漆黒の翼 -19-

 

 

「国王様、このお方はラウル様ではありません」

ジョルジュは落ち着いた様子でシジスモンを制した。

 

「こちらはラーサー=シルヴァン様、そしてこちらがラーサー様の従兄弟にあたるセシリア=シルヴァン様です。

 決してラウル様では……」

ジョルジュはラーサーとセシリアを紹介し、“ラウル”という人物とラーサーが別人だという事を

改めて付け加えた。

 

「そうか……それは、失礼した」

シジスモンはジョルジュから再びラーサーに視線を移した。

 

「……いえ……」

ラーサーはその“ラウル”という人物が気になりながら、とりあえずそう返事をした。

 

それからラーサーとセシリアはシジスモンに“有翼人の森”に来た理由を話した――。

 

 

「なるほど……事情はよくわかった」

シジスモンはそう言うと顎鬚に手を当て何かを考え始めた。

そして、顔を上げるとラーサー達に再び視線を向け、

「少しユウリと話がしたい、別室で待っていてくれ」

と言った。

 

「はい、わかりました」

ラーサーがそう答えて静かに立ち上がると、ユウリはラーサーに視線を移した。

その表情は不安に満ちている。

 

ラーサーは心配そうな顔をユウリに向けながらも、入口に控えていた兵士に連れられ会議室を出た。

 

兵士はラーサーとセシリアを別室に案内するとしばらくの間、此処で待つように言い部屋を後にした。

しかし、ドアの向こう側に気配を感じる。

どうやら、見張られているらしい。

 

「まさか、ジョルジュも有翼人だったなんてね?」

ラーサーと共に別室に入ったセシリアが沈黙を破るかのように口を開いた。

 

「あぁ……」

ラーサーは短く返事をしながら、“ラウル”という人物の事が気になっていた。

そして、ユウリの様子も……。

 

ユウリは一人で大丈夫だろうか……?

 

しかし、ユウリの傍にはジョルジュもついている。

わかってはいるが、やはりユウリの事が気になっていた。

 

「ユウリが心配?」

セシリアはそんなラーサーの心の内を見透かしているかのように言った。

 

「あぁ……、ユウリは普通の有翼人とは違うからな……。

 彼女が普通の有翼人なら、こんなに心配する必要もないのかもしれない。

 けれど……彼女は半分魔族の血を引いている。

 その事で今まで苦しんできた……。

 それが、いきなりたくさんの有翼人達に囲まれているんだ……どんなに不安か……」

 

「そうね……、でもあの子は大丈夫よ。芯がしっかりしてそうな子だもの」

 

「あぁ……そうだな」

ラーサーはそう言うと、

「……セシリアは“ラウル”という人物の事を知っているのか?」

少し考えた後に訊ねた。

 

「いいえ、私もその名を耳にしたのは初めてだったわ」

 

「そうか……」

 

「シジスモン国王はあなたとその人を間違えていたようだったけれど、何か関係がありそうね」

 

「そうだな……ところで、もう一つ訊きたい事があるんだ」

 

「何?」

 

「父は何故、魔界を出たんだ?」

 

「……私が母から聞いた話だと……ある女性を追って出て行ったんじゃないかって……」

セシリアは少し躊躇しながら言った。

 

「ある女性?」

ラーサーはまったく想像していなかった答えに眉を顰めた。

 

「えぇ、そうよ。今から凡そ二十年前の事だけど、当時、テオドール王には想う方がいらしたの。

 その方は城に仕えていたとても優秀な魔道士だったらしいわ」

 

「それが……母上?」

 

セシリアは静かに首を縦に振り、頷いた。

「だけど、一族はテオドール王とあなたのお母上・ジュリア様の家柄の違いだけで結婚に猛反対して

 遠縁にあたる家系の娘と無理矢理婚約させたらしいわ。

 その直後にジュリア様は城を追われるように出て、その二年後、

 とうとう婚礼の儀式の前夜にテオドール王も城を抜け出した。

 ……ちなみにその婚約者というのがリュファスの妹よ」

 

「……っ! それじゃ、リュファスは……」

 

「確かにリュファスはテオドール王と妹の婚約が決まって異例の若さで『龍将』入りしたわ。

 『龍将』というのは、魔界の所謂首脳の事ね。

 そして妹が王妃になれば間違いなくテオドール王の右腕になる筈だった。

 でも、テオドール王が魔界を出て行ってしまった。

 ……だけど、これがリュファスにとっては実は好都合でね、私の母が魔王の代理として玉座に座っている間に

 着々とクーデターの計画を進めていったの。

 ……と言っても、リュファスはテオドール王のご両親、つまり、私達の祖父と祖母にあたる方ね、

 そのお二人もその数年前に暗殺していたらしいから正確にはリュファスの計画は既に実行されつつあった訳」

 

「それで……リュファスの妹は? どうなったんだ?」

 

「リュファスの計画を知って、阻止しようとしたらしいんだけど、

 結局、リュファス自身の手によって殺されたらしいわ」

 

「自分の……血の繋がった妹までも……っ?」

 

「そうよ。そんな男だからこれ以上、リュファスをのさばらせておく訳にはいかないのよ。

 今の私達にはそれを止めるだけの力だってある。

 後は、『風の力の継承者』さえ協力してくれれば……」

 

 

その頃――、

 

会議室ではシジスモンとジョルジュ、そして有翼人の青年がユウリと話をしていた。

 

「ユウリ……“有翼人の森”に戻って来ないか?」

ラーサーとセシリアが別室に移った後、シジスモンはユウリをじっと見据えながら言った。

 

「……っ」

ユウリはその言葉に驚き、言葉を詰まらせた。

 

「お前だって王家の血をひく者の一人なのだ」

 

「で、でも……私は……」

 

「確かにお前は半分魔族でもある。

 普通の有翼人ではない。

 しかし、お前は『水の力の継承者』だ。

 それが何よりの有翼人の王族である証拠だ。

 お前がこの森に戻って私の跡を継いだとしても誰にも文句は言わせない」

 

「……」

ユウリは直ぐに返事をする事が出来なかった。

 

先日、ラーサーとあの場所で話をした時、

 

“ずっと一緒にいたい……”

 

――と言われた。

それはユウリも同じ気持ちだった。

だが、ラーサーはこの一件が片付けば、恐らくセシリアと共に魔界へ戻るだろう。

 

そしてユウリも有翼人一族の王位継承者の一人。

 

「ユウリがこの森に戻って来ると約束をしてくれるなら、そこにいる『風の力の継承者』であるセオドアに

 今回の一件に手を貸すよう命令を下そう」

シシズモンはそう言うとライムグリーンの髪の青年に視線を向けた。

 

すると、セオドアはシジスモンを真っ直ぐに見据え、静かに口を開いた。

「それにはもう一つ、僕からも条件があります」

 

ユウリは冷ややかに言った彼の眼に嫌な予感がした――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

ラーサーとセシリアはユウリとシジスモン達の話が終わった後、再び会議室に呼ばれた。

 

シジスモンはラーサー達に視線を移し、

「先程の『風の力の継承者』の話だが……」

話を切り出した。

 

「協力させよう」

 

「「本当ですかっ!?」」

ラーサーとセシリアは声を揃えて驚いた。

直ぐには良い返事を貰えないだろうし、どんなに時間が掛かっても説得するつもりでいたからだ。

 

「セオドア」

シジスモンは近くに控えていた『風の力の継承者』であるセオドアを呼んだ。

あのライムグリーンの髪と瞳の青年だ。

 

「彼が『風の力の継承者』のセオドアだ」

シジスモンはセオドアをラーサーとセシリアに紹介すると、

「セオドア、『風の力の継承者』として、彼らに協力をせよ」

命令を下した。

 

「はっ」

セオドアは短く返事をするとラーサーとセシリアの前へ移動して

「宜しく」

……と、無表情で言った。

 

そして、シジスモンは

「今日は城に泊まって行くがよい、私は公務の続きがあるのでこれで失礼する。

 ……ジョルジュ、後は頼んだぞ」

静かに立ち上がり、会議室を出て行った――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「こちらがラーサー様のお部屋で、こちらがセシリア様、ユウリ様はこちらのお部屋でお休みください」

ラーサー達は会議室を出ると、ジョルジュの案内で客室に通された。

 

「ありがとう……ジョルジュ、いろいろ訊きたい事があるんだが……」

ラーサーはジョルジュが踵を返す前に口を開いた。

 

「はい」

ジョルジュが頷くと、ラーサーはユウリとセシリアにも部屋の中に入るよう促した。

 

「どうして、今までずっと梟の姿なんかしていたんだ?」

部屋の中に入り、ラーサーはソファーに腰掛けながらジョルジュに視線を移した。

 

「それは……クララ様が“有翼人の森”を出て行かれた時、私は国王様から後を追い、

 連れ戻すよう命令を受けました。

 しかし、アントレア皇国でようやくクララ様見つけ出した時には既にラウル様と結婚をされ、

 ユウリ様がお生まれになっていました。

 それで私はラウル様に怪しまれないよう梟の姿でクララ様に近づきました。

 そして、“有翼人の森”に連れ帰ろうとしたのですがクララ様は、しばらく見守って欲しいと仰いました。

 皆はラウル様の事をよく知らないから反対するのだと。

 ……私は、クララ様の仰る通りそのまましばらく梟の姿で一緒に過ごす事にしました。

 ……そのうち、ラウル様のお人柄がわかり、私も“有翼人の森”には戻らず

 お二人とユウリ様のお力になる事に決めたのです」

 

「……それで、今までずっと梟のままで?」

ユウリは涙を浮かべ、掠れた声になっていた。

 

「はい、その方が皆の目を欺きやすいと考えたからです。

 ユウリ様にも今までずっと隠していて申し訳ありませんでした」

 

「……そんな事……私の方こそ、今まで何も知らずに……ごめんなさい」

 

「ユウリ様……」

ジョルジュは泣き出してしまったユウリの両手をそっと握った。

 

 

「ところで、もう一つ、そのラウル殿の事を教えてくれないか?」

ラーサーはユウリの様子が落ち着くと再び口を開いた。

 

「ラウル様はユウリ様のお父上です」

 

「何故、シジスモン国王様は俺の顔を見てユウリのお父上と間違われたんだ?」

 

「それは……ラーサー様がラウル様によく似ておられるからです」

 

「俺が……?」

ラーサーはまさかそんな答えが返って来るとは思ってもいなかったからか、目を見開いて驚いた。

 

「はい……正直に申し上げますと、私も初めてラーサー様とお会いした時はラウル様かと思い、驚きました。

 ……ユウリ様も同じでは……?」

ジョルジュは少しだけユウリに視線を移した。

するとユウリは小さく頷いた。

 

「そんなに似てるのか……」

 

すると今度はセシリアが口を開いた。

「その、ラウル様って……どんなお方だったの? 性格とか、他には身体的特徴とか。

 ラーサーに似ているって事はテオドール王の可能性もあるわ」

 

「でも……セシリア、それなら父はユウリのお母上とも結婚してたって事か?」

ラーサーは眉間に皺を寄せた。

 

「わからない……でも、ラーサーとそのラウル様がそこまで似ているというなら……そうだわっ、

 テオドール王は確か背中に紋章が刻まれていたはず。

 ラーサー、あなたも知っている筈よ?」

 

「あぁ……確かに父の背中には大きな紋章が刻まれていた」

 

「その紋章は戴冠式の後に宮廷紋章術士によって王の証として刻まれるものなの」

 

「……なら、そのラウル殿の背中にも同じ紋章が刻まれていたとしたら……」

ラーサーは息を呑み、ユウリとジョルジュに視線を向けた。

 

 

しばらくの沈黙の後――。

 

ジョルジュは大きく深呼吸をし、口を開いた。

「……確かに……ラウル様の背中にも紋章が刻まれておりました」

 

ラーサーとセシリアは顔を見合わせた。

 

ユウリは俯き、目を閉じた。

 

「……その紋章は、どんな紋章だった……?」

ラーサーの声は少し震えていた。

 

「魔方陣の中心にドラゴンが描かれておりました」

 

ジョルジュのその言葉を聞き、ラーサーの顔色が変わった。

 

「……父上だ」

両手の指を組み、その上に額を押し付けながらラーサーが呟いた。

 

「それじゃ……ラーサーとユウリは……」

セシリアは驚き、口元に手を当てた。

 

「異母兄妹……と、いう事になります」

ジョルジュは平静を保とうとしながら俯いた――。

 

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