言葉のかわりに−第一章・8−
「んで? 話ってなんだ?」
そう岡本に問い掛けた和磨だが、実はおおよその察しはついていた。
「神崎さんの事だけど……」
(やっぱそれかよ)
思ったとおりだ。
「神崎さんがどうかした?」
「付き合ってんの?」
「はぁ?」
「だから……神崎さんと篠原、付き合ってんの?」
岡本は少しイラついた声で和磨を睨みつけてきた。
「なんで、そんな事訊くんだ?」
しかし、まるで怯む事無く、余裕をかまして訊き返した和磨。
「こっちが先に質問してんだけど?」
「……そんな事お前に関係ないと思うけど?」
“付き合っていない”とはすぐには答えたくなかった。
「……」
「俺と神崎さんが付き合ってるかどうかなんて、お前には関係ないだろ?」
「ある」
「何故?」
(まぁ、ない訳ないよな)
「……」
和磨の鋭い質問に黙り込んでしまった岡本。
「話は終わりなら戻らせてもらうぞ」
そんな岡本に和磨は背を向けた。
すると、岡本は和磨を引き止めるかの様に話し始めた。
「……一昨日……神崎さんに、告白したんだ」
「……」
和磨はゆっくり振り返った。
少し驚いたフリをして。
「だけど昨日の昼休憩、僕とは『付き合えない』って言われた」
(え……)
「ふーん、で? その事と俺がどう関係しているんだ?」
和磨は心の中でものすごくホッとしていた。
それを悟られないように訊き返す。
「昨日、お前と神崎さんが一緒の傘で帰ってるところを見たんだ」
「それで?」
「それで……もしかして、お前と付き合ってるのかと思って……」
「なるほど」
(まぁ、態とそう思わせるようにしたんだけどな)
このまま誤解させておくのもいいと思った。
けれど、中途半端に否定をせずにいてしまっては唯に迷惑が掛かるかもしれない。
「付き合ってねぇよ」
和磨は唯の為に否定した。
「え?」
「昨日はたまたま」
しかし、これ以上説明するのは面倒くさい。
「そう、か……」
岡本はなんだか微妙な顔をしていた。
いっその事、“和磨と付き合っているから断られた”……そう確信出来た方が良かったのかもしれない。
「んじゃ、俺戻るわ」
そう言って岡本に背を向けて歩き出す。
「悪かったな……勝手に勘違いして呼び出したりして」
最初の睨みつけてきた勢いとは裏腹に岡本はばつが悪そうに和磨の背中に向かって言った。
和磨は背を向けたまま「気にしてねぇから」とだけ答えた。
◆ ◆ ◆
――その週末の夜。
土曜日のこの日、和磨は店長から呼び出され、急遽夕方からバイトに入っていた。
高校に入ってから、バンドの活動資金とお小遣い稼ぎを兼ねてやっている家から自転車で十分の距離にあるコンビニで、
いつもは夜九時までだが、今日は夜十時であがる事になっている。
午後十時三分前――、
和磨と交代で入る大学生の繁之が来た。
同じ様にバンドのヴォーカルをやっていて、よくいろいろ教えてもらっているアニキ的な存在だ。
「よぅ、和磨」
「ちぃーす」
「珍しいな、お前が土曜日の夜にいるなんて」
「店長に呼び出された……」
「ははは、なるほどな」
「そういう繁兄も」
「まぁ、実は俺も同じだ」
「あはは」
そんな会話をしていると、交代する時間・午後十時になった。
「お、時間だ。和磨、お疲れ」
「お疲れっす」
そう言って、繁之と軽くタッチして和磨は控室へ行った。
上に着ていただけの制服を脱ぎ、ロッカーに納める。
そして控室から出ると、ちょうど自動ドアが開いてお客が入って来た。
濃紺のスーツを着た長身の男性と淡いブルーのワンピースを着た小柄な女性の二人。
どうやら雰囲気的にカップルのようだ。
その二人は入ってすぐに奥のドリンクの方へ向かった。
「唯、カゴ持って来て」
「うん」
そんな会話が聞こえ、和磨は思わず足を止めてカップルの方に視線を移した。
(“唯”って? 神崎さん……? いや、まさかな……)
そう思いながら、和磨の目の前に積み上げられたカゴを取りに来た女性の顔を見る。
(え……)
「か、神崎さんっ!?」
それは、またしても唯だった。
「篠原くん!?」
(こんな事って……)
「篠原くんもお買い物?」
「いや、俺ここでバイトしてるんだ」
「そうなんだ。もう終わったの?」
「うん、神崎さんは?」
「私はコンサート聴き行った帰り」
「コンサート?」
「うん、新東京フィルハーモニー交響楽団」
「へぇー、それでそんな格好なんだ?」
唯は膝上丈のシンプルだが可愛らしいワンピースを着ていた。
それがとてもよく似合っていて和磨は思わず顔を赤らめる。
「うん、一応ちょっとフォーマルに」
そう言って唯は可愛らしい笑顔を浮かべた。
服に合わせてメイクもしている所為か、いつもと少し雰囲気が違う。
「唯? どうした?」
なかなかカゴを持って来ないのを不審に思ったのか、唯と一緒にいた男性の声が聞こえた。
(そういえば、あの男誰だ?)
「あ、なんでもない」
唯はその声に慌てて答えると、「じゃあね」と言って男性の方へ駆け寄って行った。
男性は自分より五歳くらい年上だろうか。
スーツも綺麗に着こなしていて着馴れているようだ。
(“大人の男”ってやつか……)
和磨は自分よりも少し背の高い男性に目をやった後、小さく溜め息を吐いた。
楽しそうに仲良く買い物をする二人の姿は付き合いが長いカップルのように見えた――。
帰り道を自転車で走りながら、和磨は先程の男性と唯の姿を思い出していた。
(あの男といた時の神崎さんの顔……、俺と話している時とは全然違ってたな……)
この人を信頼している。
安心して横にいられる。
そんな感じすらした。
(彼氏なのかな……?)
考えてみれば彼女について和磨はほとんど何も知らない。
知っているのは、クラスと名前、携帯とメアド。
三才からピアノを習っていて、絶対音感を持っている事。
それだけ。
それだけしか知らない……。
男友達がどれくらいいるとか、彼氏がいるかも知らない。
というより、彼氏がいたっておかしくない。
ただ、自分が知らないだけで――、そんな考えが和磨の胸を締め付ける。
だいたい、あれだけ男子に人気のある唯に彼氏がいないというのもおかしい。
(岡本の告白を断ったのは、さっきの男がいるからか?)
断った理由だって本人からちゃんと聞いた訳ではない。
岡本に「彼氏がいるから……」と言ったのであれば辻褄があう。
岡本が和磨を彼氏だと勘違いした。
けど実は彼氏は他にいた。
(これって……失恋確定……?)
和磨は自分の中のモヤモヤを振り切るかのように自転車のスピードをあげた――。
◆ ◆ ◆
――翌日、日曜日。
昼からあったバンドの練習とミーティングが終わり、准と智也が用事で先に帰った後、
和磨は拓未とファーストフードに入った。
「お?」
すると、拓未が誰かを見つけたらしく、その方向へ足を進めた。
「唯ちゃん♪」
(え……?)
和磨も思わず拓未の視線の先に目をやる。
すると唯がいた。
だが、唯の目の前には昨日の男も一緒にいた。
なんだか面白くない。
唯はその男に拓未を紹介し、拓未にその男を紹介してお互い軽く挨拶を交わすと、
何故か拓未は唯とその男と一緒のテーブルに座って話し始めた。
「和磨、こっち!」
しかもそれを遠巻きに見ていた和磨にこっちへ来いと促している。
唯は和磨に気が付くと小さく笑って手を振った。
和磨はそれに応えるように軽く手をあげ、無言で近づいた。
(拓未のヤツ、一体どういうつもりだ? こいつは俺の気持ちを知っているんじゃないのか?
なぜ他の男と彼女がいるところにわざわざ俺を呼ぶ? 普通、気づかないふりでもして離れたところに座るだろ?)
和磨はやや眉間に皺を寄せつつ、唯の隣の空いている席に腰掛けた。