First Kiss −23−

 

 

―――週末、金曜日の夜。

お風呂上りに自分の部屋でボーッとテレビを見ていると携帯が鳴った。

 

・・・聞いたことない着メロが鳴ってるんだけど・・・?

こんなの設定した覚えないけどなー?

 

そんな事を思いながら、着信表示を見た。

 

“シュウ”

 

・・・ん?

シュウ?

 

・・・宗?

 

「もしもし?」

『もしもし、宗だけど。』

「あ・・・うん。」

 

宗の声だ。

 

あたし、宗の携帯番号カタカナで登録したっけ?

しかも着メロ変えた覚えもないしー。

 

『あ・・・今、マズかった?』

あたしがちょっと沈黙して“電話しちゃマズかった空気”が流れたのか、

宗が少し気まずそうに言った。

 

「あ、ううん。なんか聞いたことない着メロが鳴ったから、

 こんなの設定した覚えがないけどなーって考えてたの。」

『あ、それ俺。』

「え?」

『俺の携帯番号、琴美の携帯のメモリーに入れたときに俺が設定したの。』

「あー、そーゆーコト?」

 

そっか・・・なるほど。

そーいえば宗が自分であたしの携帯に入れたんだった。

宗のやりそうなコトだゎ。

 

『びっくりした?』

宗は電話の向こうでクスクスと笑っている。

 

『あ、ところでさ・・・琴美、明日は暇?』

「明日?・・・うーん、特に何もないけど?」

『あのさ・・・明日、バスケ部の練習試合があるんだけど・・・

 応援に来てくれないかなー?って・・・。』

 

そーいえば、今日、休憩時間に武田くんがそんなコト言ってたな。

宗の周りで女子も騒いでたし。

 

「・・・応援ならいっぱい来るんじゃないの?」

あたしが行くまでもなさそうじゃん。

 

『俺、琴美に来て欲しいんだもん。』

 

う・・・。

そんなキッパリ言われると・・・。

 

『・・・ダメ?』

 

「・・・ううん、行く。」

『ホント?』

「うん。」

 

だってねぇ・・・そんな風に言われちゃイヤとは言えないし、

わざわざ、こうして電話してきてくれてるしね。

 

「どこでやるの?」

『3時からうちの学校の第一体育館。』

「うん、わかった。」

『俺はスタメンじゃないけど試合には出るから。』

「そっか、頑張ってね。」

『うん・・・それじゃ、明日。』

「うん・・・おやすみ。」

『おやすみ。』

 

 

電話を切った後、明日差し入れにレモンの蜂蜜漬けを作って持っていこうと

キッチンに行くと弟の誠がお風呂上りに牛乳を一気飲みしていた。

 

「姉ちゃん、こんな時間から何作るの?」

「レモンの蜂蜜漬け。」

「そんなにたくさん?」

テーブルの上に並べたタッパーを見て誠は驚いた。

レモンの蜂蜜漬けは普段からよく作っているけど、

いつもはタッパー一つ分。

でも、今テーブルの上に並んでいるタッパーは3つ。

 

「明日、うちのバスケ部の練習試合の応援に行くから、

 差し入れに持って行こうと思って。」

「男子の?」

「うん。」

「シュウさんも出るの?」

「うん、スタメンじゃないけど出るって言ってたよ。」

「俺も連れてって!」

 

なぬっ!?

 

「俺も見たい!」

 

まぁ・・・男子バスケ部の試合だしね。

 

「じゃあ、明日一緒に行こ。」

「うん!」

誠はあたしからお供の許可が下りると小躍りして喜んだ。

 

 

―――翌日。

あたしと誠はレモンの蜂蜜漬けを持って、宗達の練習試合の応援に行った。

第一体育館に入ると入口のところで武田くんにバッタリ会った。

 

「武田くん。」

「あ、琴美ちゃん。」

武田くんはあたしに気が付くとニコッと笑った。

 

「琴美ちゃん・・・もしかして・・・彼氏?」

武田くんはあたしのすぐ後ろにくっついてきていた誠をちらりと見た。

 

「あはは、まさかっ!弟だよ。」

 

「あ、・・・そなの?」

弟と聞いて武田くんはちょっと拍子抜けしたみたいだった。

 

 

武田くんに差し入れを渡して、あたしと誠は試合がよく見えそうなところを探した。

だけど、いい場所はとっくに宗の取り巻きが陣取ってたりする。

 

「最前列はすっかり埋まってるね。」

あたしと誠は二階の観客席の少し後ろに座った。

「あの女の子達みんなシュウさんのファン?」

誠はキャー、キャー言っている女の子達に視線を向け、

さらにその女の子達の視線の先にいる宗の姿が目に入ったようだった。

「うん。」

「すげっ!・・・てか、相手チームの人達かわいそーだね。」

「なんで?」

「だって、ただでさえアウェー戦なのに、こんなに取り巻きがいたんじゃ

 より一層アウェーな感じじゃん?」

「あはは、確かにそうだね。」

「ところで、なんでみんなシュウさんの事“ソウ”君て呼んでるの?」

「宗の漢字は宗教の“宗”なんだけど、みんな“ソウ”だと思ってるみたい。」

「シュウさんは何も言わないの?」

「なんか訂正するのが面倒臭いんだって。」

「ふーん。」

 

あたしと誠がそんな会話をしていると、ユニフォーム姿で

ストレッチをしていた宗と目が合った。

 

宗はあたしと誠に手を振ってニッと笑った。

そしてそんな爽やかな笑顔を見せて手を振るもんだから

あたしの前にいた女の子達は一斉に後ろを振り返った。

 

「姉ちゃん・・・なんか・・・怖いよ?」

「き、気にしなきゃいいのよ・・・。」

誠に向けて言ってるつもり・・・でも、ホントは自分にも言い聞かせてる感じ。

 

 

しばらくして両チームがコートに集合。

そして試合開始。

宗の言っていた通り、スタメンの中に宗はいない。

ちなみに武田くんもいない。

けど、誠はあたしの隣で真剣な表情で試合をじっと見ていた。

そんな弟の姿はちょっと意外・・・かな。

 

 

第2クォーターが始まり、宗がメンバーに加わった。

その瞬間、女の子達の黄色い声援が飛び交う。

 

すご・・・っ。

 

「いよいよシュウさんの出番だね。」

誠は嬉しそうに笑った。

 

誠も宗がプレイするところ、楽しみにしてたのかな?

 

相手チームの選手はまだ宗にはノーマーク。

1年生だと思って油断してるのかな?

それをいい事に次々とパスが宗に回される。

そして宗は華麗なフォームでシュートを決めていく。

その度に沸き起こる歓声・・・て、ゆーか黄色い声?

 

だけど・・・宗はその黄色い声も耳に入っていないかのように

真剣な顔で試合をしている。

あたしは、その真剣な表情にドキッとした。

いつもはチャラチャラしている顔が今はコートの中ですごく真剣な顔をしている。

 

その表情にドキドキしているあたし・・・。

 

なんでこんなにドキドキしてるんだろ?

あの時と同じ・・・。

 

高杉くんを好きになった瞬間と同じ・・・

 

「シュウさんて、左利き?」

 

へ?

 

宗に見惚れているあたしを現実に引き戻したのは誠の声だった。

 

「なんで?」

 

「フォームがなんか俺と真逆だから。」

 

そう言われてみれば宗がパスする時もドリブルする時も、

シュートをする時も他の選手と違う。

逆のフォーム。

まるで・・・鏡に映したみたいに。

 

宗って・・・左利きだっけ?

 

今さらながら宗が左利きなのか右利きなのかわからない。

 

「後で宗に聞いてみれば?」

「話せるかな?」

 

あ・・・確かにこんなに取り巻きがいるんじゃ無理かもね。

 

「さぁ・・・?」

 

「あ・・・でも、シュウさん、姉ちゃんのトコには来るかもな?」

 

どーゆー意味?

 

あたしは意味もわからず、ただ黙っていた。

 

誠はあたしに謎かけみたいな事を言っておきながら、

すでに試合を食い入るように見ていた。

 

“姉ちゃんのトコには・・・”

 

その言葉がちょっと引っかかる。

 

でも・・・宗はきっと彼女のトコに行くよ。

 

そう思うとちょっと胸がチクリとした・・・。

 

 

ハーフタイム。

宗と他のメンバーはあたしが差し入れしたレモンの蜂蜜漬けを口に放り込んでいた。

一応食べてくれてるってコトは・・・少しは役に立ってるのかな?

 

 

第3クォーター。

試合は30対46。

うちの学校が勝っている。

 

でも、この第3クォーターで気を抜いてしまうとヤバい。

 

現に気が緩んだのか、スタメンから出ているメンバーに疲れが出ているのか、

うちのバスケ部の動きが少しずつ鈍くなってきた。

それに相手チームも宗へのパスを遮断すべくぴったりとマークし始めている。

 

頑張って・・・っ!

 

ただ、ひたすらにそれだけを願った。

 

宗・・・頑張って・・・っ!

 

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