言葉のかわりに−第三章・12−
和磨は唯を捜してあちこち歩き回っていた。
走っていった方角の校舎は全部見て回ったのにいない。
という事は、校庭の方に行ったんだろうか?
携帯を鳴らしてみても、マナーモードのままだ。
唯はポケットに入れて持ち歩かないから、きっとカバンの中に入れていて気が付かないのだろう。
そして校庭に出て唯を捜していると、ベンチに座って泣いている唯がいた。
隣にはあの長瀬孝太も座っている。
(アイツ……ッ)
和磨は咄嗟に校舎の陰に隠れた。
(てか、なんで俺隠れてんだ?)
別に隠れなくてもよさそうなものだが、なんとなく二人の前には出辛かった。
しかも唯が泣いているし。
(何話してんだろ?)
会話がまったく聞こえない距離にいるからものすごく気になる。
相手が孝太だけに余計……。
そして、しばらくすると唯と孝太の前に香奈が現れた。
よく見ると後ろに拓未もいる。
(うわ……なんか、ややこしい事になって来た……)
和磨が様子を窺っていると香奈と孝太がなにやら言い争いを始めた。
その横で相変わらず泣いている唯。
さらに香奈の後ろでは拓未が傍観している。
(何が起こってんだ?)
和磨が眉間に皺を寄せながら見ていると、孝太が唯の頭をポンポンと軽く撫でた。
(む……)
そしてさらにムッとしながら様子を窺っていると、今度は唯と孝太が何やら言い合いを始めた。
香奈と拓未は笑いを堪えながら見ているし……。
(てか、唯が怒ってるところなんて初めて見るな)
なんて事を思っていると次の瞬間、唯が孝太にデコピンを喰らわしていた。
(えぇぇぇ……っ!!)
和磨は唯がデコピンした事に驚いた。
すると唖然としている和磨の方に向かって唯がスタスタと歩いて来た。
(あ、やべっ、こっち来る)
「唯! 冗談だってば! おいっ、待てって!」
孝太の声が響いて、唯はピタッと止まった。
そして、くるっと向きを変えて再び孝太に向かって歩いて行った。
さて……このまま隠れているのもどうしたもんかと考えていると、今度は運悪くJuliusのファン達に見つかってしまった。
しかもよりにもよって結構な人数だ。
(うわ……)
和磨はあっという間に囲まれてしまった。
そして、これはこれでどうしたもんかと考えていると唯が真横を通り過ぎて行った。
(あ……やばい、早く追い掛けないとまた見失っちまう)
だが……時すでに遅し。
和磨がちょっと目を放した隙に唯の姿が消えていた。
(え? あれ?)
……イリュージョン?
和磨は呆然とした――。
◆ ◆ ◆
それから三十分後――、
和磨はようやくファンの子達から解放された。
(また、ふりだしかよ……)
唯の姿を見失ったおかげで“唯捜しの旅”はまた一からだ。
(どこに行ったんだろ? もしかして、模擬店に戻って手伝ったりしてるのかな?)
そう思い、模擬店の表側も裏側も覗いて見たがいなかった。
音楽室も覗いて見たが、やはりいない。
もう一度携帯を鳴らしてみたが、マナーモードのままだ。
(模擬店にも音楽室にもいない……後は、どこだ? 唯が行きそうな場所……)
だが、和磨はいくら考えても思い浮かばない。
(あ……そうだ……上木さんならわかるかも)
唯の行動を熟知した香奈ならわかるかもしれない。
さっそく香奈の携帯を鳴らしてみる。
『はい、もしもし?』
すると、こっちはあっさり電話に出た。
「あ、もしもし篠原だけど……」
『どうしたの?』
「拓未とデート中のトコ邪魔してごめん……ちょっと助けて」
『ふぁ?』
「あのさ……唯が見つからなくて……唯の行きそうな場所知らないかな?」
『模擬店に戻ってるとか』
「んー、いなかった」
『じゃ、音楽室は?』
「そこもいなかった」
『あー、じゃ、きっと図書室だね』
「図書室?」
『うん、唯、音楽室にいない時はだいたい図書室にいるから』
「……そっか。ありがとう、行ってみる」
和磨は電話を切ると図書室に向かって歩き始めた。
(そういえば、文化祭の間でも勉強したい生徒の為に図書室は一般開放されてないんだったな。
あそこなら静かだし、音楽の勉強でもしているかもしれない)
和磨はゆっくりと図書室のドアを開けて中に入った。
ぐるりと室内を見渡すと数人の生徒が勉強をしていた。
しかし、その中に唯の姿は見当たらない。
(あれ? 上木さんの予想外れたか?)
だが、和磨はもしかしたら……と思い、一番奥まで進んでみた。
(……いた!)
すると案の定、唯は一番奥の机で何やら本を数冊積み上げ、ノートを広げて勉強をしていた。
和磨はそろそろと唯の目の前まで歩いていった。
しかし、唯はまったく気が付く様子がない。
(すげー集中力だな)
「唯」
和磨は小さな声で呼んだ。
「っ!」
驚いて顔を上げる唯。
「……やっと見つけた」
和磨はニッと笑った。
「……」
唯はまさか和磨が自分を捜していたとは思っていなかったらしく、キョトンとしている。
「とりあえず、ここを出よう」
和磨はそう言うと、数冊ある図書室の本を抱えて本棚に戻し始めた。
(全部音楽関係の本か……)
図書室を出た後、唯と和磨は屋上に行った。
文化祭がある今日と明日は屋上も開放されている。
ビアガーデンさながらの模擬店もいくつかのクラスによって開かれていた。
……当然、ビールなどは置いていないが。
「携帯鳴らしたんだけど、気が付かなかった?」
「え!? うそ?」
唯はカバンの中から慌てて携帯を出した。
「あ……ホントだ、ごめん……」
「まぁ、見つかったからよかったけど」
和磨はそう言って優しい笑みを唯に向けた。
「そういえば、橘さん来たのか?」
「うん、ちょこっとだけ。あれ? なんで知ってるの?」
「買出しから帰ったら、唯がいなかったからクラスの奴に訊いたら、
スーツ着た二人組とどこかへ行ったって言ってたから、もしかして橘さんかな……と」
「当たり、橘さんと山内さん。ちょうど近くまで来たからついでにって」
「そうなんだ」
「うん、お昼ご飯にたこ焼き買って行ってくれたよ」
「あんなんじゃ、全然足りないだろ」
和磨はククッと笑った。
「うん、多分絶対あの後コンビニに寄ってると思う」
唯もそう言ってクスクスと笑った。
「橘さん達、すぐ帰ったって事は一緒に模擬店巡りしてないのか?」
「うん、全然してないよ?」
「んじゃ、俺もまだだから今から行こう!」
「えっ!? かず君、有坂さんと行ったんじゃないの?」
「まさか! なんでだよ?」
「だ、だって……」
唯は俯いて口篭った。
「さっき、腕組んでたのはあの女が勝手にくっついて来ただけだから」
「そ、そうなの?」
「え……まさか、俺が好きでしてるとでも思ってた?」
「そういう訳じゃないけど……。あっ、そうだ! ファンの子は?」
「ファンの子とも行ってないよ」
「……そうなの?」
「唯と一緒に行こうと思ってたから、捜してたんだよ」
和磨はそう言うと優しく微笑み、「行こう」と唯の手を取った――。