X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・34−

 

 

「オーナー」

その日の夜、バイトに入った俺はさっそく事務所のデスクにいる親父の所へ向かった。

もちろん出演についての相談だ。

 

「おぅ、どうした?」

 

「俺等の出演の事なんだけど」

 

「ほぉ、さっそくその話か」

 

「みんな出来るだけ早く出たいんだってさ。けど、なるべく日曜日がいいって言う我が侭なんだけど……」

 

「お? じゃあ、来月の第二日曜は?」

すると、意外にも親父は『しめしめ』と言った感じの表情で言った。

 

「なんだ、キャンセルが出たのか?」

理由はすぐにわかった。

 

「流石、伊達にライブハウスでバイトはしてないな。実は来月の第二日曜にブッキングしてたバンドが

 ヴォーカルが事故で入院したとかでキャンセルになったんだ。そこ入っとくか?」

 

「チケットとかはどうなるの?」

 

「まだギリで発注かけてないから今ならお前のバンドが入ってくれれば全てが丸く収まる」

 

「じゃあ、ちょっとメンバーにメールで訊いてみる。っても、バイト中のメンバーもいるだろうから

 最終的に返事出来るのはもう少し後になると思うけど」

 

「あぁ、いいよ。返事は明日の昼でも間に合うから」

親父にそう言われ、俺はすぐにメンバーにメールを一斉送信をした。

 

−−−−−−−−−−


☆業務連絡☆

ライブの件、来月の第二日曜日

つまりは十月十四日

諸事情でキャンセルが出た。

チケットも今ならまだ間に合う。

みんなの意見よろしく

 

Shion

−−−−−−−−−−

 

すぐに返信が来たのは美穂だった。

 

−−−−−−−−−−

いいじゃん、それ!

私は賛成だよ!

 

美穂

−−−−−−−−−−

 

そして次に美希から。

 

−−−−−−−−−−

キャンセルが出るなんて

ラッキー♪

私は賛成。

 

Miki

−−−−−−−−−−

 

一時間後に千草から。

 

−−−−−−−−−−

すごいグッドタイミング!

それ、受けちゃってOK!

 

☆ちぐさ☆

−−−−−−−−−−

 

さらにその三十分後に愛莉から返事が来た。

 

−−−−−−−−−−

マジでかっ!

もちろんOKだ!

今すぐOKってオーナーに

返事してくれ!

 

@iri

−−−−−−−−−−

 

愛莉は言いだしっぺだし、一番ライブをやりたがっていたから、メールの文面からでも 興奮しているのが取って見れた。

 

「オーナー、さっきのライブの件、みんなOKだって。ぶっこんじゃって♪」

 

「りょーかい♪」

オーナーはにっこり笑って答えた。

 

こうして、俺達はやや急ではあったけれど『God Valley』に出演する事が決まった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――そして、十月。

 

あっという間にライブ当日。

午後三時半、『God Valley』にHappy-Go-Luckyのメンバーがやって来た。

 

「「「「こんにちは〜っ」」」」

厨房にいる俺にもみんなの声が聞こえた。

 

「いらっしゃい、おーい、詩音、もう上がっていいぞーっ」

ホールでオーナーが俺を呼ぶ。

 

「はーい、これ洗い終わったら上がるから先に楽屋に入ってて貰ってーっ」

 

「あいよー」

厨房で洗い物をしていた俺はオーナーにメンバーの案内を任せて自分の仕事を片付けた。

 

 

「うぃーっす……て、何やってんだ?」

前座のバンドが使う小さい方の楽屋に入るとメンバーが愛莉を取り囲んで何かやっていた。

 

「愛莉の改造計画♪」

美穂が楽しそうに愛莉の髪を弄りながら答える。

 

「“改造計画”?」

 

「最近ね、愛莉の雰囲気が女の子らしくなって来たよね〜? って話をしてて、

 それならマニキュアとかメイクしたらもっと変わるんじゃないかと思って♪」

そう答えた美希は愛莉の右手の爪に淡い黄色のマニキュアを丁寧に塗っていた。

千草は左手担当のようだ。

愛莉本人はというと、されるがまま人形みたいに大人しく座っている。

 

確かに愛莉はあの元カレと仲直りして以来、雰囲気が変わって来た。

女の子らしくなって来たというか、毬栗が金平糖になって来た感じだ。

 

「てかさ、マニキュア塗るならリハの後にすればいいのに」

 

「ダメダメ、リハの後はメイクするんだから」

美希は愛莉の右手から目を離す事なく言った。

 

「ほぉー」

(今日はメイクもするのか、どんな風に変わるのかちょっと楽しみだな)

 

「あ、そういえば今日の打ち上げは俺ン家ね。お袋がカレー作ってくれてるから」

 

「えっ、早く言ってくれれば何か手土産持って来たのにぃー」

千草が手を止めて顔を向ける。

 

「いや、俺も言っておいた方がいいんじゃないかって言ったんだけど、この間俺ン家で

 ブログのアカウントを作った時もみんながいろいろお土産持って来てくれただろ?

 だから言っちゃうとまた気を遣ってくれて楽器や衣装の他に荷物が増えて返って

 大変な思いをさせるだろうからって」

 

「そっか……、じゃあ、せっかくだし、今日はお言葉に甘えちゃおっかな」

千草がそう言うと美希と美穂、愛莉も「そうだね」と頷いた。

 

 

そして、しばらくして愛莉のマニキュアが完成した。

 

「お、可愛いじゃん」

愛莉はパン屋でバイトしているからか、爪がいつも短めだ。

でも、小さい手けどきれいな指だし、爪の形もいいからどんなマニキュアもきっと似合うだろう。

 

「そ、そうかな」

俺が褒めると愛莉は少し顔を赤くして俯いた。

 

「うん、甘過ぎず、キツ過ぎず、いい色だし、似合ってる」

 

「ところで愛莉、ピアス変えた?」

そこで美穂がふと、愛莉の耳元の変化に気が付いた。

いつもしていたドクロのシルバーピアスではなく、チェーンの先に小さなクロスがついている

揺れるタイプのシルバーピアスに変わっていた。

 

「うん、なんとなく変えてみた」

少しはにかむ愛莉。

 

「こっちの方が似合ってる♪」

そんな彼女に美穂はにっこり笑って言った。

 

「前のドクロも良かったけど、今の愛莉にはこっちのがいいかな」

美希も同じ様に柔らかい笑みを浮かべる。

 

「詩音もそう思うよね?」

千草に言われ、俺も素直に頷いた。

 

愛莉はまた少しずつ髪を伸ばし始めたみたいで、以前は耳の形が見える程ショートだったけれど、

今は少しだけ耳の上を覆うくらい髪が伸びていた。

その耳たぶにゆらゆらと揺れているクロスのシルバーピアス。

それがとてもよく似合っていた。

この二ヶ月の間に変化した愛莉。

それは俺の中にある彼女のイメージを悉く裏切っていた。

但し、それは全ていい意味でだ。

 

 

そして、しばらくしてリハーサルが始まった。

今回は順リハ。

前座の俺達が先にステージに上がるのだが、機材の入れ替えや掃除でいつも見慣れているはずの

ステージからの眺めは今日はどこか違って見えた。

 

“いつか、このステージに立ちたい――”

 

そう思いながらバイトをしていた。

それが今日、現実になった。

だが、それはそれでちょっと複雑な気分でもある。

 

“実家が経営するライブハウス”だから、というのもある。

後は、本当にオーナーは俺達の実力を認めた上での出演なのか――?

 

そりゃあ、俺の親父が公私混同をするような人間じゃない事は息子であるこの俺が一番よくわかっている。

千草から出演審査に合格したと聞かされた夜にも、俺からもオーナーである親父に“親の七光り”ではない事の

確認は取った。

 

それでもまだ『God Valley』の出演を一つの目標にしていた俺にとって、聊か信じられない状況ではある――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

リハーサルが終わって軽く腹ごしらえをして『God Valley』に戻って来た後、

俺は事務所で衣装に着替えて楽屋の前まで戻ったところで中にいる女子メンバーに向かって声を掛けた。

「おーい、入ってもいいかー?」

 

「いいよー」

千草の声が中から聞こえ、ドアを開けた。

するとみんなも衣装に着替えていて、またしても愛莉が三人に囲まれていた。

今度はメイクをしていたようだ。

 

「「「じゃ〜んっ♪」」」

千草と美希、美穂はにっこり笑って俺に愛莉を見てやってくれと言わんばかりに両方の掌を広げて

彼女に向けていた。

 

「っ」

俺は愛莉の顔を見た瞬間、息が止まった――。

 

「ちょうど今完成したところなの♪」

「どぉ?」

「三人の力作〜♪」

 

「……か」

 

「「「か?」」」

 

「か……」

 

「「「か?」」」

 

「可愛いぃっ!」

 

「「「ホントッ?」」」

千草と美希、美穂の三人が俺に駆け寄る。

 

「ホントッ」

目の前に座っている愛莉は本当に可愛くて、女の子ってメイク一つでこんなにも変わるのかと衝撃を受けた。

 

「そ、そんな、お世辞言わなくていいよっ」

愛莉が真っ赤な顔をして俯く。

 

「お世辞じゃないよ? 俺、千草や美希や美穂がメイクした時も可愛いって思うし」

 

「でも、そんなの一度も言ってくれた事ないじゃない?」

美希が少し拗ねたように言う。

 

「だって、いつもは『どう?』なんて訊かれないから」

 

「訊けば言ってくれるの?」

今度は美穂が言う。

 

「いや、まぁ……そりゃあ、言うとは思うけど」

 

「思うけど、何?」

千草は俺の顔をじっと見つめる。

 

「毎回言ってたら、安っぽく聞こえて来るというか嘘っぽくなんないかなって。

 『愛してる』って言葉も毎日聞いてたらなんかキュンとこなくなっちゃうだろ?

 あれと一緒だよ」

 

「「「あぁー、なるほどー」」」

納得する三人。

その後ろでは愛莉がまだ顔を赤くしていた。

 

(つーか、なんでコイツ等と“彼氏と彼女”みたいな会話を……)

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

そして、本番――。

 

「詩音、緊張してるのか?」

そう声を掛けて来たのはステージの袖についているスタッフで俺もよく知っているバイトの吉高さんだった。

大学生二年生でいつも俺の事を弟のように可愛がってくれている人だ。

 

「うん、ちょっと」

俺がそう答えると吉高さんは、

「深呼吸、深呼吸」

そう言って、俺の肩をポンポンと落ち着かせるように軽く叩いた。

 

「うん」

そう返事をしても、やっぱりいつもより緊張している事は他の誰でもない、この俺が一番よく

わかっていた。

 

「詩音」

名前を呼ばれ、ハッと顔を上げるとみんなは既に円陣を組んでいた。

 

俺も急いで輪に加わる。

 

リーダーの千草が円陣の中央に手を差し出すと、美希、美穂がその上に手を重ねた。

 

「詩音、楽しんで行こうぜ?」

愛莉が俺に笑い掛けながら円陣の中央に手を重ねる。

 

「……あぁ、そうだな」

俺はみんなからパワーを分けて貰うつもりで手を重ねた。

すると、俺の手の甲に愛莉が空いている方の手を重ね、みんなも空いている方の手を重ねた。

まるで掌のミルフィーユだ。

 

「今日はまず自分達が楽しむ事を優先しようぜ? せっかくこんな大きなライブハウスに出られたんだし」

愛莉がみんなの顔を見回しながら言う。

 

「うん、そうだね」

千草もそう言って頷き、

「私達が楽しんでないと、客席も楽しめないしね♪」

美希が言った言葉に俺はハッとした。

 

(そうだ……俺達自身が楽しめなきゃ、客席だって盛り上がるはずがない。

 それはイコール“楽しめない”事と同じなのだ)

 

俺達は何の為にライブをやるか――?

 

それはつまり、自分達が楽しむ事はもちろん、俺達の音楽をファンの子達に楽しんで貰う為。

それなのに、緊張やプレッシャーに負けて俺達自身がライブを楽しめなきゃ“本末転倒”もいいトコだ。

 

俺はまた一つ、みんなから教えて貰った――。

 

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