漆黒の翼 -4-

 

 

「こ、これは……っ!」

ユウリはつい先程まで戦闘が行われていた洞窟の前に来ると絶句した。

 

「其処に倒れている幻術師が術を唱えて、杖から黒い光が放たれたと思ったら……、

 その光が前衛の俺達を包み込んでこうなったんだ」

ラーサーがそう説明すると、ユウリは直ぐに倒れている騎士の一人に近寄り、跪いた。

ジョルジュもユウリの傍らに舞い下りる。

 

「……」

ユウリは意を決したように立ち上がり、深呼吸をしながら目を閉じた。

 

「……ユウリ様っ」

ジョルジュが名を呼ぶが彼女の耳には届いていない。

 

そうしてユウリの体が薄っすらと光に包まれ――、

 

本来の姿へと変わっていった。

 

「……っ!?」

ラーサーと他の騎士達は目の前で姿を変えたユウリを見て言葉を失った。

 

金色の髪は銀色へと変わり、深く碧い瞳は紅へ……そして背中には漆黒の翼が現れたのだ。

有翼人の象徴であるその鳥のような翼は普通なら真っ白い翼だ。

しかし……ユウリの翼は黒い。

深い闇にも似た漆黒。

魔族との混血であるが故に翼の色が違うのだ。

 

「……ユウリ……君は……一体……?」

ラーサーが瞠目している目の前で、ユウリは先端に碧いクリスタルが埋め込まれた杖に意識を集中させ始めた。

すると、クリスタルから優しい光が放たれ、倒れている騎士達を包み込んでいった。

 

先程まで苦痛に顔を歪め、血色を失っていた騎士達の顔色に見る見る赤みがさしていく――。

 

「……よかった……助かった……のね……」

ユウリは騎士達が回復していく様子に安心し、ヘナヘナとその場に座り込んでそのまま気を失って倒れた。

 

「ユウリ……ッ!」

ラーサーはユウリに駆け寄り抱き起こした。

 

「ユウリ……ッ! ユウリッ!」

そして何度も名前を呼んだ。

 

「ラーサー様……大丈夫です。恐らく一気に魔力を使い過ぎた所為で気を失っただけかと……」

ジョルジュはあまり慌てる様子もなく冷静に言った。

 

「ジョルジュ……ユウリは……」

 

「詳しいお話は後で……とにかく今はあまりユウリ様のお姿を他の方々にお見せしたくはないので……」

 

「……わかった」

ラーサーはそう言うと自分が羽織っていたマントでユウリの体を隠し、

他の騎士達にも先に城へ戻るように言った。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

丸太小屋へ戻ると、ラーサーは静かにユウリをベッドへ運んだ。

 

「ユウリは……ただの有翼人では、ないな?」

 

「はい……その通りです」

ラーサーの質問にジョルジュははっきりと答えた。

 

「あの黒い翼は……」

 

「ユウリ様は有翼人と……、魔族の混血なのです」

ジョルジュは一旦言葉を切った後、躊躇しながら言った。

 

「……魔族の……?」

ラーサーは“魔族”という言葉に驚きを隠せないでいる。

 

「はい……ユウリ様のお母上が有翼人で、お父上が魔族の方でした」

 

「……そうだったのか……」

 

「ユウリ様御一家は以前はアントレア皇国の城下町に住んでおられました」

 

「あぁ、その事はユウリから聞いた事がある」

 

「ですが……ユウリ様が十歳になられた年……魔族が御一家を襲ったのです」

 

「それは、何故だ……?」

 

「わかりません」

 

「わからない……?」

 

「はい……ただ、ユウリ様のお父上は魔族の中でも位の高いお方だったようです」

 

「……では……暗殺……?」

 

「恐らくは」

 

「……そんなっ……」

 

「お父上はユウリ様とお母上を守る為にご自分だけ家の中に残り、お二人を逃がしたのです。

 ですが……お母上も……」

 

「殺されたのか……?」

 

「……はい、町から離れた場所まで来た時にユウリ様を私に託し、お父上の所へ……」

 

「……」

 

「翌日、私がユウリ様を連れて戻ってみると……お父上もお母上も……」

 

「なんて事だ……」

ラーサーはとても悲痛な表情で呟いた。

 

「そして……それまで魔力を使って隠していた本当の姿も周りの人間達に知られてしまい……」

 

「それで、こんな森の奥深くに移り住んだのか……」

 

「はい……」

 

「それじゃ、あの時……狼に襲われた時の傷もユウリが自分で治したのか?」

 

「はい、そうです」

 

ジョルジュの話を聞き、ラーサーは深く溜め息を吐いた。

「ユウリに……申し訳ない事をした……」

 

「ラーサー様……?」

 

「止む得ない事だったとはいえ……本当の姿なんて見られたくなかっただろうに……」

ラーサーはベッドで眠っているユウリに視線を移した。

そしてその瞳はとても苦しそうに、辛そうにユウリの寝顔を見つめていた。

 

「今日の事は……国王様にはなんとご報告なさるおつもりですか?」

 

「ランディール王には……そのまま報告しなければならない……」

 

「それは……」

 

「しかし、大丈夫だ。国王様はユウリがどんな素性の娘であろうと国外追放などといった事はしない。

 寧ろ……」

 

「……?」

ジョルジュはラーサーが何かを言い掛け、視線を外した事に首を捻った。

 

「……いや……なんでもない」

ラーサーは一瞬、考えを巡らせた後、直ぐに視線をジョルジュに戻した。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「……う……ん……」

 

「ユウリ、大丈夫か?」

ユウリの意識が戻ると、ベッドの横にいたラーサーが心配そうにそっと声を掛けた。

 

「……ラーサー……さ、ま……?」

ユウリはまさかラーサーがいるとは思っても見なかった。

そして、自分が人間の姿をしていない事にハッと気が付くと慌てて姿を変えようとした。

 

……が、しかしまだ魔力が十分に回復していないユウリは、

本来の姿からいつもの人間の姿に変わる事は出来なかった。

 

「ユウリ様……まだ、無理です……」

 

「……」

ジョルジュの言葉にユウリは俯き、哀しそうな表情を浮かべた。

 

「……ユウリ……すまなかった」

すると、ラーサーがそっとユウリの両手を包み込むように握って言った。

 

「え……っ?」

ユウリはラーサーの口から出た言葉に驚き、思わず顔を上げた。

 

「……ジョルジュから聞いた……」

 

「そう、ですか……」

 

「俺が無理を言ったばかりに……その……」

 

「……もう、いいんです……」

 

「でも、ユウリ……」

 

「……もしも、あのまま行かなかったら私……きっと後悔していました。だから……」

ユウリはそう言うと少しだけ微笑んだ。

しかし、ラーサーの目には……いや、ジョルジュの目から見ても

無理をして笑ってみせているように思えた。

 

「……」

ラーサーは無言のまま、ユウリをじっと見つめた後――、

「今日は本当にありがとう……また来る……」

と言い、丸太小屋を後にした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――その翌日。

 

ユウリはいつもの様に泉へと水汲みに出掛けていた。

 

「ユウリ」

不意に名を呼ばれ、振り返るとラーサーが近付いて来た。

 

「ラーサー様」

 

「ジョルジュに訊いたら此処だって言ってたから。

 もう寝ていなくて平気なのか?」

 

「はい、昨夜ゆっくり休みましたから」

ユウリのその言葉を裏付けるように、彼女はいつものように人間の格好をしていた。

 

「そうか……」

ラーサーは少しだけ安心したように微笑むとユウリが持っていた水桶を受け取った。

 

「あ……ラーサー様、大丈夫ですよ?

 いつも重い物は魔力で浮かせて持っているので実は全然平気なんです」

 

「そんな事も出来るのか?」

ユウリが苦笑いしながら言った種明かしにラーサーは驚いた。

 

 

丸太小屋に戻り、ユウリはラーサーを中に入れると思い出したように言った。

「……ところで、ラーサー様、今日はどうされたのですか?」

 

「ん? あぁ……実はランディール王から書簡を預かって来たんだ」

 

「私に、ですか?」

 

「あぁ……それと昨日、騎士団に協力してくれたお礼も預かっている」

ラーサーはそう言うと、ランディール王からの書状をユウリに手渡し、

更にずっしりと重そうな皮袋をテーブルの上に置いた。

 

「お礼だなんて……そんな……」

ユウリは書状を受け取り、中を開いた。

 

「……っ!」

 

「ユウリ様?」

書状を読み、驚いた顔をしたユウリにジョルジュが声を掛けた。

 

「……ラ、ラーサー様……これ……」

ユウリは目の前のテーブルに置かれた皮袋に視線を移した。

 

「金貨百枚。ランディール王からの礼金だよ」

 

「……こんなにたくさん……受け取れませんっ」

 

「何故?」

 

「だ、だって、私は当たり前の事をしただけです。自分に出来る事を……」

 

「そう言われてもなぁ……俺も国王様から預かった物をそのまま持ち帰る訳にはいかないし。

 それに、君は“当たり前の事”だと言ったけれど、騎士団を救ったというのは大変な事なんだぞ?」

 

「はぁ……」

 

「金貨はいくらあったって困る物じゃない。

 森で暮らしていると言ったって、まったく使わない訳じゃないだろう?」

 

「はい、それは……そうですけど……」

 

「ユウリ様、ここはありがたく受け取られては?」

 

「ほら、ジョルジュもこう言ってるぞ?」

 

「……わかりました……では、ありがたく……」

ユウリは少しの間考え、ペコリと頭を下げた。

 

「いや、礼を言うのは俺の方だよ。君にはいくら礼を言っても足りないくらいだ」

 

「そんな……」

 

「という訳で……後、これ……騎士団の皆から」

ラーサーはテーブルの上に今度はいろいろな食材を並べ始めた。

 

「え……あ、あのっ、ラーサー様……?」

 

「金貨にしようかどうしようか皆で話し合ったんだが、国王様からも金貨が出される事はわかっていたし、

 それだと受け取りづらいと思ってね。それに、君はまだ寝込んでいると思っていたから」

 

「……すみません……そんなに気を遣って頂いて……」

 

「いや、騎士団として当然の事だ」

ラーサーは“当然の事”と言ったが、その目はとても優しくユウリを見つめていた――。

 

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