言葉のかわりに -番外編・それでも君に恋してた 11-
演奏会当日――、
俺と拓未と上木さんと舞ちゃん、後は長瀬の五人で唯ちゃんの音楽高校へと足を運んだ。
「「「「「おおぉぉ……」」」」」
唯ちゃんが通っている音楽高校は敷地内に大きなコンサートホールやたくさんの練習室があって途轍もない広さだった。
初めて来た俺達は同時に感嘆の声を漏らした。
「あっちの建物が校舎で、こっちが練習室で……向こうにあるのがホールか……」
拓未が正門をくぐった所にある案内板を見ながらコンサートホールの位置を確認する。
ホールの前には来客用の駐車場として解放された校庭もあり、その校庭だって大きいはずのホールが小さく見えるほど広い。
◆ ◆ ◆
「「「「「ふおぉぉ……」」」」」
そして、俺達五人がまた同時に声を上げたのはコンサートホールのデカさだ。
ロビーだけでもうちの学校の体育館くらいはありそうだ。
吹き抜けになっている高い天井からは眩しい太陽の光が降り注ぎ、床はふかふかの絨毯が敷かれ、
置いてある椅子なんかもやたらと高そうだ。
もちろん受付の奥にはコートや手荷物を預かるクロークもある。
おまけに客席は指定席でチケットは舞ちゃんが用意してくれていた。
しかも、なんとS席だ。
実はこの学校の生徒には出演するかどうかに拘わらず、それぞれチケットノルマがあるのだとか。
出演しない生徒は学生席やC席のチケット、オーケストラで出演する生徒はA席やB席、
ソリストで出演する生徒はS席のノルマがあるらしい。
なので唯ちゃんと舞ちゃんのご両親がS席のチケットを買っていてくれたのだとか。
しかし、このチケット、元々は俺達の手に渡って来るはずのない物らしく、ご両親の知り合いの手に渡る予定だったらしい。
それを唯ちゃんが俺に渡そうとずっと持っていたのだとか。
「すご〜い、椅子もちゃんとしたコンサートホールの物と変わんない」
やはりこういったホールによく出入りしているのか舞ちゃんは感心しながら腰を下ろした。
(おぉっ、ふかふかだ♪)
気を抜いたら寝てしまいそうだ。
俺達の周りには生徒達の父兄なのか俺の両親と変わらない年代の人達ばかりが座っていた。
しかもみんな金持ちそうだ。
ここの学校の制服を着た生徒達は学生席やC席に座っていて、A席とB席も生徒達の父兄や友人などが座っている。
(プレミアムチケットって訳か……)
しばらくして一番目の奏者が舞台の袖から出て来た。
ロビーの受付で貰ったパンフレットでは唯ちゃんの出番はまだまだ後、演奏会全体の佳境くらいだろうか。
それまではヴァイオリン、ビオラ、チェロの三重奏や四重奏、ピアノの連弾なんかがあり、
その後に休憩を挟んでいよいよ唯ちゃんのピアノ協奏曲だ。
◆ ◆ ◆
ヴァイオリンとピアノの二重奏が終わった後、休憩に入った所でふと拓未に視線を移すと、
上木さんが拓未を起こしていた。
「拓未ー、起きてー」
「……ん? あれ……? いつの間にか寝てたー」
「今から十五分の休憩だって。ロビー出ようよ」
そう言って拓未の腕を引っ張る上木さん。
(……てっ!? 上木さんが“拓未”って呼んでるっ?)
「お、おいっ、拓未、お前……ひょっとして……上木さんと付き合ってる……?」
「あぁ、うん。言ってなかったけか?」
まだ眠そうな顔でしれっと答える拓未。
「い、いつの間に……」
「クリスマスイブからだよ♪」
顔を引き攣らせている俺に上木さんがにっこり笑って答えた。
相変わらず、展開が速い。
休憩が終わって――、
再び客席に戻ると舞台の中央に黒いグランドピアノとその後ろにオーケストラの為の椅子と譜面台が並べられていた。
いよいよ唯ちゃんの出番だ。
曲は『アレクサンドル・スクリャービンのピアノ協奏曲嬰ヘ短調op.20』
パンフレットに書かれている作曲者名と曲名を見てもさっぱりピンと来ないが、ただワクワク感だけはある。
黒いタキシードと黒いドレスに身を包んだオーケストラのメンバーが袖からぞろぞろと出て来る。
高校生と言っても何もかもが本格的だ。
(……という事は、唯ちゃんもドレスかな?)
――なんて事を思っていると、黒い燕尾服を着た先生らしき男性とその後ろから背が低くて長い髪の女の子が出て来た。
サイドの髪を後ろでスワロフスキーのバレッタで留めている。
黒に近い濃紺のロングドレスにも銀糸で細かい刺繍が施され、小さなスワロフスキーが散りばめられている。
決して派手でもなく地味でもなく、とても彼女によく似合っていた。
舞台の中央で指揮者と先生と共に一礼する唯ちゃん。
とても落ち着いていて堂々としている。
普段の彼女とは大違いだ。
(あれ、実は舞ちゃん……ていうオチはないよな?)
コソッと長瀬の隣に座っている舞ちゃんをチラ見。
でも、まったく同じ顔をしているからよくわからなかった。
俺が余所見をしている間に舞台の上では既に唯ちゃんがピアノの前に座り、指揮者が指揮棒を構えていた。
指揮棒に合わせてオーケストラが奏で始める。
短い導入部の後に唯ちゃんのピアノが入り、抒情的で情熱的な旋律が耳に入って来た。
流石にトップクラスの成績というだけあって素晴らしい演奏だ。
「……」
さっきまで寝ていた拓未もばっちり起きたまま聴き入っている。
いや、拓未だけじゃない。
客席にいる誰もがそうだった――。
◆ ◆ ◆
演奏会が終わって――、
俺達は出演者達の楽屋に向かった。
「唯!」
舞ちゃんが逸早く廊下にいる彼女の姿を見つけて声を掛ける。
流石は双子だ。
舞ちゃんが唯ちゃんに駆け寄る。
(まるで合わせ鏡だな)
「唯、お疲れ♪」
上木さんと長瀬も唯ちゃんに声を掛ける。
その後に続く拓未。
「……篠原くん」
そして最後に現れた俺の顔を見た唯ちゃんは少し驚いた顔をした。
まさか本当に俺が来るとは思っていなかったらしい。
「お疲れ様、すごくいい演奏だったよ」
「……っ」
俺が素直な感想を口にすると彼女は真っ赤な顔をして俯いた。
これがさっきまで堂々と素晴らしい演奏をしていた人物と同じだとは到底思えない。
「……あ、ありがとう」
唯ちゃんはまだ赤い顔で言った。
……ドキ……ドキ……ドキ……、
俺は自分でも胸の鼓動が速くなっていくのがわかった。
俺の中で、どんどん唯ちゃんの存在が大きくなって行く。
それも自覚した瞬間だった――。
◆ ◆ ◆
演奏会から数週間後――、
俺と唯ちゃんはあの演奏会の日から、少しずつメールをする回数が増えていった。
最初は俺から。
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おはよう。
今日は一時限目から体育
(-_-;
眠いのに・・・
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登校して、自分の席から送信。
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こんにちは。
私は一時限目は音楽理論だったよ。
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彼女からの返事は最初は夕方になってからだった。
しかも、短い。
だが――、
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こんにちは。
私の方はお昼から国語だよ。
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そのうち、返事が昼休憩に来たり、三時限目の終わりに来たり、二時限目の終わりに来たり――、
段々、返事が返ってくるのが早くなって来た。
どうやら、まめに携帯をチェックしてくれるようになったみたいだ。
それに、彼女の方からもたまにメールが来るようになった。
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今日のお弁当の中身は
コロッケと玉子焼きと
ほうれん草のソテー。
篠原くんはお弁当のおかずは
何が好き?
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俺は唐揚げとか肉系かな。
玉子焼きやコロッケも好きだけど、
でも、うちはお袋が忙しいから
弁当はほとんど作ってくれないかな。
だいたいは学食。
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私もたまに学食に行くよ。
うちは私と舞の二人分の
お弁当を作らなきゃいけないから
大変みたい。
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確かに唯ちゃんのお母さんは
なんでも二倍用意しなきゃ
いけないから大変だね。
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この間、偶然舞ちゃんと学食で会った時、お兄さんの雅紀さんは音大に通っていて
一人暮らしをしているんだと聞いた。
実家から大学までは通うのに厳しいからだそうだ。
実家には数ヶ月に一度顔を見せに戻って来ているらしいが、それでも双子のお母さんというのは大変みたいだ。
そして、唯ちゃんの方も徐々に俺に対して心を開いて来たある日――、
「あれっ? 唯ちゃん?」
俺のバイト先に唯ちゃんが現れた。