X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・31−

 

 

ライブが終わり――、

俺は他のメンバーよりも先に楽屋口へ出た。

 

あの男の事が気になっていたからだ。

もしかしたら、愛莉に会いに楽屋口まで来るかもしれない。

そう思ったのだ。

 

しかし、それは杞憂に終わった。

 

「詩音くん」

あの男を捜してあちこちに視線を向けていると、湯川さんが近づいて来た。

 

「あ、湯川さん、ステージから見て客席の一番後ろの右端にいた高校生くらいの男見なかった?」

 

「それって黄色いシャツの?」

 

「うん、暗くてよく見えなかったけど黄色いシャツだったと思う」

 

「アイツならHappy-Go-Luckyのライブが終わってすぐにライブハウスを出て行ったよ?

 気になって後をつけていったら近くにあるファミレスの裏口に入って行ったから、

 そこでバイトでもしてるのかも」

 

「じゃあ……バイトの休憩時間かなんかに観に来たのかもな……」

 

「詩音くん、アイツに会ったの?」

 

「うん、リハが終わってみんなでメシ食いにファミレスに行ったんだ。

 そしたら、アイツがオーダー取りに来て、そっから愛莉の様子がおかしくなったんだ」

 

「そう……」

 

「アイツって……、愛莉の何?」

――と、俺が湯川さんに訊ねたところで千草達が楽屋から出て来た。

だが、愛莉の姿だけがない。

 

「愛莉は?」

 

「まだ中にいる」

俺が訊くと千草はどこか警戒しながら周囲を見回しながら答えた。

おそらくあの高橋ってヤツを捜しているのだろう。

 

「美海、アイツいる?」

千草が湯川さんに訊ねる。

 

「ううん、大丈夫。もういなくなった」

 

「そう」

千草は少しホッとしたような表情を浮かべると楽屋に戻った。

その直後、愛莉と一緒に出て来る。

どうやら高橋をとことん避けているらしい。

 

「千草、さっきのあの男、バイトの休憩時間に観に来てたっぽいから今日は愛莉を

 このまま帰らせた方がいいかも。アイツ、バイトが終わってから、またここに来るかもしれないし」

 

「うん、そうね」

 

俺と千草は二人で示し合わせ、一秒でも早くここから愛莉を遠ざけたくて彼女を湯川さんと一緒に先に帰した――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「おぃっすー、昨日はお疲れー」

翌日、昨日の反省会も兼ねての練習がある為、第一スタジオに顔を出すと、千草しかまだ来ていなかった。

 

「おはよう」

ギターを弾いていた手を止めて顔を上げる千草。

 

(あの事、訊いてみようかなぁ? いや、でも……うーん……よし! 訊いてみよ!)

「……なぁ、昨日のヤツってー……、愛莉とどんな関係なんだ?」

訊こうか訊くまいか迷ったが、ずっと気になっていたし、このまま時間が経っても

忘れられる自信もなかった俺は思い切って千草に訊ねた。

 

「……アイツはね、愛莉の元カレ」

すると、千草は少し迷ったみたいだがゆっくりとした口調で話し始めた。

 

「愛莉はね、今はあんな風に男っぽいけど、元々すごく女の子らしい子で中学時代は髪も長くて、

 私服もミニスカートが多かったし、言葉遣いも普通の女の子みたいだったの」

 

「……」

なんとなく、そんな感じがしていた。

ちょうど一年前、俺の実家のライブハウス『God Valley』にシンのライブを観に来ていた時に

穿いていたミニスカートや女の子らしいTシャツ、それらはおろしたてという感じじゃなかったし、

いくら変装の為とは言え、上から下まで一式全部を買い揃えたとは思えなかった。

元々持っていた服だとしても、普段男っぽい愛莉がそんな服をいつ買ったのか?

或いは友達に借りるにしても愛莉はちっちゃいしサイズが合わないだろうから違和感があるはずだ。

しかし、あの時の彼女はとてもよく似合っていた。

借り物を着ているように見えなかったのだ。

 

「あの男の子……高橋くんとの付き合いも順調だった。でも、中三の夏休みにあたしと愛莉が

 一緒にやってたバンドのライブがあったんだけど、そのライブを観た高橋くんが

 普段の愛莉とのギャップにあまりにも驚いてというか……それで、愛莉にバンドを辞めてくれって……」

 

「愛莉がドラムを叩いてる姿を見たくないって事?」

 

「うん……でも、愛莉はドラムが好きだったし、だけど高橋くんの事も好きだったから

 彼にも理解して欲しいって言ったんだけど……高橋くんは愛莉がドラムを叩いてる

 男みたいな姿なんかもう見たくないって言って……」

 

「酷いな……それ」

 

「愛莉、本当に可愛かったから、それだけドラムを叩いてる姿が想像出来なくて

 ショックを受けてあんな事を言ったんだろうけど……」

 

「それから、愛莉が今みたいに変わったって事?」

 

「うん、愛莉は高橋くんよりバンドを続ける事を選んだの。でも、彼と別れてから

 長かった髪もばっさり切って、私服もジーンズしか穿かなくなって、言葉遣いも

 全部男っぽくなった……」

 

「なんで……」

 

「多分、これから先また誰かを好きになった時に高橋くんと同じ事を言われたくないからだと思う」

 

「……でも、いくらなんでも、普通そんな事言わないだろ」

 

「まぁ……それだけ高橋くんの方も衝撃というか、ショックを受けたからなんだろうけど……、

 でも、あたしや美海はどうしてもアイツの事が許せない。

 愛莉がまた元の様に“自然な愛莉”に戻ることが出来たら許せるのかもしれないけど……」

 

「それって、愛莉が無理してるって事?」

 

「今はもう男っぽい格好も言葉遣いも慣れたというか板に付いたから周りから見れば違和感はないと思う。

 でも、あたしや美海からすればそれは“本当の愛莉”じゃないの」

 

「ある意味、心を閉ざしてるって事か……」

 

「うん、そうだね」

 

「……」

 

「……愛莉の周りに詩音みたいな優しい男子ばっかりだったらよかったんだけどね」

千草が苦笑いする。

 

「俺はそんなに優しくないよ?」

 

「ううん、詩音は優しいよ。すごく……あたしが愛莉の元カレの事を話したのも

 実は詩音ならなんとか出来るんじゃないかと思っての事なんだ」

 

「なんとかって……」

 

「昨日だって愛莉の事をすごく気にしてくれてたし、例え愛莉が昔みたいに女の子らしい子に

 戻る事はなくても、詩音のように優しい男の子が傍にいてくれるだけで違うと思うんだよね」

 

「それで愛莉の助けになるのかな?」

 

「なると思うよ? 実際、愛莉は詩音の言う事は良く聞いてるし」

 

「そうかぁ〜?」

 

「そうよ。中学時代からの付き合いのあたしが言ってるんだから間違いなし」

 

「……まぁ、俺が愛莉を元に戻せるかどうかはともかく、愛莉の心の傷が少しでも癒えるなら

 それでいいんだけどな」

 

「ちぃーす」

……と、ここで噂の愛莉がやって来た。

 

「おぃっす、昨日はお疲れ」

「お疲れ様ー」

俺と千草はお互い顔を見合わせ、それまでの話題を切り替えた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

練習が終わり――、

その日の帰りは珍しく俺と愛莉の二人になった。

 

千草と美希はバイト、美穂は何か用事があるらしく練習が終わると慌しく帰って行った。

 

「愛莉は今日はバイトないのか?」

 

「うん、今日は休み」

 

「パン屋って作る方? 食べる方?」

 

「おい、コラ、なんだその“食べる方”ってのはっ。普通に売る方だ」

 

「へぇ〜、愛莉の事だから“食人(しょくにん)”なのかと思ってた」

 

「上手い事言うな? なんか悔しい」

 

「芸人かっ」

 

「でもまぁ、実はいろんなパンが食べられるから、まんざら食べる方も間違いじゃないけど」

 

「売れ残ったパンが貰えたり?」

 

「うん、あとは新作の試食とか試作品の試食とか」

 

「売れ残りが貰えるのは魅力だなぁー」

 

「でも、そんな毎日たくさん売れ残る訳じゃないぞ? つーか、売れ残らないように売るのが

 仕事なんだから」

 

「今度こっそり見に行ってみようかな♪」

 

「バカッ、来んなよっ」

 

「別に客で行くなら問題ないだろ?」

 

「いや、お前だけ出禁」

 

「一回も行った事ないのにっ?」

 

「そ♪」

 

「ひっでぇー……」

 

「はは、嘘だよ。詩音なら少しくらいサービスしてやるよ」

 

「やった♪」

 

――と、そんな会話をしながら二人で正門に向かっていると、門の外に誰かが立っているのが見えた。

 

「っ!?」

その人物の姿を見た途端、愛莉が顔を強張らせた。

 

(あ……コイツは……)

その人物は愛莉の元カレ・高橋だった。

 

「愛莉っ」

その人物が俺と愛莉に気付いて駆け寄って来る。

 

「っ」

すると愛莉が咄嗟に俺の背中に隠れた。

 

「話がしたいんだ」

高橋が愛莉に近寄る。

 

「来んな!」

そう叫びながら俺を盾のようにする。

 

「愛莉、頼むから俺の話を聞いてくれ」

それでも高橋は俺の後ろにいる愛莉に近づこうとする。

 

「嫌だ!」

 

「愛莉っ」

 

「ちょ、ちょっと、待って下さい」

愛莉と高橋の間に入っている俺はとりあえずヤツに落ち着いて欲しくて宥めた。

 

「あんたには関係ないだろ? そこをどいてくれよっ」

 

かっちーん――!

 

「そうはいかない、愛莉は俺にとって大切なメンバーなんだ。

 その愛莉が嫌がってるんだ、だったら俺は全力であなたから彼女を守る!」

 

「っ」

明らかにムッとした様子の高橋。

 

「……愛莉に何の話があるんですか?」

 

「話があったって、あたしは聞く気なんかないからなっ」

俺の後ろで愛莉が言う。

 

「……俺、昨日愛莉達のライブ観た」

 

「知ってるよ、ステージから見えてた」

高橋の言葉に愛莉が答える。

 

「あの時はあんな事言って悪かったと思ってる……ただ、あまりにもギャップがあり過ぎて

 驚いて……それで、つい……」

高橋の言う“あの時”とは千草が言っていた愛莉が中三の夏休みにやってライブを観た後の事だろう。

 

「本当にごめん……愛莉がこんな風に変わってしまうくらい傷付けた事、今でもずっと申し訳ないと

 思ってる……」

 

「……」

愛莉は俺の背中に隠れたまま彼の言葉を聞いていた。

 

「昨日、ライブを観て愛莉は本気でバンドやってるんだなって思った……それで……」

 

俺はヤツがそこまで口にしたところで嫌な予感が頭を過ぎった。

 

「俺とやり直して欲しい」

真っ直ぐに愛莉を見つめていった高橋。

 

「……っ」

俺のシャツを掴んでいた愛莉の指がピクリと動いた。

 

「あの頃の俺はわかってなかったんだ、愛莉がどれ程本気でバンドをやっていたか……、

 俺が愛莉のドラムを否定した事でどれだけ愛莉を傷付けたか……、俺と別れた次の日から

 愛莉が長かった髪を短く切って、言葉遣いも男っぽくなって、俺を避けて……、

 俺は自分よりバンドを取った愛莉の事を許せなかった。

 でも……、時間が経つにつれて段々愛莉がここまで変わってしまったのは自分の所為じゃないかって

 思い始めた。ただバンドを優先するだけならそのままの愛莉でもいい。

 だけど、愛莉は昔の自分を全て否定するみたいに変わった。

 ……それは、やっぱり俺が原因なんだろう?」

 

「……」

高橋の言葉に愛莉は何も答えないでいた。

 

「あの時の償いって訳じゃないけど、今からでもやり直したい」

そして、高橋はもう一度真っ直ぐ愛莉に向かって改めて言った――。

 

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