キューピッド・ゴブリン −1−

 

 

「おぃっす。」

 

「おぃっすー。」

 

「あー、俺今日、日直かぁー、だりぃー。」

教室に入った途端、怠そうに言いながら

俺・竹之内慧(たけのうち さとる)の前に座っている

大山はげんなりした顔をした。

こいつとは特に親友というワケでもないが、

席が目の前ということもあり、仲は良い方だ。

 

「あ、でも女子が成瀬さんだから楽だな。」

 

「お前また日直、女子に押し付けてサボるつもりかよ。」

こいつは悪い奴ではないけれど、日直とか掃除当番とか

そういうのをよくサボる癖がある。

 

「だって、成瀬さん大人しいからサボっても他の女子みたいに

 文句言わないからな。」

大山はにやりと笑った。

 

ちなみに成瀬さんとは、成瀬沙耶ちゃん。

背が低くて髪が肩を過ぎた辺りまである同じクラスの

大人しい女の子だ。

だいたいいつも女の子としゃべってて、あまり男子とは

しゃべらない。

しかも人見知りするタイプなのか、席が近い男子とか

日直が一緒になった事がある男子くらいしか

しゃべった事がないらしく、俺も大山もまともに会話した事がない。

女子と話している時も全然きゃぴきゃぴしてないっていうか、

騒がしいと思ったことがない。

そんな子だから日直とか掃除当番が一緒になった男子がサボってても

文句も言わない。

 

いや、言わないんじゃなくて言えないのかな?

 

「そんな事より、慧。」

 

「あ?」

 

「おもしろそうなオンラインゲーム見つけたんだけど、

 一緒にやってみねぇ?」

 

「オンラインゲーム?」

 

「うん、基本無料のヤツでさ。昨日、偶然みっけた。」

 

「へぇー、まぁ、いいけど?」

 

「んじゃ、帰ったらメールでそこの公式サイトのアドレス送っとくわ。」

大山はそう言うといつものように学食で買ってきたコーヒー牛乳を飲み始めた。

 

 

1時限目が終わり、さっそく日直の仕事。

次の授業が始まるまでに黒板をきれいに消しておく事だ。

先生が教室から出て行った後、成瀬さんが黒板を消し始めた。

だけど彼女は背が低いから上の方を消すのに苦労している。

 

「おい、大山。お前日直じゃねぇの?」

俺は目の前の席で携帯を弄っている大山に声を掛けた。

 

「んぁ?いいよ、成瀬さんがやってるし。」

大山は携帯から目を離す事無く答えた。

俺の方も黒板の方も見ないで答えたって事は

完璧に成瀬さんが全部やってくれると思っているらしい。

 

全然やる気ねぇな・・・。

 

成瀬さんの方を見ると思いっきり背伸びをして、

手も目一杯伸ばしてまだ黒板と格闘している。

だけどあと少しの所でどうしても一番上に書いてある文字が消せない。

すると、それを見かねた成瀬さんとも仲の良い杉田さんが助けた。

そして、何か言いたそうな顔で大山を睨みつけている。

 

大山・・・お前、睨まれてるぞ〜っ?

 

しかし、大山は杉田さんの視線にも俺の視線にも

まったく気付く事無く携帯を弄っている。

 

こいつは背も高いし、顔も悪くないのにいまいち女の子にモテないのは

こーゆーところがあるからなんだろうな・・・。

 

 

放課後―――。

HRが終わって俺が他のクラスの友達の所へ行って話をした後、

教室に戻ると成瀬さんが日直日誌を書いていた。

そして机の上には山のようにノートが積まれていた。

 

あー、そういえば6時限目の化学の授業のノートを

提出しなきゃいけないんだったな。

 

こういうノートの提出がある時、先生の所に持って行くのも

日直の仕事だ。

だけど、教室の中を見回しても大山の姿がない。

 

「大山は?」

日直日誌を書いている成瀬さんに声を掛けると

俺の声に少しだけビクッとして顔をあげた。

 

「大山くんなら、もう帰ったよ。」

成瀬さんは俺の顔を見るなり、すぐに俯いて小さな声で言った。

 

「え?あいつ、今日日直だろ?」

成瀬さんが日直日誌を書いているなら、普通はその間に

先生の所に提出するノートを持って行くはずだ。

別に誰が決めた訳でもないけれど、俺達のクラスの中では

それが暗黙の了解みたいになっていた。

 

あいつ・・・日誌もノート提出も成瀬さん一人に押し付けて帰ったのか?

 

成瀬さんは日誌を書き終わると黒板に近づき、

日直の欄に書かれた自分の名前を消し、

翌日の日直の名前を書いた。

日直は基本的に男子と女子の出席番号順で一日の終わりに

次の日直の名前を書いて帰る。

女子は次の女子の名前を、男子は次の男子の名前を。

で、書き忘れたら次の日もう一度日直をするハメになる。

 

成瀬さんは女子の名前を書き終わると、大山の名前を消して

次の日直・加瀬の名前を書いた。

 

「なんで成瀬さん、大山の仕事までやってんの?

 男子の次の日直の名前を書いて帰るのは大山の仕事だろ?」

 

「そうだけど・・・大山くん、もう帰っちゃったし。」

 

「そんなの関係ないだろ?」

 

「でもー・・・」

 

「とにかく、男子の日直は最後に次の男子の名前を書いて

 それで日直の仕事が終わるんだから、成瀬さんがそこまでする事ないよ。」

俺はそう言って加瀬の名前を消し、もう一度大山の名前を書いた。

 

「次の日直の名前を書いて帰らなかったんだから、

 大山が明日、もう一回日直をすべき。」

俺がそう言うと成瀬さんは俯いたまま「・・・う、うん・・・。」と、

小さな声で頷いた。

 

「それより、化学のノート、先生の所に持って行くんだろ?」

 

「うん。」

 

「俺も手伝うよ。」

 

「えっ!?」

成瀬さんは驚いた顔で俺の顔を見上げた。

ノートはクラス全員分だから50冊ちょっとある。

重さはともかく高さだってあるから運ぶのはちょっと大変だ。

これを全部女の子一人に押し付けて帰るなんて

大山は相当な鬼だ・・・。

 

「い、いいよ。竹之内くん日直じゃないんだし。」

 

「何言ってんだよ、成瀬さん一人じゃ全部持てないだろ?」

 

「だ、大丈夫・・・と、思う・・・。」

 

絶対、嘘だ・・・。

半分ずつに分けて往復してでも一人で運ぶつもりだ。

 

「ムリだよ。・・・いいから、一緒に行こう。」

俺は成瀬さんの机の上にあるノートを10冊程彼女に持たせ、

残りの40冊ちょっとを持ち上げた。

 

「・・・。」

成瀬さんは何か言いたそうな顔で俺を見た。

だけど俺は彼女の口が開く前に化学実験室に向かって歩き始めた。

すると、成瀬さんも俺の後を追いかけるようについて来た。

 

 

「竹之内くん・・・ありがとう。」

化学実験室にノートを置いて出ようとすると

成瀬さんが思い切ったように口を開いた。

 

「うん。」

俺は短く返事をした。

 

成瀬さんと、まとも(?)に会話したのはこの日が初めてだった。

 

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