漆黒の翼 -24-

 

 

ユウリが有翼人の森に戻ってから一ヶ月、ようやく少しずつ落ち着き始めた頃――。

 

ユウリとセオドア、シジスモン、そしてジョルジュはラウルとクララが眠る

あのランディールの森の泉に向かっていた。

ユウリが有翼人の森に戻った事を報告しに来たのだ。

 

 

アントレア皇国側から深い森の中を散策を兼ねて歩いて進むと太陽の光に反射し、

きらきらと光る水面が見えてきた。

すると、泉の畔に十数人の人影が見えた。

 

「ん?」

その人影はユウリ達の気配に気付くと、

「ほう、黒い翼の有翼人か……捕まえて観賞用として売れば儲かるな」

にやりと口の端を上げて笑いながら近付いて来た。

泉の畔にいたのは山賊達だった。

 

「飛んで逃げようとしても無駄だ」

数人の山賊が素早く弓を構える。

 

「ユウリ様っ」

ジョルジュはユウリの前に出ると護身用のレイピアを構えた。

しかし、既に遅く、目の前まで近付いて来た山賊がジョルジュのレイピアを曲剣で弾き飛ばした。

 

……カッシャーン――ッ!

 

音を立てて地面に落ちたレイピア。

ユウリもセオドアも山賊達の身動きの早さに驚き、戦闘態勢に入る前に取り囲まれてしまった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

なんとか戦闘態勢はとったものの、山賊達の方が人数的にも多い。

いつもは必ず護衛を就けているシジスモンだが、この日はあまり仰々しくはせず、

静かにラウルとクララに祈りを捧げたいからと四人だけで来たのだが、

どうやらこれが裏目に出てしまったようだ。

セオドアの弓、ユウリの魔法で攻撃をしたとしても詠唱中に攻撃を受けてしまうだろう。

ユウリ達四人はどうする事も出来ず、その場を動けずにいた。

 

すると今度はジョルジュに向けられていた山賊の剣が誰かの剣に弾き飛ばされた。

 

「……なっ!?」

山賊達は突然姿を現した人物を見て絶句した。

 

「「ラーサー様っ!?」」

ユウリとジョルジュは目の前に現れた人物の姿を認めると思わず声を上げた。

 

「今すぐ此処から立ち去れ」

ラーサーはユウリ達の方を振り返る事無く、静かな口調で山賊達に言い放った。

 

「ふんっ! 怪我をしないうちに其処を退きなっ!」

しかし、山賊の一人はそう言うと怯む事もなくラーサーに斬り掛かった。

 

ラーサーは自分が避ければ直ぐ後ろにいるユウリ達に怪我を負わせてしまうと思い、

山賊の剣を避けきれず右腕に怪我を負った。

 

「くっ……!?」

「ラーサー様ッ!!」

「ラーサーッ!」

茂みから出て来たセシリアと側近達は直ぐにラーサーに駆け寄り、

山賊達に向けて剣や魔法で攻撃を仕掛けようとした。

 

「やめろ! 殺すなっ!」

しかし、ラーサーがそれを制した。

 

「此処は、とある方々が静かに眠っておられる場所だ。

 この場所を貴様達賊の血で汚す訳にはいかない」

ラーサーはそう言うと

「二度とこの場所に足を踏み入れない事と、有翼人達に手を出さない事を約束するなら何もしない」

山賊達のリーダーらしき人物に視線を向けた。

 

「嫌だと言ったら?」

山賊達のリーダーはにやりと笑った。

 

「……なら……」

ラーサーはその答えがわかっていたかのように転移魔法で山賊のリーダーの前に移動すると、

「これでもか?」

肩を掴み左胸にベンヌソードを突き付けた。

 

「っ!?」

山賊のリーダーはごくりと息を呑んだ。

手下の山賊達も固まる。

 

「この場所をお前の血などで汚したくはないが……嫌だと言うなら仕方がない。

 それに……この場所から逃げたとしてもお前達の気配を追って皆殺しにする事など

 俺にとっては造作もないが?」

 

「ま、待て……っ」

山賊のリーダーは顔を歪ませた。

 

「さぁ……どうする? このまま消えるか? それとも俺に消されたいか?」

 

「わ、わかった……もう、此処へは来ない。

 有翼人達にも二度と手出ししない……約束する」

 

ラーサーは山賊のリーダーの言葉を聞くと肩から手を放した。

しかし、まだ剣は構えたままだ。

 

「あんた……“ラーサー”て……まさか、ランディール王国の王立騎士団副団長の……」

山賊達のリーダーは“ラーサー”の名に聞き覚えがあるらしい。

 

「その通り、俺がラーサー=シルヴァンだ……と言っても、今はもう王立騎士団の一員ではないがな」

 

「……」

それを聞くと山賊のリーダーは相手が悪かったといった顔をし、

仲間の山賊を引き連れてラーサー達の目の前から消えた。

 

 

「シジスモン様……、お久しぶりです」

山賊達がいなくなるとラーサーはベンヌソードを鞘に納め、シジスモンの前に跪いた。

 

「先日はセオドア殿とユウリ殿、またジョルジュにもご協力頂き、ありがとうございました。

 ご挨拶にも上がらず申し訳ありません」

 

「……いや……」

シジスモンはラーサーの行動に驚いていた。

山賊達から救ってくれた事もだが、何よりユウリとまったく目を合わせようとしないでいるからだ。

 

「……しかし、何故そなた等が此処に?」

シジスモンはラーサー達がこの場にいる事を怪訝に思った。

 

「ラウル様とクララ様にリュファスの事で報告に参りました」

 

「……そうか」

シジスモンはそう言うとユウリに視線を移した。

ユウリはとても辛そうな顔でラーサーを見つめていた。

 

ラーサーは静かに立ち上がるとシジスモンに一礼し、セシリア達と共にラウルとクララが眠る墓に

花束と深い祈りを捧げた――。

 

リュファスの事、自分の事、そしてユウリの事……。

 

 

全てを報告し、立ち上がった後、ラーサーは再びシジスモンの方に向き直ると深々と頭を下げて踵を返した。

 

「ラーサー様、お待ち下さいっ」

すると、そのまま立ち去ろうとしているラーサーをユウリが呼び止めた。

 

「血が……」

 

ラーサーの右腕からは血が流れていた。

先程、山賊に斬り付けられた時の傷だ。

 

「……こんなものは掠り傷だ」

「でも……」

「帰るぞ」

ラーサーは側近達にそう言うとユウリが癒しの力で傷を治す前に転移魔法で姿を消した――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「結構、傷深いじゃないの……」

レッドキャッスルに戻り、セシリアはラーサーの右腕の傷を確認すると直ぐに侍女に命じ、宮廷医を呼んだ。

 

 

「らしくないわね」

宮廷医の手当てを受けた後、ラーサーの右腕に巻かれた白い包帯を見ながらセシリアは意味有り気に言った。

 

「大した傷じゃない。ちょっと油断をしていただけだ。

 本当ならもっと上手く避けるさ」

 

「油断ねぇ……」

 

「……」

ラーサーは無言でセシリアをちらりと見た。

言いたい事があるなら言えと言わんばかりに。

 

「私はあなたがこんな怪我を負った事がらしくないと言った訳じゃないけど?

 だって、油断していた訳でも避け損なった訳でもない。

 『自分が避ければ後ろにいるユウリ達に怪我をさせてしまう』そう思ったからでしょ?」

 

「……」

 

「本当はユウリと話したかったんでしょ? この傷だって治して貰えばよかったのに」

 

「別に俺は……っ」

 

「『俺はもうユウリ達とは関係ないから』……とでも言いたいの?」

 

「……あぁ」

 

「じゃ、あの場所に行く必要もなかったんじゃない?

 それにユウリ達が襲われているのを見て私が止めるのも聞かずに助けに入ったのはどうして?」

 

「あの場所はラウル様が眠っておられる。

 ラウル様は父の影武者だったお方だ、王室と無関係ではないし、犠牲者の一人だ。

 だから今回、全てが終わった事をご報告に行ったまでだ。

 ユウリ達を助けたのは護衛の姿はなかったし、セオドア殿ではユウリやジョルジュの詠唱中、

 奴等の攻撃を全て一人で受けきれない。

 シジスモン国王様の戦闘能力だって俺は知らないし。

 それに賊の人数からしてもやられるのは目に見えているだろう?

 君の方こそ何故あの時、俺が助けようとしたのを止めたりしたんだ?」

 

「シジスモン様が魔族と係わり合いを持ちたくないんじゃないかと思ってね……だから止めたのよ」

 

「目の前で襲われている人達を見て放ってはおけないだろう?」

 

「ふーん……それも元騎士である所為なのかしらね? まぁ、いいけど」

セシリアはそれでもまだ何か言いたげな顔をしていたが、そのまま踵を返し、部屋を後にした――。

 

 

――同じ頃。

ユウリ達はランディールの森を後にし、有翼人の森へと帰る為上空を飛んでいた。

 

「まさか、彼が現れるとは思いませんでしたね」

セオドアはラーサーが去ってから沈んだ様子ののユウリを気にしながらシジスモンに話し掛けた。

 

「ああ、そうだな……しかも、賊から我々を助けてくれるとは……」

 

「流石は王立騎士団の副団長を務めていただけはありますね」

 

「ランディール王国と言っていたな。

 確かにラーサーのあの太刀筋は見事なものだが、あんな若造に副団長を任せなければならない程

 ランディール王国には腕の立つ騎士がいないのか?」

シジスモンは黙ったまま話を聞いているだけのユウリに視線をやった。

しかし、ユウリは何も答えようとしない。

シジスモンの声も耳には入っていないようだ。

 

すると、ジョルジュが代わりに答えた。

「ラーサー様は本来なら団長になられるお方だったそうです。

 王立騎士団の中で……いいえ、他国の騎士達と比べてもラーサー様に勝てる者はいなかったのです。

 しかし、以前、ランディール国王様がラーサー様に団長になるよう仰せになった時、

 ラーサー様は自分はまだ未熟だからと言って辞退されたと城の方達から聞いた事がございます。

 王族の方々はラーサー様をとても信頼されておられました。

 ですから、それならばせめて副団長になるようにと仰ったそうです」

 

「……ふむ」

シジスモンはジョルジュの言葉を聞きながら顎鬚に手をやり、それでも横目でユウリの様子を窺っていた。

ユウリは相変わらず黙ったままでその表情はとても曇っていた。

 

 

そして、有翼人の森に戻るとユウリは直ぐに自室へと篭ってしまった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――三ヵ月後。

 

「セシリア様はラーサー国王様の事をどう思われていますか?」

ある晴れた日の昼下がり、『龍将』のメンバーでありセシリアの側近・ハインリッヒが徐に口を開いた。

 

「何? 突然」

セシリアは何の前触れもなく突拍子もない質問をされた為、苦笑いしながらハインリッヒに顔を向けた。

しかし、ハインリッヒは真剣な顔でセシリアを見つめている。

その顔を見て戯言などではないと思い、セシリアも思わず真顔になった。

 

「……嫌いではないわよ。

 王立騎士団の副団長に復職する事も出来たのに、それを諦めて魔界に戻る決断をしてくれた。

 魔王として魔界を立て直そうと一生懸命やってくれているし、私としては感謝しているわ。

 そう言う面から言っても好きか嫌いかで問われればどちらかと言えば“好き”という答えになるわね。

 ……何故そんな事を訊くの?」

 

「実は……先日、『龍将』の会議でそろそろ王妃を迎えてはどうかという話になりまして、

 そのお相手にセシリア様のお名前が……」

ハインリッヒは少し言い辛そうに答えた。

 

「はぁっ!? なんで私なの?」

 

「セシリア様が唯一の王族だからです」

 

「それだけで?」

 

「はい」

 

「そりゃ……王族には王族のお相手をと考えるのが普通だけど……ラーサーにはこの事はもう話したの?」

 

「はい、ラーサー国王様は既にご承知の上です」

 

「……え? ラーサーは私との結婚に納得をしているの?」

 

「はい、セシリア様がお嫌でなければ……との事です」

ハインリッヒがそう言うとセシリアは顔を顰め、

「ラーサーは今何処にいるの?」

と険しい顔で訊ねた。

 

「この時間ですと、おそらく書斎でお仕事をされているかと」

 

セシリアはハインリッヒからラーサーの居場所を聞くと急いで書斎へと向かった――。

 

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