漆黒の翼 -21-

 

 

……キィィィーン――ッ!

 

誰もが諦めたその時、金属音が響いた。

 

いつの間にかセシリアが剣を片手に握り、かわしていたのだ。

 

セシリアは先程まで杖を使っていた筈。

だが、その杖には剣が仕込まれていたのだ。

細身のレイピアを手にしているセシリアは魔族の剣を弾き飛ばすと同時にその懐に斬り込んでいった。

 

「ぐあぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」

魔族の男は断末魔の叫びを上げ、地面に倒れた。

同時にレッドキャッスルに張られていた結界が解けてゆく。

 

「はぁ……、はぁ……」

セシリアは肩で息をしながら、その場に座り込んだ。

 

「セシリア! 大丈夫かっ?」

ラーサーがセシリアに駆け寄る。

 

「えぇ……大丈夫、よ」

セシリアはラーサーにやや体を預ける様にしながら立ち上がろうとした。

 

「少し休んだ方がいい」

セシリアの腕を取り、ゆっくりと抱きかかえる様に彼女の体を支えるラーサー。

 

「いいえ……、大丈夫よ」

セシリアはラーサーの言葉に首を横に振った。

 

「結界が解けた今、リュファスが新たな結界を張る前に中に入りましょう」

セシリアはそう言うとラーサーの腕から離れ、右足を前に踏み出した。

 

「……」

ラーサーは心配そうな顔をしながら、セシリアの後に続いた。

 

 

そして、結界が解けたレッドキャッスルの中に入るとセシリアは足を止め、

ソアにレッドキャッスル全体に結界を張るように命じた。

 

「ユウリとセオドアも私と同じ様にこのレッドキャッスル全体に結界を張って」

セシリアがそう言うとユウリとセオドアは静かに頷き、レヴィアタンとジルフェに結界を張らせた。

 

「ラーサーも、もう一度ベンヌを呼んでみて?」

 

「わかった」

ラーサーは頷き、再びベンヌソードを手にし、静かにクリスタルに精神を集中させた。

その光は先程よりも明らかに強くなっており、召喚魔法は成功すると思われた……

 

が、しかし……

 

やはり、途中で光が消えてなくなり、ベンヌが召喚される事はなかった。

 

「……っ」

ラーサーは唇を噛み締め、少しイラついた表情を浮かべた。

 

「ラーサー、そんなに焦る事はないわ。

 例え、今ベンヌが呼べなくても結界は三重に張ってあるから。

 念の為、ベンヌにも結界を張って貰いたかっただけよ。

 ……これでとりあえずはリュファスがこの城から逃げる事は出来なくなったわ。

 ヤツはこの城の奥にいる筈……行きましょう」

セシリアはそう言うと奥に向かって歩き始めた。

 

それでもラーサーは苦渋の表情を浮かべたままだった。

そして、ユウリはそんなラーサーを心配そうに見つめていた。

 

しかし、そんなユウリをセオドアが無言で見つめ、さらにはセオドアの様子を

ジョルジュが窺っていた事は誰も知る由はなかった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

レッドキャッスルの中はシン――、と静まり返っていた。

 

「リュファスの他には誰もいないのか?」

ラーサーは警戒しながらゆっくりと歩き、物音一つしない事に不審を抱いた。

 

「クーデターが起こった当時、城の中の国王派の兵士達はリュファス派の奴等に殺されたり、

 捕虜として捕まったわ。

 『龍将』のメンバーもみんな。

 その中には今もまだ牢に幽閉されている人達もいる。

 もちろん、リュファス派もクーデターの時にかなりのダメージを受けて半数以下の人数になったけど。

 この間、レオンが死んで、その後に再びユウリが襲われた時にも一人死んでいるし、

 ランディール城が襲われた時も三人しか残らなかったし……、その三人もさっき始末しちゃったしね。

 まぁ、油断は禁物だけどこの城にはもうリュファスしかいないと断言出来るわね」

セシリアは一番後ろを歩きながらラーサーに説明した。

 

「皆が閉じ込められている牢って何処にあるんだ?」

 

「あそこよ」

セシリアはそう言うと丁度廊下の窓から見える遠く離れた場所に建っている塔を指差した。

 

その塔は随分離れているであろうレッドキャッスルの中からも、かなりの高さだと窺い知る事が出来る程、

空高く黒く聳え立っていた。

 

「あの塔全体には魔力を封じ込める呪術と弱体の呪術が掛けられていて、どんな魔族もまず逃げる事が出来ないの。

 私は上手く奴らの隙をついて逃げる事が出来たけど、それでも自分が逃げるのに精一杯で他の人達までは助けられなかった。

 ……だから、一刻も早く皆を助けてあげたい」

セシリアは高く黒い塔を遠く見つめた。

 

「……あぁ」

そして、ラーサーもまたその塔を見つめたまま返事をした。

 

 

――カツーン……、カツーン……と、薄暗く長い廊下に五人の靴音だけが響き、

それは段々とエントランスホールから奥の大広間へと反響場所が変わって行った。

 

レッドキャッスルの中はとても広く、ラーサーが“人間”として今まで過ごしてきたランディール城よりも

複雑で要塞のようにも思えた。

 

入口には大きなエントランスホール、謁見の間、応接室、大広間、その奥にはさらに中庭へと続く廊下。

そして、中庭を通って兵士やメイド達や使用人達の為の部屋とサロン。

しかし、そのどの部屋にも人がいる気配などはまるで感じない。

セシリアの言うとおり、今のレッドキャッスルにはリュファスしかいない事を物語っていた――。

 

 

それでもラーサー達は警戒しながらレッドキャッスルの一番奥に位置する建物へ足を踏み入れた。

此処には王族達の私室やサロン、書斎などがある。

 

大きなサロンへと続くエントランス。

そこからサロンへと一歩足を踏み入れた瞬間、ラーサーは顔を顰め、剣のグリップに手を掛けながら足を進めた。

 

(何処だ……?)

先程までとは明らかに違う空気を感じながらラーサーは相手の気配を感じ取ろうとしていた。

 

必ず近くにいる筈……しかし、何処にいるかがわからない。

 

「……」

ラーサーは歩みを止め、ピタリと立ち止まった。

 

そして、その事でリュファスが近くにいる事を察したユウリ達も武器に手を掛けながら足を止めた。

 

ラーサーは目を閉じて必死で耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ませた――。

 

「其処かっ!」

微かに気配を感じ取ったラーサーは素早く短剣を投げつけた。

右側の柱の影に向かって放たれた短剣はその影に隠れていた人物の頬を掠め、ハラリと銀髪が数本、床に落ちた。

 

「……ふんっ、さすがはテオドールの息子だな。

 この俺の気配に気付くとは」

その言葉の後に柱の影から不敵な笑みを浮かべた銀髪の魔族が姿を現した。

 

「お前がリュファスか」

ラーサーはベンヌソードを鞘から抜き、リュファスを睨みつけた。

 

――ジャキイィィーン……ッ!!

 

リュファスはいきなりラーサーに襲い掛かり、リュファスの剣とラーサーの剣が

激しくぶつかり合う音が大きく響いた――。

 

セシリア達四人は後方に下がり、ラーサーの援護に就いた。

 

しかし、セオドアは魔界に充満している火山ガスの影響で既に体力と魔力をかなり消耗していて

ジルフェの召喚と無風状態を保つのに精一杯だった。

そして、セオドアと同じ様にジョルジュもまた、かなりの体力を消耗していた。

ユウリはその二人の体力回復に手を取られ、実質、セシリア一人でラーサーの援護をしていた。

 

リュファスは相変わらず不気味にさえ感じる笑みを浮かべたまま、ラーサーの剣をかわし、

少しでも隙を見せれば容赦なく突いて来そうな勢いすらあった。

 

それでもラーサーは攻めの態勢を崩さない。

 

 

そうして、ラーサーとリュファスの剣が再びぶつかり合った時、リュファスの視線が一瞬、

セオドアに移ったのをラーサーは見逃さなかった。

リュファスはラーサーの剣を弾き、一歩後ろに下がりながらセオドアに向け、指先から炎を放った。

 

「くっ!? させるかっ!」

しかし、ラーサーが素早くセオドアの前に立ち、ベンヌソードで炎を受け止めた。

セオドアを倒し、ジルフェが神獣界に還れば無風状態が解ける。

リュファスは、もはやラーサー達『力の継承者』を皆殺しにするつもりのようだ。

 

「ちっ!」

ラーサーがセオドアを庇い、自分の指先から放たれた炎が

ベンヌソードに吸い込まれていくのを見たリュファスは顔を顰め、舌打ちをした。

 

「はぁ……はぁ……」

セオドアの意識は既に朦朧とし始めている。

ラーサーはセオドアの苦しそうな息遣いを背中に感じながら再びリュファスに斬り掛かろうとした時――、

 

リュファスの姿が目の前から消えた。

 

(何……っ!?)

 

そして無風状態を保っていたはずのジルフェの姿も消えていた。

ラーサーがセオドアの方を振り返ると彼が倒れていた。

彼の体力が尽き、ジルフェが神獣界に還ってしまったのだ。

それにより無風状態が解けてしまっていた。

 

だが、まだ意識はあるようだ。

微かに指先が動いている。

ユウリかレヴィアタンが癒しの力でセオドアを回復させれば、すぐにまたジルフェを召喚出来るだろう。

 

しかし、リュファスはラーサーの考えを見抜いていて、ジルフェが神獣界に還ったと同時に

瞬間移動でユウリの背後に立つと、口の端を吊り上げた。

 

「……っ!?」

ユウリは直ぐに振り返り、リュファスから逃れようとした。

 

だが……

 

リュファスの剣先がユウリの体を貫いた――。

 

「「ユウリ……ッ!!」」

ラーサーとセシリアは崩れるように倒れたユウリに駆け寄った。

それと同時にレヴィアタンの姿も消えていった。

 

「ユウリッ! ユウリッ!!」

ラーサーはユウリを抱き起こし、名前を呼んだ。

だが、ユウリが返事をする事はなかった。

既に息もしていない。

 

「ユウリ……」

ラーサーは血が滲む程ギュッと唇を噛み締めた。

 

「ユウリーーーーーッ!!!」

そして、ユウリの体を強く抱きしめながら叫んだ。

 

すると……

 

ラーサーの体が微かに紅いオーラに包まれた。

 

「……ラーサー……?」

セシリアは目を見開いた。

 

その光景にリュファスも驚いている。

 

「く……っ!?」

オーラの色が次第に濃い色に変わって行き、ラーサーが苦しそうな表情を浮かべた。

 

「体が……」

 

「ラーサーッ!」

セシリアは咄嗟に手を伸ばした。

しかし、激しく光り始めたオーラがそれを拒んだ。

 

「きゃっ!」

セシリアはあまりにも眩しい紅い光に目が眩み、一瞬、何も見えなくなった。

 

「体が……熱い……何だ? これ……」

ラーサーは肩で息をするのがやっとで燃えるように熱くなった自分の体を制御出来なくなっていた。

リュファスは蹲ってしまったラーサーに剣先を向け、大きく振り上げた――。

 

HOME
INDEX
BACK
NEXT