漆黒の翼 -番外編・蜜月旅行-

 

 

ラーサーとユウリの婚礼の儀が終わった翌朝――。

 

「な……な……なんという事だーーーーーーーーーーっ!!!!」

レッドキャッスルには『龍将』の纏め役でありラーサーの側近・カロンの叫び声が響き渡っていた。

 

「……んー……何…………?」

その声で目を覚ましたセシリアはもぞもぞとベッドから起き上がった。

 

「はわわっ、どどどどどうしよう〜〜〜っ!!」

 

「もう……騒がしいわね……」

ストールを羽織り、寝室を出たセシリアはカロンの声がしている方に向かった。

 

「たたたた、大変だ! すぐにラーサー国王様とユウリ王妃様の後を追わなければ!」

書斎のデスクの前でワタワタと慌てているカロン。

 

「ちょっと……朝から一体何をそんなに騒いでいるの?」

セシリアまだ眠い目を擦りながら書斎に入って来るなり怪訝そうな顔で口を開いた。

 

「セシリア様! こ、これをご覧下さい!」

そんな彼女にカロンはラーサーが書斎のデスクの上に残して行った書き置きを見せた。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

今日一日だけ、ユウリと新婚旅行をして来る。

心配はいらない。

夜には戻る。

 

ラーサー

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

「……ふふふ」

書き置きを見たセシリアは小さく笑った。

 

「すぐにラーサー国王様の気配を追い、お二人を連れ戻して参ります!」

 

「無駄よ」

焦っている様子のカロンにセシリアが笑いながら言った。

 

「ラーサーの事だからきっと気配も消しながら移動しているわ。

 それにここにも書いてある通り、『今日一日だけの新婚旅行』なのよ?

 邪魔するなんて無粋だわ」

 

「ですが……っ」

 

「貴方が心配する気持ちもわかるけれど……今日一日くらいいいじゃない。

 ラーサーはやっとユウリと結ばれたのよ?」

 

「……は、はぁ」

 

「今まで“人間”として過ごして来た上に突然この魔界を統べる王になって……、

 今はそれも納得しているのだろうけれど彼はまだ二十一歳よ?

 愛しい人とゆっくりデートくらいしたいじゃない?

 いざとなれば転移魔法で私が駆け付ける。

 危険な時に気配を消す余裕なんてないから、すぐに辿れるわ」

 

「……はい」

カロンはセシリアに諭され、そう返事をしたもののまだ心配そうな表情をしていた。

 

「それに、あの二人はランディール王国を守って来た騎士と魔道士よ?

 戦闘には慣れているから心配いらないわよ」

 

「……そうですね」

カロンは納得しながらもやはり心配そうだった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

その頃、“人間”の姿をしたラーサーとユウリは――。

 

「今頃、お城では大騒ぎしているんじゃないでしょうか……?」

ユウリが心配そうな顔で口を開いた。

 

「あぁ、そうかもしれないな」

そんな彼女とは対照的にラーサーは笑っていた。

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「置き手紙を残して来たから全然問題ない。それより、冷めないうちに食べよう」

そう言うとラーサーはちょうど目の前に運ばれて来た熱々のチーズリゾットをスプーンで掬い、

フーフーと冷まして口に入れた。

 

「んー、やっぱりイムールのチーズリゾットは美味いなぁー」

そう言ってまた一口チーズリゾットを口にするラーサー。

 

そう――、ここはラーサーが生まれ育った国・イムール共和国。

乳業が盛んでチーズやバター、ヨーグルトなどが名産物の国だ。

その城下町にあるレストランで二人はこの店の名物・チーズリゾットを食べていた。

 

「俺がイムールに住んでいた頃、よく母が朝食にチーズリゾットを作ってくれたんだ」

 

「では、ラーサー様にとって思い出の味なのですね」

 

「そうだな。ここのチーズリゾットも上手いが、俺の中ではやはり……、

 母が作ってくれたチーズリゾットが一番だな。

 でも、ユウリとこうしてこの国のチーズリゾットを食べたかった……、

 ランディールで食べるより、やはり名産地で食べる方が遙かに美味いだろう?」

 

「そうですね。チーズのコクが全然違いますものね」

そう言ってユウリも美味しそうにチーズリゾットを口にする。

ユウリはその味を舌に覚えさせるように味わったのだった。

 

 

「さて、次は花屋に行こう」

レストランを出るとラーサーは朝市が開かれている広場へと向かって歩き出した。

 

「……お花ですか?」

ユウリはラーサーがまさか花などを欲しがるとは思ってもいなかった。

 

「あぁ、花束を作って貰うんだ。俺達が結婚した事を二人の両親に報告しに行こう」

 

「‥‥はい!」

ユウリはとても嬉しそうに返事をした。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

ラーサーとユウリは花屋で三つの花束を作って貰った後、誰もいない路地裏に入り、

密かに魔族の姿に戻ると転移魔法で移動した。

 

まずはアントレアの丘へ――。

 

「今日は父上と母上に今までで一番嬉しい報告が出来ます」

そっと墓石に花束を置いたラーサー。

その顔はとても穏やかで本当に嬉しそうだ。

 

「父上、母上……俺、ユウリと結婚しました。父上の影武者だったラウル様と

 有翼人の王女だったクララ様のご息女です。

 いろいろありましたが……ユウリの御祖父様で有翼人の王であるシジスモン様も祝福して下さいました」

 

「不束者ですが、精一杯ラーサー様を支えて行きます。どうか見守っていて下さい……」

ラーサーとユウリは二人並んでテオドールとジュリアに結婚の報告をした――。

 

「エマのご両親にもちゃんとご報告しないとな。今までエマには俺の偽の記憶と辻褄を合わせる為に、

 “幼馴染”を演じて貰っていたし、俺の記憶が戻った事にも気付いていたのに……、

 ずっと黙っていて……長い間、辛い思いをさせてしまったからな……」

 

「やっと何も隠す事が無くなって……でも、ラーサー様が魔界へ行かれて

 寂しい思いをしていらっしゃるのではないかと思っていましたけど、

 昨日、お話した時はとてもお元気そうでしたね?」

 

「あぁ、喧嘩相手が見つかったみたいだからな」

 

「喧嘩相手、ですか?」

 

「ジゼルだよ。エマが俺の事を呼び捨てにしているのを聞いて『ラーサー国王様と呼べ!』って。

 でも、エマは『突然呼び方を変えるのは無理よ!』って。俺は『今まで通りで全然構わない』って言ったんだがな」

その時の事を思い出しているのかラーサーはクククッと笑った。

 

「それで喧嘩をしてらっしゃるのですか?」

 

「うん、その事が切っ掛けで事ある毎にな。だけど、なんだかんだ言って昨日も仲良く話をしていたから、

 きっとじゃれ合ってるだけだと思う」

 

「“喧嘩するほど仲が良い”ってよく言いますものね」

 

「それそれ」

 

ラーサーとユウリは顔を見合わせて笑うとエマの両親の墓石に花束を置き、

「今度またエマさんと一緒に来ますね」

「今日は俺達の新婚旅行なのでお許しを」

……と祈りを捧げたのだった――。

 

 

そして、次に訪れたのはランディールの森の泉――ユウリの両親の墓だ。

 

「お父上とお母上は俺達の結婚を喜んで下さっているかな?」

 

「えぇ、他の誰よりも喜んでくれていると思います」

ユウリの答えに笑みを零すラーサー。

二人はそっと墓石に花束を供え、ラウルとクララに結婚の報告をして祈りを捧げた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

昼食までの時間、二人にとって思い出の場所であるランディールの森の泉でゆったりと過ごしたラーサーとユウリは、

アントレアの城下町に移動し、街のレストランでチキン料理に舌鼓を打っていた。

アントレア皇国は地鶏が有名で、その肉と卵を使った料理が名物なのだ。

 

「……この味、とても懐かしいです!」

地鶏のソテーを口にしたユウリはとても美味しそうに頬を緩めた。

 

「あぁ、俺も以前、ランディール国王様の使いでアントレアを訪れた時に、

 たまたま街で食い逃げした男を捕まえた事があったんだが、その男を追い掛けていた女が

 お礼にって女が働いているレストランでチキンソテーをご馳走になったんだ」

 

「まぁ……そんな事が?」

 

「そのチキンソテーはいつも食い慣れている城の物とは違って‥‥なんて言うか、

 肉質も味も‥‥脂身の甘さも‥‥すごく美味しかったのを今でも憶えている」

ラーサーも久しぶりに食べる名産地での味を楽しんでいる。

 

「それでユウリはアントレア育ちだし、きっと懐かしいんじゃないかと思ってね」

 

「ラーサー様……」

ラーサーの心遣いに胸がいっぱいになるユウリ。

 

「私……母が作ってくれる料理でこのチキンソテーが一番好きだったんです」

 

「じゃあ、ユウリにとってこのチキンソテーはお袋の味なんだ」

 

「はい……と言っても、母はこのチキンソテーしかまともに作れなかったんです。

 パンもいつも父が焼いていましたし」

 

「へ……?」

ユウリの話にラーサーがポカンとした顔をする。

 

「母はあまりお料理が得意ではなくて……お掃除もお洗濯も。私、どうしてかなー? って、

 ずっと不思議だったんですけど、母が王族だったって聞いて納得出来ました」

 

「……お姫様育ちだったからか。確かに……シェーナ様が突然平民になったようなもんだもんなぁー」

 

「父がいつも母にいろいろと教えていたのを思い出します」

幼い頃を思い出し、クスリと笑うユウリ。

 

「また、食べに来ような?」

 

「はい……あ、でも、今度はちゃんとカロンにお話しして行かないと叱られます」

 

「そうしたら、皆で食べに来ればいいんだよ。それに美味い物は皆で食べれば一層美味しい」

 

「そうですね」

ユウリはにっこり笑ってまた一口、チキンソテーを口に入れた。

 

 

「ユウリ、次はこの街を歩いてみよう」

昼食を摂った後、ラーサーはある街にユウリを連れて来た。

 

「ここは……?」

 

「俺が以前、魔族達から逃げていた時に立ち寄った港町だ。

 ここで食べた魚介料理がとても美味しかったから、ユウリにも食べさせてやりたいと思っていたんだ」

 

「それは大変楽しみです!」

ユウリが嬉しそうに返事をする。

 

「けど、夕食にはまだまだ時間があるから、街の中を散策したいと思ってね。

 今日一日我儘を聞いて貰った城の皆への土産も見つかるといいんだが……」

 

「それはいいですね。港町でしたら新鮮な魚介類だけでなく、

 珊瑚や貝を使った何か珍しい物が見つかるかもしれませんね?」

 

「あぁ、そうだな」

 

ラーサーとユウリはさっそく街の大通りへ出た。

 

「港町だけあって潮の良い香りがしていますね」

 

「うん、こういう下町ならではの雰囲気をゆっくり堪能出来るのは久しぶりだ」

 

「私もです」

 

 

そうして、いろいろと散策しながら歩いていると――、

「あそこに雑貨屋がある。入ってみよう」

ラーサーは小さな雑貨屋を見つけた。

 

「なんだか可愛らしいお店ですね」

 

まるで青空のように鮮やかな青い屋根の少しばかり入り口が狭い店。

だが、中は意外に広かった。

 

「おや、いらっしゃい」

深海のように深い青色のストールを羽織った老婆が出迎える。

 

しかし、その老婆は二人の顔を見て一瞬だけ眉を顰めた。

 

「……」

ラーサーはその事に気付き、表情は変えなかったが警戒モードになった。

 

「……アンタ達、ただの人間じゃあないねぇ」

すると、ラーサーとユウリに近付いた老婆は小声で言った。

 

「「っ!?」」

 

「ビンビン感じるよ……魔力を。でも、悪い人達じゃないようだねぇ」

 

「……お前、何者だ?」

ラーサーは思わず表情を変えて低い声を発した。

 

「これでも、アタシも昔はちょいとばかり有名な魔導士だったんでね……、魔力を持っているかどうかがわかるのさ。

 それにアンタ達、身なりからしてどこかの貴族か王族だねぇ。だけど護衛の姿がないところをみると……お忍びかい?」

 

「「…………」」

老婆の鋭い観察眼に言葉を失うラーサーとユウリ。

 

「くくく……アタシの眼もまんざら曇っちゃいないようだねぇ」

老婆はそう言うと店の奥の方に行った。

 

「……驚きました……あのお婆さんも魔導士だったんなんて……」

 

「ひょっとしたら、この国の王立魔導士隊にいたのかもしれないな?

 それで俺達の格好を見て平民ではないと思ったのかもしれない」

 

「そうですね。それに、ここに並べてある品物……微かに七色の光を放っています。

 あのお婆さんが何かの魔力を込めたのかもしれませんね?」

店の表側に陳列された商品は奥にある商品とは違い、微かに光を放っていた。

 

「あ……『オプション・銀貨一枚で魔光入れます』だって」

店内の張り紙を見つけたラーサーはユウリと顔を見合わせてくすりと笑った。

 

 

そうして並べられている雑貨を一つ一つ見ていると――、

「このジュエリーボックス、とても可愛いですね」

ユウリが夜光貝と珊瑚を使った王冠をモチーフにした小さなジュエリーボックスを手に取った。

 

「セシリアさん、こういうのお好きみたいだからお土産にしたら喜ばれるんじゃないでしょうか」

 

「そうだな。じゃあセシリアへの土産はこれにしよう。

 後、シジスモン様とセオドア殿への土産はこれなんかどうかな?」

ラーサーはそう言うと珊瑚で作られたチェス盤と駒を指差した。

 

「御祖父様とセオドア様、お二人でよくチェスをしていましたから、きっとお喜びになると思いますよ」

 

「そうか、ではお二人への土産はこれにしよう」

チェス盤と駒を手に取るラーサー。

 

「港町ならではの物が見つかって良かったですね」

「ああ、そうだな」

……と、そんな話をしていると――、

「アンタ達、ちょっとこれを見てくれないかい?」

老婆が何かを手に再び奥から出て来た。

 

「それは?」

老婆の手にある短剣に視線を移すラーサー。

 

「これはもう二十年くらい前になるかねぇ……知り合いの古物商が店を畳む時に買い取った物の中にあったんだが……、

 この通り、鞘と柄の部分に銀細工が施してある……更には紋章も刻まれている」

ラーサーとユウリに短剣を渡す老婆。

 

「紋章が入っているという事は貴族か或いは王族の持ち物……だけどアタシの知る限りじゃ、

 こういう持ち物を売り払わなくちゃならない程、貧困に陥った御家はないし、

 知り合いの古物商も出所がよくわからないって言うんだ……という事は盗品の可能性が高い。

 随分大昔に盗まれた物が廻りに廻って来たんじゃないかと思うんだ。

 だから、身分の高そうな客に見せて心当たりを訊いているんだが……どうかね?

 アンタ達、その紋章に見覚えはないかね?」

 

老婆に言われ、改めて短剣を見てみると――、

「こ、これは……っ!?」

ユウリが顔色を変えた。

 

「ラ、ラーサー様……この紋章は……」

 

「あぁ、間違いない……」

 

「おや、知っているようだねぇ?」

老婆は二人の顔を窺うように覗き込んだ。

 

「……この紋章は、有翼人の王族のものです」

 

「ほぉぅ……」

ユウリが答えると老婆は少し驚いたようだった。

 

「まさか……ここで有翼人王家ゆかりの代物に出会うなんて……」

ラーサーもその美しい短剣に目を見張る。

 

「有翼人と言えば、他種族と交流をほとんどしない事で有名だ。

 それで今までどこの家系の紋章かわからなかったんだろうけど……アンタ達、

 よくその紋章が有翼人の王族のものだってわかったねぇ」

 

「「…………」」

 

「まぁアタシはアンタ達が何者かは興味はないし、他言するつもりはないよ。

 それより、もしも有翼人の王族に知り合いがいるなら、それを持ち主に返してやってくれないかい?」

 

「……持ち主にですか?」

ユウリはハッと顔を上げた。

 

「さっきも言った通り、これは盗品だった可能性がある。

 もしもそうでないとしても、どこかで落とした物が流れに流れて来たものかもしれない。

 有翼人はアタシ等人間よりも寿命が長いから、もしかしたら今も持ち主が生きていて、

 それを捜しているかもしれないだろう?

 だから、もし面倒でなかったら有翼人の王宮まで届けてやってくれないかい?」

 

「え、えぇ……それは構いませんが……」

 

「それじゃあ、頼んだよ」

老婆は安心したようににこりと笑うと――、

「その短剣を届けてくれるお礼にアンタ達にはこれをあげよう」

さらに二人の前に小箱を置いた。

 

「これはね、黒真珠で作った一点ものなんだ」

老婆が小箱を開けると中には男性用のタイピンと女性用のブローチが入っていた。

どうやらペアのようだ。

黒真珠ならではの妖しげで上品な光沢がなんとも目を惹き付ける。

 

「……一点ものなら、相当な値段をするんじゃないのか?

 見た所、この黒真珠もそうだが質の良い純銀を使っていて細やかな飾り細工がしてある。

 こんな高価な物……」

ラーサーは受け取る事を拒否するように小さく首を振った。

 

「いいんだよ、長年返す事が出来ないでいた短剣を持ち主に返して貰えるんだ。

 それにアンタ達、新婚さんだろう?」

 

「ど、どうしてわかったんですか?」

ユウリは驚いた顔で老婆に訊き返した。

 

「結婚指輪にはまだ傷一ついっていない。ピカピカだからだよ。

 これからの世を担って行く若い二人へのお祝いだ」

にやりと笑う老婆。

やはりこの老婆は“ただ者”ではないらしい――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

結局――、

「あのお婆さんには本当に驚きましたね」

「あぁ」

雑貨屋の老婆から黒真珠の装飾品を貰ったラーサーとユウリはセシリアとシジスモン、

そしてセオドアへの土産とあの短剣を手に店を後にしたのだった。

 

「さて……そろそろ夕食に良い時間だ。ユウリ、何が食べたい?」

 

「そうですねぇ……アクアパッツアなどはどうでしょうか?」

 

「うん、いいな、それ。ちょうどすぐそこにレストランがある。あそこに入ろう」

 

「はい」

 

ラーサーとユウリは潮の香りに混じって魚介を調理している匂いがするレストランに入った。

 

 

「わぁ……っ、見て下さい、ラーサー様、ここのお店、こんなに魚介メニューがありますよ!」

テーブルに案内され、ユウリはとても珍しそうにメニューを見ていた。

 

「パエリアにブイヤベース、ペスカトーレ……シュリンプ・スキャンピ……本当、すごいな、ここ」

 

「ラーサー様はどれを召し上がりますか?」

 

「そうだなぁー、どれも美味そうで迷うな? どうせなら新鮮じゃないと食べられない物がいいかな。

 蛸のカルパッチョなんかはどうだ? 後はさっきユウリが言っていたアクアパッツアと、

 メインはパエリアとかペスカトーレとか」

 

「はい!」

 

 

――二人はオーダーした料理が揃うとさっそく口に入れた。

 

「美味しい……! やっぱり、港町で食べる魚介は全然違いますね!」

蛸のカルパッチョの新鮮さ故の歯ごたえと素材の甘みと味の濃さにユウリは満足そうに頬を緩めた。

 

「そうだな、城の料理人達が作ってくれる料理も美味いが、こういう産地ならでは新鮮な物は格別だな」

 

「そうですね」

 

「けど、ユウリとこうして二人きりでゆっくり食事を楽しむのが俺にとっては一番だけどな」

 

「ラ、ラーサー様……」

 

「ほら、ユウリ、このパエリアも食べてみろ。魚介の旨味が米に凝縮されていて美味いぞ」

ラーサーは恥ずかしそうに俯いたユウリの口元にパエリアをスプーンで掬って持って行った。

それをパクリと口にするユウリ。

 

「……美味しい。ラーサー様もこのアクアパッツア、食べてみて下さい」

ユウリもお返しとばかりにアクアパッツアをラーサーに食べさせる。

 

「うん、美味い」

 

こうして――、

二人は時折お互い食べさせ合いながら魚介料理をシェアしたのだった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「やはり、世界には俺達の知らない美味しい食べ物がまだまだあるなぁ」

食事を終え、レストランを出たラーサーは満足そうに微笑んだ。

 

「そうですね。私、海の物を生で頂いたのは初めてだったので、とても新鮮でした」

 

「あ、そうか……ランディールの森や『有翼人の森』では川魚なんかは食べる事はあっても、

 海の物は手に入らないもんな?」

 

「はい、ランディール城でも海の物は干物で入って来ていましたし」

 

「そうか……それなら今度また時間が出来た時、ランディール城やシジスモン様達、

 後はマイヨール城のみんなの所にも新鮮な魚介類を持って行ってやろう」

 

「レッドキャッスルの皆様はよろしいのですか?」

 

「城の奴等は転移魔法で連れて来ればいいんだよ。どうせ護衛でついて来るんだし」

 

「あ、そうですね」

ユウリは可愛らしい笑みを浮かべた。

 

そして二人は誰もいない路地裏に行くと姿を変え、転移魔法で『有翼人の森』へ向かった――。

 

 

『有翼人の森』の城に着くと、シジスモンとセオドアが大広間でチェスをしていた。

 

「御祖父様、セオドア様」

二人に声を掛けるユウリ。

 

「おお、ユウリ、それにラーサー殿も……」

「驚いた……どうしたの?」

ゲームの手を止めて顔を上げたシジスモンとセオドア。

 

「こんな時間に突然申し訳ありません。実は見て頂きたい物がございまして……」

ラーサーはそう言うと大事そうに抱えていた包みの中からあの短剣を取り出した。

 

「こ、これは……っ」

ラーサーに短剣を見せられたシジスモンはそこに刻まれている王家の紋章に目を見開いた。

 

「御祖父様、この短剣……見覚えがあるんですか?」

 

「…………あぁ、この短剣は我が王家の女子に代々伝わっていた曽祖母が持っていた物だろう」

 

「御祖父様の曽祖母……? では……」

 

「もう生きてはおらぬが……以前、外の森に出掛けた際、この短剣を盗賊共に奪われてしまったと聞いた事がある。

 おそらくこれはその時に奪われた短剣だろう……これをどこで?」

 

「はい、実は……」

ラーサとユウリは短剣を手に入れた経緯をシジスモンとセオドアに話した――。

 

 

「ほぅ……この短剣がそんな所に…………」

シジスモンは短剣をまじまじと見つめた。

 

「運命……だったのかもね」

ぽつりと言ったセオドア。

 

「…………うむ、この世はわし等が知らないだけで全ては天の定めで決まっておるのかものぅ……、

 ユウリとラーサー殿がその老婆に出会ったのも運命……」

シジスモンは穏やかな笑みを浮かべながら短剣を胸に抱いた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

有翼人の王家の紋章が刻まれた美しい銀細工の短剣が無事に有翼人の王族の元へと戻った後――、

 

「戻ったぞ」

「只今戻りました」

 

「ラ、ラーサー国王様っ! ユウリ王妃様っ!」

ラーサーとユウリがレッドキャッスルに戻るとカロンが駆け寄って来た。

 

「……すまない、カロン。心配掛けたな」

ラーサーは苦笑いして、小言が始まる前に大きな木箱をカロンに渡した。

 

「ラララ、ラーサー様、こ、これはっ!?」

 

「新婚旅行の土産だ。新鮮なうちに皆で食べてくれ……と言ってもそんなに量はないんだが……、

 今度また城の皆と食べに行こうと思っている」

木箱には青い色の魚や虹色の貝、鮮やかな緑色をした海藻が詰まっている。

ラーサーはニィッと笑った。

 

「ほ〜ら、だから心配ないって言ったじゃない」

すると、そこへセシリアもやって来た。

 

「セシリア、ちょうど良い所に来た。これ、新婚旅行の土産」

ラーサーはセシリアに可愛いリボンが掛かった小箱を手渡した。

 

「あら……開けても、いい?」

 

「ああ」

 

ラーサーが返事をするとセシリアはそぅーっとリボンを解き、小箱を開けた。

 

「わ……可愛い……っ」

中から出て来た珊瑚とシェル細工のジュエリーボックスに目を輝かせたセシリア。

 

「それ、ユウリの見立てなんだ。俺は正直、何を土産にすれば良いかよくわからなかったんだが……」

 

「そうね、ラーサーではこんな素敵な物は選べないかもね……ありがとう、大切にするわね」

セシリアは珍しくとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

リュファスを倒したとは言え、最初はあまり表情を崩す事がなかったセシリア。

だが、穏やかな日々を過ごすうち、段々と“普通の女の子”へと戻っていった。

それはラーサーも気付いていた事ではあるが、ユウリがレッドキャッスルに来てから、

より良い方向で、形で……セシリアを本来の性格へと導いていたのだった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

翌朝――。

 

「……ん? 今朝の朝食はチーズリゾットか」

ラーサーはチーズの香りに思わず頬を緩めた。

 

「…………」

そんな彼を緊張した面持ちでじっと見つめている人物が一人。

 

「……どうした? ユウリ」

視線を感じ、ユウリの方に顔を向けるラーサー。

 

「い、いえ……なんでもありません」

ユウリは慌てて首を振り、視線を外した。

 

そんな二人をセシリアがニヤニヤしながら見つめているのも知らずに

チーズリゾットを一口食べたラーサーは一瞬動きを止めた。

「……っ。このチーズリゾット……誰が作ったんだ?」

 

「……ラ、ラーサー様……お口に合わなかった……ですか?」

ユウリが怖ず怖ずと口を開く。

 

「いや……、昔……幼い頃に食べた……母が作ってくれたチーズリゾットの味にそっくりだったから……」

ラーサーは懐かしい味に遭遇し、思わず手を止めていたのだ。

 

「それ、ラーサーが訓練場で鍛錬している間にユウリが作ったのよ」

……と、ネタばらしをしたのはセシリアだった。

 

「そ、そうだったのか?」

 

「……は、はい、昨日、ラーサー様からチーズリゾットが思い出の味だとお聞きして……、

 私が作る物では、お母様の味に到底及ばないと思ったのですが……」

 

「いや、すごく美味しいよ。ありがとう……、ユウリ」

ラーサーは不安そうなユウリにとても嬉しそうな笑みを返したのだった――。

 

 

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