言葉のかわりに−第二章・2−
唯と香奈、真由子の三人はファーストフードに入り、他のメンバーと合流した。
「ヴォーカルをやる事になった上木香奈です」
「えっと……キーボードやる事になった神崎唯です」
唯と香奈が自己紹介をした後、真由子が他のメンバーを紹介する。
「こちらギターの樋口瑤子ちゃん、で、こっちがドラムの森宮奈津子ちゃん」
二人共やはりバンドを組んでいるが、真由子とは違うバンドでやっている。
だから今回はセッションバンドという事だ。
みんなで「よろしくね」と言い、唯達は瑤子と奈津子の目の前に座った。
「あ……ちょっとミーティング始める前にメール打たせて」
そう言って香奈が携帯を取り出した。
「あ、そだ、私も連絡しとかなきゃ!」
唯も慌てて携帯を出す。
「彼氏と約束でもしてた?」
瑤子がにやりとした。
「うん、一緒に帰ろうって言ってたから、ちょっと連絡入れとかないと……ごめんね」
そう言って唯と香奈はポチポチとメールを打ち始めた。
唯がメールを送った後、和磨からJuliusも緊急ミーティングが入ったと返事が来た。
「あっちも緊急ミーティングみたいね」
香奈にも同じ様なメールが拓未から来たらしい。
「うん、そうだね」
唯が言いながら携帯をカバンに仕舞う。
すると、香奈が「あれ?」と、店の入り口の方へ視線を向けた。
丁度Juliusのメンバーが入って来るところだった。
拓未は香奈に気付くとニッと笑って手を振った。
香奈も手を振り返しながら、横にいる唯をツンツンつつくと、きゃあきゃあと悶えながら笑い始めた。
唯はつつかれたところが丁度弱点だったらしい。
その様子を和磨達は笑いながら見ていた。
そして、ようやくJuliusのメンバーがいる事に気が付いた唯は、顔を赤くしながら小さく手を振った。
それからすぐにミーティングを始めた唯達。
まずはバンド名。
「なんか可愛い感じの名前がいいね」
「ガールズバンドっぽいやつ」
――と、遥子と奈津子。
「文化祭でミラクル起こせるように『ミラクル』は?」
香奈が冗談っぽく言う。
「捻りがないなぁー」
真由子が苦笑いをする。
「じゃあ、“Oracle(オラクル)”は?」
すると、笑いながらみんなの話を聞いていた唯が口を開いた。
「「「「おらくる?」」」」
一斉に唯に視線を移す四人。
「“神のお告げ”って言う意味なんだけど、“ミラクル”と響きが似てるからどうかなと思って」
「「「「それ、いいかも♪」」」」
こうして、なんともあっさりとバンド名が決まり、次はカバーをする曲の方向性だ。
「香奈の声質から考えると軽めのPOPSがいいと思うけど、どうかな?」
真由子の提案に他のメンバーも頷き、カバー曲の候補を挙げていった――。
◆ ◆ ◆
だいたい一通りの事を決め終え、雑談をしていると香奈の携帯にメールが届いた。
拓未からだ。
香奈が拓未の方へ視線をやるとJuliusのミーティングはすんなり終わったらしく、
気が付くと准と智也は帰っていた。
和磨と拓未はどうやら唯と香奈を待っているらしい。
香奈は拓未にメールを返し、
「ごめん、ちょっと用事が出来たから唯と先に帰るね」
そう言って唯の手を引き、店を出た。
店の外にはいつの間に出て来たのか、和磨と拓未が立っていた。
「お前らミーティング長すぎ……」
拓未が待ちくたびれた顔で言った。
「だってしょうがないじゃない、そっちと違ってこっちは一から決めなきゃいけないんだからー」
そう言って香奈が頬をふくらませる。
「てか、なんのミーティング?」
拓未は香奈の脹れた頬を指でツンとつついてつぶした。
その様子が可笑しくて後ろを歩いていた唯と和磨が笑い出す。
「んー、あのね、唯とバンドやる事になったの」
香奈がそう言うと、
「「はぁ?」」
和磨と拓未は同時に声を発した。
「あ、といっても文化祭の為だけのね」
「あー、て事は……アレだな」
拓未は和磨をちらりと見た。
「アレか」
和磨もピンと来たらしく、拓未となにやら頷き合っている。
「「アレってなに?」」
今度は唯と香奈が同時に声を発した。
「文化祭の二日目にやる野外ライブじゃねぇの?」
「当たり!」
「それ、俺らも出るから」
「「えっ!?」」
唯と香奈はまた同時に声を発して驚いた。
「俺らは“客寄せパンダ”らしい」
「何それ? 意味わかんない」
香奈はケラケラと笑った。
「て事は……かず君と初競演?」
唯が和磨に嬉しそうに言った。
「そういう事になるな」
和磨もなんだか嬉しそうだ。
「ところで、唯ちゃんはキーボードだとして……香奈は何やるんだよ?」
「ふふん、ヴォーカル♪」
香奈はそう言って両手を腰に当て、胸を張ると、
「あ、そだ。篠原くん、腹式呼吸教えてー?」
後ろを歩いていた和磨を振り返った。
「あ? うん、いいけど」
「じゃ、今からは?」
「今からぁ?」
「唯とデートするつもりだった?」
香奈は拓未並みに鋭い。
コイツも侮れないな……。
和磨はそう思った。
「あ、その前にちょっとレンタル屋さん!」
そう言って香奈が拓未の腕をぐいっと引っ張って方向転換した。
「レンタル屋? 何しに?」
拓未は香奈に半分引きずられながら歩いている。
「バンドでやる曲、借りてくの」
「あー、なるほど」
「実際にやる曲で腹式呼吸教えて貰った方がいいと思って」
香奈の中ではもうすっかり今から腹式呼吸のレッスンをやる事になっているらしい。
「俺、まだ今からやるとも言ってねぇけど……」
和磨がボソッと呟くと、
「なんか言ったー?」
と、すかさず香奈から言われ、
「……いや、なんでも」
和磨はそう答えるしかなかった――。
そして、翌日から唯と香奈は昼休憩に二人で音楽室のピアノを借りて歌のレッスンをする事になった。
和磨から教えてもらった腹式呼吸を思い出しつつ、最初に軽い発声練習、その後歌の旋律に沿って
一音一音ピアノの音を聴いて合わせていく。
元々、歌がうまい香奈は音程に問題はなく腹式呼吸に慣れていくだけだった――。
◆ ◆ ◆
――その週末の土曜日。
さっそくOracleのスタジオ練習があった。
平日の唯とのレッスンの甲斐もあり、練習はすんなりと進んだ。
三時間というやや長い練習が終わり、Oracleのメンバーがスタジオを出ると丁度Juliusのメンバーも
スタジオから出て来たところだった。
「あ、拓未!」
香奈は拓未に手を振った。
「おぅ!」
拓未も香奈に気付き、手を振り返した。
唯と和磨はお互い無言で小さく手を振っている。
「あんた達、相変わらず無口なカップルね」
香奈はボソッと言い放つとクスリと笑った。
唯達Oracleのメンバーはスタジオ練習を録音したMDを聴きながら反省点やアレンジについてミーティングを始めた。
「初回の練習にしては、あたしはいい出来だと思うけどみんなはどぉ?」
MDを一通り聴き終えて、リーダーの真由子が口を開いた。
「そうだね、香奈ちゃんもバンド初心者とは思えないくらいだし」
「ちゃんと腹式呼吸も出来てるしね」
そう言って瑤子と奈津子も香奈を褒めてくれた。
「んー、それはきっと指導者がいいから」
香奈はにんまりと笑った。
「それって唯ちゃん?」
「唯もだけど、もう一人」
そう言って香奈は横でミーティングしている和磨達をちらりと見る。
「そういえば唯ちゃんと香奈ちゃん、さっきJuliusのメンバーに手振ってたけど知り合い?」
「え? う、うん……まぁ……」
瑤子にそう訊かれ、曖昧に返事をする唯。
人気のあるバンドのヴォーカルだし、なんといっても学校一の有名人だから『和磨と付き合っている』とはハッキリ言えなかった。
香奈も唯があまり公にしたくなさそうなのを察し、「まぁ……ね」とだけ答えた。
その会話が和磨と拓未の耳にも入っていた事はもちろん唯は気付いてはいない――。