ペット以上、恋人未満 −11−

 

 

―――翌日。

昨日と同じ様に綺羅人が駅の改札まで迎えに来てくれていた。

そして、昨日と同じ様に夕食も作ってくれていた。

 

 

夕食を済ませた後、ポストから取り出しておいた郵便物に

目を通していると、ダイレクトメールに混じって

宛名が手書きの封筒があった。

 

その薄い水色の封筒の文字には見覚えがある。

 

克彦さんの字だ。

 

封筒を手に取り、裏側を見ると

差出人の名前は書かれていなかった。

 

あたしは恐る恐る封筒を開け、手紙を開いた。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

凌子へ

 

この手紙が恐らく最後の手紙になるだろう。

そして、この手紙を君が読んでいる頃には俺はこの世から

いなくなっていると思う。

 

君を騙して急に呼び出した事、すまないと思っている。

でも、来てくれて本当にありがとう。

最後に君に会えて嬉しかった。

このまま君の温もりと香水の香りが残っているうちに逝くよ。

今までありがとう。

 

もっと早く、凌子に出会いたかった。

 

幸せに。

 

                         克彦

 

P.S

この手紙は読んだら捨ててくれ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

決して長くはない手紙・・・

その中には昨日、奥田くんから聞いたような事は書かれていなかった。

 

奥さんも浮気していたとか、生まれてきた子供が

自分の子ではなかったとか、不妊の原因とか・・・

 

ただ、“ありがとう。”と・・・

“もっと早く、凌子に出会いたかった。”・・・

その言葉がすごく、すごく・・・あたしの心の中に入り込んできた。

 

あの時、克彦さんがあたしを抱きしめたまま動かなかったのは

死ぬ事をすでに決意していたから・・・?

 

克彦さんは最期にあたしを呼んだ・・・。

 

奥さんではなく、あたしを呼んだ―――。

 

 

「凌子さん・・・?」

綺羅人が少し遠慮がちにあたしに手を伸ばした。

 

どうして、もっとちゃんと克彦さんの話を聞かなかったんだろう?

 

「綺羅人・・・どうしよう・・・あたし・・・」

 

「凌子さんっ?」

 

 

あたしは綺羅人に全てを話した―――。

 

泣きながら、自分でも何言ってるのか途中でわかんなくなっても

綺羅人はずっと黙ったまま、あたしの話を聞いてくれていた。

 

「あたし・・・克彦さんの様子がおかしいって気付いたのに、

 ・・・克彦さんを止められなかった・・・。

 あたしが、あの時あのまま克彦さんの所にいたら・・・」

 

「凌子さんは、その人の所に戻りたかったの?」

 

「それは・・・」

 

「もし・・・その人が凌子さんにやり直そうって言ってたら

 凌子さんはどうしてた・・・?

 ・・・その人の所に戻ってた?」

 

あの時、もし克彦さんがあたしとやり直そうって言ってたら?

 

あたしは・・・どうしてたんだろうか・・・?

 

・・・戻ってたのかな?

 

「・・・。」

 

「・・・。」

綺羅人は黙ったままあたしの答えを待っていた。

 

 

「・・・。」

それでも答えが出てこない。

 

「じゃ、質問変える。凌子さんはその人の事・・・愛してたの?」

しばらくの沈黙の後、綺羅人は真っ直ぐにあたしの目を見つめた。

 

「・・・ううん。」

 

「・・・。」

首を横に振って答えたあたしに綺羅人は少し驚いていた。

 

「克彦さんと初めて会ったのは2年前、仕事の関係でね。

 その頃、あたしは結婚まで考えてた恋人と別れたばっかりで、

 ・・・克彦さんもちょうど子供が出来ない事で奥さんと

 ちょっとギクシャクしてて・・・、

 段々親しくなって一緒によく飲みに行くうちに 

 克彦さんとそういう関係になったの・・・。

 ・・・だから、お互い傷を舐め合ってただけなんだって

 あたしはずっとそう思ってて、好きだったけど愛せなかった・・・。」

 

「それなら・・・もし、凌子さんとやり直す事になったとしても、

 愛していないなら・・・うまくいかなかったと思う。

 どんなに愛されてても自分がその人の事を愛する事が出来なきゃ、

 お互い傷つけ合うだけだよ・・・。

 それがわかってるから、何も言わなかったんだと思う。

 だから、凌子さんがあのままその人のところにいたとしても

 結果は同じだったと思うよ・・・?」

 

綺羅人の言葉は妙に説得力があった。

 

「最後に凌子さんが来てくれて嬉しかったんだと思う。

 それに、凌子さんには本当に幸せになって欲しいから

 手紙の封筒に差出人の名前も書かなかったし、

 読んだ後に捨ててくれって書いたんだよ。

 変に波風が立たない様に。」

 

 

綺羅人はあたしが泣き止むと軽く息を吐き出した。

「一昨日、凌子さんが急に打ち合わせが入ったって言って、

 帰って来た時に、いつもの香水とは別の香水の香りが

 少しだけしたから、もしかして誰かと二人きりで会ってたのかな?

 て、思ってた・・・。」

 

え・・・?

 

「俺、もう凌子さんと一緒にいるの無理なのかな?・・・て、

 そんな事ばっかり考えてた。」

 

「綺羅人・・・?」

 

「まだ、ここにいてもいい・・・?」

 

「・・・当たり前でしょ?」

 

あたしが克彦さんと会って帰って来てから綺羅人はずっと

不安に思ってたんだ・・・。

 

それなのに、あたしに気を使ってくれていた・・・。

 

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