X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・13−

 

 

――数日後。

 

「あ……、アイツ、また女から逃げてる」

部活が終わって愛莉と二人で帰っていると、彼女が怪訝な顔で道路を挟んだ反対側の通りに目をやった。

 

「アイツって?」

なんとなく予想はつくが一応訊いてみる。

 

「シン」

すると予想通りの答えが返ってきた。

 

(やっぱりな……)

 

「けど、あの人超美人なのに、なんでアイツ逃げてんだろ?」

そう言って、シンの姿を目で追う愛莉。

俺もなんとなく一緒にその方向に視線を移す。

 

「……っ!?」

しかし、俺はシンに付き纏っている女の子の顔を見て息が止まった。

 

「詩音? どうした?」

 

「……」

(そんな……まさか……)

 

「詩音?」

 

(いや、でも……っ)

「……愛莉、ごめんっ、俺、用事を思い出したからっ!」

俺は居ても立っても居られず、その二人を追った。

 

「おいっ、詩音、どうしたんだよっ? 詩音!」

背後では何が何だかわからないという様子で愛莉が叫んでいるが、俺はただ夢中で走り出した――。

 

 

「はぁ……はぁ……」

全力疾走でシンと女の子を追いかける。

違っていたら、違っているでいい。

いや、寧ろ違っていて欲しい。

 

しかし……、

 

(やっぱり……っ、東野先輩……)

シンの後をついて行っていたのは、俺が今でも想いを寄せている人だった。

 

(どうして、先輩が……?)

先輩は早足に歩くシンの後ろから何か話し掛けている。

しかし、それを無視して歩き続けているシン。

 

その光景が信じられず、俺は足を止めた。

 

「シ……ッ」

「詩音っ」

そしてシンに声を掛けようと再び足を前に出したところで愛莉が追い掛けて来た。

 

「はぁ、はぁ……詩音、一体どうしたんだよ?」

息を切らしながら俺の腕を掴む。

 

「愛莉、なんで……」

 

「……だって……、なんか詩音の様子が変だったから、気になって……はぁ、はぁ……」

 

その間にシンと先輩が人ごみに紛れて見えなくなっていく。

 

 

「なんでシンを追い掛けたんだ?」

シンと東野先輩の姿が完全に見えなくなった後、ようやく息を落ち着かせた愛莉が俺に訊ねた。

 

「……」

 

「詩音?」

 

「……シンを追い掛けてた女の子……先輩だったんだ」

 

「え……? それって……この間、お前の元メンバーが言ってた美人の先輩?」

 

「あぁ」

 

「で、でも、なんでその先輩がシンの事を追い掛けてたんだ?

 見たとこあの女の子、名門の音楽高校の制服着てたし。

 そんなお嬢様がシンのライブを観て追っかけする程ファンになるとは思えないけど?」

 

「そうなんだけど……でも、あれは確かに東野先輩だった」

 

「お前……」

 

「……」

 

「どうするつもりだ?」

愛莉が俺の顔を覗き込む。

 

「……とりあえず、明日、シンに確かめてみる」

 

「そか……」

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――翌日、昼休憩。

俺は教室で数人の女子に囲まれているシンを屋上へ連れ出した。

 

「何だよ? 話って」

面倒臭そうにフェンスに寄り掛かって腕組みをするシン。

 

「……あのさ、昨日……、夜七時頃、女の子と一緒にいなかった?」

 

「あぁ、いたよ。つーか、一緒にいたって言うより、しつこく付き纏われてたんだけどな」

 

「その人……、東野香澄さん?」

俺の口から出た名前に一瞬、目を見開いたシン。

その様子でやはりあれは先輩だったんだと確信する。

 

「あの女と知り合いだったのか?」

 

「知り合いって言うか……中学の時の先輩」

 

「ふーん」

 

「……なぁ、東野先輩とお前って……どういう関係なんだ?」

 

「……」

何も答えようとしないシン。

 

だが、少しの間を空けて――、

「なんでもねぇよ」

……と、答えた。

 

「なんでもないって……そんな訳ないだろうっ?」

もちろん俺はそんな答えじゃ納得なんて出来ない。

 

「なんでもないっつったらなんでもねぇんだよっ! つーか、お前の方こそ、

 ただの中学時代の先輩ってだけだろ? 関係ねぇのに首突っ込んでくんじゃねぇよっ!」

シンはそう言うと足早に屋上を去って行った。

いつも、口端を上げて愛莉をからかっていたシンがあんなに声を荒げて感情をむき出しにした事が

俺にとってはものすごく意外だった。

 

俺は再びシンを追い掛けて問いただす事も出来ず、立ち尽くした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

放課後――、

美穂と一緒に部室に向かっていると、シンが正門を出て行くのが見えた。

 

(アイツの昼間の態度……どうも気になるな……)

どんな人間に対しても冷めた態度だったシン。

それが先輩との関係を訊いた途端にあの態度だ。

 

アイツと東野先輩は一体、どんな関係なんだ――?

 

 

……コン、コン――、

 

そして練習を始めようとセッティングをしていると、部室のドアを遠慮がちにノックする音が聞こえた。

 

「はい」

入り口の一番近くに居た俺は返事をしながらドアに近づいた。

 

(ひょっとして入部希望者かな?)

そう思いながらドアを開けた。

 

すると、そこに立っていたのは……、

 

「……っ!? あ、東野先輩っ!」

 

あの人だった――。

 

「……神谷、くん?」

ドアを開けた先に立っていた東野先輩は俺の顔を見上げて口を開いた。

 

(……え? 俺の事、知ってるのか?)

 

「詩音、誰?」

俺が呆然としていると千草が後ろから近寄って来た。

 

「あぁー……えーと……」

(素直に“例の先輩”だって言った方がいいのかな? でも、またなんか根掘り葉掘り訊かれそうだしなー)

 

「あの……私、東野香澄って言います」

だが、俺のそんな心中を知るはずもない先輩は千草達の前であっさり名乗ってしまった。

 

「「「「……」」」」

……で、若干みんな固まる、と。

 

「こちらに小暮慎くんがいると思うんですけど、会わせて頂けませんか?」

しかし、先輩がここに現れた理由はまたしてもアイツが目的だった。

愛莉も怪訝な顔をしている。

 

「えーと……小暮くんは軽音部を辞めたので、ここにはいないんです」

千草は少し戸惑いながら答えた。

 

「え……、そ、そうですか……あの、彼はいつ頃辞めたんですか?」

 

「四月です。それまではあたし達と一緒にバンドやってたんですけど、突然辞めて……、

 今は他の高校の軽音部の生徒とバンドをやっているみたいです」

 

「どこの学校の人かわかりませんか?」

 

「あたし達もそこまでは聞いてなくて……」

千草が申し訳なさそうに言う。

 

「そうですか……ありがとうございました」

東野先輩はそう言うと、丁寧に一礼して踵を上げた。

 

「……ごめん、先に練習始めててくれ!」

俺は先輩を追いかけた。

 

 

だけど、すぐには声を掛ける事が出来ず、中庭に出たところでよくやく息を整え、

気分を落ち着かせてから声を発した。

「……東野先輩!」

 

「あ……、神谷くん」

先輩は俺の声に振り向くと、驚いた顔で立ち止まった。

 

「先輩……ちょっといいですか?」

 

「……え、えぇ」

 

「あ、あの……シンとは、どういう関係なんですか?」

 

「……」

 

「昨日、アイツと先輩が一緒にいるところを見かけて……それで……今日、

 昼休憩にアイツに問いただしても何も答えなかったから……」

 

「彼と知り合いなの?」

 

「知り合いって訳じゃないですけど……でも、アイツの性格なら噂で聞いてよく知ってます!

 だから……もし、先輩がアイツの事を追いかけてるなら、やめた方がいいです!

 赤の他人の俺にこんな事言われて『はい、わかりました』って、納得なんて出来ないと思いますけど、

 でも……っ」

俺は思わず先輩に詰め寄った。

 

「ま、待って、神谷くんっ」

先輩は後退りしながら両手で俺を制した。

 

「す、すいません……つい……」

 

「あ、あのね……私、別に慎くんのファンとかじゃ、ないの……」

東野先輩は俺を落ち着かせるとゆっくりと話し始めた。

 

「慎くんは……私の弟なの」

 

「えっ!?」

てっきりシンのファンなんだと思っていた俺は先輩の口から出た言葉に俺は驚いた。

 

「で、も……苗字が……」

 

「私と慎くんは異母姉弟で彼は母方の姓を名乗ってるから」

 

「そ、そうだったんですか……」

(よりにもよってあのシンと東野先輩が姉弟だったなんて……でも、確かに言われてみれば

 母親は違うとは言え、目元や口元が似ている気がする)

 

「……だけど、どうして東野先輩がシンを追い掛けてるんですか?」

 

「そ、それは……」

 

「すみません、こんな立ち入った事訊いたりなんかして……」

自分でも失礼な事を訊いているとわかっている。

それでも俺は訊かずにはいられなかった。

 

「……実は慎くんは私の父の愛人の子供なの」

 

「え……」

 

「私は母……つまり正妻の子として東野家で育ったけれど、慎くんのお母さん、

 つまり父の愛人の女性は彼が生まれる前に父と縁を切らされたの」

 

「それって……どういう……?」

 

「私の母がどうしても慎くんを認知させたくないって……それで、父は仕方なく慎くんのお母さんに

 慰謝料と養育費を払う事で縁を切ったの。だけど先日、母が亡くなってね、父がどうしても慎くんと

 慎くんのお母さんに会いたいって言ってずっと行方を捜していたの。

 そしたら、慎くん、今一人で暮らしてる事がわかって……」

 

「……え? お母さんは?」

 

「わからない……いくら慎くんに訊いても『今まで散々放っておいたくせに、今更、

 父親が会いたいって言ってるとか言われても困る、このまま放っておいてくれ』って……、

 何も答えてくれなくて……」

 

「そう、ですか……」

正直、そうだろうなと思った。

と言うのも、今日の昼休憩にアイツが俺に見せた一面……今まで誰にも見せた事がない

“本当のアイツ”がちらりと見えた気がした。

誰に対しても冷めた態度でどこか人を見下したような目でいて、実は必死で弱い部分……というか、

人に触れられたくない一面を隠そうとしている……そんな気がした。

 

「……先輩、俺、シンがどこの高校の奴等とバンドを組んでるのか調べておきます」

 

「え……? わかるの?」

 

「えぇ、実は俺の実家、ライブハウスを経営していて、この間、シンのバンドも出たんですよ。

 その時に書いてもらったメンバー表を見ればわかると思います」

 

「い、いいの……? そんな事して叱られたりしない?」

 

「大丈夫です、事情が事情ですし……、東野先輩がわざわざこんな所まで来たのだって

 余程の事なんでしょう?」

 

「……うん」

先輩は小さく頷いた。

 

「俺の連絡先教えておきますから、今夜にでも連絡下さい」

俺は携帯を出して先輩の携帯へ向けて赤外線通信を送った。

 

「非通知でいいですから」

 

「え、そんなの……」

 

「何時でもいいですから、先輩の都合の良い時に連絡下さい」

 

「……神谷く……ありがとう……」

声を詰まらせ、泣き始めた先輩。

 

「先輩っ? どうしたんですか?」

 

「……だって……、私、ここに来れば慎くんと話せると思ってたのに……、それが、

 軽音部を辞めたって聞いて……、それで、もうどうしたらいいかわかんなくて……」

 

「先輩……」

この時、俺はどうして東野先輩がこんなに思い詰めているのかわからなかった。

わからなかったけれど、とりあえず先輩の肩を抱いた。

 

こんな弱々しい先輩を見ていられなかったからだ――。

 

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