First Kiss 続編・デザート −11−

 

 

その日の夜――、

 

「……宗」

俺がいつもの場所で琴美を待っていると、後ろから琴美の声が聞こえた。

 

「よかった……来てくれた」

横川さん達と別れた後、俺はすぐにチームのところへ戻らなくちゃいけなくて、

まだちゃんとした仲直りが出来ていなかった。

だから、琴美が来てくれるかどうか不安だった。

 

「琴美……ごめんな」

 

「……」

ここへまた戻っては来てくれたけれど、やっぱりまだ怒っているのか琴美は

黙ったまま俯いていた。

 

「俺が油断してたからキスなんか……」

 

「……」

 

「ごめん……」

なかなか顔を上げてくれない琴美の肩を抱くと、小さな声で「宗……」と、

俺の名前を呼んだ。

 

「もう、あたしの事……好きじゃなくなったんだと思った……」

そう言って泣き始めた琴美の肩を俺はギュッと抱きしめた。

 

「そんなの有り得ない」

 

「だって……」

 

「俺の方こそ、もう琴美に嫌われちゃったんだと思ってた……」

 

「そんなの有り得ないよ」

琴美はそう言うと俺の背中に腕を回した。

いつもより強い力で。

 

「俺の事……好き……?」

 

「うん……好きだよ」

 

「俺も琴美の事……大好き……」

琴美の頬に掌を当てると彼女の涙が俺の手に伝って流れ落ちた。

 

「もう二度と、琴美を泣かせるような事はしない」

琴美の涙に誓って泣き顔の琴美にそっとキスをする。

 

「宗……一つだけ訊いてもいい?」

唇を離すと、琴美は少し体を離して躊躇しながら俺の顔を見上げた。

 

「うん?」

 

「横川さんて……もしかして、元カノ……?」

 

「ううん、ただの友達だよ」

俺は即座に否定した。

 

「でも……」

 

「中二の時にさ、横川さんが転校して来て、その時に俺が教科書を貸したりとかして、

 ちょっと仲良くなったんだ。でも、その後彼女の家、すぐにまた沖縄に引っ越す事になってさ、

 引っ越す時にいろいろ世話になったからって、スポーツタオルをプレゼントしてくれたんだ。

 そのタオルをずっと使ってた所為で横川さんが勘違いしたみたいで……でも、俺は本当に

 何も考えずにそのタオルを使ってて……」

 

「そうだったの……」

 

けど、俺は横川さんがファーストキスの相手だとは言わなかった。

だって、俺の中では本当の意味でのファーストキスの相手は琴美なんだから。

 

「よかった……“デザート”なしにならなくて」

俺は再び琴美を抱き寄せた。

 

「最後のスリーポイントシュート、カッコ良かったよ」

琴美は俺の腕の中でやっと笑ってくれた。

 

「ねぇ……もし、負けてたら、ホントに“デザート”なしになってた?」

 

「うん」

琴美はちょっと意地悪そうに微笑んだ。

その笑顔で本当は負けたとしても、今みたいに俺のキスを受け入れてくれたんだと確信する。

 

「えーっ、それ無理。俺、禁断症状が出て死んじゃうよっ」

 

「大袈裟ー」

 

「本当だってば。だから俺、あんなに頑張ったんだよ?」

確かに“死ぬ”のは大袈裟な表現だったかもしれない。

だけど、あの時“デザート”なしになるのが嫌で必死に頑張ったのは本当だ。

 

「宗はいつも一生懸命じゃない。練習でも試合でも。だから、本当は負けてても

 “デザート”なしにはならなかったよ♪」

 

「♪」

それを聞いて安心した俺は再び琴美にキスをした。

今度は何度も何度も。

だって、一昨日と昨日の分もしないと俺の気が済まないんだから――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「あ、やっと帰って来た!」

二人で民宿に戻ると、誠が玄関ホールで俺達を待ち構えていた。

 

「姉ちゃんっ、俺、シュウさん達の合宿が終わるまでここにいてもいい?

 練習とか見学したいんだっ」

 

「え……そりゃ、叔母さん達のお手伝いはあたし一人で充分だから、

 後は叔母さんがいいって言ってくれれば……」

 

「それなら大丈夫っ、さっき訊いたら好きなだけいてもいいって」

 

「先生は? 見学してもいいって?」

 

「え、えっと……それなんだけど……まだ訊いてなくて……」

 

なるほど。

多分、誠は俺からその話を切り出して欲しいのかも。

それで待っていたのか。

 

「なら、俺から頼んでみるよ」

 

「いいの? 宗」

 

「あぁ、今回は誠のおかげで仲直り出来たしな♪

 大丈夫、見学くらいなら先生もきっとOKしてくれるよ」

 

「やったぁ♪」

誠は琴美によく似た可愛らしい笑みを浮かべた。

 

 

食堂へ行くと先生が民宿の息子で琴美と誠の従兄弟・貴裕さんとビールを飲んでいた。

 

(呑んだ暮れ発見っ!)

「先生、お願いがあるんですけど」

声を掛けると先生はやや赤い顔を俺達に向けた。

(お? もう酔っちゃってる?)

 

「明日から誠が俺達の練習を見学したいって言ってるんですけど、いいですか?」

 

「ほぉー? 誠君はバスケ部なのか?」

 

「はいっ、来年は姉ちゃんと同じこの高校を受けるつもりですっ」

 

「じゃあ、受かればうちの部に入るんだろう? だったら見学だけなんて言わないで練習も参加しちゃえ♪」

先生は酔って気が大きくなっているのか気前のいい事を言っている。

 

「い、いいんですかっ?」

 

「うん、だけど中学生がいきなり高校生と同じ合宿メニューだと体を壊しかねないから、

 無理はせず、こまめに休憩を取る事」

 

(酔ってるけど、こういう指示はちゃんと出せるのか)

 

「はいっ、ありがとうございますっ」

誠は嬉しそうに返事をしておじきをした。

 

「よかったな♪」

 

「シュウさん、ありがとうっ!」

こうして、翌日から誠が俺達の練習に参加する事になった。

 

しかし、ここから予想外の展開へ――。

 

「ところで平野さん、試合の時、デザートがどうとか言ってたけど、あれ何?」

 

「え……っ」

先生にそんな質問をされ、返答に詰まる琴美。

かく言う俺も心の中でギクリとした。

 

「あ、もしかして姉ちゃん、あれだろ? たまに作ってくれてるシャーベット!」

 

「何っ、そんな素敵な物が作れるのかっ?」

俺は思わず食いついた。

 

「うんっ、夏になるとよく作ってくれるんだ♪」

にんまりと笑って答える誠。

 

「琴美っ! それ、俺も食べたいっ!」

 

「え……で、でも……材料が……」

 

「あー、それなら大丈夫だよ」

すると、先生と一緒に呑んでいた貴裕さんがニッと笑った。

 

「俺も久しぶりに琴美のシャーベット食べたいし、明日の朝一番に業者に電話すれば、

 昼には食材が届くから、夕食の後にみんなに出せるだろ?」

 

「う、うん」

 

「よっしゃーっ♪」

先生の一言と誠のおかげで俺はもう一つのデザートをげっとした。

 

今回はみんなにも食わせる事になるけれど俺だけの“とっておきデザート”はある訳だし、

ま、よしとしよう――。

 

 

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