X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・23−

 

 

数日後の昼休憩――。

 

『詩音、今どこ?』

第一スタジオでギターを弾いていると、美穂から電話が掛かってきた。

 

「内緒」

別にメンバーなんだし、素直に言ってもよかった。

しかし、もし重村さん達が俺を捜して美穂に電話を掛けさせたんだとしたらやっかいだと思い、

そう返事をした。

 

『ファンクラブの会長さんと副会長さんが捜してるよ?』

美穂がそう言い終わるか終わらないところで『ちょっと貸して』と、別の誰かの声が聞こえ、

電話の相手が変わった。

 

『詩音くん、どこにいるの?』

相手は予想通り重村さんだ。

 

「すみませんっ、電池切れそうなんで切りますっ」

早口で言って無理矢理携帯を切って電源を落とす。

 

佐保と別れた日から俺は朝登校してからHRが始まるまでと昼休憩は第一スタジオに篭っていた。

ここならHappy-Go-Luckyのメンバーくらいしか来る事はないから、まず見つかる事はない。

重村さんと谷中さんだって三月になれば嫌でも卒業するし、他の子だって

あの二人にくっついて来ていただけなら、毎日毎日教室まで来る事はなくなるだろう。

そう考えたのだ。

 

しかし――、

 

(“彼女”が駄目なら今度はメンバーかよ……)

ある程度は予想していたけれど、まさか美穂と喋っている途中に携帯を奪い取ってまで

居場所を訊ねて来るとは思ってもいなかった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「ねぇ、詩音、なんで最近いつも朝と昼に姿を晦ましてるの?」

放課後、第一スタジオに入ったところで美穂に訊かれた。

 

「……」

 

「それって天宮さんが重村先輩達に苛められてるのと関係があるの?」

とりあえず答えないでいると、美穂が妙な事を口にした。

 

「佐保が重村さん達に苛められてるって……どういう事だよっ?」

 

「……やっぱり詩音、知らなかったんだ?」

美穂は珍しく真顔になった。

チューニングを始めていた他のメンバーも手を止める。

 

「実は、天宮さんと同じクラスの子から聞いたんだけど……天宮さん、詩音と

 お揃いのマフラーしてたでしょ?」

 

「あぁ」

 

「そのマフラー、重村先輩達に取り上げられて焼却炉に捨てられちゃったらしいの」

 

「え……」

 

「なんかね、詩音と別れた上にファンクラブまで抜けちゃって、思うように情報が

 訊き出せなくなったからじゃないかって、その子が言ったんだけど……、

 詩音と天宮さんて、本当に別れたの?」

美穂の問いに千草や美希、愛莉も俺の答えを待っているようだった。

 

「……確かに、佐保とは別れたよ。重村さん達がしつこく佐保に俺のバイト先とか

 訊いてたみたいで……でも、佐保はこれ以上、黙っていられる自信がないって言って、

 俺から離れる事を選んだんだ……俺のバイト先の事はとりあえず佐保の親戚がやってるっていう

 コンビニを先月で辞めたっていう事で口裏を合わせてもらってなんとかなったんだけど……。

 一件落着って訳にはいかなかったのか……」

 

「詩音、どうするつもり?」

千草が心配そうに言う。

 

「明日、重村さんと谷中さんの二人と話をしてみる。もし、美穂が言った事が事実なら、

 ファンクラブは解散させる」

 

「でも、そう簡単にいくかな?」

愛莉が腕組みをしながら言った。

 

「そうね……それに例えファンクラブが解散になっても詩音を追いかける行為はなくならないかもね」

同じく心配そうに口を開いた美希。

 

「だとしても、また何か困った事があればみんなで相談して解決すればいいさ!

 グダグタ考えてても始まらねぇし、詩音一人で太刀打ち出来ない時は、あたし等も手を貸すよ!」

そう力強く言ってくれたのは愛莉だった。

 

「そうね、みんなで詩音を守ろう!」

愛莉の言葉に千草もにっこり笑う。

 

「「うんっ」」

そして美希と美穂も笑って頷いてくれた。

 

「ありがとう、みんな」

こんな時、女の子だけどメンバーがとても頼もしく思える。

今回の事は俺一人では解決出来ないかもしれない。

けれど、みんなが励ましてくれる事でこれ以上、みんなに迷惑を掛けない為にも、

佐保を傷付けない為にもあの二人とちゃんと話してわかってもらわなきゃって思った――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

翌日――。

 

昼休憩、俺はファンクラブの会長・重村さんと副会長・谷中さんをミーティングルームに呼び出した。

生徒達が自由に使えるスペースだから、誰かが入って来る可能性もあるけれど、

部室やスタジオへは入れたくなかったからだ。

 

「やっとゆっくり話が出来るわね♪」

重村さんが笑顔で言う。

 

「どうして私達から逃げてるの?」

谷中さんも俺に笑顔を向ける。

 

「……」

さて、ここからどう話を切り出そうか?

流石にいきなり『佐保に何をした?』と言うのもマズいだろうし。

 

「ねぇ、詩音くんて今バイトしてないの? 天宮さんに教えてもらったコンビニに行ってみたら、

 先月で辞めたって店長さんに言われたし」

重村さんの言葉でこの二人が本当に佐保の親戚がやっているというコンビニまで行った事がわかった。

念の為、そこの店長と口裏を合わせておいてよかった。

 

「てか、佐保にはバイト先は誰にも言うなって言っておいたんですけどね?」

「どうしてバイト先教えてくれないの?」

首を傾げる谷中さん。

 

「じゃあ、逆に訊きますけど教えたらどうなるんですか?」

 

「「もちろん、遊びに行く♪」」

予想通りの答えが返ってくる。

 

「困ります」

 

「別に邪魔しに行く訳じゃないのに」

……と、重村さんは言うけれど。

 

「じゃあ、来て何をするつもりですか?」

 

「普通にお喋りとか」

「詩音くんが働いてるトコを写メったり♪」

 

「それは“邪魔”しに来てるのと一緒ですよ。だから言いたくありません」

 

「「……」」

 

「後、佐保にはもう近づかないでもらえますか?」

 

「……あたし達、天宮さんに何もしてないわよ?」

重村さんは苦笑いしながら言った。

 

「俺、まだ何も言ってませんよ? “何かしたんですか?”とも。

 ただ、近づかないで欲しいと言っただけです」

 

「佳苗……っ」

しまったと言う顔をした重村さんに谷中さんも『今のはマズい』という風に視線を向けた。

その様子でやはり美穂から聞いた話は事実だったんだと確信した。

 

「天宮さん、詩音くんに何を言ったの?」

重村さんから笑みが消える。

 

「何も。佐保からは直接は何も聞いていません。ただ、風の噂で二人が佐保に何をしたのか聞きました」

 

「風の噂を信じるの?」

軽く笑う谷中さん。

 

「けど、火の無い所に煙は立ちませんよね?」

 

「「……」」

そして、谷中さんからも笑顔が消え、無言で二人は顔を見合わせた。

 

「ファンクラブ、解散して下さい」

 

「「え……」」

 

「俺の事を応援してくれる事や興味を持ってくれる事はありがたい事ですし、嬉しい事でもあります。

 でも、“彼女”が俺と別れる事を選択しなければならない程、精神的に追い詰めた二人を

 俺は許す事は出来ないし、そんな人達に応援してもらいたいとはもう思えないんです」

 

「天宮さんに言われたの?」

眉根を寄せる重村さん。

 

「佐保はそんな事一言も言ってないです。俺の本心です」

 

「「……」」

 

「とにかく、ファンクラブを解散しない限り、俺はあなた達二人を許す気はありません。

 それと、佐保にこれ以上何かしたら俺は出るとこに出ますよ?

 調べれば二人が佐保に何をしたか全てわかりますから、そうなったら困るのはあなた達ですよね?」

 

「脅してるの?」

谷中さんが怪訝な顔をする。

 

「今の俺の言葉を“脅し”と受け取るって事はやっぱり佐保に何かしたんですね?

 何もしてないならそんな台詞は出て来ないはずです」

 

「「……」」

 

「俺の話はそれだけです。失礼します」

そう言ってミーティングルームを出ようとドアノブに手を掛けるとドアの向こう側に気配を感じた。

 

(誰かいる……?)

 

……ガチャ――ッ、

 

そうっと開けて見ると……、

 

「「「「あ……」」」」

そこにいたのは、Happy-Go-Luckyのメンバーだった。

 

「な、何やってんだ? みんなして」

 

「お、お前が重村先輩達と、ここに入って行くのが見えたから……」

どうやら愛莉はどこかで見ていたらしい。

それでみんなを招集したのか。

 

「そか。ありがとう、みんな……心配してくれて」

 

「詩音だけで話がつかなかった時の為に待機してたんだけど、上手く話がついたみたいね」

千草がミーティングルームの中にいる重村さんと谷中さんにちらりと目をやった後、

再び視線を戻して言うとみんなも安心したように笑みを浮かべた。

 

佐保にもちゃんと報告しなきゃな――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

数日後――。

 

−−−−−−−−−−

明日の朝、1スタで待ってる。

 

Shion

−−−−−−−−−−

 

夜、佐保にメールを送った。

 

−−−−−−−−−−

どうしたの?

何かあったの?

 

☆佐保☆

−−−−−−−−−−

 

すぐに返ってきたメールには不安いっぱいの様子が文字に出ているように感じた。

 

−−−−−−−−−−

大丈夫。

俺が佐保に会いたいだけだから。

 

Shion

−−−−−−−−−−

 

ちょっと思わせぶりだったかな?

……と思いつつ、不安なままよりはマシだろうと思ってそう返した。

 

−−−−−−−−−−

わかった。

じゃあ、早めに行くね。

 

☆佐保☆

−−−−−−−−−−

 

−−−−−−−−−−

うん、待ってる。

 

Shion

−−−−−−−−−−

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――そして、翌朝。

 

第一スタジオでギターを弾きながら佐保を待っていると、ドアをノックする音が微かに聞こえた。

防音対策バッチリの分厚いドアだから危うく聞き逃すところだった。

 

ドアを開けると佐保が立っていた。

 

「ごめん、こんな朝っぱらから」

 

「ううん」

そう返事をした佐保の首にはマフラーがなかった。

とても寒そうだ。

多分、クリスマス前までしていた黒いマフラーだと俺に何か気付かれるとマズいと思ったのだろう。

 

「佐保、マフラーは?」

 

「え、と……忘れちゃった」

 

「寒くない?」

 

「寒いけど……」

そう言って俺から目を逸らす佐保。

 

「じゃあ、これあげる」

俺は昨日、学校帰りに買った物を佐保に差し出した。

 

「え……これ……?」

不思議そうに受け取る佐保。

 

「開けてみて?」

 

「うん」

佐保はラッピングを恐る恐る解いていった。

 

そして、中から出て来た物に驚いて顔を上げた。

 

「重村さんと谷中さんにあのマフラーを捨てられたって聞いて……ごめんな?

 俺の所為で……」

 

「詩音……」

 

「本当は俺とお揃いのマフラーを買い直そうかと思ったんだけど、そしたらまた重村さん達が

 佐保に何かするかもしれないと思って、違うデザインのにしたんだ。

 色とか気に入らなかったら使ってくれなくていいから」

俺は佐保にマフラーをプレゼントした。

これ以上、彼女に“寒い思い”をさせたくはなかったからだ。

 

「ううんっ、そんな事ない、嬉しい。ありがとう……」

 

「それと、ファンクラブは解散させたから。後、佐保にも二度と近づくなって言っておいたから」

 

「え……」

 

「だから、もう安心して?」

 

「うん」

佐保は小さく頷いた。

 

「……それでも、詩音はあたしと『もう一度付き合おう』って言ってくれないんだね?」

しかし、少しの間があって佐保が言った。

 

「……っ」

 

「やっぱり……、詩音はあたしの事、好きにはなってくれていなかったんだね」

 

「……」

俺は何も答えられなかった。

『そうだ』と言ってしまえば佐保を傷付ける事になるし、『そんな事はない』とも言えなかった。

 

「あたしね、ホントの事言うと、詩音と別れようと思ったのは、重村先輩達にしつこくされて

 疲れただけじゃないんだ……」

 

「え……」

 

「多分、このまま付き合ってても詩音はきっとあたしの事なんて“好き”にはならないと思ったの。

 だって……詩音、あたしの誕生日、いつなのか知らないでしょ?」

 

佐保にそう言われ、しばし考えてみる。

そういえば、俺は彼女に誕生日がいつなのか訊いた憶えがない。

 

「……うん……ごめん……」

俺は佐保の誕生日すら知らなかったのだ。

 

「あたしの誕生日ね、今日なの」

 

「……えっ?」

 

「だから、このマフラー、誕生日プレゼントって事で貰うね?」

佐保はにっこり笑った。

 

「ねぇ、詩音」

 

「うん?」

 

「あたしと付き合ってても失恋した人の事、忘れられなかった……?」

 

「いや、そんな事ないよ? 佐保と付き合い始めてからは思い出す事もなかったし」

 

「なら……よかった……」

佐保は少しだけ微笑んだ。

 

「それでね……もし……、もしもなんだけど、また“ファン”に戻っても詩音があたしの事を

 好きになってくれる事があったら……、その時は詩音から告白してね?」

佐保が上目遣いで俺の顔を見上げた。

それは『きっとそんな事、あるはずはないだろうけれど』と言った感じだった。

 

「うん」

でも、俺はもしかしたらそんな彼女の事が好きになる事もあるかもしれないと思ってそう返事をした。

 

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