言葉のかわりに -番外編・それでも君に恋してた 12-

 

 

「……こ、こんばんは」

恥ずかしそうに挨拶をした唯ちゃん。

いつもメールで会話を交わしていてもやはり直接会うと緊張をするらしい。

 

「こんばんは……て、今日ってレッスンの日じゃないよね?」

彼女からメールで音楽教室のレッスン日は毎週木曜日だと聞いていた。

しかし、今日は水曜日だ。

 

(誰かと代わったのかな?)

 

「あの……お仕事中、ごめんなさいっ。えっと……これ、篠原くんに……この間、演奏会に来てくれたお礼……」

そう言って俺に小さな手提げの紙袋を差し出した彼女。

 

「え?」

 

「そ、それじゃ……っ」

俺に謎の手提げ袋だけを手渡して逃げる様に立ち去る唯ちゃん。

 

「え? え? 唯ちゃんっ?」

バイト中の俺は追い掛けて行く事も出来ず、呆然としていた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

家に帰り、唯ちゃんに貰った手提げ袋を開けてみた。

中にはメッセージカードと綺麗にラッピングされた何か。

 

(んー? なんだろ、これ?)

 

クンクン……、

「こ、これは……」

チョコレートの匂いだ。

メッセージカードには“St. Valentine's Day”の印刷された文字と『いつもありがとう。感謝の気持ちと想いを込めて――』の手書き文字。

 

「そういえば、今日ってバレンタインデーだった」

バイトでレジに入っている時もここ数日チョコレートがバカ売れていたし、今日も駆け込みで買って行った女性客が何人もいた。

 

(“いつもありがとう”って……義理チョコかな? 義理チョコだよな?

 でも、この“想いを込めて”ってのはなんだろ?)

いろいろ考えながらラッピングを解く。

 

「おぉっ?」

中から出てきたのは手作りのチョコレートだった。

だが、実は俺はチョコレートが苦手だ。

チョコチップクッキーなら食べられるが、板チョコやブロック状の塊だったりする物は

口に入れる事さえ拒むところだが、気が付けば俺は唯ちゃんから貰ったチョコを口に入れていた。

 

(うまっ)

甘さ控えめで少し苦味のあるビター。

これなら全部食べられそうだ。

 

俺はさっそく唯ちゃんにお礼のメールを打った。

 

−−−−−−−−−−

こんばんは。

チョコレートありがとう。

すごく美味しかったよ。

−−−−−−−−−−

 

本当は電話を掛けようかとも思ったが、なんだが照れてしまって上手くお礼が言えない気がしたのだ――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――そして三月。

 

一ヶ月前、唯ちゃんが俺にくれたチョコと後は“気持ち”に応える日・ホワイトデーが近付いてきた。

“気持ち”と言っても彼女の場合は“感謝の気持ち”だが。

 

「なぁ、拓未」

 

「あ?」

 

「ホワイトデーって何をすればいいんだ?」

今までバレンタインデーには毎年チョコを貰っていた。

しかし、ホワイトデーのお返しはいつも適当だった。

母親にお返し用のクッキーを人数分買って来て貰い、それを渡す。

そんな事しかやっていなかったから俺的に“本命”の唯ちゃんに対してどうお返しをしていいのかわからないのだ。

高一にもなってこんな事もわからないのはどうかと思ったが、俺は思い切って拓未に訊いた。

 

「唯ちゃんか?」

 

「……う、うん」

 

「って! バレンタイン、唯ちゃんに貰ってたのかっ?」

唯ちゃんからバレンタインデーに手作りチョコを貰った事は誰にも言っていなかった。

拓未が目を丸くして驚く。

 

「実は貰ってた」

 

「どこかに呼び出されたのか?」

 

「いや、バレンタインの日にバイト先に現れて、チョコを渡されたんだ」

 

「へぇー、唯ちゃん、やるぅー♪」

 

「けど、いざお返ししようと思ったら、どうしていいかわかんなくてさ」

 

「まぁ、お前がわざわざそんな事を訊くって事は“本命”として唯ちゃんにお返しをしたいって事なんだろ?」

にやりとする拓未。

 

「……ん、まぁ……」

 

「そうだなぁー……、スィーツが美味しい店で彼女が好きなスィーツをご馳走するのが無難じゃないか?

 普通にいつも通りにお袋さんに買って来て貰ったクッキーを適当に渡すだけじゃ他の子と差がないしな。

 けど、お前のその様子じゃ唯ちゃんに告られてもないみたいだし?」

 

(す、鋭い……)

 

「まぁ、唯ちゃんの方から告る事は性格的に出来ないだろうから……、お前から告るつもりなら尚更、

 静かで落ち着ける場所でゆっくり口説くのがいいんじゃないか?」

 

「口説くって……」

 

「ははは、口説くってのは大袈裟だけど二人で他愛のない話でもなんでもして、ゆっくりするのもいいと思うぞ?」

拓未は意地悪そうな顔をしても、いつも真剣にこうして考えてくれる。

 

「うん、頑張ってみるよ……ありがとう」

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

それから三日後――、

ホワイトデーの前日、俺は唯ちゃんにメールを送った。

 

−−−−−−−−−−

こんばんは。

明日、放課後に駅のすぐ近くにある

『アンスリール』っていう

カフェで待ってる。

何か用事があるかな?

−−−−−−−−−−

 

そこはスィーツが可愛くて美味しいというあらゆる世代の女性達に人気の閑静な住宅街にあるカフェだ。

実は昨夜、ネットでリサーチしたのだ。

 

−−−−−−−−−−

こんばんは。

特に予定はないから大丈夫。

多分、十七時には行けると思う。

−−−−−−−−−−

 

唯ちゃんからの返事は一時間後に来た。

 

(よかった……空いてた)

 

−−−−−−−−−−

じゃあ、十七時にそこで。

もし、遅れても慌てなくて

大丈夫だからね。

−−−−−−−−−−

 

−−−−−−−−−−

うん。

それじゃあ、明日十七時に。

おやすみなさい。

−−−−−−−−−−

 

−−−−−−−−−−

おやすみ。

−−−−−−−−−−

 

その夜、俺はドキドキしながら眠りに就いた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

翌日の放課後――。

 

待ち合わせ場所のカフェには意外にも彼女の方が先に来ていた。

 

「ごめん、待った?」

 

「ううん、私も今来たばっかり」

そう言って可愛らしい笑みを浮かべた彼女。

一月の定期演奏会の時のように堂々としているとかそんなのはないけれど、

最初の頃よりも直接顔を合わせても段々緊張せずに話せるようになっている。

 

「今日、何の日かわかる?」

彼女の目の前に椅子に腰を下ろして訊ねる。

 

「んー? ホワイトデーくらいしか……思い浮かばないよ?」

少し考えて口を開いた唯ちゃん。

 

「正解。て事で、バレンタインのお返しになんでも好きな物、オーダーして」

 

「え……?」

 

「本当は事前にどんな物が好きなのかリサーチすればいいんだけど、それよりもゆっくり落ち着いて

 唯ちゃんと話がしたかったから」

 

「……」

顔を真っ赤にする唯ちゃん。

俺も言っててなんか照れ臭いけれど、彼女と居るとどういう訳かとても居心地が良かった。

 

 

しばらくして、俺と唯ちゃんがオーダーした物が運ばれて来た。

「カフェ・ラ・テと桜のショートケーキでございます。ごゆっくりどうぞ♪」

笑顔がとても良い爽やかな店員が俺と唯ちゃんの前にハートのラテアートが浮かんだカフェ・ラ・テと

淡いピンクのクリームで可愛らしくデコレーションされたショートケーキを置いた。

 

「わぁ〜っ、可愛い、綺麗♪」

嬉しそうな声を上げる唯ちゃん。

フォークを持ったまま頬を染めて高揚している。

 

そして一口ケーキを口にしてこう言った。

「私、ずっとこのお店に入ってみたくて……でも、こんなに可愛くて美味しいスィーツに出会えるなら

 もっと早く勇気を出して篠原くんを誘えば良かった……あ、でも……忙しいよね?」

 

(唯ちゃん、このカフェ知ってたんだ……?)

「俺で良かったらいつでも時間を空けるよ? 唯ちゃんの為なら」

 

「……え?」

 

「唯ちゃん……もし、君に今、好きな人がいないなら……俺と……――」

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――あ……、

 

……あれ……?

 

(気持ち良い……)

誰かに頭を優しく撫でられている感触……、

 

俺はそこで目が覚めた――。

 

「……ん……?」

 

「かず君、可愛い♪」

目を開けると唯の優しい笑みが視界に広がった。

 

「……あれ?」

俺は自分の頭の下にある柔らかい物を手でなぞってみた。

 

「ふふ、くすぐったいよ♪」

唯が苦笑いする。

俺が撫でたのは彼女の太ももだったらしい。

どうやら膝枕をされているようだ。

 

「俺、寝てた?」

 

「うん♪」

 

「あ……ねぇ、唯」

 

「うん?」

 

「さっきの答え」

 

「?」

 

「もし、舞ちゃんが生きてたら……て、話」

 

「うん?」

 

「俺、舞ちゃんが生きてたとしても、きっと唯に出会ってた。出会って、それで……やっぱり唯に恋してた」

 

そう――、

 

俺と唯は絶対出会っていた。

どんな運命であろうと。

 

そして……

 

俺は必ず唯に恋をするんだ――。

 

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