ペット以上、恋人未満 −6−

 

 

「ただいまー。」

 

「おかえりー。」

夜、仕事から帰ると綺羅人が出迎えてくれた。

疲れていたあたしはその可愛い笑顔になんだかちょっと癒された。

 

 

部屋着に着替えた後、エプロンをつけて夕食を作ろうと

キッチンに立つと、やけに綺麗に片付いていた。

 

「・・・。」

 

「どうかしたの?」

キッチンを見つめたまま動かないあたしに

綺羅人は不思議そうな顔をした。

 

「なんかすごい綺麗に片付いてるなぁーと思って。」

 

「そぉ?普通に片付けたつもりだけど?」

綺羅人は至って普通に言っているけれど

実際あたしが片付けるよりは綺麗になっていると思う。

だって、あたしがいくら磨いても落ちなかった

フライパンの焦げ付きも落ちてるし。

お昼ごはんを食べた後の食器もそのままにしてるかと思っていたのに、

ちゃんと洗って仕舞ってある。

もしかして作らずにコンビニにでも行って

お弁当かなんか買ったのかな?と、思ったりもしたけれど

冷蔵庫の中の食材が微妙に減っている事や、

ゴミ箱の中にそんな形跡がないという事はやっぱり作ったんだろう。

しかも、なんだか包丁の切れ味もよくなっている。

 

研いである・・・。

 

 

「凌子さん、携帯鳴ってるよー?」

着信音に気付かないまま夕食を作っていたあたしに

綺羅人が言った。

 

「あ、うん。ありがと。」

綺羅人が持ってきてくれた携帯を受け取り、

着信表示を確認すると、奥田くんからだった。

 

なんとなく、ホッとした。

 

昼間の事もあるし、一瞬、克彦さんかな・・・?と、思ったから。

 

「もしもし。」

 

『もしもし、お疲れ様。奥田です。

 明日の事なんだけど、ちょっと急に朝一で打ち合わせが

 入っちゃってクライアントの所に行ってから、その後出社するから

 一ノ瀬さんのとミーティング午後にずらしてほしいんだけど、いいかな?』

 

「うん、あたしは明日ずっと社内にいる予定だから構わないわよ。」

 

『よかった。じゃ、そういう事で。』

 

「了解。」

 

 

「そういえば俺、まだ凌子さんの携帯教えてもらってないかも。」

電話を切った後、綺羅人が思い出したように言った。

 

「あー、そういえばそうだね。」

 

「急いで連絡取りたい時とかあるかもしれないから、

 後で教えてー。」

 

「うん、わかった。」

あたしはそう返事をした後、そういえば綺羅人は携帯を

持っていないんだろうか?と思った。

あたしの前で携帯で誰かと話していたり、

そもそも携帯自体見た事がない。

 

まぁ、帰る所もないって言ってるくらいだから

持ってなくても・・・て、それならなおさら

持ってないと困らないだろうか?

 

「凌子さん?」

ごちゃごちゃと考えていると綺羅人が

あたしの顔を覗き込んできた。

 

「え?な、何?」

思ったよりも綺羅人の顔が近くにあった。

 

ちょっと焦った。

 

「早くひっくり返さないとヤバいよ?」

綺羅人はハンバーグを焼いているフライパンを指差した。

 

「あっ!」

 

慌ててハンバーグを返すと結構な焦げ目が付いていた。

 

「あー、ごめん・・・。」

 

「あはは、大丈夫、こんなの許容範囲だよ。」

あたしのがっかりした声に綺羅人はニッと笑いながら言った。

 

「でも、よくわかったね。」

実際、キッチンに立って焼いていた訳じゃないのに

ハンバーグが焦げるのがどうしてわかったんだろう?

 

「うん、だいたいの時間でね。」

綺羅人はそう言うと手際よく二人分の食器を並べた。

 

 

「うまそー♪」

ハンバーグも焼き上がり、料理をテーブルの上に並べると

綺羅人はまるで子供みたいな顔で言った。

こういう表情を見るとやっぱりとても25歳だなんて思えないよね。

 

「いただきまーす♪」

その言葉と同時に綺羅人はまだ熱々のハンバーグを

口に入れた。

 

「猫みたいだけど、猫舌じゃないんだ?」

あたしがクスクス笑いながら言うと綺羅人は

「うん。俺、全然猫舌じゃないよ。」

と言った。

でも、その表情は仔猫そのもの。

そして、にんまり笑って

「んー、おいしー♪」

と言った表情もやっぱり猫が餌貰って喜んでるみたいだった。

 

あたしはふと克彦さんと付き合っていた時の事を思い出した。

克彦さんとはこうして一緒に食事をすることはなかった。

だって、いつも帰ってから奥さんと食事をしていたから。

 

こんな風に目の前で「おいしい。」って言ってくれるのは

嬉しいな・・・。

 

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