言葉のかわりに−第二章・1−

 

 

花火大会の日から一週間が過ぎ、学校が始まった。

 

香奈はまだ夏休み気分が抜けていないのか、今日は一段と寝坊したようだ。

そんな訳で唯がテクテクと一人で学校に向かっていると、後ろから和磨が唯の姿を見つけて駆け寄って来た。

 

「おはよう、唯」

和磨は唯の隣に並ぶと柔らかく微笑んだ。

唯もニコッと笑い「おはよう」と返す。

 

「上木さんは? 寝坊?」

 

「うん、今日は相当やばいみたい」

唯はそう言いながら苦笑した。

 

「そう言えば、唯って寝坊とかしないな?」

 

「私は香奈みたいに朝は苦手じゃないし」

 

「上木さん、朝苦手なんだ?」

 

「うん、幼稚園の頃からずっと一緒に通学してるけど、その頃から既に朝が苦手で毎日寝坊してたもん」

 

「それはまた年季が入った寝坊癖だな」

和磨はククッと笑った。

 

「てか、幼稚園の時からの付き合いなのか」

 

「ううん、正確にはもう少し前から」

 

「えっ!?」

和磨は唯と香奈が幼稚園よりも前からの付き合いだと聞いて驚いた。

 

「いつから?」

 

「んっとね、二才……? かな?」

 

「そんな頃から?」

 

「あー、でもさすがに私と香奈は憶えてなくてお母さん達がそう言ってるから」

 

「まぁ、確かに二才じゃ記憶がないのは当然だよな」

 

「だからどっちかと言うと気が付いたらいつも一緒にいたって感じ」

 

「ふーん」

香奈が『唯とは長い付き合いだ』と言っていたが、まさかこれまでの人生を

ほぼ一緒に過ごしたきた程だとは和磨は思ってもみなかった。

どうりで唯の性格や行動を熟知しているはずだ。

 

(まるで姉妹だな……)

「ところで唯、今日もレッスンあるのか?」

 

「ううん、今日は何もないよ」

 

「んじゃ、一緒に帰ろう」

和磨がそう言うと唯は嬉しそうに「うんっ」と返事をした。

 

今日は始業式と、その後にHRがあるだけだ。

本格的に授業があるのは明日から……という訳で午前中だけで学校が終わる。

 

これなら唯とゆっくり出来そうだ――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

HRが終わり、唯と香奈が帰り支度をしていると二人の共通の友人でもある芹沢真由子が教室に入って来た。

和磨達と同じ様にバンドを組んでいてベースをやっている。

 

「あれ? 真由子、どうしたの?」

香奈が真由子に気付き手を振った。

 

「あ、真由ちゃん」

そして唯も真由子に手を振ると、

「ちょっと二人に話があってー」

真由子が唯と香奈の目の前に来た。

 

「「話?」」

 

「うん、あのね……今度の文化祭に一緒にバンド組んで出ない?」

真由子はそう言ってニッと笑った。

 

「「バンド!?」」

唯と香奈は顔を見合わせた。

 

「どぉ?」

真由子は二人の顔を交互に見る。

 

「んー、おもしろそうだけど……あたし、なんにも楽器出来ないよ?」

唯達が通う高校は一応進学校と言う事もあって三年生の受験勉強にあまり影響が出ない様に十月の初めに文化祭が行われる。

つまり約一ヶ月後だ。

しかし、拓未からギターを教えて貰うにしても一ヶ月では時間が足りない。

 

「あ、香奈にはヴォーカルやってほしいんだよね」

 

「へ?」

香奈はあんぐりと口を開けた。

 

「前から思ってたんだけど香奈ってさ、歌うまいし、いい声してるから」

 

「えー、でもそれカラオケの話でしょ?」

 

「うん、そーだけど。まぁお祭りなんだし軽い気持ちで!」

 

「んー……、やるにしても他のメンバーは? 今から集めるの?」

 

「それはもうバッチリ! ギターもドラムも決まってるから」

真由子はにんまり笑った。

 

「じゃ……後はあたしと唯次第って事?」

 

「そそ」

そう言って真由子はさっきから黙っている唯に視線を向けた。

 

「え……私……?」

唯は戸惑いながら、どうすればいいのかわからないと言った感じで困っている。

 

「唯はどうしたい?」

香奈はいつもこういう時、まず唯にどうしたいかを訊いてくれる。

最初から「やってみようよ」と言うと唯の性格上、流されてしまうのがわかっているからだ。

 

「んー……香奈がやるならやる」

 

「でも、十二月にコンクールに出るんでしょ? 大丈夫?」

 

「うん、夏休みに特訓したから後は少しずつ仕上げていけばいいだけだし」

 

「そっか、じゃあ……やってみる?」

 

「うん!」

 

話は決まった。

 

「じゃ、唯ちゃんはもちろんキーボードね」

 

「うん」

 

「それじゃあ、さっそくだけど他のメンバーと合流してやる曲と練習の日程決めるから、

 今からミーティングいいかな?」

 

「うん、あたしは大丈夫だよ。唯は?」

 

「私も今日はレッスンない日だから大丈夫」

 

「んじゃ、行こっか」

真由子がそう言うと、唯と香奈は立ち上がり、三人は教室を後にした――。

 

 

その頃、和磨はというと――、

 

HRが終わった後、Juliusのメンバーと共に生徒会室にいた。

文化祭実行委員会の会長に呼び出されたのだ。

 

「すみません、急にお呼びして」

……と、少し事務的な口調で話し始めたのは三年八組の佐々木悠子だ。

黒縁の眼鏡をかけた、いかにもインテリな感じの女の子で生徒会の会長である。

文化祭実行委員会と言っても実は生徒会の人間が兼任している。

なので、文化祭実行委員会の会長も彼女だ。

 

「それで、さっそくなんですが……まずこちらに目を通して下さい」

悠子は数枚の書類をリーダーである拓未に手渡した。

文化祭の企画書だ。

今年はどうやら学校内のバンドを集めて野外ライブをするらしい。

出演バンドのトリ候補にJuliusがあがっている。

 

「他のバンドについてはまだエントリー待ちですが、是非Juliusの皆さんにトリをお願いしたいのですが」

そう言って悠子はじっと拓未を見据えた。

 

「なんでまた俺らなの?」

『学校内のバンドなら他にもいるだろう?』拓未はそう言いたげな顔で書類から悠子に視線を移した。

 

「それはJuliusの皆さんが人気があると評判なので出て頂けるのでしたら人が集めやすいかと」

 

「ようするに俺らは“客寄せパンダ”って事ね?」

拓未は苦笑いした。

 

「ぶっちゃけ、そうです」

悠子はしれっとした顔で言うと、

「……で、どうですか? 出て頂けますか?」

返答を訊いてきた。

 

「まぁ、ライブをやらせて貰えるのは嬉しいし、俺は断る理由が見つからん」

拓未はそう言って他のメンバーの反応を待った。

 

「んー、俺も断る理由がないな」

「俺もない」

准も智也も同じ意見だ。

 

「……俺も一緒」

そして黙っていた和磨もようやく口を開いた。

 

「それでは出演決定でよろしいですか?」

悠子は拓未に最終確認をとった。

 

「うん、いいよ」

 

「ありがとうございます。では、その書類は差し上げますので、お持ちになっててください」

 

「ん」

 

「また、何かありましたらその都度ご連絡します」

そう言って悠子は静かに立ち上がった。

 

「じゃ、よろしく」

拓未もそう言って立ち上がり、他のメンバーと生徒会室を後にした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

Juliusのメンバーは緊急ミーティングの為、四人でファーストフードに向かっていた。

和磨はその途中で、一緒に帰る約束をしていた唯に緊急ミーティングが入ったとメールを打っていた。

すると、唯の方から先にメールが来た。

 

唯からの電話とメールは着信音を変えてあるのですぐにわかる。

もちろん、こんなマメな事は以前はやっていなかった。

和磨は打っていたメールを中断し、唯からのメールを開いた。

 

−−−−−−−−−−

香奈達と緊急ミーティングを

する事になったから先に帰るね。

詳しい事は後で。

ごめんね。

−−−−−−−−−−

 

(緊急ミーティング? しかも上木さん達とって……?)

和磨が不思議に思っていると、拓未にも香奈から同じ様な内容のメールが届いたのか、

「おい、和磨。香奈と唯ちゃん、なんかやってんのか?」

怪訝な顔をしながら訊いてきた。

 

「いや、知らん」

和磨にもさっぱりわからない。

 

「まぁ、急になんかやる事になったのかもな」

そう言って拓未はメールの返事を打ち始めた。

和磨も唯にメールの返事を打つ。

 

−−−−−−−−−−

こっちも緊急ミーティングが

入ったから気にしなくていいよ。

−−−−−−−−−−

 

送信ボタンを押してメールを返した後、丁度ファーストフードについた。

 

(あれ?)

店内に入ると唯と香奈、他に三人女の子がいた。

 

(ここでやってたのか)

 

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