言葉のかわりに−第二章・4−

 

 

しばらくして、ようやく唯の写真撮影の行列が途切れた。

 

「唯ちゃん、お疲れ! 俺にも撮らせて?」

拓未は今がチャンスとばかりに唯に声を掛けた。

 

「あ、あれ? いつの間に来たの?」

唯は驚いた顔で振り返った。

 

「一時間くらい前かな?」

 

「全然気がつかなかった……」

 

「ははは、だろうね」

 

「望月くん、香奈とはもう撮った?」

 

「うん、さっき撮ったよ。後は唯ちゃん」

そう言って拓未はニッ笑うと、

「おい、和磨。なに呑気に座ってんだよ、こっち!」

不機嫌そうな和磨を呼んだ。

 

「え……、なんだよ?」

和磨はノソノソと唯と拓未に近づいた。

 

「んじゃ、和磨と唯ちゃん並んでー」

 

「「えっ!?」」

 

「『えっ』て、一緒に写真撮るんだよ」

 

「「……」」

キョトンとしている唯と和磨。

 

「ほら、グズグスしてたらまた人が増えてくるぞ?」

 

「あ……、うん」

拓未に促され、和磨は唯の隣に並んだ。

 

「じゃ、撮るぞー……て、お前ら少しは笑えよ」

せっかくのツーショットなのに二人とも緊張しているのか全然笑っていない。

 

仕方なく香奈は唯に近づき、彼女の弱点である脇腹を擽った。

すると、途端に唯がケラケラと笑いはじめた。

その様子が可笑しくて和磨も思わず笑う。

 

「お、いい感じ。二人ともこっち見てー」

 

……カシャ!

 

香奈の“擽り作戦”で二人とも笑顔のツーショットが撮れた。

拓未がデジカメのモニターで撮った画像を確認する。

 

「ん、いいねー♪」

それを一緒に覗き込んで見ていた香奈も満足そうだ。

 

「じゃ、これ後でメールで送るから」

拓未はニッと笑った。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「そーゆーコトだったのか……」

唯達の“執事・メイド喫茶”を出た後、和磨は徐に口を開いた。

 

「何が〜?」

拓未はニヤニヤしながら恍けた。

 

「お前、唯と一緒に写真撮るとか言ってたじゃねぇか」

「俺は一言も“俺と一緒に”とは言ってないけどなー」

「……」

「唯ちゃんメイド服ハマってたなー」

「……」

「惚れ直しちゃった?」

拓未は悪戯っぽい笑顔を和磨に向けた。

 

「あのな……」

 

「てか、お前、こうでもしないと一緒に写真なんか撮らなかっただろ?」

 

「……まぁ……な」

おっしゃる通り。

 

「欲を言えば唯ちゃんの肩を抱いてるトコとかが良かったけどなー」

拓未はしれっと言う。

 

「なっ……!」

和磨は少し赤くなりながら何か言いたそうな顔をした。

 

「まぁ、恋愛初心者のお前に人前でやれと言うのは可哀想だと思ってやめといた」

 

「……」

和磨は何も反論出来ず、黙っていた。

 

「しかし、唯ちゃんの人気はすごいな」

 

「ん? ああ、そうだな」

唯の人気の高さはあの行列が物語っていた。

拓未が和磨と唯のツーショットを撮った後も、再び行列が出来始め、和磨達が“執事・メイド喫茶”を出る頃には

また長蛇の列になっていた。

 

(結局、ツーショット写真は俺だけじゃないんだけどな……)

和磨がそんな事を思っていると、

「お前と撮った唯ちゃんが一番可愛いと思うぞ?」

拓未がそう言った。

 

「?」

 

「他のヤツと写真撮ってる時の唯ちゃん、見てないのか?」

 

自分の彼女が他の男とツーショット写真を撮ってるところなんか誰だって見たくはない。

ましてや唯の事が“大好き”な和磨が見ていないのは当然だ。

 

「笑ってなかったり、顔が引き攣ってたりだったぞ」

 

「……え?」

 

「香奈が擽ったからってのもあるけど、お前と撮ってる時が一番いい顔してた」

拓未は写真が好きでよくいろいろ撮っているからか、そういった観察力も鋭い。

その拓未がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。

和磨はなんとなく少し嬉しくなった。

 

 

しばらくして、制服に着替えた唯と香奈に合流した。

 

「あ、メイド服脱いだのかー」

ちょっと残念そうに拓未が言うと、

「てか、あの格好じゃさすがにうろつけないよー」

香奈は苦笑いした。

 

唯と和磨は拓未と香奈の後ろを歩いていた。

 

「かず君のクラスは何やってるの?」

 

「オバケ屋敷」

 

「へぇー、かず君オバケ役とかやらないの?」

 

「俺と拓未は裏方の大道具を手伝ったから、やらなくていいんだ」

 

「そうなんだ」

 

「てか、俺がオバケ役やってるトコなんて想像出来ないだろ?」

和磨が苦笑しながら言うと、

「うん、確かに出来ないかも」

唯もクスクスと笑った。

 

(メイド服も悪くないけど、俺はやっぱ制服姿とか自然にしてる唯がいいな――)

 

 

そして、四人でダブルデートをしているとJuliusのファンの子が集まって来た。

 

あっという間に、囲まれる和磨と拓未。

 

「きゃっ!?」

それと同時に小柄な唯は人だかりから弾き出されて地面に倒れ込むように転んでしまった。

 

「唯っ!」

急いで和磨が駆け寄ろうとするが、女の子達がなかなか道を開けてくれない。

拓未と香奈も唯が転んだ事に気が付いて駆け寄ろうとする。

 

「ちょっ……、どいて!」

ようやく女の子達を押し退けて和磨が唯を抱き起こした。

 

「唯、大丈夫か?」

和磨が心配そうに唯の顔を覗き込んだ。

 

「う、うん」

唯はスカートについた砂を払いながら、和磨とあまり目を合わそうとしないでいる。

 

「怪我は?」

 

「だ、大丈夫……」

唯は女の子達の視線が気になって仕方なかった。

 

すると和磨が女の子達の方を振り返り、何かを言おうとした時、

「みんな来てくれるのは嬉しいんだけど、押し合うと危ないから気を付けてね?」

和磨が口を開くよりも先に拓未が優しい口調でそう言った。

 

女の子達の中には唯に謝る子もいれば、何かヒソヒソ話している子もいる。

 

和磨はまだ何か言いたそうな顔をしていた。

 

「ここでお前が何か言ったら、余計唯ちゃんが気まずくなるだけだぞ?」

拓未はそう耳打ちし、和磨を制した。

確かにそうだ。

和磨は唇を噛み締めた。

 

「唯、ちょっと膝を擦りむいたみたいだから、保健室に絆創膏貰いに行くね」

香奈は今にも泣き出しそうな唯をこの場から離そうと連れて行った。

 

しかし香奈が踵を返す瞬間、誰かを一瞥したのを和磨は見逃さなかった。

 

(上木さん……今、誰を見たんだ――?)

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

保健室に行き、擦りむいた膝を消毒して絆創膏を貼って貰うと、

「……唯、さっきの……突き飛ばされたんでしょ?」

手当てを終えたところで徐に香奈が口を開いた。

 

「え……」

 

「見えてた」

香奈の位置からは誰が唯を突き飛ばしたのか見えていたようだ。

 

「なんで何にも文句言わないの?」

 

「だって……Juliusのファンの子だし……」

 

「ファンだからって何をやってもいいって事はないでしょ?」

 

「そうだけど……」

 

「……もしかして、唯が篠原くんと付き合ってるのを公にしたくないのもファンの子の手前?」

 

「……」

唯は黙り込み、香奈から視線を外すように俯いた。

 

確かにそれもある。

だが、理由はもう一つあった……。

 

そして香奈が更に何か言おうと口を開いた時、

「唯」

和磨が保健室に入って来た。

 

名前を呼ばれ、唯がハッと顔を上げると和磨が目の前に立っていた。

 

「か、かず君!?」

 

「膝、大丈夫か? 足首とか捻ったりしてないか?」

和磨は唯の顔を心配そうに覗き込んだ。

 

「うん、平気……それよりファンの子は……?」

 

「ファンより唯の方が大事」

 

「で、でも……」

そう言って唯はまた俯いてしまった。

以前の和磨ならもちろんこんな事はなかった。

転んで膝を擦りむいたくらいでは心配もしないし、こうしてわざわざ来る事もなかったのだ。

 

和磨は黙り込んでしまった唯をじっと見つめていたが、不意に何かを思い出し、

「そういえば上木さん、さっき唯を保健室に連れて行く時、誰の事見たの?」

香奈に視線を向けた。

 

「……」

香奈は無言のまま唯の方をちらりと見た。

唯は言わないでくれと小さく首を振っている。

(香奈……お願い、言わないで……)

 

そこへ今度は拓未が入って来た。

「唯ちゃん、膝大丈夫?」

 

「あ……、う、うん」

 

拓未は唯の膝に貼られた絆創膏を見ると、

「絆創膏一枚で済んでるみたいだし、大事ないみたいだね」

安心したように微笑んだ。

 

「も、望月くん、あの……ファンの子は?」

 

「あ、もうどっかに行ったよ」

拓未はにっこり笑った。

 

すると、それを聞いた香奈は、

「んじゃ、拓未、模擬店巡りの続き行こう!」

そう言って拓未の腕を取り、スタスタと保健室を出て行った――。

 

HOME
INDEX
BACK
NEXT