言葉のかわりに−第三章・13−

 

 

翌日、文化祭二日目――。

 

和磨は朝からJuliusのメンバーと一緒に野外ライブの機材セッティングとリハーサルをしていた。

 

ライブは午後三時からで、持ち時間はワンマンだから何時間でもいいと言われている。

とはいえ、さすがに何時間も出来ないので長くても一時間三十分くらいを考えていた。

 

今年は視聴覚室が映画の上映で使われているらしく、音楽室が楽屋になっている。

 

早めに昼食を済ませ、音楽室でのんびりしているとドアをノックする音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

拓未がノックをした人物に向かって返事をすると、唯と香奈が入ってきた。

 

「「差し入れー」」

唯と香奈は、四人分のたこ焼きが入った袋を持ち上げてJuliusのメンバーに見せた。

 

「「「「おぉっ! ありがとうー!」」」」

Juliusのメンバーは嬉しそうに声を揃えて言った。

 

「ちょうど腹が減ったトコだったんだ」

「お昼ごはん食べてないの?」

「いや、食べたよ」

「でも、減っちゃったんだ?」

「そそ、減っちゃったの」

唯は香奈と拓未のそんな会話を聞きながらクスクスと笑い、たこ焼きを袋から出した。

 

 

「「「「いただきまーすっ!」」」」

Juliusのメンバーは、さっそくたこ焼きを食べ始めた。

 

「熱いから気をつけてね」

唯がにっこり笑って言うと、

「あ、ホントだ。もしかして焼きたて?」

准はハフハフと口を動かした。

 

「うん、ついさっき唯が焼いたの」

香奈はそう言うと和磨ににやっと笑って見せた。

 

和磨は素早く香奈から視線を逸らすと少しだけ顔を赤くした。

 

「わざわざ唯ちゃんが焼いてくれたの?」

拓未がそう言うと、

「というより、昨日の売れっぷりを見て今日の分の材料を買ったら意外に売れ行きが悪くって、

 唯が模擬店に借り出される事になったのよ」

香奈が苦笑しながら答えた。

 

「“客寄せパンダ”?」

拓未はククッと笑った。

 

「まぁ、そんなトコ。それで、ただ手伝うだけじゃなんだからって、Juliusのメンバーに差し入れするって条件を私が付けさせたの」

 

「うはっ! さっすが香奈!」

拓未は香奈と親指を立ててにやりと笑った。

 

 

「「「「ごちそうさまーっ!」」」」

Juliusのメンバーはあっという間にたこ焼きを平らげた。

 

さすがに男子高校生四人が集まると飢えた野獣のようだ……。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

開演時間になり、Juliusのメンバーはステージの袖に待機していた。

 

和磨はちらりと客席を覗いて見た。

すると一番前に有坂一美がいるのが見えた。

 

(うゎ……)

どうせなら唯が一番前にいてくれたらいいのに……と、思いながら唯の姿を探す。

 

(多分、また後ろの方にいるんだろうな……)

 

「和磨」

拓未に呼ばれ、振り向くとメンバーがすでに円陣を組んでいた。

和磨も円陣に加わり、拓未の「おっしゃ! 今日も楽しんでやろうぜ!」という言葉と共にメンバー全員気合いを入れた。

 

Juliusのメンバーがステージに現れると歓声があがり、黄色い声が飛んだ。

 

ちなみに今回の一曲目は今年の夏休みに作った新曲だ。

前々からJunが書き溜めておいた曲の一つで、ベースのフレーズがちょっと変わっている。

 

Kazumaは歌いながら唯の姿を捜した。

背が低い唯もステージの上からなら容易に見つける事が出来る。

 

(みっけ)

思っていた通り、香奈と後ろの方にいるのが見えた。

Kazumaはそのまま唯をロックオンした。

 

 

MCを挟んで次は『言葉のかわりに』――。

 

人気が高いバラード曲なだけにライブでは外せない曲だ。

もちろんKazumaは唯だけを見つめて、唯だけの為に歌った。

 

そうとは知らない有坂一美は最前列でうっとりした顔で聴いていたが――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――文化祭が終わった翌日。

 

放課後に模擬店の収支報告と打ち上げがあった。

和磨と拓未の“Julius効果”と唯の人気のおかげで大幅な黒字となったようだ。

その分、打ち上げも他のクラスより豪華になった。

 

打ち上げで唯達四人がワイワイ話していると、有坂一美が近づいて来た。

 

「昨日、良かったよライブ。お疲れ様ー」

そう言ってにこにこしながら和磨の横に来た。

ちなみに拓未には見向きもしていない。

 

「ねぇ篠原くん、あの後半のMCの後にやってたバラードってなんて曲?」

 

「……『言葉のかわりに』」

和磨は少し不機嫌になりながらもJuliusのメンバーとして答えた。

 

「すっごくいい曲だった……感動したぁ〜」

有坂はそう言うとまたうっとりした表情になった。

 

「……」

和磨は別にあんたに向けて歌った訳じゃねぇよ……と、思いながら黙っていた。

 

 

有坂はその後もいろいろとJuliusの曲の事を訊いていた。

そんな和磨と有坂の姿は唯にとっては仲が良い様には見えないものの、やはり傍で眺めているのは辛い。

 

唯は誰にも気づかれないように小さな溜め息を吐き、用事があるからと一人で先に帰ってしまった。

 

教室を出る時も和磨はずっと有坂と話をしていた。

和磨も一緒に帰ろうとしていたが、有坂が解放してくれなかったのだ。

 

用事があるからと言っても、帰ってやる事は一つ。

地下室に篭ってピアノの練習。

週末の土日に例のCMの第二弾の撮影とBGMのレコーディングがあるからだ。

十二月からテレビで流れる冬バージョンの撮影らしい。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――翌日の朝。

 

唯が教室へ入ると、さっそく有坂が和磨と話しているのが目に入った。

有坂はニコニコしているが、和磨は不機嫌そうだ。

 

唯は自分の席に座ると、本を読み始めた。

最近、有坂が和磨と話すようになって、よく香奈と拓未が唯を気に掛けていろいろと話し掛けてくれていた。

昨日の打ち上げの時もそうだった。

だけど、いつまでも二人に甘えている訳にもいかない。

そう思って、音楽の勉強をする為に音楽関係の本を読む事にした。

実際、CM撮影やレコーディングが入ったりして当初の予定より勉強が遅れていた。

だから、遅れを取り戻すのにもちょうどいい。

 

 

それから数日が経ち、唯は暇さえあれば本を読むようになった。

本に集中していれば、和磨と有坂の様子も気にしなくても済むからだ。

休憩時間はもちろん、朝のHRが始まる前も。

昼休憩は相変わらず音楽室か図書室に篭っている。

家に帰ってからも、唯はずっと地下室でピアノを弾いているか、本を読んでいるか。

自分の部屋へは着替える時か寝る時だけしかいない。

そんなだから、もちろん和磨が唯の携帯を鳴らしても出る訳がない。

和磨とまともに話が出来るのは一緒に帰れる時だけと極端に減っていた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――そんなある日の放課後。

 

和磨は帰る方向がまったくの逆にも拘らず、一緒に帰ろうと言う有坂をなんとか振り切り、唯と帰っていた。

 

久しぶりに二人であの展望台に行き、夕暮れの景色を眺めた。

金曜日の今日は唯のレッスンもなく、和磨もバイトがないからゆっくりできる。

 

「唯、明日はなんか予定ある?」

 

「んー、明日と明後日はCMの撮影とレコーディングがあるの」

 

「またCM出るのか?」

 

「うん、あのシャンプーのCMの第二弾、十二月から流れる冬バージョンだって」

 

「そっか……」

和磨は土曜日だけでなく、日曜日も会えないと聞いて少し落ち込んだ。

 

「ごめんね」

唯はそんな和磨の様子に気付き、申し訳なさそうに言った。

 

「唯が謝る事じゃないだろ? 仕事なんだし」

 

「……でも」

 

「会えないのは残念だけど、唯がまたCMに出るのは嬉しいし」

和磨はそう言って笑って見せた。

とはいえ正直、嬉しい反面、不安でもあった。

前回はあまり顔がはっきりとは映っていなかったから、唯の友達やJuliusのメンバーぐらいしか知らない。

しかし、すでにあのCMは学校でも話題になっていた。

 

“もし、今回顔がはっきり映ってしまったら――”

 

そうなると学校の中だけではなく、世間でも騒がれる事は目に見えている。

 

和磨はまるで自分の中の不安をかき消すように唯を抱きしめ、

「頑張れよ……」

少し掠れた声で唯の耳元に呟いた。

 

唯は急に抱きしめられ、驚いていたが和磨の言葉にコクンと頷いた――。

 

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