First Kiss −22−

 

 

キョトンとしたまま固まっているあたしに“翡翠の人”は

「琴美?」と、もう一度あたしの名前を呼んだ。

 

「どうして・・・あたしの名前を知っているの?」

あたしがそう聞くと“翡翠の人”は「え・・・?」と

小さく言った。

 

「琴美・・・俺がわからないのか・・・?」

 

・・・誰?

 

“翡翠の人”はそっとあたしの頬を包み込んだ。

 

暖かい手・・・。

あの時と同じ・・・。

 

「琴美・・・?」

 

名前を呼ばれても、あたしは誰だかわからなかった。

 

・・・でも・・・この声・・・

 

「俺だよ。」

そう言って“翡翠の人”は顔を近づけた。

 

・・・あれ?

 

さっきよりは少しだけ顔が近づいて、おおよその顔がわかるようになった。

まだぼやけたままだけど。

 

・・・宗?

 

そうだ・・・この声、宗の声だ。

 

「シュ・・・ウ・・・?」

 

この茶髪・・・

 

この顔の輪郭・・・

 

そして・・・薄っすらとだけどわかるこの翡翠色の瞳・・・。

 

「うん・・・俺だよ。」

 

じゃあ・・・あの時、あの雨の中で出会ったのって・・・

 

「琴美・・・もしかして・・・俺の顔、見えてない?」

 

「うん・・・。」

 

「そっか・・・どうりで・・・。」

宗はそう言うとあたしの手を取って、1階まで連れて行ってくれた。

 

 

「ありがとう・・・。」

 

「・・・うん。」

宗が“翡翠の人”だったなんて・・・。

 

「家まで送っていくよ。」

 

「あ、大丈夫。お母さんに迎えに来てもらって、

 そのまま眼鏡屋さんに行くから。」

 

「そっか・・・なら大丈夫だな。」

 

「うん、ありがと。」

 

「けど・・・さっきはびっくりしたよ。」

 

「・・・なんで?」

 

「琴美が“なんであたしの名前を知ってるの?”とか、俺の顔を

 じっと見たまま動かないし、“誰?”みたいな顔してるから、

 頭打っておかしくなったのかと思った。」

 

「あー・・・ごめん。」

 

だって見えないんだもん。

 

「琴美、視力いくつ?」

「んと・・・右が0.05で左が0.06。」

「えっ!?そんなに悪いのか!?」

視力が0.1もないのがそんなに驚いたんだろうか・・・。

 

「じゃあ・・・あの雨の日の時も全然俺の顔見えてなかったんだ?」

「っ!?」

雨の日の時って・・・宗はあたしだって気がついてたって事?

 

「憶えてない?」

 

憶えてる・・・。

 

「3月14日。突然大雨が降り出してさ、雑貨屋の前で雨宿りしてた時。」

 

日付まで憶えてたんだ・・・。

 

「宗・・・憶えてたの・・・?」

「うん。」

 

・・・チリン・・・。

 

あ・・・

 

「これ・・・くれただろ?」

宗はそう言って携帯についているあの恋愛成就のハートの鈴を

あたしに見せた。

 

「・・・つけてたんだ?」

「うん。」

 

あたしはまさか“翡翠の人”・・・宗がホントに携帯につけているとは思わなかった。

 

「だってコレ恋愛成就のお守りだろ?」

 

・・・そこまで知ってたんだ・・・。

正直びっくり。

 

「だからつけてる。」

 

「宗はそんなのつけなくても成就するでしょ?」

あたしは宗みたいなイケメンでもそんなモノに頼る事があるのかと思うと、

なんだかちょっと可笑しくて笑ってしまった。

 

「そんな事ないよ?」

宗はそう言ってるけど、実際女子にいつも囲まれてるのはどこの誰ですかー?

 

「あ、そういえば・・・あたしもつけてるんだよ。」

あたしはカバンの中から手探りで携帯を出して宗に見せた。

 

「ホントだ。」

「てか、今さらだけど・・・あたしがもらってよかったの?」

「ははっ、ホントに今さらだなー。」

宗はケラケラと笑った。

 

だって・・・。

 

「宗のお気に入りだったんじゃないの?」

「確かに俺のお気に入りだったよ。」

「えー、じゃ、やっぱりあたしがもらっちゃマズかったんじゃないの?」

「違うよ。お気に入りだから琴美にあげたんだよ。」

 

・・・?

 

センセー、意味がまったくわかりませんけど・・・?

 

「どーゆー意味?」

 

「・・・俺の恋愛が成就したら教えてあげる。」

 

・・・すぐじゃん?

 

「うん、わかった。」

あたしは宗の恋愛成就はきっとすぐ叶うだろうと思って納得した。

 

だって明日にでも聞けるかもしれないもんね?

 

「ところで宗はいつから気がついてたの?」

 

「んー、最初しばらくは全然わかんなくって、

 だけどなんかあの時の女の子に似てるなって思い始めて、

 遠足の時に確信した。」

 

「遠足の時?」

 

「うん、二人きりで話してて、俺が思いっきり顔近づけた時だよ。」

 

そーいえば、そんな事あったな・・・。

 

「髪も短くなってるし、眼鏡もかけてるからもしかして違うのかな?

 て、思ってたんだけど・・・やっぱりあの時のは琴美だったんだな。」

 

「早く言ってくれればよかったのに。」

 

「だって、琴美は俺の顔見てもまったく無反応だったから・・・

 てっきりもうあの時の事は忘れたのかと思って。」

 

「忘れたんじゃなくて・・・」

 

「まさか、見えてなかったんだとは思わなかった。

 それじゃ、気がつく訳ないよなー。」

宗は苦笑いした。

 

「あ、そだ・・・前から聞きたかったんだけどさ・・・」

「ん?」

「携帯番号教えて?」

「・・・誰の?」

 

メグちゃんのかな?

 

「琴美のに決まってんじゃん。」

宗はプッと吹き出した。

 

「え・・・あ、うん。」

男の子に携帯番号を聞かれることに慣れていないあたしは

ちょっと驚いた。

 

 

宗はあたしから番号を聞くと、すぐにメモリーに入れて

あたしの携帯へさっそくかけてきた。

そして、あたしの手の中で一回だけ携帯が鳴って切れた。

 

「俺の携帯番号。」

 

あ・・・なるほど・・・言うより鳴らしたほうが早いと思ったのね。

 

「ちょっと携帯貸して。」

宗はそう言うと自分の携帯をあたしに持たせ、あたしの携帯をいじり始めた。

 

「・・・?」

 

なんだろ?

 

「俺の番号、メモリーに入れといたから。」

 

「あ・・・ありがと。」

ご丁寧にメモリー登録までしてくれたんだ。

 

「へへーっ、琴美の番号げっと!」

宗は嬉しそうに言った。

 

あたしの番号をゲットしてそんなに喜ぶことがあるのかな?

・・・てか、宗の携帯のメモリーよく空きがあったなぁ。

てっきり空きがないくらい女の子の携帯番号で埋まっているのかと思ってた。

 

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