X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・20−

 

 

――数日後、ある晴れた日曜日。

 

今日は佐保と初めての待ち合わせデート。

……とは言え、俺は昼過ぎからバイトがあるから午前中しか会えないのだが。

 

「そういえば、佐保ってなんのバイトしてるの?」

 

「ファーストフード」

 

「へぇー、“スマイル0円”とかやってんだ?」

 

「やってる。てか、お店ではいつもスマイル♪」

佐保はそう言って可愛らしく笑った。

でも、その“スマイル”を他の男達に振り撒いているんだと思っても

まったくやきもちを妬いていないのは、きっと俺の“頑張り”がまだ足りないんだろう。

ふと、そんな事を思った。

 

「詩音のバイト先って実家のライブハウスって言ってたけど、どんな事やるの?」

 

「そうだなー、今日みたいにライブが入ってる日は出演者が来る前に楽屋の掃除とか、

 客席の掃除とか、受付でもぎりをやる事もあれば音響スタッフが足りない時はPAとか照明とか、

 後はキッチンで調理補助もしたりするよ。要するに何でも屋かな……でも、

 ライブがない平日とかは普通に喫茶営業で俺がいなくても回せるから、

 そういう時は家でゆっくり出来るけど」

 

「じゃあ、私と詩音のバイトがない日なら電話で話せるね♪」

 

「うん」

そう返事を返したけれど正直、そんな日はゆっくり曲作りしたいと俺は思っていた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

しかし、佐保と付き合い始めて一ヶ月が経ち――、

彼女と過ごす日々はそれ程苦痛には感じなくなっていた。

 

昼休みも一緒に弁当を食べたり、学食へ行ったり。

平日もバイトで疲れた時はともかく、余裕がある時はなるべく電話やメールをした。

それでもちゃんと曲作りは出来ているし、付き合い始めた頃よりは

“無理に頑張ってる感”は感じなくなってきていた。

 

 

そして、更に数日が過ぎて冬休みに入ったある日――。

今日はシン達のバンド・Arrogantが俺の実家が経営しているライブハウス、

『God Valley』でライブをやる予定になっていた。

 

「おはようございまーす」

午前中、佐保とランチデートをして別れた後、『God Valley』に裏口から入ると

事務所の応接セットに知った顔があった。

 

「おいっす」

「こんにちは」

そう言って俺ににっこりと笑い掛けたのはシンと東野先輩だった。

しかもその隣にはあの矢川恭介が座っていて、更にその隣には知らない女性が座っている。

結構びっくりした。

 

オーナーとママ、つまり俺の両親も彼ら四人の前に座っていて、母さんが手招きで俺を呼んだ。

 

(???)

 

「息子の詩音です」

父さんが矢川恭介と女性に俺を紹介する。

 

「こ、こんにちは」

(流石芸能人……超オーラだぁー)

俺は矢川恭介の“芸能人オーラ”に圧倒された。

テレビの画面で見ているとおりのクールな感じだ。

 

「初めまして」

しかし、意外にも彼はにこやかな顔で立ち上がると俺に握手を求めてきた。

差し出されたその手をそっと握ると、両手で俺の手を包み込んだ。

大きくて温かい手だった。

そして、隣にいる女性も笑顔で俺におじぎをすると、

「親父とお袋」

シンの言葉で女性の正体が把握できた。

 

(この人がシンのお袋さんかぁー……てか、見つかったんだ)

 

シンの母親というからには、当然うちの母親と歳があまり変わらない訳で。

うちの母さんも見た目が若い方だが、シンのお袋さんもとてもアラフォーには見えなかった。

“超”が付く程の美人という点では、東野先輩とは血が繋がっていないはずなのに

何故か親子に見えてしまう程似ている気がした。

 

(これじゃあ、本妻がいるにも拘らず浮気の一つもしてしまいたくもなるわなぁ〜?)

そんな事を考えていると、

「今日は全ての事が無事に解決したからその報告も兼ねて、親父とお袋が是非

 詩音に直接会ってお礼が言いたいって言って、それで一緒に来たんだ」

シンがそう説明してくれた。

 

「今回、俺達家族の事で君には大変世話になったな。ありがとう」

「ありがとうございました」

矢川恭介とシンのお袋さんは同時に俺に頭を下げた。

 

「いいえっ、そんな、俺は全然何もしてないです……っ」

 

「そんな事ないよ、詩音がいなかったら俺とお袋はまだ親父の事を憎み続けたままだったし、

 誰一人、幸せになんてなれなかったんだから」

恐縮している俺にシンが穏やかな笑みを向ける。

 

「それで、お礼に是非君にこれを受け取って貰いたいんだ」

矢川恭介はそう言うと傍らに置いていたアコースティックギターが入っている思われる

ケースを持ち上げて俺に差し出した。

 

「え……」

 

「父の感謝の気持ちだから是非受け取って?」

 

「は、はい」

東野先輩にも促され、とりあえずそれを受け取る。

 

「開けてみろよ」

受け取ったまま固まっている俺にシンが言い、

「う、うん」

テーブルの上にそっと置いて恐る恐るケースを開けた。

 

「……っ!?」

すると中に入っていたのは『矢川恭介モデル』の黒いエレクトリックアコースティックギターだった。

それは高校生の俺なんかじゃ、それこそ朝から晩まで相当の日数、バイトをしないと手に入らないような代物で、

これには流石に父さんも驚いた。

 

「ここここここここ、こんな高価な物っ、い、頂けませんっ」

慌ててケースを閉じて突き返す。

 

「うーん、そんな事言われてもなぁー、もう君の名前、ギターに入れちゃったし」

矢川が苦笑いしながらケースを開けてギターを取り出す。

そしてギターのボディの裏側、つまりバックの部分を俺に見せた。

 

「あ……」

そこに刻まれていたのは“Shion.K”の文字。

俺の名前だ。

黒のボディに映えるメタリックのペイントで刻まれている。

 

「君がエレアコを欲しがってるって聞いてね。だから、お礼に」

矢川恭介が柔らかい笑みを浮かべる。

 

「な、なんで俺が欲しい物知ってるんですか?」

 

「俺がHappy-Go-Luckyのメンバーにリサーチかけたんだよ」

シンがにやりとする。

なるほど、それでか。

この間、愛莉に「今、一番欲しい物は何だ?」と訊かれ、俺は「エレアコ」と答えた事を思い出した。

 

「ホ、ホントにいいんですか?」

 

「俺的にはこれでも足りないくらいだよ」

矢川恭介は苦笑しながら再び俺にエレアコを差し出した。

 

「……あ、ありがとう、ございますっ」

ここまで言ってくれているし、俺の名前までわざわざ入れてくれたからには

受け取らない訳にはいかない。

 

「……て、ところで、出歩いて大丈夫なんですかっ?」

確か余命数ヶ月のはず。

顔色は良さそうだけれど……。

 

「そ、それがー……」

すると東野先輩がばつが悪そうに口を開いた。

 

「?」

 

「実はあれ……誤診だったの」

先輩の口から出た言葉に俺は耳を疑った。

 

「ごっ、誤診っ?」

 

「父の本名と同姓同名の患者さんが同じ病院に居てね、看護師さんがその人のカルテと父のカルテを間違えてて、

 でも父もお酒の飲み過ぎで肝臓が悪かったのには変わりなかったんだけどね。

 “末期ガン”だって宣告されちゃってすっかり塞ぎ込んでたんだけど、慎くんも母も戻って来てくれた事で

 前にも増して元気になったのよ」

 

「そうですか、よかったですねっ」

 

「ありがとう、神谷くんのおかげよ」

とても穏やかな顔で笑う東野先輩。

でも、そんな彼女に俺は不思議とキュンとはこなかった。

 

(佐保のおかげ……かな――?)

 

 

それから――、

矢川恭介とシンのお袋さんと先輩はシンのライブを観て帰る事になり、二階にある照明ブースに席を用意した。

 

その日のArrogantのライブは、シンのテンションがいつもより高かった所為もあって、

それはそれは大変な盛り上がりを見せていた。

シンの姿に矢川恭介もお袋さんも目を細め、東野先輩もすごく嬉しそうだった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――数日後、クリスマス・イブ。

 

この日ももちろん昼過ぎからバイトが入っていた。

けれど「イブくらいはゆっくり会いたい」と佐保が言ったからオーナーにお願いをして

バイトは夜七時からにしてもらった……交換条件付きだけど。

 

ちなみに、その交換条件というのは先日、俺が矢川恭介に貰ったエレアコを一日オーナーにレンタルする事。

どうやら、ずっと弾いてみたくて仕方がなかったらしい。

別にそんなの言ってくれればいつでも貸すのに……と思いつつ、そんな簡単な条件で済むならと遭えて口にしなかった。

 

「詩音〜♪」

渋谷駅のハチ公前で待ち合わせをして彼女を待っていると、鮮やかなオレンジ色の

ミニスカートを穿いた佐保が白い息を吐き出しながら駆け寄って来た。

 

「なんか……寒そうだね、足」

彼女は常にミニスカートだ。

制服は仕方がないとしても、真冬なんだから俺と会う休日くらい膝丈とかロング丈とか、

もう少し暖かい格好をすればいいのにっていつも思う。

 

「寒いけど平気」

にっこりと笑う佐保。

確かに今日はブーツを履いているから多少はマシなのかな?

 

「ね、詩音、どこかお店に入ろうよ?」

 

「うん? やっぱり寒い?」

 

「じゃなくて、早く詩音にプレゼント渡したいの♪ それに今日はイブだし、

 きっといつもより人が多いから早めにお店に入った方がいいかなー? って」

 

「そっか。じゃあ、少し早いけどどこか入ろうか」

時間はまだ午前十一時。

俺も佐保にプレゼントを渡したいし、ランチの時間になるまで二人でプレゼント交換も悪くないかも。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「佐保、メリークリスマス♪」

二人で近くのレストランに入り、オーダーした紅茶が運ばれてきた後、

佐保の目の前にそっとプレゼントを置いた。

 

「わぁっ、ありがとう♪」

佐保はそれを嬉しそうに手に取る。

 

「気に入るかどうかわかんないけど」

 

「ううん、詩音がくれる物ならなんだって嬉しいよ?」

そんなベタな台詞を言いながらプレゼントを開ける佐保。

そして、中から出て来た物に目を輝かせた。

 

「佐保、おいで」

向かい側に座っている彼女を俺の隣に呼ぶ。

佐保は少し驚きながらも、俺の隣に腰を下ろした。

 

「なんか、こういうの初めてでさ……佐保が好きそうなの選んだつもりなんだけど……」

 

「ふふ、恥ずかしそうに買ってる詩音の姿が目に浮かぶ♪」

 

「もぉ〜、からかうなよ〜っ」

そんな会話をしながら俺は佐保の首にプレゼントしたネックレスを着けた。

 

「ありがとう……、詩音、大切にするね」

 

「安物だよ?」

 

「値段じゃないもん♪」

佐保はそう言ってにっこり笑うと、再び向かい側のイスに移動した。

 

「メリークリスマス、詩音♪」

そして今度は俺にプレゼントを差し出した。

 

「ありがと♪」

それを両手で受け取る。

意外と軽い。

 

(何かなー?)

真っ赤なパッケージに掛かっている深みのあるグリーンのリボンをそっと外すと

中から出てきたのは暖かそうなマフラーだった。

しかし、見覚えの有る柄だ。

 

「実は私のマフラーとお揃いなんだ♪」

 

(あっ、そうか……佐保のマフラーの柄と一緒なんだ)

彼女はいつも黒い無地のマフラーをしている。

でも、今日は珍しく淡いオレンジにグリーンのラインが入っているマフラーをしていた。

俺にプレゼントしてくれたマフラーも濃いグレーにオレンジのラインが入っている

同じデザインの物だった。

ちなみにカシミヤ100%。

 

「詩音、お揃いとか嫌だった?」

佐保が不安そうな顔をする。

 

「ううん、そんな事ないよ」

確かにお揃いとかちょっと恥ずかしいけれど、佐保がそうしたいのなら……と思ってそう答えた。

すると、佐保は嬉しそうな顔をした。

 

今はまだ自分から“お揃いにしたい”と思えないけれど、もう少ししたら佐保と同じ様に

“同じ物を持ちたい”って思えるのかな――?

 

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