メグタマ! −シリーズ1・誤認逮捕+殺人事件=腐れ縁の始まり? 第九話−

 

 

「是永さん、どうかしましたか?」

携帯に送られて来たメールの画像を見つめて是永が考えを巡らせていると、

タマキに声を掛けられた。

 

「……あ、いや、なんでもない。それより朝井、明日は御木本さんと菅野の関係を

 一人で調べてくれないか? 俺はちょっと別で調べたい事があるから」

 

「はい、わかりました」

今までいつも二人で捜査をしていた。

初めての別行動だ。

タマキは不思議に思いながら返事をした。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

翌日、タマキは菅野がいる事務所を訪ねた。

 

「あのー……菅野さんは?」

室内を軽く見回して少し離れた所で原稿を書いている男性記者に声を掛けてみる。

 

「菅野なら取材で出張に出てますけど、どちら様ですか?」

 

「星川署の朝井と言います。菅野さんについてちょっとお訊きしたいのですが、少しだけよろしいですか?」

タマキは男性記者に警察手帳を見せた。

 

「星川署……あぁ、という事はあなたが及川を……」

 

「え?」

タマキはドキリとした。

 

「及川にリークの件を教えたのは俺なんだよ。だからピンと来た訳」

そう小声で言ってニッと笑った記者。

 

「それじゃあ、あなたが柴多さん?」

 

「そう、それで今日は菅野に御木本との関係を訊きに来たんだ?」

 

「まぁ……そんなところです。菅野さんは社内ではどんな感じですか?」

 

「……一言で言えば“一匹狼”かな」

柴多はタマキの問いに少し考えてから答えた。

 

「周りの人達とあまり仲が良くないって事ですか?」

 

「まぁ、そんなのはどこの会社にも一人くらいいるでしょう?」

 

「えぇ、まぁ……」

タマキは苦笑いを浮かべた。

 

「ただ、そんな奴にも妙に気が合う人間が一人くらいいるのも、これまたよくある話」

 

「それが……殺された御木本さん、ですか?」

 

「その通り……と言っても俺は二人とは親しくないからあまり詳しい事は知らないんだけど、

 彼らは以前、同じ事務所だったって聞いた事がある。

 だけど二人共強引な取材を行った事が原因でトラブルを起こして事務所をクビになって、

 菅野はうちへ、御木本も別の事務所に入ったんだ。

 多分、ここにいる誰に訊いても俺と同じ事を言うんじゃないかなぁ?」

 

「そうですか、ありがとうございました」

タマキは柴多に一礼して、他の記者やカメラマンにも話を訊いた。

しかし、柴多の言ったとおり菅野については皆口を揃えて『親しくないから』と、

それ以上詳しい話は聞けなかった。

 

ホワイトボードには菅野は今日まで出張という事になっている。

 

(出直そ)

タマキは帰り際、再び目が合った柴多に会釈をして菅野の事務所を後にした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「戻りました」

菅野と会う事を諦めたタマキは星川署に戻った。

 

「お疲れさん」

すると是永も戻って来ていた。

 

「課長、菅野ですけど出張でいませんでした。それで社内の人に菅野の評判を訊いて来ました」

タマキが報告の為、佐田のデスクの前に立つと、自然と捜査一課の面々が集まって来た。

 

「そうか、お疲れさん。それで評判の方は?」

 

「あまり良くはないようです。菅野は一匹狼らしく社内の誰とも仕事以外の話はほとんどしないそうです。

 ただ、殺された御木本さんとは以前同じ事務所にいたらしく、

 唯一気の合う存在でわりと仲も良かったようです」

 

タマキの報告の後、竹岡が続ける。

「俺も御木本さんの会社の人達に聞き込みに行って来ましたが、こちらも同じです。

 やはり御木本さんと菅野はよく連絡を取り合っていたようです。

 なので柴多さんが言っていたように菅野から御木本さんに誤認逮捕の情報が伝わったようです。

 それと一つ気になる事を御木本さんの同僚が言っていました」

 

「気になる事?」

眉を顰める佐田。

 

「御木本さんが書いた誤認逮捕の記事が掲載された翌日、

 菅野が取材先にいた御木本さんに会いに来たそうなんですが、

 物陰で喧嘩しているのを一緒に取材に行ったカメラマンが目撃しているんです。

 だけど妙な事に御木本さん、その翌日は物凄く機嫌が良かったらしいんですよ。

 それでそのカメラマンも気になって訊いたら『近々大金が手に入る』みたい事を仄めかしていたそうです」

 

「菅野と喧嘩した後に何か機嫌が良くなるような、大金が入るネタを掴んだという事か……」

佐田は顎に手を当てて考えを巡らせた。

 

「……しかし、課長、御木本さんはいろんな人から恨みを買っていたらしいですから

 誤認逮捕の件とは関係がないんじゃないですか?」

すると長原が口を開いた。

 

「確かに御木本さんの所持品の中に携帯がないのも、自宅のパソコンが壊されていたのも気になる。

 パソコンは持ち出そうと思ったら大変だったから、その場で壊したんだろうが……、

 あの中に見られたくないデータがあったという事か。

 パソコンのハードディスクの復元については鑑識も梃子摺っているようだが、

 なんとか頑張って貰わないとな。

 それと鑑識からの報告で御木本さんの自宅から採取された毛髪で気になる点がもう一つ。

 長い髪の毛が一本だけ採取されたのだが、これは目撃証言の長い髪の女の物と思われる。

 だが、これは人工毛だった事がわかった」

 

「つまり、カツラやウィッグの類という事ですか?」

 

「その通りだ」

タマキの質問に頷きながら答える佐田。

 

「……ですが、御木本さんの部屋からは取材する時の変装用だと思われるカツラが見つかっています。

 そのカツラの毛ではないんですか?」

御木本の自宅を実際に捜査した長原が再び口を開く。

 

しかし、佐田はその可能性を否定した。

「いや、鑑識からの報告によると御木本さんが使用していたカツラの人工毛とは

 毛の長さも成分も違っていたらしい。

 今、その人工毛の成分から製造元を割り出して貰っている」

 

「……」

黙る長原。

 

「では、その長い髪の女というのは変装していた犯人の可能性があるという事ですね?」

「と言う事は……犯人は男か髪の短い女?」

鈴野と竹岡が顔を見合わせる。

 

「それについて以前、御木本さんが取材を行った人物の中に、

 犯行時刻にアリバイがない人物が三人浮上しています。

 その三人とも御木本さんに対してかなり深い恨みを持っていて『殺してくれた人に感謝している』とか、

 『自分が殺してやりたかった』など言っていました。

 まず、一人目。杉原護(すぎはら まもる)、三十五歳。以前、セクハラの記事を実名で書かれていて、

 それが切欠で会社もクビになり離婚。アリバイもありません」

男性の顔写真をホワイトボードに貼り付け、説明する長原。

 

「二人目は伊田みどり(いだ みどり)、二十五歳。

 以前勤めていた銀行の横領事件に絡んでいたとされる記事を書かれ、

 実際には無関係だったんですが、顔と名前を御木本さんの記事よってバラされた事で

 世間から白い目で見られるようになり耐え切れなくなって自殺。

 命は助かったんですが今も意識不明で入院しています。母親もこの事が原因で心労が祟り他界。

 父親もそれ以前に既に他界しているのですが、みどりには姉が一人いまして現在、

 働きながら一人でみどりの看病をしています。

 その姉が御木本さんに対して恨みを持っているとはっきり言いましたし、

 アリバイも犯行があったとされる時間は自宅にいたと言っていましたが一人暮らしの為、

 証明出来る人物がいません。それにその姉はショートカットでした」

そう説明して長原は伊田みどりとその姉の顔写真をホワイトボードに貼る。

 

「三人目は栗原奈津(くりはら なつ)、十七歳。高校の裏口入学をしたと記事にされた女の子で

 実際は裏口ではなくバレーボールの推薦入学だったんですが、記事に実名が出てしまった事で

 チームメイトからも推薦と言うのも嘘なんじゃないかと噂がたったらしく、高校も辞めています。

 現在はバレーも辞めてフリーターをしていて、事件当夜のアリバイも

 午後十時までコンビニでバイトをしてその後十時三十分に帰宅していますが、

 帰宅途中に御木本さんのマンションがあります」

最後に可愛らしい女の子の顔写真をホワイトボードに貼って説明を終えた長原。

 

「しかし、まだ誤認逮捕の一件がこの事件とは無関係だとは言い切れない。

 是永と朝井は引き続き菅野をマークしてくれ。

 鈴野と長原、竹岡はアリバイのない三人を手分けしてマークしてくれ。

 他はカツラの製造元の割り出しと、引き続き御木本さんが殺される数日前からの行動と

 立ち寄った場所の防犯カメラのチェックをしてくれ」

佐田から指示が出され捜査会議が終了。

 

だが、しかし……、

「朝井、菅野のマークはお前一人でやってくれないか?」

是永がタマキに小声で言った。

 

「で、でも、課長の指示は……」

 

「課長には俺から話しておく」

 

「は、はぁ……」

タマキは腑に落ちない様子で返事をする。

同時に一人でやれるだろうかという不安と、是永に見捨てられたんじゃないかという不安も

押し寄せていたのだった――。

 

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