First Kiss −21−

 

 

―――9月。

夏休みが終わって学校が始まった。

久しぶりの学校。

 

「おはよー。」

メグちゃんとも久しぶりに会った。

 

「おはよう、琴美ちゃん。」

真後ろの席の武田くんは・・・

合宿以来だからたいして久しぶりでもないけど、

あたしもとりあえず「おはよう。」と、笑顔を返した。

 

宗と高杉くんにわらわらと女子が群がっている光景も久しぶりに見る。

今日は始業式の後、サッカー部の練習試合があるらしい。

高杉くん派の女子がキャーキャー言いながら話している。

以前のあたしならこの後、こっそり見に行ってたな・・・。

そんな事を思いつつ、改めて高杉くんの事はもう好きじゃないと確信した。

 

ちなみにあの高杉くんのスケッチを見られて以来、

宗はあたしに話しかけて来なくなった。

用事がある時以外は・・・。

完璧に誤解されてるな・・・と思いつつ、

わざわざ否定するのもどーなのか・・・?

そう思っている内に合宿が終わり・・・夏休みが終わり、

・・・で、現在に至る・・・。

 

誤解されたまま・・・と言うのは、ちょっと嫌だけど。

 

 

―――翌日、5時限目。

体育の時間。

 

今日はグラウンドでソフトボール。

あたし達のクラスと隣の1年2組との対戦。

男子と女子で別れて試合をしている。

 

だけど運動が苦手なあたしはもっぱら観戦。

どーせ出たって足を引っ張るだけだし。

 

・・・て、ゆーか。

女子の方は高杉くんと宗に気を取られて

ほとんどまともな試合になっていない感じ。

試合中の女子も男子の試合を観戦してるし。

 

体育なのにこんなに退屈な授業も珍しい。

それでもあたしはボーッと女子の試合を眺めていた。

 

まったく進展していない試合を・・・。

 

 

「琴美、あぶないっ!」

メグちゃんの声がして、あたしはハッとした。

 

だけど、時すでに遅し・・・

次の瞬間、頭にものすごい衝撃が走った。

 

あれ・・・?

 

何かぶつかった・・・?

 

一瞬にして目の前にキラキラと星が瞬き始めた。

 

なんだろう・・・?

 

そう思ったら、今度は生暖かい土の感触が頬に当たった。

太陽の日差しに照らされた生暖かい地面・・・。

 

あれれ・・・?

・・・なんだろう?

 

あたしの意識はそこでプツンと途切れた。

 

 

―――目が覚めた時にはベッドの上だった。

 

見慣れない天井・・・

ここはどこだろう・・・?

 

あたしがパチパチと瞬きをしていると誰かが

視界に入ってきた。

 

誰?

 

「気分はどう?」

 

気分・・・?

 

「・・・。」

とりあえずキョロキョロと辺りを見回す。

 

「ここは保健室よ。」

 

保健室・・・。

 

て、ことはこの人は保健室の先生?

 

・・・と言っても、眼鏡をかけていないから確証はない。

それに何故あたしが保健室にいるのかもまったくわからない。

 

「体育の時間にソフトボールの打球が当たって、脳震盪を起こしたのよ。」

保健室の先生(おそらく)は、まだ状況が把握できていないあたしに説明してくれた。

 

そっか・・・それで保健室に運ばれたんだ。

 

体を起こしてとりあえず眼鏡をかけようと置いてありそうな場所を

手探りで探した。

だけど眼鏡がどこにもない。

 

「おでこに打球が直撃した時に眼鏡が割れちゃったみたい。」

あたしが眼鏡を探してるのがわかったのか保健室の先生(きっと)は、

さらに説明してくれた。

 

え・・・。

 

・・・て事は・・・眼鏡がない・・・?

 

「割れたレンズで顔に少し怪我してるけど、かすり傷だし、

 痕は残らないから大丈夫よ。」

保健室の先生(多分)はそう言ってにっこり微笑んだ・・・気がした。

確かに頬の辺りとか、目の下あたりに絆創膏が貼られている感覚がある。

眼鏡がないあたしは何も見えない。

 

困ったな・・・。

 

しばらくベッドの上でどうしたもんかと考える。

 

とりあえず教室に戻ろうかな。

腕時計で時間を確認するとちょうど5時限目が終わった後の休憩時間。

だけど・・・制服がない。

 

あー、そうだ・・・更衣室だ。

 

一旦、更衣室に戻って着替えようかと思っていると

保健室のドアが開いて、誰かが入ってきた。

 

「琴美、大丈夫?」

メグちゃんだった。

心配して様子を見に来てくれたんだ。

 

「もう起きて大丈夫なの?」

 

「うん、気分も悪くないし全然平気。」

あたしがそう言うとメグちゃんは安心したみたいだった。

 

「はい、コレ制服持って来たよ。」

メグちゃんはあたしの制服を持ってきてくれていた。

 

「ありがとー、メグちゃん。」

 

助かった・・・。

 

 

眼鏡がないおかげで四苦八苦しながら

なんとか制服に着替えたあたしはメグちゃんと一緒に保健室を出た。

教室に戻る時、あたしの目がいかに悪いか知っているメグちゃんは、

手を取って席まで誘導してくれた。

 

「ノートはあたしが取ってあげるから、無理しなくていいからね。」

そして、眼鏡がないと何もできないあたしをメグちゃんは気遣ってくれた。

 

 

―――放課後。

眼鏡なしのあたしはさすがに今日は部活に出ても何もできない。

なにより、新しい眼鏡を作りに行かないと。

 

そんなワケであたしは一人で教室を出て昇降口に向かった。

ちなみに、あたし達1年生の教室は3階にある。

 

さて・・・問題はここから。

 

階段が怖いなー。

 

窓から入ってくる日差しに照らされて、足元が真っ白にしか見えない。

眼鏡なしで1階まで下りるのは結構ツラい・・・。

命懸け・・・と言うのは大袈裟でもなかったりする。

それでも降りないワケにもいかないので、あたしは一歩ずつ

階段を下りる事にした。

 

なんとか2階まで下り、ホッとしてまた降りようした瞬間、

あたしは見事に足を踏み外した。

「きゃっ!?」

 

落ちる・・・!

 

そう思った瞬間、後ろから誰かの腕に支えられた。

おかげであたしは体勢を崩す事無く踏み留まった。

 

・・・あれ?

 

あたしは支えてくれた人物を確認しようと振り返った。

 

・・・え?

 

“翡翠の人”・・・?

 

顔は見えないけれど・・・あの“翡翠の人”だとわかった。

眼鏡をかけていないからわかる事・・・。

 

あの時と同じ雰囲気。

 

同じ目線。

 

思いっきりぼやけているけど、絶対あの“翡翠の人”だと確信できた。

 

「大丈夫か?」

 

ほら・・・やっぱりあの時と同じ声。

 

同じ・・・優しい声。

 

「琴美?」

 

え・・・?

 

どうして・・・あたしの名前を知っているの?

 

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