X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・21−

 

 

年が明けて、一月――、

冬休みが終わり、学校が始まった日の朝。

 

「詩音〜っ」

登校していると後ろから千草の声がした。

振り返ると、湯川さんと一緒に駆け寄って来た。

 

「おはよう、愛莉は?」

見慣れないツーショットに思わずそんな言葉が出た。

 

「あたしと愛莉と美海はオナ中なの」

そう言いながら千草が俺の右隣に並び、湯川さんが左隣に並んだ。

 

「へぇー、初めて聞いたかも」

(つまりは千草も湯川さんと仲が良いのか)

ライブが終わった後にメンバーと湯川さんが話している場面は見た事はあるけれど、

千草とも元々友達だったとは思っていなかった。

更には愛莉と千草と湯川さんが同じ中学の出身というのも初耳だ。

 

「だろうねー、詩音て基本いろいろ訊いてこないもんね?」

 

「これが普通だと思うけどなー」

 

「練習が終わった後とか会話しないの?」

首を傾げる湯川さん。

 

「詩音は練習が終わったら、だいたいすぐに帰っちゃうから」

 

「“彼女”とデートが忙しいんだ?」

それを聞いた湯川さんはにやりとした。

 

「バイトがあるからですよ」

 

「詩音て毎日バイトしてるの?」

 

「うん、ほぼ毎日かな」

 

「じゃあ、あんまり彼女とデート出来ないんじゃない?」

千草と湯川さんが交互に質問する。

 

「でも、学校で会えますから」

 

「てか、詩音くんていまだに私に対しては敬語だよねー?」

 

「だ、だって……先輩だから」

 

「あたしも一応先輩なんだけど?」

 

「軽音部は先輩後輩関係ないって最初に言ったの、千草じゃんかっ」

 

「ふふ、冗談よ♪」

千草は悪戯っぽく笑った。

 

「私もタメ口にしてくれた方が嬉しいんだけど」

すると、湯川さんがにっこり笑って言った。

 

「愛莉とか千草にはため口で話してるのに私だけ敬語使われてたら、

 なんかすごい一線引かれてるような気がするー」

 

「え……俺、そんなつもりは……」

 

「じゃあ、今度から私にもタメ語で話してね?」

 

「は、はい」

 

「もぉ〜、今『タメ語で』って言ったばっかりなのにー」

俺が『はい』と答えたものだから、湯川さんが拗ねたように言った。

 

「う、うん」

 

「そういえば、詩音くん、マフラー変えた?」

湯川さんは俺が冬休み前までしていたマフラーと違う事に気付いたようだ。

なかなかの観察眼だ。

 

「なんかねー、年末に練習した時にはもう変わってたから、彼女からの

 クリスマスプレゼントなんじゃないかと睨んでるんだけど?」

千草がにやにやしている。

これはまた俺が弄られるパターンか?

 

「更には彼女とお揃いだったりなんかしてー?」

湯川さんもそう言って俺の顔を覗き込む。

どうして女という生き物はこんなに勘が鋭いんだ?

 

すると……、

 

「詩音、あれ、天宮さんじゃない?」

千草が少し前を歩いている佐保を見つけた。

 

(げげっ)

佐保は今朝ももちろん、あのマフラーをしている。

千草と湯川さんは“やっぱり”という顔で笑っていた。

 

「行かなくていいの?」

千草が冷やかすように言う。

 

「……」

 

「あはは、詩音くん、照れてる♪」

湯川さんは俺の反応を楽しんでいるようだ。

 

だが、俺が佐保の所へ行ったら行ったで放課後、部室で弄られ、行かなかったら行かなかったでまた弄られる。

きっと行っても行かなくてもどの道、俺は弄られるのだ――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――その日の昼休憩。

 

「詩音くん」

佐保と二人、学食で昼食を摂っていると俺達・Happy-Go-Luckyのライブにいつも来てくれている

三年生の女子生徒・重村佳苗(しげむら かなえ)さんに声を掛けられた。

 

「あ……、こんにちは」

とりあえず挨拶。

 

「今度あたし達、詩音くんのファンクラブを作ったの」

そして、俺は彼女の口から出た言葉に絶句した。

 

(“ファンクラブ”……?)

 

「あたしが会長でこの子が副会長」

そう言って重村さんに紹介されたのは同じく三年生でいつもライブに来てくれている

谷中慶子(たになか けいこ)さんだ。

 

「そんな訳で私設だけどファンクラブの取材って事で、いろいろ訊く事もあるかもしれないから、

 よろしくね♪」

重村さんはにっこり笑う。

 

「は、ぁ……」

いまいちピンと来ないけれど、とりあえずそう返事をする。

傍では佐保がポカンとしていた。

 

(“私設ファンクラブ”て……)

俺はこの時、そんなに深くは考えていなかった。

 

だが……後々、この“私設ファンクラブ”が引き金でとある事件に発展する事になるとは

予測できるはずもなかった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

数日後――。

 

「詩音、ファンクラブが出来たんだって?」

放課後、部室に入るなり美希に言われた。

 

「ぐ……、だ、誰に聞いたんだ?」

 

「同じクラスの子が入ったって言ってたから」

 

「つーか、入る人いたんだ?」

 

「あら、あたしのクラスの女子も三人くらい入ってるよ?」

千草にそう言われ、俺は顔が引き攣った。

 

「てか、うちのクラスの子も二人くらい入ってるんだけど」

……と、更に美穂。

 

「入ってどうするんだろう?」

たかが俺の事なんて知れている気もするが。

 

「そりゃ、詩音についてみんなで語り合うとか」

「詩音の応援をするとか」

「詩音を守るとか」

「詩音の情報を共有するとか」

 

メンバーはそんな事を言っているが、語り合う事なんてない気もするし、

ライブに来てくれるだけで十分応援にもなっている。

それに女の子に守られる程俺は弱くないつもりだが、だいたい“情報の共有”ってなんだ?

一体、どのレベルまでの情報なんだろう?

つい先日も昼休憩にファンクラブの取材だと言って、会長の重村さんと副会長の谷中さんが

俺の教室までやって来て身長や体重、スリーサイズや靴のサイズ、指輪のサイズまで訊いていった。

後は食べ物の好き嫌いも訊かれたなぁ。

その程度の情報なら全然構わないけれど携帯番号がバレたらやっかいだ。

俺はライブ情報をメールで一斉送信で知らせている。

けれど、携帯番号だけはみんなに教えていないからだ。

 

「けど、詩音て実家がバイト先でしょ? バイト先がバレたら実家もバレるから

 そこは気をつけた方がいいかもね」

千草がギターを弄りながら言う。

 

「ん? 詩音ってあそこには住んでないだろ?」

すると、愛莉がうっかり口を滑らせた。

 

「愛莉、詩音の実家のライブハウスに行った事があるのっ?」

美穂はそれを聞き逃さなかった。

 

「えっ? あー……、えーと……」

困った愛莉は助けてくれと言わんばかりの目を俺に向けた。

 

「夏休みに偶然ライブを観に来た事があったんだよ」

仕方がないから一応助ける。

 

「誰のライブ?」

美希が不思議そうに言う。

 

「誰だったかな? なんかデビューしたてのバンドだったような気がする」

 

「へぇーっ? そんなプロの人が来るような所って……詩音の実家のライブハウスってどこ?」

千草は俺の実家が小さな所だと思っていたらしい。

 

「『God Valley』」

 

「「「えぇぇぇっ!!」」」

愛莉以外のメンバーは同時に声を上げて驚いた。

 

「そ、そこって……都内でも五本の指に入るトコじゃんっ」

「なんで今まで内緒にしてたのっ?」

「メンバーなのにぃっ」

……で、何故か責められた。

 

「いや、だから……別に内緒にしてた訳じゃないって。今だって素直に言ったじゃん」

 

「てかさ、『God Valley』って……、直訳すると『神の谷』って、これウケ狙い?」

しかし、今度は愛莉が俺に救いの手を差し伸べてくれた。

 

「それ、うちのじぃさんが付けたらしいから、よくわかんねぇけど多分考えるのが

 面倒臭くなったんじゃねぇのかな?」

 

「あそこってそんな昔からあるんだ?」

 

美希に訊かれ、首を縦に振って答える。

「元々はジャズ喫茶ていうか、ジャズとかの演奏も出来る喫茶店って感じだったらしいんだけど、

 段々、ジャズの演奏家だけじゃなくて、いろんなジャンルの人がライブをやらせてくれって

 来始めて今の形態になったんだってさ」

 

「「「「へぇ〜っ」」」」

 

「てか、詩音ん家って『God Valley』から離れた所にあるの?」

再び美希に訊かれる。

 

「いや、『God Valley』のすぐ裏手にあるマンション。だから、バイト先がバレると家も

 バレる可能性が高いな」

 

そんな話をしていると――、

「うぃーす」

ヒロが部室に入って来た。

 

「ちょっと話があるんだけど」

そう言ってイスに座ると俺達に集合をかける。

 

「なんか詩音のファンクラブが出来たんだって?」

 

「あたし達も今、その話をしてたトコ」

千草が笑いながら答える。

 

「その事なんだけど、練習は今度から第一スタジオでやった方がいいんじゃないかと思って」

 

「え……でも、1スタはTylorが使う事になったんじゃないの?」

美希が言ったとおり、三年生バンドのヒロ達が使っていた1スタは、今まで教室で練習をしていた

Tylorが使う事になっていた。

三年生が受験で完全に引退したからだ。

 

「そうなんだけど、よく考えたらあいつ等の所はキーボードがいないから2スタの方が

 使い易いんじゃないかと思って」

ヒロの言うとおり、キーボードが置いてある第一スタジオよりも、キーボードを置いていない

第二スタジオの方がツインギターのTylorの場合、使い易いだろう。

 

「……て、2スタの方は?」

美穂が不思議がるのも無理はない。

こっちの方も、つい先日までヒロ達とは別の三年生バンドが使っていたが、同じく引退して

空く事になったから二年生バンドが使う事になったのだ。

 

「あいつ等は元々あんま真面目にやってないから、こっちに移ってもらう。その方が詩音のファンが

 ここに押し掛けて来るようになっても、スタジオなら集中して練習出来るだろ?」

 

「ここまで来るかな?」

部室のドアは擦りガラスになっているから例え来たところで中は覗けない。

教室にもあまり来る事はないから正直俺はそんなに深く考えていなかった。

 

「詩音はまだ自覚してないみたいだけど、そもそもファンクラブが出来る事自体すごい事なんだぞ?

 シンが千草達とやってた時もよく女子がここまで練習を覗きに来てたんだ。

 けど、シンが『邪魔だ、帰れ』って追い返してたから女子が来なくなって俺も放っておいたけど、

 詩音はそんな事言えないだろ?」

ヒロが苦笑いをする。

 

「う、うん」

 

「まぁ、来ないに越した事はないんだけど後々スタジオと部室を変わる事になるより、

 端から変わっておいた方がいいから」

 

「じゃあ、今度からあたし達が1スタを使っていいのね?」

千草がヒロに最終確認を取る。

 

「あぁ、それじゃ、そーゆーコトで」

ヒロは頷いて立ち上がる。

しかし、部室を出ようとドアを開けた瞬間、

「あ、そーだ。また忘れるところだった……新部長の事だけど、千草、お前がやってくれ。じゃーな」

さらっと新部長を任命して部室を出て行った。

 

「え? えぇっ? ちょ、ちょっと待って、ヒロ!」

千草は去り際に受けた“新部長拝命”に慌ててヒロを追い掛けて行った――。

 

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