言葉のかわりに−番外編・花火大会3−

 

 

――その日の夕方。

和磨は夜九時までバイトが入っていた。

 

そして、そろそろ九時……と言う時に店長が来た。

 

「篠原くーん、お疲れ!」

そう言って何やら怪しい笑顔を和磨に向ける。

 

(う……、この笑顔……やな予感するなー……一体何を言い出すやら)

「……お疲れ様です」

 

「ちょっと相談なんだけどー……」

 

(ほらきたっ)

和磨は思わず身構える。

 

「篠原くんさ、十八日って夕方から空いてない?」

 

(十八日だぁ〜っ? 花火大会の日じゃねぇかよっ)

「空いてません」

 

「七時からでいいんだけど」

 

(ちょうど花火大会が始まる時間だよ!)

「予定があります」

 

「そこをなんとか……」

 

「無理です」

 

「どうしても?」

 

「どうしてもです」

 

「この日だけ時給百円増し!」

 

ぴくっ。

 

(金で釣る気かよ)

「……無理です」

 

「えー、じゃ……篠原くんは諦めるか」

和磨にきっぱり断られ、店長はやっと諦めた。

 

「気が変わったら言ってね?」

だが、最後にそれだけ言い残して、じゃーねっ……と、店長は去って行った。

 

(気なんか変わらねぇよ!)

 

 

しかし――、

バイトが終わり、自分の部屋に戻ってから曲を作っていると珍しく唯から電話が掛かってきた。

 

「もしもし」

 

『……あ、もしもし……』

電話の向こうの声はなんとなく元気がなかった。

 

「唯?」

 

『……うん』

 

「なんかあったのか?」

和磨はやけに沈んだ声の唯に心配そうに言った。

 

『えっと……、あのね……』

 

「うん?」

 

『……花火大会……行けなくなっちゃった……』

 

(え……マジかよ……)

和磨は唯の沈んだ声を聞いた時からなんとなく予想していた。

何か悪い知らせがあるのだと。

 

『……ごめんね』

 

「なんでだ?」

 

『……レッスンが入ったの……』

 

「……そっか」

 

『ごめんね……』

 

「いいって、レッスンなら仕方ない」

ホントは全然よくない。

それでも和磨はなるべく感情を殺して言う。

 

『……』

 

「……」

 

『……』

 

「……」

 

やたらと重苦しい沈黙が訪れる。

だが、今の和磨にはこの沈黙をどうにか出来るだけの余裕もなかった。

 

『……本当にごめんね……』

「じゃ、またな」

唯がごめんねの後に何かを言い掛けていた。

和磨はそれを遮り、そのまま電話を切った。

 

せっかく唯から電話が掛かってきたのに、切ってしまった。

 

しかも、超気まずいままで……。

 

本当はここで何かの話題にすりかえて笑って電話を切ればよかったんだろう。

わかってはいるが、電話を切ってしまった。

 

“レッスンだから仕方がない”

 

それは百も承知だ。

だけれど、結局不貞腐れてさっさと電話を切ってしまった。

このまま話していると、きっともっと悪態をついてしまう気がしたから。

 

(唯……泣きそうな声だった。本当は唯だって……)

和磨は携帯を見つめ、後悔した――。

 

 

そして、唯は――、

和磨から電話を切られ、携帯を握り締めたままでいた。

 

(篠原くん……きっと怒っただろうな……どうしよう……)

 

“もう口も利いてくれないかも……”

 

そんな考えが頭の中を駆け巡る。

 

 

そうして、しばらくして香奈から電話が掛かってきた。

握り締めたままだった携帯を慌てて開く。

「も、もしもし」

 

『あ、もしもし、唯?』

 

「うん……」

 

『十八日の花火大会の事なんだけど、唯と篠原くんも行くんでしょ?』

 

「……あ、あのね、香奈……その事なんだけど……」

 

『ん? どうかしたの?』

 

「それが……、行けなくなっちゃったの……」

 

『えー! なんでぇ?』

 

「レッスンが入っちゃった……」

 

『そう……、篠原くんにはもう言ったの?』

 

「うん……なんか、すごく怒ってるみたいだった……」

 

『そっか……』

 

「ど、どうしよう……香奈……」

唯はとうとう泣き出してしまった。

 

『ちょっ、唯泣かないで……』

 

「……だって、もう篠原くん、口、利いてくれない、かも……」

 

『そんな事ないよ、大丈夫だから』

 

「どうしよう……」

 

『きっと篠原くんもわかってくれてるって』

 

「……でも、多分……きっと、怒ってるもん」

 

『そりゃ、篠原くんも楽しみにしてたみたいだから残念だとは思うけど……』

 

「やっぱり、もう、口利いてくれないよぉ……」

唯はすっかり弱気だ。

 

『じゃあ、もしこれが逆で篠原くんがバンドの練習とか入ったりしたら、唯は怒る? 篠原くんの事許せない?』

 

「そんな事、ないよ……」

 

『どうして?』

 

「だって、篠原くんは、バンドを本気で、やってるから」

 

『じゃあ、篠原くんだって同じだよ』

 

「そう、かな……?」

 

『そうだよ、怒ってたとしても口利いてくれないなんて事はないよ』

 

「そう、だといいけど……」

 

『それに花火大会は十八日だけじゃないんだし、他にもあるよ?』

 

「……でも、会える日がないかも……」

 

『うーん……』

 

「それにまた約束して、レッスンが入っちゃったら……」

 

『あ、あの……唯』

 

「ど、どうしよう……」

これでは話が堂々巡りだ。

 

結局、この後も香奈は一時間以上に渡って唯を慰め続けるハメになった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

次の日――、

唯は花火大会の情報をインターネットで検索してみた。

確かに香奈の言ったとおり、十八日以外の日もいろんな所であるみたいだ。

 

唯はスケジュール帳を開き、自分の予定と見比べた。

八月二十五日の土曜日。

この日なら唯の予定もなく行けそうだ。

しかし、和磨の予定が空いているとは限らない。

 

それに空いていたとしても、またレッスンが入ったら……それ以前に怒っていて口を利いてくれないかもしれない。

 

そう思うと開いていた携帯をまた閉じてしまった。

昨夜、香奈に慰めて貰ったばかりだが、やっぱり和磨に電話出来ないのだった――。

 

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