ペット以上、恋人未満 −10−

 

 

「・・・え・・・?」

 

今、・・・なんて・・・?

 

『昨夜、大手町のグラヴィーアホテルで

 薬を大量に飲んで倒れてたところをホテルの

 従業員が発見したって・・・』

 

嘘・・・

昨夜って・・・あの後・・・?

 

あたしが帰った後に・・・?

 

『それで・・・すぐに病院に運ばれたらしいんだけど

 今朝、亡くなったって、さっき、マセキ家具の方から知らせがあった。

 それで、今からこの後一緒にクライアントの所行く予定だったのを

 明日にずらして欲しいって言われたからとりあえず会社の方に来て。

 それと部長が俺と一ノ瀬さんで今夜、三浦さんの通夜に行ってくれって。』

 

「・・・わ、わかった・・・。」

 

やっぱり・・・昨日、様子がおかしかったのは・・・

 

 

―――電話が切れた後も、あたしはしばらくその場から動けないでいた。

 

「凌子さん?」

すると、綺羅人があたしの様子に心配そうな顔をした。

 

「凌子さん、どうしたの?顔色悪いよ?」

 

克彦さんが死んだ・・・。

 

あたしがあの時、もっとちゃんと克彦さんに聞いていれば・・・

 

「大丈夫?」

 

あたしがもっと・・・

 

「凌子さんっ?」

綺羅人は慌ててティッシュの箱から何枚もティッシュを出し、

あたしの頬を流れる涙を拭った。

 

あたし、泣いてるの・・・?

 

 

―――その夜。

奥田くんと一緒に克彦さんの通夜に行った。

場所は克彦さんの実家の近くの葬儀場。

 

喪主の席には克彦さんのお父さんと思われる男性が座っていた。

 

奥さんが喪主じゃないんだ?

 

しかも、奥さんの姿もない。

 

・・・?

ショックのあまり、体調でも崩されたのかしら?

 

「三浦さん、3日前に離婚したらしい。」

周りに聞こえないようにそう囁いたのは奥田くんだった。

 

「えっ。」

 

離婚て・・・

 

「三浦さんのところ二週間前、お子さんが生まれたでしょ?」

 

「う、うん。」

克彦さんとはよく一緒に仕事をしていた事もあって

個人的にも親しくなっていたから先日、奥田くんと出産祝いを贈った。

長男が生まれたって言ってすごく喜んでいた。

だから克彦さんがなぜ自殺したのかもまるで見当がつかなかった。

 

「その子、三浦さんの子じゃなかったらしい。」

 

っ!?

 

「・・・どういう、事?」

 

「赤ちゃんが生まれて血液検査した時に、

 三浦さんの血液型と奥さんの血液型からは

 生まれないはずの血液型だったらしいんだ。」

 

それって・・・

 

「奥さん、浮気してたらしいよ。」

 

ダブル不倫?

 

「長い間、子供が出来なくて悩んでたって言ってたけど

 問題は奥さんじゃなくて三浦さんにあったらしい・・・て、

 今、そこで近所の奥様連中が話してるのが聞こえた。」

 

「そ、そう・・・なんだ。」

 

奥さんがこの場にいないのも、喪主がお父さんなのも納得できた。

 

「裏切られてたのがショックで三浦さん、自殺したのかなぁ・・・?

 だとしたら、俺はその奥さんの事、許せないな。」

静かな口調だけど奥田くんの言葉には怒りが込められていた。

 

あたしは何も言えなかった・・・。

 

いくら奥さんも不倫してたとは言え、克彦さんと一緒に

奥さんを裏切っていた事は事実だから。

 

 

克彦さんのお通夜が終わって奥田くんと別れた後、駅の改札を出ると

「凌子さん。」と、呼ばれた。

 

「・・・綺羅人っ!?」

キャップを深く被っていたから一瞬、誰だかわからなかったけど

“首輪”で綺羅人だとわかった。

 

「どうしたの?」

 

「迎えに来た。」

 

コンビニにでも行ったついでかな?

 

「なんか・・・今朝、様子がおかしかったから・・・、気になって。」

 

「わ、わざわざ・・・?」

 

「ん、まぁ。」

綺羅人はそう言うと「帰ろ。」とあたしの通勤鞄を持ってくれた。

 

 

部屋に帰ってみると綺羅人は夕食まで作ってくれていた。

でも、食欲なんてあるはずもない。

 

「食べられるトコまででいいから、食べて?」

綺羅人には仕事で付き合いのある人が亡くなったとしか言っていない。

それなのに、今朝のあたしの様子が余程気になるのか

すごく気を使ってくれている。

 

「綺羅人、ありがと・・・。」

 

「・・・うん。」

綺羅人は小さく笑った。

 

 

そしてその夜、あたしはベッドには入ったものの、

結局、眠れずにいた。

すると、綺羅人があたしに腕を伸ばし、

ぎゅっと抱きしめてくれた。

 

「テンピュールより気持ちいいでしょ?」

綺羅人は少し冗談ぽく言って頭を撫でてくれた。

 

そうして、朝までずっと―――、

あたしを抱きしめていてくれた。

 

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