ペット以上、恋人未満 −13−

 

 

部屋に戻ったあたしはとりあえずソファーに座った。

 

綺羅人・・・もう戻ってこないかも・・・。

 

なんとなくそう思った。

 

例えば、飼っていた猫が実は自分の所に来る前、

他の家で飼われていて、偶然前の飼い主と再会し、

結局、元の飼い主の所に戻った。

・・・なんて話はよくある事。

 

まさか、あの女の子が綺羅人を飼っていたとは思えないけれど

婚約者だったみたいだし。

 

“婚約者”

 

その言葉に胸がチクリとした。

 

もう戻ってこないかも・・・

 

そう思うと、もっと胸がチクリとした。

 

確かに綺羅人は仔猫みたいに可愛いし、

最初は“飼っている”感じだった。

でも、ずっとあたしの支えになってくれていた。

最近は“飼っている”感覚はまるでなくて

あたしの方が綺羅人に守ってもらってる感じで

すごく安心してた・・・。

 

ずっとこんな生活が続けば・・・って思ってた。

 

だから綺羅人が“もう戻って来ないかも・・・”って思うと

涙が出てきた・・・。

 

 

―――髪の毛を優しく撫でられている感覚で目が覚めた。

 

いつの間にか眠ってしまったみたいだ。

 

「あ、起きちゃった。」

 

その声に薄っすら目を開けるとぼんやりと顔が見えた。

 

・・・綺羅人?

 

「ただいま。」

 

そう言われても、ずっと髪を撫でられているから

気持ちよくてまた目を閉じた。

 

「あれ?また寝た。」

 

綺羅人の声・・・

 

「しょうがないなぁー。」とクスクス笑っている。

 

 

そして、次にあたしが目を覚ますと目の前に

綺羅人の顔をあった。

 

「っ!?」

慌ててあたしが起きると「やっと起きた?」と

綺羅人が笑っていた。

 

「綺羅人・・・。」

 

戻って来てくれたんだ・・・。

 

「ただいま。」

 

「・・・おかえり。」

 

よかった・・・。

 

「わー、凌子さんっ。なんで泣くの?」

綺羅人がこの部屋に帰ってきてくれた事が嬉しくて

思わず泣き出したあたしを見て、綺羅人は慌てた。

 

「・・・だって、もう、戻って来ない気が、してたから・・・。」

 

「どうして?」

 

「・・・わかんない・・・。」

 

「俺の帰る所はここだけだよ。」

綺羅人はそう言うとにっこり笑った。

 

 

そして、あたしが泣き止むと「ちゃんと話してきたよ。」と言った。

 

「彼女・・・俺の婚約者だったんだ。

 でも、3ヶ月前に俺の方から婚約破棄した。」

 

綺羅人は大きく息を吸い込んでから話し始めた。

 

「凌子さん、『IL COVO』っていうお店の内装とか

 コーディネートしたの憶えてる?」

 

「それって・・・品川のイタリアレストランだっけ?」

 

「うん、そう。・・・彩穂はそこのオーナーのお嬢さんでね、

 凌子さんとも一度顔を合わせてるんだけど・・・憶えてないよね?」

 

「う、ん・・・。」

 

だから、あたしの事知ってたんだ・・・。

 

「で、実は俺、そこの総括シェフだったんだ。」

 

「えーっ!?」

 

う、うっそぉー?

 

「びっくりした?」

綺羅人はあたしの顔を見てクスッと笑った。

 

どうりで・・・料理上手いはずだわ・・・。

 

それに一緒に買い物に行った時もやけに食材を選ぶの上手かったし、

キッチンを片付けるが上手いのも、いつかのハンバーグが焦げるのが

わかったのも、そして素早く食器を並べたりしてたのも・・・

今になって全部納得がいった。

 

「イタリアで修行して、帰国してから別の店で働いてたんだけど

 彩穂のお父さんに腕を買われて今度新しくオープンさせる

 店を任せたいって言われたんだ。

 条件はただ一つ、彩穂との結婚だった。

 俺はその時、付き合ってる人も好きな人もいなかったし、

 彩穂とも会ってみていい子だなって思った。

 それに何より彩穂が俺の事を気に入ってくれたから

 すぐに婚約ってことになったんだ。

 早く自分の店が持ちたいって思ってたし。

 ・・・でも・・・ある時、出会っちゃったんだ。」

 

「・・・?誰に?」

 

「凌子さんに。」

 

「彩穂さんが?」

 

「うん・・・彩穂もだけど、俺も。」

 

「綺羅人も?・・・でも、あたしあの時はオーナーと彩穂さんしか

 会ってないと思う。そのお店のシェフとはお話してないし・・・」

 

「うん、確かに直接は会ってないよ。

 でも、厨房から凌子さんの事見てた。」

 

「え・・・。」

 

「ちょうど一年前・・・で、その日からずっと凌子さんの事が

 気になりはじめて、段々、彩穂との事も考えられなくなった。

 ・・・それで、耐え切れなくなって彩穂に婚約を解消したいって言った。

 他に好きな人ができたって言って、でも・・・あいつは

 絶対に嫌だって言ったんだ・・・。

 それでオーナーにも店を辞めたいって言ったら、

 別に元々俺の腕が欲しかった訳じゃないからあっさりいいって言われた。」

 

「それって・・・」

 

「要するに、彩穂の為に俺を引き抜いたって。

 オーナー曰く、俺に任せる店は潰れても構わないって思ってたって。

 だから、内装は全部彩穂の思い通りにやらせたし、

 シェフも彩穂が別の店で働いていた俺を見かけて気に入ったからだって。

 全部、娘の為・・・彩穂が結婚しても自分の手元に置いておきたくて

 自分の思い通りになる男なら誰だってよかったんだ・・・。

 それで・・・なんか、自信なくなって店も辞めて

 オーナーに彩穂との婚約も解消するって言ってそれっきり・・・逃げた。」

 

綺羅人が初めの頃、あたしに料理を食べさせようとしなかったのも、

あたしが「おいしいよ。」って言ってもあまり嬉しそうじゃなかったのも

自信がなかったからなんだ・・・。

 

「それで3ヶ月前に自棄酒してる時、偶然凌子さんを見かけて

 酔った勢いで一緒にタクシーに乗っちゃった。」

 

「じゃあ・・・あの時、綺羅人はもうあたしの事知ってて・・・」

 

「うん・・・ごめん。今まで黙ってて。」

 

「そっか・・・。」

 

克彦さんからの手紙が来た時、綺羅人が

“どんなに愛されてても自分がその人の事を愛する事が出来なきゃ、

 お互い傷つけ合うだけだよ・・・。”と言ったことが

ようやくわかった。

 

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