First Kiss 続編・デザート −2−
練習試合が終わった後、少しだけでも宗と話がしたくて体育館の外で待っていると、
中にいた女の子達がぞろぞろと出てきた。
(宗、もう後片付けとか終わったのかな?)
体育館を覗くと相手のF高校の部員達とうちの高校の部員達が仲良く雑談をしていた。
しかし、その中に宗の姿はない。
(あれ? 外にいるのかな?)
外の水道で顔でも洗っているか、着替えているのかもしれない。
そう思って体育館の周りをぐるりと回ってみると、体育館と校舎の間の陰から話し声が聞こえてきた。
(宗?)
ボソボソとしか聞こえないけれど一人は宗の声、もう一人は女の子の声だ。
(わざわざこんな人気のない所で話してるって事は、告白でもされてるのかな?)
私は二人に気付かれないように、そーっと覗いてみた。
(あの子、確か……)
宗と一緒にいたのは相手チームのマネージャーの女の子だった。
とても親しそうに話をしている。
(友達だったんだ?)
宗に女の子の友達がいたなんて……ちょっとショック。
だって、あたし以外の女の子と宗が普通に話すのって、メグちゃんと安藤さんくらいだから。
(……帰ろ)
話の邪魔をしちゃ悪いし、これ以上待ってても今日は一緒に帰れない。
あたしは二人の姿を見なかった事にして逃げるように踵を返した――。
◆ ◆ ◆
(こ、困った……)
あの場から早く立ち去りたくて、正門を出る女の子の集団の後ろにとりあえずついて行ったのはいいけれど……、
しばらく歩いたところで、はたと気が付いた。
“ここはどこだろう?”
辺りを見回しても行きとは違う道らしく、全然見覚えのない景色が広がっていた。
そう……あたしは迷子になっていたのだ。
前を歩いていた女の子の集団もいつの間にかいなくなっていた。
武田君に描いてもらった地図を出しても、最寄り駅からの道と目印しか描いてないから役に立たない。
引き返すにしてもどこをどう通って来たのかわからない。
(ここどこぉ〜?)
周りは知らない建物ばかり。
しかも住宅地で案内標識もない。
勘を頼りに大きな通りを目指して右往左往してみるけれど、歩いても歩いても
大きな道に出る事は出来なかった。
しかし、唯一の救いは歩き疲れて途方に暮れかけたその時、目の前に小さな公園が視界に現れた。
「はぁー……」
溜め息を吐きながらベンチで一休み。
そして、しばらくすると、あたしの目の前に誰かが立ち、頭上から声を掛けて来た。
「君……、応援に来てた子だよね?」
(え?)
思わず顔を上げてみる。
すると、目の前に立っていたのは練習試合の相手チーム・F高の人だった。
「やっぱりそうだ。君、二階にいたでしょ」
「は、はい……どうして知ってるんですか?」
「眼鏡かけてたから憶えてたんだ」
(……? そんなに特徴的な眼鏡でもないけどなー?
てか、他にも眼鏡かけてる子はいたし……)
「こんな所で何してるの?」
「あ……えーと……」
(「迷子になりました」なんて言ったら、きっと笑われちゃうよね?)
「うちの学校の子じゃないよね?」
「は、はい」
「もしかして……迷っちゃった?」
「……じ、実は……」
「あはは、やっぱり。この辺りは慣れてないと迷いやすいからね。駅まで行くの?」
「はい」
「じゃあ、俺が案内するよ」
「えっ、いいんですか?」
「うん、そんなに遠くないし」
「ありがとうございますっ」
こうして、あたしは突然現れた救世主によって救われた――。
◆ ◆ ◆
あたしを窮地から救ってくれたその人は市川円(いちかわ まどか)と名乗った。
バスケ部のキャプテンで一つ年上の三年生。
試合でも宗と同じ様にフル出場していた人で一番多くシュートを決めていた人だ。
「市川さん、ありがとうございました」
駅に着いてあたしが市川さんにお礼を言うと、
「どういたしまして」
彼は柔らかい笑みを浮かべた。
「琴美ちゃん、携帯の番号とメアド訊いてもいい?」
「はい」
親切な救世主にあたしは何の疑いもなく返事をした。
カバンから携帯を出して開くと着信アイコンが出ていた。
(あれ? 電話鳴ってたんだ? メールも?)
試合中に着信音が聞こえるといけないと思ってマナーモードにしたままカバンに
入れていたから全然気がつかなかった。
市川さんと赤外線通信で番号とメアドを交換した後、電話とメールの着信履歴を確認すると宗からだった。
(宗はもうみんなと一緒にバスで帰ってるかな?)
「時々、電話とかメールしていい?」
「はい」
この時もあたしは特に何も考えずに返事をした。
「それじゃあ、気をつけてね」
「はい、ありがとうございました」
あたしと市川さんは駅の改札の前で別れた。
市川さんは駅には何も用事はなかったのに、あたしの為にわざわざ寄ってくれたのだ。
さすがは部長。
みんなの上に立つ人は優しいし、親切だ。
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ちゃんと迷わずに帰れた?
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ホームに下りて電車を待つ間に宗からのメールを見ると、あたしが迷子になっていないか
心配しているみたいだった。
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何度も電話やメールくれてたのに
ごめんね。
マナーモードにしてたから
気が付かなかった。
なんとか駅には辿り着いたよ。
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宗からの返事はすぐに返ってきた。
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そっか、よかった。
俺達は今から今日の試合の
反省会。
また夜に電話するよ。
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(あんなに点差をつけて勝ったのに反省会するんだ?)
◆ ◆ ◆
夜――、
宗から電話が掛かってきた。
「試合、お疲れ様」
『終わった後、少しだけでも話したかったんだけどなー』
「外で待ってたんだけど、結局帰っちゃった」
(親しそうに話してた女の子の事、訊いてみようかな?)
『あ、そうだ、差し入れありがとな』
「うん」
『琴美の差し入れのおかげで今日も勝てた♪』
電話の向こう、宗のとても嬉しそうな声が聞こえた。
「あはは、勝ったのは宗とみんなの実力だよ」
それでもやっぱり喜んでくれるのは嬉しい。
だから、あのマネージャーの女の子の事も訊くのはやめた。
だって普通は親しい女友達がいてもおかしくないもんね――。
◆ ◆ ◆
宗との電話を終えて携帯を閉じるとメールが来た。
(あれ? 宗からかな?)
何か言い忘れた事でもあったのかもしれない。
そう思い、再び携帯を開くとそのメールは予想外の人物からだった。
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市川です。
あれから無事に帰れたかな?
大丈夫だと思ったけど、
ちょっと気になったから。
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本日の救世主・市川円さんからだった。
(市川さん、心配してくれてたんだ)
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心配してくれてありがとう
ございます。
無事に家に辿り着きました。
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あたしはすぐにメールを返した。
すると、市川さんからも間もなくして返事が来た。
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そっか。
それならよかった(^-^)
安心して寝られるよ。
おやすみ。
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おやすみなさい。
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そして、その日から数日おきに彼から電話やメールが来るようになった――。