言葉のかわりに−第二章・3−

 

 

「じゃあ、また明日」

Oracleのミーティングが終わり、真由子達は唯と香奈を残して先に帰った。

 

隣でミーティングをしていたJuliusはというと――、やはりとっくに終わっていた。

准と智也は今日も先に帰ったようだ。

 

「“また明日”って聞こえたけど明日も練習?」

拓未が香奈の後ろから顔を出した。

今日もまた『待ちくたびれました』と言う顔になっている。

 

「うん、即席バンドだから合わせられる時に合わせておかないと」

香奈はそう言いながら拓未の頬を両手でプニプニと摘んだ。

 

「そういえばJuliusって、結成したのいつ?」

遊んでいる香奈と拓未をよそに隣に移動してきた和磨に唯が訊ねた。

 

「高校入ってからすぐくらいかな」

 

「じゃあ約一年半かぁ……」

 

「うん……ところで唯はバンドってやった事ないの?」

 

「うん、ないよ」

 

「じゃ、クラシック以外の曲って初めて?」

 

「ううん、そんな事ないよ。家でたまにロックとかポップスとかジャズなんか弾く事あるし」

実際、Juliusの曲だって弾いている。

 

「へぇー、クラシックしか弾かないのかと思ってた」

和磨が意外そうな顔をした。

 

「んじゃ、ロックとかも普通に聴いたりするの?」

 

「うん。あ、でも所謂ハードロックとかヘビメタとかは聴かないけど」

 

「じゃあ、日本のバンドの中で一番好きなのは?」

 

「もちろんJulius」

唯は即答してにっこり笑った。

 

それを聞いてちょっと顔を赤くする和磨。

 

さらにその様子を眺めてニヤついている香奈と拓未。

 

「じ、じゃあ……二番目に好きなのは?」

 

「The Salt Of The Earth」

 

「えっ!? マジ?」

The Salt Of The Earthが好きだったのがそんなに意外だったのだろうか?

和磨が目を見開く。

 

「意外?」

唯はクスクスと笑った。

 

「ん……てか、俺も好きだから」

 

「えっ!? そうなの?」

 

「うん」

和磨はにっこり笑った。

 

「つーか、お前ら今さらそんな会話で盛り上がってんのかよー」

隣で頬杖をついて会話を聞いていた拓未が突っ込んできた。

 

確かに唯と和磨が付き合い始めて既に二ヶ月が過ぎている。

普通のカップルならとっくにお互い好きなアーティストが一緒だという事が判明していてもおかしくない。

 

「“無口なカップル”だから仕方ないよ」

香奈はプププッと笑った。

 

「まぁ、片方は“恋愛初心者”だしな?」

拓未はにやっと笑って和磨をちらりと見た。

 

「てか、両方だと思うよ?」

香奈もにやりとして唯に視線を移した。

 

「「……」」

そして何も反論できない唯と和磨。

 

「さて、“初心者いじり”はこれくらいにしてそろそろ帰るか」

拓未はそう言うと香奈と手を繋いで「ばいばーい!」と去って行った。

 

「“初心者いじり”じゃなくて今のは“初心者いじめ”だろ……」

和磨がボソッと呟いた。

 

「でも、かず君は“恋愛初心者”じゃないでしょ?」

 

「拓未に言わせるとそうらしいけど?」

 

「?」

唯はどこが? と言った顔をしている。

 

「あのさ……」

「うん?」

「前からちょっと気になってた事があって……」

「なぁに?」

「思い切って訊くけど……」

「うん」

「……俺で何人目?」

「?」

「いや……だから、その……唯が付き合った男の数」

和磨は少し言いにくそうに訊いてきた。

 

「……初めてだよ」

 

「……え、うそ」

唯の答えを聞いて和磨は驚いた。

 

「俺が初めて……?」

 

「う、うん……」

唯は少し顔を赤くして俯いた。

 

「で、でも……俺の前にも告白とかされたりした事、“絶対”あるだろ?」

実際、和磨は岡本の告白を立ち聞きしてしまっている。

だから“絶対”と言える。

 

「あるけど……」

 

「全部断ってたんだ?」

 

「う、うん」

 

「だから上木さんが唯も“恋愛初心者”って言ってたのか……」

 

「そうみたい」

唯はクスッと笑った。

 

“恋愛初心者”同士……。

 

和磨はなんだかホッとした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――Oracleの初練習があった数日後。

 

いつものように唯が和磨と一緒に帰っていると、

「唯、ちょっと公園寄って行かない?」

和磨は唯に告白をしたあの公園へ行こうと誘った。

付き合うようになってから二人でよく一緒に行く公園だ。

 

「うん」

唯もなんの抵抗もなく返事をした。

 

 

公園に着くといつも高台にある展望台に行く。

街を一望出来て、タイミングが良ければ綺麗な夕陽が見られる。

 

人通りが少ない場所から階段を登っていく為、ここに来る人はほとんどいない。

学校にいるとお互いいろいろと周囲が気になる事もあるので唯と和磨は静かなこの場所が気に入っていた。

 

二人でベンチに腰を掛け、展望台からの景色を眺めていると、九月の心地よい風が二人を包んだ。

 

「これくらいの季節の風が一番気持ちいいね」

そう言って唯は空を見上げて目を閉じた。

 

「あぁ、そうだな……」

和磨も同じ様に空を見上げる。

 

 

そして、しばらく二人で空を眺めていると不意に和磨が唯に視線を移した。

「唯……」

 

「ん?」

名前を呼ばれ、唯も和磨に視線を移した。

 

「誕生日おめでとう」

和磨は優しく微笑みながらリボンの掛かった小さな箱を唯の前に差し出した。

 

「え……」

唯は驚いた顔で和磨を見つめていた。

 

九月十二日の今日――、この日は唯の十七回目の誕生日だった。

 

「知ってたの?」

 

「てか、知らないと思ってた?」

和磨はククッと笑った。

 

実は、香奈がこっそり和磨にそれとなく教えていたのだ。

唯は和磨からプレゼントを受け取り、やや固まったままでいた。

 

「開けてみて?」

そう言って唯に開けるよう促す和磨。

 

「う、うん」

唯はゆっくりとリボンを解き、小さな箱を開けた。

 

「これ……」

中にはネックレスが入っていた。

シルバーのシンプルなデザインで、しかもペアだ。

もちろん和磨が以前付き合っていた彼女にはこんな事などした事はない。

プレゼントを選ぶのも買うのも初めてであれこれ悩んだ。

 

「ペアネックレス」

和磨はそう言って優しく微笑み、女性用のネックレスを唯の首に手を回してつけてくれた。

 

「あ、ありがとう……」

唯は少し頬を赤くしながら嬉しそうに言った。

 

「俺がもう少し大人になったら、もっといい物買えるんだけどな」

和磨は照れくさそうに笑った。

 

そして唯も男性用のネックレスを同じ様に和磨の首に手を回してつけた後、

「値段じゃなくて……かず君の気持ちだけで嬉しいよ?」

――と、微笑んだ。

 

「実はこれ、唯のと俺のを合わせると十字架になるんだ」

そう言って、和磨は自分のネックレスと唯のネックレスを合わせた。

自ずと唯と和磨の顔が近づく。

 

和磨はそのまま、唯の唇にそっと自分の唇を合わせた。

 

「これ……いつも着けてて?」

和磨は唯の黒い瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。

 

「うん」

唯も視線を逸らす事無く答えた。

 

平日も休日もなんだかんだで思うように会えない事も少なくない。

それならせめて同じ物をつけていたい……。

しかし、指輪はサイズを知らないし、訊くとバレバレだし、何より周囲の人間が騒ぐだろう。

だったら、“目立たない所でペアの物”がいい。

 

それで考え付いたのがペアネックレスだった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――それから、あっという間に文化祭一日目。

 

唯と香奈のクラスも模擬店をやっていた。

男子は執事、女子はメイドの格好で接客をする喫茶店で昼の一時から三時までが唯と香奈が模擬店に入る時間になっていた。

 

そろそろ交代の時間。

唯と香奈は模擬店の裏側でメイド服に着替えていた。

 

「うはっ! 唯、なかなかハマってるねぇ〜っ」

全身メイド服に身を包んだ唯を香奈が絶賛する。

 

「え……、そ、そぉ?」

唯は恥ずかしそうにしながら、鏡に映った自分の姿を見た。

メイド服と言っても、もちろん普通のではなく、所謂秋葉系のだ。

薄いピンクのパフスリーブ、俗に言うちょうちん袖のワンピース。

絞ってある袖口と胸元には小さなリボンがついている。

もちろんミニでスカートの裾の下からはふりふりの白いレースが見えている。

ワンピースの上からつけている白いエプロンにも大きめのふりふりレースがついていて、

頭につけた淡いピンクのカチューシャにも白いレースがついている。

止めは小さなリボンがついた白いハイソックス。

 

一体誰がどこでどうやって調達して来たのやら……。

 

背が低く、少し童顔な唯は見事にメイド服にハマッていた。

秋葉原のメイド喫茶でバイトをしていると言っても誰もが信じてしまうだろう。

 

「そろそろ交代に行こうか」

 

「う、うん」

 

 

唯と香奈が模擬店に出ると、次々とお客が入り始めた。

みんな唯を目当てに入って来る。

 

「あのー、一緒に写真いいですか?」

さっそく数人の男子に声を掛けられた唯。

 

「あ……、は、はい……」

模擬店の売りは気に入った執事やメイドがいれば一枚百円で写真撮影OKというところ。

クラスの中で一番メイド服がハマッていた唯は当然人気が集中した。

 

「やっぱ“執事・メイド喫茶”やって正解かも! 唯の集客力はすごいね」

そう言って香奈はニコニコしている。

 

「……」

唯は戸惑いつつ、さっきから視線を感じて恥ずかしくて堪らないと言った感じでいた。

 

そこへ和磨と拓未が来た。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

香奈は二人に近づき、にっこりと笑った。

 

「お、香奈。結構似合ってんじゃん」

そう言ってニッと笑った拓未。

 

和磨は唯を探してキョロキョロしている。

 

「私より似合ってる人があそこにいるわよ」

香奈は写真撮影の順番待ちの列の先にいる唯に視線を向けた。

 

「うほっ! 唯ちゃん、ハマッてる!」

拓未は唯の姿を見るなりそう言った。

 

「でしょ?」

 

「てか、これなんの行列?」

和磨は思いっきり怪訝な顔をしながら香奈に訊ねた。

 

「あ、写真撮影」

「写真撮影?」

「そそ、うちの模擬店では気に入った執事やメイドと一枚百円で写真撮影が出来るの」

「ふーん……」

和磨は改めて行列を見て、あからさまにおもしろくなさそうな顔をした。

 

「んじゃ、香奈。後で俺と撮って?」

拓未がそう言うと、

「はい、畏まりました。ご主人様」

香奈は可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「唯ちゃんも後で一緒に撮ってもらおっと♪」

 

「え……?」

和磨は思わず拓未を見る。

拓未は和磨をちらりと横目で見るとニヤッとした。

 

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