漆黒の翼 -3-

 

 

数日後――。

 

ラーサーは再びランディールの森を訪れていた。

しかし、ユウリに会う為ではない。

城下町に出没したという、盗賊の一味を追って来たのだった。

 

その盗賊達はあらゆる町に現れては暴れ回り、既に隣のアントレア皇国でも被害が続出していた。

そして最近、この森にアジトを移し、ランディール王国の城下町を荒らし始めたのだった。

 

「ラーサー様」

ラーサー達、王立騎士団一行が盗賊団のアジトを捜し、森の中を探っていると

上空からジュルジュの声がした。

 

どこか物々しい様子の一行にジョルジュは目の前まで下りてくると――、

「どうかされたのですか?」

低い声で訊ねた。

 

「ジョルジュか……、丁度良い所で会った。少し訊ねたい事があるのだが」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「最近、城下町を荒らし回っているという盗賊のアジトがこの森の何処かにあるはずなんだが

 心当たりはないか?」

 

「……盗賊ですか……でしたらこの先、かなり奥に行った所に洞窟がございます」

ジョルジュは少し考えを巡らせた後、そう答えた。

 

「洞窟?」

 

「はい、その近くで数日前、数人の男達が歩いているのを見ました。身なりも賊のようでしたし……、

 それに盗賊のようなある程度の人数が隠れる事が出来る場所といったら、この森の中では

 恐らくはその洞窟だけかと」

 

「そうか……では、すまないがジョルジュ、案内してくれないか?」

 

「はい、畏まりました」

ジョルジュはそう言うと翼を広げ、ラーサー達より少し高い位置まで飛び立ち、

「こちらです」

導くように移動を始めた。

 

ラーサーはジョルジュに続き、他の騎士達も梟が喋っていた事に驚きながらも後に続いた。

 

 

「あちらです」

ジョルジュは鬱蒼とした木々の中、ぽっかりと口を開けた洞窟の入口から少し離れた所に下り立った。

 

「なるほど……確かに、あそこなら賊が隠れるには十分だな」

ラーサーはその薄気味悪い雰囲気の洞窟の中を窺う様に眺めた。

しかし、真っ暗で中に人がいるかどうかもわからない。

 

「ありがとう、ジョルジュ」

 

「いえ」

 

「それとジョルジュ、ユウリに今日はもう家から出ないように伝えておいてくれ」

 

「はい、畏まりました。ラーサー様や騎士団の皆様もお気を付けて……ご武運をお祈り致します」

 

「あぁ、ありがとう」

 

「では」

ジョルジュは再び空高くまで舞い上がると風に乗って、来た道を引き返して行った――。

 

 

「ラ、ラーサー様……今の梟は……?」

まるで人間の様な言葉遣いをし、道案内までやってのけたジョルジュが去った後、

レイモンが目をパチパチとさせながら口を開いた。

 

「あぁ、あの梟はジョルジュといって、この間泉で会った娘を憶えているか?」

 

「確か……ユウリとかいう名前の……」

 

「そう、そのユウリと一緒に暮らしている梟で人間の言葉が喋れるらしい」 

 

「は、はぁ……」

レイモンはラーサーが説明しても今一まだ納得がいかないような返事をした。

 

「それよりも……今はこっちだ」

ラーサーは洞窟の入口に視線を戻した。

そして、馬を降りてゆっくりとなるべく音を立てないように洞窟に近づき、

中の様子を窺う様に目を凝らして耳を澄ませた。

 

中からは微かに人の声が聞こえ、蝋燭の灯りがぼんやりと見えた。

 

「ここで間違いない。さて……と、作戦はどうするかな……」

ラーサーは仲間達の所へ戻ると顎に手を当て、少しの間考え込んだ。

 

「……よし、燻り出すか。火を熾して洞窟の中に向けて煙を送り込むんだ」

ラーサーと騎士達は落ちている枝や枯葉を集め、火を熾して洞窟の中に煙を送り始めた。

 

 

しばらくすると洞窟の中から、咳き込む声が聞こえ、段々と入口に近づいて来た。

 

「……来るぞ!」

ラーサーと仲間の騎士達は剣の柄に手を掛け、洞窟の入口から少しだけ離れると戦闘態勢に入った。

 

「く……っ、王立騎士団か……っ!?」

盗賊達は咳き込みながら洞窟から出て来ると、直ぐにラーサー達に取り囲まれている事に気が付いた。

煙に巻かれながらも騎士団が持っている盾に刻まれた紋章、鎧や装備などでわかったようだ。

しかし、大人しく素直に捕まる気など毛頭ないらしく、素早く短剣を抜いて身構えた。

 

「行くぞっ!」

ラーサー達は盗賊達の目が煙が沁みてまだよく見えていないうちに先制攻撃を仕掛けようと一斉に斬り掛かった。

だが、そこは“さすが盗賊”と言うべきか身のこなしが素早く、負けてはいない。

剣で攻撃してくる騎士団に対し、短剣にも拘らずひらりひらりと動いて隙を突いて来る。

 

 

それでも人数的にも戦力的にも勝っている騎士団は後方からは弓、前方では剣で攻撃しながら

やがて殆どの盗賊達を倒し、残るは幻術師の盗賊一人となった。

 

「くそっ!」

幻術師の盗賊はラーサー達に取り囲まれると素早い詠唱で何かを唱え、持っていた杖から怪しい光を放った。

 

その怪しくどす黒い光は騎士団の前列にいたラーサー達数人を包み込み、そして体の中へと沁み込む様に消えていった。

しかし、ラーサーだけは最前列にいたにも拘らず、そのどす黒い光を跳ね返した。

 

「……何っ!?」

幻術師は光を跳ね返したラーサーに驚き、カットインで斬り込んだラーサーの攻撃を避けきれず地面に崩れ落ちた。

 

「……終わったか」

幻術師の最期を見届け、ラーサーはフッと息を吐いて仲間の方へと振り返った。

 

「……っ!?」

すると、ラーサーの目に入ってきたのはその場に蹲り、苦痛な表情を浮かべている仲間の姿だった。

後方にいた騎士達には変わった様子はない。

しかし、幻術師が放ったあの怪しい光を受けた騎士達が皆、顔が真っ青になり倒れ込んでいる。

 

一体、何が起こったのか……?

あのどす黒い怪しい光はなんだったのか……?

 

考えられるのは毒か呪い。

毒であれば毒消し薬でなんとかなりそうだが呪いだとすると厄介だ。

 

ラーサーは後列にいた騎士達と共に倒れ込んでしまった騎士達に急ぎ毒消し薬を飲ませた。

 

しかし……、

 

しばらく経っても騎士達は相変わらず苦しい表情を浮かべたままだった。

 

(毒消しが効かない……。という事は毒ではなくやはり呪いなのか……?)

 

“あの幻術士を先に倒しておくべきだった――っ!”

 

そんな悔しさが込み上げて来る。

弓兵にはいつも先に回復魔法等を使う魔道士を攻撃するように伝えている。

だが、今回はあの幻術士に目晦ましの術を掛けられた所為で弓兵が魔道士達を倒すのに梃子摺っていた。

それで予想していたよりも時間は掛かってしまったが問題なく終わらせられると思っていた。

 

(なんて事だ……)

 

“すべては自分が油断をしていた所為だ――”

 

「……くそっ!」

ラーサーは地面を殴りつけた。

 

だが、此処でこうして自分を責めていても仲間は助からない。

ただ時間だけが過ぎて行き、その間にもどんどん体力を奪われ、精神を蝕まれ、終には力尽きてしまうだろう。

猶予は精々後一時間といったところだろうか。

 

(どうすれば……一体、どうすれば皆を助けられる?)

 

そして、ラーサーはしばし考えを巡らせた後、何か思いついたように立ち上がり、

「少し此処で待機していてくれっ」

他の騎士達に言い残し、急いで馬に飛び乗った――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

……ドンドンドンドンドンッ――、

 

「っ!?」

ドアを叩きつけるようにノックするけたたましい音にユウリの体は一瞬、ビクリとした。

 

「ユウリ、俺だ! ラーサーだっ!」

ドアの向こうで焦った様子の声がし、ユウリはジョルジュと顔を見合わせ、慌ててドアの閂を外した。

 

「……ラーサー様?」

ユウリはドアを開けると明らかに穏やかではない表情のラーサーを見上げた。

 

「ユウリ、頼みがあるんだっ」

 

「一体、どうされたのですか?」

いつもより早口で話し始めたラーサーの様子にユウリはただ事ではないと感じた。

 

「以前、君の足の傷を治したという幻術師の所に案内してくれないかっ?」

 

「……えっ?」

 

「仲間の騎士達が敵の術に掛かってしまって……毒消し薬でも治らないんだ。

 それで、君が以前、来て貰ったって言う幻術師なら……っ」

 

「お、お待ち下さい……っ! それは……っ」

 

「何か……不都合な事があるのか……?」

 

「……」

 

「仲間の命がかかっているんだ……っ!」

 

「……」

 

「ユウリ……ッ!」

 

「……」

切羽詰った様子のラーサーをユウリは見上げたまま動けないでいた。

そして、ジョルジュもまた、そんなユウリを心配そうに見つめている。

 

ユウリはラーサーから視線を逸らすと目を伏せた。

 

「ユウリ……頼む……っ、幻術師がいる場所を教えてくれないかっ?

 あれ程の傷が治せる幻術師ならきっと仲間を救えるっ」

ラーサーは俯いたユウリの顔を覗き込んだ。

 

“仲間の命がかかっている”

 

ユウリはその言葉が頭から離れないでいた。

 

「……何故、黙っているんだ……?」

 

「……」

 

「幻術師は……何処にいるんだ?」

 

「……そ、それは……」

ユウリはラーサーと目を合わす事が出来ないでいた。

 

「……ユウリ……?」

ラーサーはユウリの様子を不審に思った。

 

「……」

ユウリは無言で俯き、少しだけ震えている。

 

「ラーサー様……幻術師は……」

しばらくその様子を見ていたジョルジュが助け舟を出そうと口を開いた。

 

「……幻術師は……」

ジョルジュが続けて何かを言おうとしたその時――、

「連れて行って下さい……っ!」

ユウリがその言葉を遮った。

 

「私を……騎士団の皆様の所へ……連れて行って下さい……」

 

「ユウリ……?」

 

「ユウリ様っ、そんな事をしたら……っ」

 

「……いいの」

 

「ですが……」

 

「もしも、私の力で助ける事が出来るのなら……」

 

「ユウリ様……」

 

「ラーサー様、私を連れて行って下さい」

ユウリはラーサーの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「……わかった」

ラーサーはその真剣な表情に何かを感じ取り、頷いた。

 

 

「少し飛ばすから、しっかり掴まっていてくれ」

ラーサーはユウリを馬に乗せ、手綱を取ると洞窟に向かって馬を走らせ始めた。

そのスピードはとても速く、ユウリはギュッと目を閉じて振り落とされないようにラーサーにしがみついた――。

 

HOME
INDEX
BACK
NEXT