楽?」
「土曜日ね、唯の学校で定期演奏会があるの」
遠回しな言い方をした拓未とは対照的に神崎さん……舞ちゃんが説明をしてくれた。
「唯ちゃんの?」
「うん、十一月に演奏会の選考を兼ねた試験があるって言ってたでしょ?
それで一年生でトップクラスの成績だった人の中から選ばれた人がピアノ協奏曲を学校のオケとやるんだけど、
それに唯が選ばれたのよ」
「へぇ……て、トップクラスッ!?」
「唯ったらね、Juliusのクリスマスライブの時にはもうその事決まってたのに、
恥ずかしくて言い出せなかったみたい。
それでね、昨夜『もう篠原くんには言ったの?』って訊いたら、
『きっと篠原くんはクラシックとか好きじゃないと思うから』って……、
もし……、篠原くんが本当にクラシックとか嫌いって言うか、苦手だったら無理にはいいんだけど……」
舞ちゃんは俺の顔を窺うように言った。
「いや、俺は両親がクラシックとか好きでよく一緒にそういう音楽番組も観てるし、
苦手とかはないけど……唯ちゃんが言わなかったのはホントにそれだけ?」
だって、ピアニスト志望なのに人に見られる事が恥ずかしい事なんてないだろうし。
「“それだけ”って?」
舞ちゃんが不思議そうな顔で訊き返す。
「……本当は……来て欲しくない、とか」
「そんな事ないよ。だって、唯、演奏会に出る事が決まった時に篠原くんにメールしようとしてたんだから。
でも、結局なんて送っていいのかわかんないって……それでライブで会った時に言いたかったみたいなんだけど
香奈からその事は話していないみたいだったって聞いてね」
「え、なんで?」
「なんでって……」
困ったように苦笑する舞ちゃん。
「あー、和磨はこういうトコは超鈍いからわかんなくて当然だよ」
すると拓未が笑いながら言った。
「???」
俺はさっぱりわからなかったが、とりあえず唯ちゃんの定期演奏会に行く事になった――。