X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・14−

 

 

「ところで先輩、どうして俺の事、知ってたんですか?」

先輩が泣き止んだ後、俺は再会した時からずっと気になっていた事を訊いてみた。

俺と先輩は部活が同じだった訳でも、生徒会やクラス委員の集会で顔を合わせた事がある訳じゃない。

だから、まさか東野先輩が俺の顔と名前を知っているとは思ってもいなかった。

 

「神谷くん、いつも放課後、教室でギターを弾いていたでしょ?」

 

「え、えぇ」

俺はミヤ達とバンドをしていた時、放課後に教室を借りて練習していた。

メンバーが集合するまでは、よくギターを弾きながら待っていたっけ。

 

「私、そのギターを耳にして、バンドをやってる友達に『あの男の子知ってる?』って訊いてみた事があるの。

 そうしたら、その友達が『一年生の神谷詩音くんだよ』って教えてくれて、

 それで実はこっそり神谷くんのギターを聴いてた事もあるのよ」

先輩は少し照れたように話してくれた。

 

「そ、そうだったんですか」

(先輩に聴かれてたなんて……なんか、恥ずかしいな)

 

「だけど、また神谷くんに会えるだなんて思ってもみなかった……」

 

「俺もです。それで、先輩……再会したのもきっと何かの縁だと思うんです。

 だから、俺で力になれる事があったら何でも言ってください」

 

「神谷くん……ありがとう」

東野先輩はそう言うと嬉しそうに笑った――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「ただいま、遅くなってごめん」

部室に戻ると千草達は雑談をしていた。

 

「ねぇねぇねぇっ、今の人って、この間宮川くんが言ってた先輩だよねっ?」

すぐに美穂が駆け寄って来る。

 

「え、えーと……」

 

「だって、あの人“東野”さんでしょっ?」

 

「う、うん……」

 

「運命の再会?」

すると、美希もにやにやした顔を俺に向けた。

 

「運命かどうかは知らないけど、まぁ……再会」

 

「何の話してたの?」

さらには千草まで。

 

「お久しぶりですって……ただ、それだけ」

 

「でも、この間向こうはお前の事知らないって言ってなかったか?」

……と、ここで愛莉に鋭い突っ込みを入れられ、俺は言葉に詰まってしまった。

 

「う……、えーと……まぁ、その、なんだ……とりあえず練習だ、練習。

 うん、そうしよう、練習しよう」

 

「「「「誤魔化すな!」」」」

結託したように口を揃えて言う四人。

いや、元々この女子四人は普段から仲が良いから、何かと言うとこんな展開になる。

 

その度に俺は“Happy-Go-Luckyに戻らなきゃよかったかも?”と、一瞬だけ思うのだった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――翌日。

 

……RRRRR、RRRRR、RRRRR……、

 

HRが終わって美穂と一緒に部活に行こうと廊下を歩いていると、俺の携帯が鳴った。

 

(ん? 東野先輩?)

着信表示は東野先輩だった。

 

「はい」

 

『あ……私……』

 

「はい」

 

『えっと……今、神谷くんの学校の前に来てて……ちょっとだけいいかな?』

 

「はい、すぐ行きます。待ってて下さい」

(何かあったのかな?)

 

「美穂、ちょっと先に部室に行っててくれ」

 

「えっ? 詩音、どこ行くの?」

 

「すぐ行くから」

俺は美穂にそれだけ言って正門に向かった。

だって、「東野先輩に会ってくる」なんて言ったらまたいろいろと訊かれるに違いないから。

 

 

「東野先輩っ」

先輩の姿を見つけて俺が呼ぶと、彼女は柔らかく微笑んで手を振った。

 

「何かあったんですか?」

 

「ごめんね、急に。たいした用事じゃないんだけど、これを返そうと思って」

そう言って先輩が差し出したのは、昨日、中庭で彼女が泣いた時に俺が貸したハンカチだった。

きれいに洗濯してアイロンまでかけてある。

 

「こんなのいつでもよかったのに……わざわざ、ありがとうございます」

 

「ううん、私の方こそありがとう。ちゃんと会ってお礼も言いたかったから」

“お礼”というのはシンが今一緒にバンドを組んでいるメンバーの学校の事だ。

昨夜、ライブハウスの過去の出演バンドのメンバー表を俺の父親であるオーナーに

事情を話して見せて貰い、通っている高校を突き止めた。

それを俺が先輩に伝えたのだ。

 

「これから、昨夜教えて貰った高校に行ってみようと思うの」

 

「そうですか。ちゃんと話が出来ればいいですね」

 

「えぇ、ありがとう。それじゃあ」

東野先輩はそう言って俺に柔らかい笑みで手を振り、駅に向かって歩き始めた。

 

(先輩、頑張れ!)

俺は彼女の背中にエールを送って部室に向かった――。

 

 

「あれ? 詩音、そのハンカチ……」

部室に行くと俺が手に持っていたハンカチを見て美穂が口を開いた。

幸いな事に(?)他のメンバーはまだ来ていない。

 

「あの先輩、わざわざ返しに来たんだ?」

 

「えっ!?」

待て待て……何故美穂は俺が東野先輩にハンカチを貸した事を知っているんだ?

 

「ここから、中庭って丸見えなんだよね〜♪」

 

「……あ」

(そうだった……)

軽音部の部室からは中庭がよく見える。

その事を俺はすっかり忘れていた。

 

「でも、詩音てホント優しいよね〜♪」

 

「……もしかして、昨日の……みんなで見てたのか?」

 

「うん、泣いてる先輩を詩音が抱きしめてハンカチを差し出すところまでバッチリ♪」

 

「う……」

(なんてこった……)

 

「でも、まさか昨日の今日にわざわざハンカチを返しに来るとは思わなかったなぁ〜♪」

 

「み、美穂、先輩が来た事はみんなには内緒な?」

じゃないと、またいろいろ面倒臭い事を訊かれそうな気がする。

 

「じゃあー、明日学食でコーヒー牛乳奢って?」

 

「お、おーけー」

まぁ、コーヒー牛乳くらいで口止め出来るなら安いモンだ――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――数日後。

 

午後八時過ぎ、学園祭の準備でいつもより遅い時間に帰宅してバイト先であるライブハウス、

『God Valley』に向かおうと自宅マンションのエントランスを出ると、入れ違いに誰かが飛び込んで来た。

 

(あれ? 不審者か?)

俺が住んでいるマンションのエントランスの自動ドアは各部屋に付いているインターフォンから

ロックを解除するか、自動ドアの手前で暗証番号を入力しないと開かない。

住人やここによく出入りしている人物なら当然暗証番号は知っている。

しかし、時々こうやって中から人が出て来て自動ドアが開いた瞬間に怪しい人物が入り込む場合があるのだ。

 

俺はすぐに後ろを振り返った。

すると、その人物がエントランスの死角に隠れるのが見えた。

(今の……っ)

 

その人物に声を掛けようと踵を返す。

だが、その直後に俺が声を掛けられた。

「神谷くん?」

 

その声に振り返る。

 

「東野先輩……」

 

「ねぇ、神谷くん、今このマンションに慎くんが入って行かなかった?」

 

「……」

(やっぱり……さっきのはシンだったのか)

先輩の言葉で先程の“不審者”の正体を確信する。

おそらく先輩から逃げ切る為にタイミングよく開いたこの自動ドアに飛び込んだのだろう。

 

「慎くん、そこにいるんでしょ?」

エントランスの死角に隠れているシンに向かって先輩が話し掛ける。

返事はないが、影が見えてしまっている事でバレバレだった。

 

「慎くん」

もう一度先輩が呼ぶ。

だが、出て来る様子もない。

かと言って、俺と一緒に先輩がエントランスの中に入ったところでシンはまた逃げ出してしまうだろう。

 

(つーか、まだちゃんと話し合ってないのか……)

「先輩、ホントにこのマンションにシンが入って行ったんですか?」

 

「えぇ」

 

「でも、俺、誰ともすれ違ってないですよ?」

 

「え、でも……」

 

「先輩、俺、もしシンを見つけたら連絡しますから」

 

「……」

 

「必ず、連絡します」

そう言って先輩の目をじっと見つめる。

 

すると、先輩は何かを感じ取ってくれたようで、

「うん、わかった……」

シンの影を一瞥してからゆっくりと踵を返した。

 

 

「もう東野先輩行ったよ」

先輩の姿が見えなくなってからシンに話し掛けた。

 

「そうか……とりあえずサンキュー」

それだけ言って立ち去ろうとするシン。

 

「ちょっと待て」

俺はシンの腕を掴んで引き止めた。

 

「俺はお前をただ逃がす為に先輩に嘘まで吐いて帰した訳じゃねぇぞ?」

 

「……」

 

「この間、先輩泣いてた」

 

「っ」

 

「どうしてかは俺にはわからないけど、お前が先輩から逃げてる限り、また先輩が

 泣く事になるんじゃないかって思う。けど、俺は先輩が泣く姿をもう見たくはない」

 

「……」

 

「先輩から少しだけ事情は聞いた。お前が今一緒に組んでるバンドのメンバーが

 通ってる高校を先輩に教えたのも俺だ」

 

「な……っ!?」

 

「別に全部事情を訊くつもりはないけど、なんで先輩から逃げてるかだけでも教えてくれ」

 

「……」

シンは無言で少しだけ顔を歪ませた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「とりあえず、座ってて。コーヒーでいい?」

俺の家で話をする事になり、リビングのソファーにシンを座らせた。

 

「あぁ」

シンは返事をしてゆっくりと腰を下ろした。

 

 

今更逃げるとは思わないけれど、なるべく手早くコーヒーを淹れてソファーに戻ると、

シンは意外にも大人しく座ったままでいた。

 

「晩メシがまだだったら、なんか食い物の方がよかったかな?」

 

「いいよ、そんな気ぃ遣わなくて」

シンはフッと軽く笑った。

こいつのこんな表情は初めて見る。

 

そして、シンはコーヒーを一口飲んだ後に息を軽く吐き出してから話し始めた。

「あの女から聞いたと思うけど……俺は、あの女の父親の妾の子なんだ」

 

「うん……」

 

「だけど、俺は父親とは会った事もなければ話した事もない。

 俺がまだお袋の腹ン中にいる時に俺とお袋を捨てたらしい。

 それでも、養育費だけはきっちり毎月振り込まれてるから生活には困っていなかったけど」

 

「そんな金銭的に余裕があるって事は、親父さん、会社の社長かなんか?」

普通に出た疑問。

だって、自分の家族も食わせてて、さらに養育費を生活に困らない程度に“もう一つの家族”に

お金を振り込む事が出来るなんて……、それに愛莉も言っていたけれど東野先輩が通っている音楽高校は名門だ。

そんな学校に通よわせている上に更にって考えると――。

 

「お前もよく知ってる大物ミュージシャンだよ」

 

「え?」

 

「矢川恭介。こいつが俺とあの女の父親」

 

「そ、それはまた……どえらい大物だな……」

シンの口から出た“矢川恭介”という名に俺は驚きを隠せなかった。

日本だけでなく、世界で活躍しているミュージシャンだからだ。

東野先輩とも苗字違うのは芸名かなんかだからだろう。

 

「先輩が言ってたけど……お前、今一人暮らしって本当なのか? お袋さんは?」

 

「……お袋は俺が高校へ入学してすぐに、俺を置いて出て行ったよ」

 

「なんでだっ?」

 

「段々、矢川に似てきた俺に嫌気が差したんだってよ」

 

「……」

 

「確かに捨てられた男に自分の息子が似てくりゃ、嫌にもなるよな」

 

「その事、先輩には話したのか?」

 

「いや、話してない……てゆーか、話す気もない。その矢川って奴が今更俺を籍に入れたいとか、

 一緒に暮らそうとか言ってるらしいけど……俺はまっぴらごめんだ」

 

「なら、お前はこのまま一人暮らしを続ける気なのか?」

 

「あぁ、例えそれで養育費を打ち切られようがなんだろうが、俺は住み込みのバイトでも

 何でもして音楽を続けて行く。絶対にあいつの世話になんかならねぇっ」

 

「……」

 

「そんな訳だから、あの女に連絡するなら言っておいてくれ。もう俺に構うなって」

シンはそう言うとコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった――。

 

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