X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・33−

 

 

――数日後。

 

「なぁ、詩音」

練習前、ドラムのセッティングが終わった愛莉がドラムセット越しに話し掛けて来た。

 

「んー?」

 

「『God Valley』の出演審査ってさ、どのくらい厳しいんだ?」

 

「俺ん家の? うーん、そうだなぁ……とりあえずオリジナルが五曲以上あって後は……、

 びっくりする程下手じゃなきゃ出れんじゃね?」

 

「あたし等でも出れるかな?」

 

「愛莉、出たいの?」

千草が愛莉に視線を移す。

 

「いやさー、今年はあたし等受験だろ? このバンドで一回くらいは大きなライブハウスに

 出ておきたいなーっと思ってさ」

 

「そうだね、すんなりみんな大学に合格出来れば、それだけ活動再開も早いけど、

 大学がなかなか決まんなかったらバンドどころじゃないもんね?」

 

「み、美希ぃ……縁起でもない事言うなよ〜」

愛莉が情けない声で言うと、

「出演審査ってどんな事をやるの?」

キーボードのセッティングを終えた美穂も会話に入って来た。

 

「とりあえず、オリジナル五曲が入ったデモテープ……つってもMDとかの提出だけだよ。

 それで合否の連絡がリーダーに行って、合格ならどれくらいのペースで出演をするかを

 決めるんだ」

 

「不合格なら?」

 

「不合格の時はまた腕を上げて出直して来て貰うって事で。

 審査自体はいつでも何度でも合格するまで受けられるから」

 

「でも、あたし達みたいに今回、とりあえず一回だけの出演ってありなの?」

千草は不安な様子で言った。

 

「大丈夫だよ、そういうバンドはあんまりいないけどな」

 

「もしも、合格出来たとして……でも、メンバーの誰かが抜けたり変わったりした場合は?」

なおも質問をぶつけてくる千草。

やはりリーダーだからか、あらゆる可能性を視野に入れているようだ。

 

「基本的にはメンバーが変わった場合や、抜けた場合はもう一回審査の受け直し。

 後、加入した場合も。出演が決まってて突然メンバーチェンジになった時とかは審査はないけど、

 あまりにもステージでの演奏の質が落ちてた場合は出演停止になるよ。

 その場合もまた審査を受け直して合格すれば出られるようになるけど」

 

「じゃあ、とりあえず審査受けてみる?」

愛莉はみんなの顔を見回した。

 

「てか、詩音の“親の七光りパワー”は使えないの?」

美穂がニコッと笑って言う。

 

「おいおい、そんな可愛い顔でそんな事言われても無理だって。

 うちの親はこういう事はきっちりしてんだから」

 

「バイト中も“オーナー”と“ママ”って呼んでるもんな?」

愛莉はプププッと笑った。

 

「愛莉、なんでそんな事知ってるのー?」

すると、美穂からまた鋭い突っ込みが来た。

 

「あぁー、えーと……前に詩音がそんなような事言ってたから……」

若干しどろもどろになる愛莉。

 

「そういうコト。だから“親の七光りパワー”は駄目。

 俺が出来る事と言ったら精々デモテープを持って帰って直接渡す事くらいだな」

 

「合否の結果も千草に行くようにするの?」

再び美希が口を開く。

 

「まぁ、その方がいいだろうな。

 俺が直接訊いてからみんなに連絡でもいいけど、そのへんも身内だからって事で

 親父は手を抜かないだろうし」

 

「じゃあ、何はともあれさっそくレコーディングしよう!」

千草がそう言い、

「「「「おーう!!」」」」

俺達も拳と共に声を上げてレコーディングの準備を始めた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

初めてのレコーディングは夏休みの終わり頃にやっと完成した。

と言うのも、俺達が使っている第一スタジオと現在、Tylorが使っている第二スタジオには

サブが付いていて、結構本格的なレコーディングが出来るようになっている。

だからせっかくレコーディングをするなら今ある全てのオリジナル曲を録ろうという事になったからだった。

 

そして九月の始め――、

出演審査用に作ったデモテープを手に『God Valley』に向かった。

 

「おはようございまーす。オーナー、これ昨日言ってたデモ」

厨房にいるオーナーに向かって言う。

 

「おぅ、俺のデスクの上に置いといてー」

 

「はい」

出演審査のデモテープはいつもオーナーである親父のデスクの上に置いている。

だが、こんな風に自分のバンドのデモをここに置く日が来るなんて……ちょっと変な気分だ。

 

 

しばらくしてオーナーが事務所に入ってデスクに座った。

 

(デモテープ聴くのかな?)

なんとなく気になってチラ見。

すると、予想通り俺達のデモテープを手にとってコンポにセットした。

 

オーナーはいつもデモをチェックする時はコンポにMDを入れて、結構大き目のボリュームで聴く。

だから厨房やホールにもその音が聞こえてくるから俺も他のバンドのデモはよく聴いていた。

しかし、今日は俺の歌声が聞こえて来るんだと思うと妙にドキドキした。

 

(あー、なんか心臓に悪い……)

「楽屋の掃除行って来まーす」

そんな訳で俺は奥へ逃げる事にした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

翌日――、

 

「「「「詩音っ」」」」

昼休み、Happy-Go-Luckyのメンバーが全員で俺の教室にやって来た。

 

「な……なんだ、よ?」

女の子とは言え、四人一斉に駆け寄って来るものだから俺は思わず席を立って後退りした。

だが、すぐに窓際に追いやられた。

 

「もぉー、詩音、知ってたんならどうしてすぐに教えてくれなかったの〜?」

美穂が両手をグーにして言う。

 

「みんな気になってたの知ってるでしょー?」

美希もどこか拗ねたような口調だ。

 

「まったくもぅ〜、さっきオーナーさんから連絡貰ってびっくりしたんだからねー?」

……と、千草。

 

「サプライズのつもりかぁー?」

……で、さらに愛莉に至ってはこうだ。

 

「な、なんの話だよ?」

 

「さっき『God Valley』のオーナーから千草の携帯に電話があって審査に合格したって」

愛莉が俺を見上げながら言う。

 

「えっ? マジで?」

 

「……て、詩音、知らなかったの?」

千草は意外そうな顔をした。

 

「うん、昨夜デモを聴いてたのは知ってるけど、その後は何にも言ってなかったから……」

(そうか……、合格したのか!)

驚きと共に嬉しさが込み上げる。

しかし、いくら息子のバンドとは言え、リーダーの千草に一番に伝えるあたりが親父らしいと思った。

 

「てか、親父、千草に近いうちに『God Valley』に来いとか言わなかった?」

 

「あ、そうそう、それでね、詩音の言うとおり本来ならリーダーに『God Valley』まで来て貰うんだけど

 あたしは受験生だし、女の子にわざわざ来て貰って夜遅くに帰すのも心配だからメンバーとよく話し合って

 いつ頃に出演したいか、詩音に伝えておいて下さいって言われたんだけど」

千草の言葉にこれまた親父らしい判断だと思った。

 

「夜遅くに帰すのは心配だからって……、お父さんも優しい人なんだね」

美穂が小さく笑う。

 

「いや、詩音が親父さんに似たんだよ」

愛莉も笑って言った。

 

「ねぇ、それじゃあ今から学食でコーヒー牛乳飲みながら緊急ミーティングしようよっ」

 

「「「「おーっ」」」」

美希の提案にみんな賛同し、学食へ移動する事になった。

 

 

「やるなら早くやりたいなぁ」

俺の隣に座った愛莉がコーヒー牛乳のパックにプスリとストローを刺しながら口を開いた。

 

「いきなり来月とかは無理なの?」

俺の向かい側に座っている千草が愛莉の意見に賛成するように頷いて俺に視線を移す。

 

「土日はもう全部ブッキングしてあるし、平日でもいいなら無理じゃないと思うけど流石に

 いきなりワンマンは有り得ないから、対バンを捜すにしても上手く見つかるか……、

 それが問題だな。再来月なら間違いなく日曜日に放り込めるけど」

 

「平日だと何か問題あるの?」

美穂の発言によって、みんなしばし考える。

 

「問題があるとすれば、入り時間くらいだな」

『God Valley』の開演時間は基本的に午後六時。

開場時間はその三十分前でそこからリハの時間なんかを逆算すると、だいたい午後四時前後には

会場入りしておかなければならない。

普通に六時限の授業を受けて、ホームルームの後にみんなで全力疾走したとしても難しい。

別に入り時間が多少遅れたとしてもリハの時間がずれるだけだ。

しかし、開演時間はずらす事は出来ないからリハ後にゆっくり腹ごしらえも出来ない。

そうなると本番にも影響が出そうだ。

 

「放課後にみんなでダッシュすればなんとかなるんじゃない?」

千草はそう言うが……、

「俺はすぐ裏が家だから衣装とか楽器は持って行かなくて済むけど、みんなはそれぞれ楽器があるし、

 その上、衣装とか化粧道具プラス、学校のカバンもあるだろ?

 俺がカバン一つで行く分、多少は手助け出来るけど……」

 

「そっか……、それに日曜日なら家で予めマニキュアとか塗っておけるけど、平日は学校があるから

 無理だもんね」

美希が難しい顔になる。

 

「やるなら妥協はしたくないもんね?」

美穂の言葉にうんうんとみんな頷く。

 

「まぁ、とにかくなるべく早い方がいいって事でいいんだよな?」

あーだこーだと言っていても埒が明かないので、俺はみんなに手っ取り早く意思確認をした。

 

「うん、出来れば無理なく動ける日曜日」

「第二候補が土曜日」

「どうしても無理なら平日頑張るし」

「とにかく、一度それで話してみてくれる?」

その方向でみんなの意見が纏まり、俺はその意見を家に持ち帰ることになった――。

 

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