言葉のかわりに−第三章・17−

 

 

「和磨、お前唯ちゃんとなんかあったのか?」

拓未は和磨と唯の様子がおかしい事に気が付いたのか、怪訝な顔で訊いてきた。

拓未と香奈はあの日、和磨が唯の家に行った事は知らない。

もちろん、ケンカをして和磨が帰り際にあんな事を言った事も。

 

「……」

和磨は何も答えられず黙っていた。

 

「和磨?」

 

「……いや……別に、なんでもない……」

とりあえずそう答えるが、拓未と香奈は顔を見合わせて『そんな訳ないだろ?』と言った顔をしている。

 

「んじゃ」

和磨はこれ以上の追求を逃れようと二人に背を向け、教室を出た。

 

 

(唯と話がしたい――)

和磨は久しぶりにあの展望台へ向かっていた。

 

唯と一緒に帰らなくなってからはずっと行っていなかった。

あそこは二人でよく行っていた場所だったから、一人では行く気がしなかったからだ。

 

だが、今日はなんとなく半ば無意識に足が向かっていた。

どうしてだかは自分でもわからない。

けれど、あそこへ行って一人で気持ちの整理をしてから唯に電話をしようと考えていた。

 

(ちゃんと謝らないと……)

あの日何があったか気にならなくなったと言えば嘘になるけれど、それよりも先に仲直りがしたかった。

 

(あの日の事は……唯が話す気になるまで待てばいいんだ――)

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

学校を出てからも唯と孝太は手を繋いだまま歩いていた。

いつもなら嫌がる唯も今日は素直にそのままにしている。

普段はスタスタと歩く孝太も今は唯の歩く速度に合わせてくれていた。

 

「ここ渡った先に公園があるんだ」

そして和磨と出会ったあの横断歩道まで来ると孝太はそう言ってちょうど青信号になった横断歩道を渡り始めた。

 

その公園は唯もよく知っている。

 

和磨が告白をしてくれた場所……。

 

和磨と初めてキスをした場所……。

 

唯にとってはものすごく特別で忘れられない場所だ――。

 

 

「この先の階段登ったトコ」

孝太は公園の人通りのない場所に来ると、階段の上を指差してニッと笑った。

 

そこは、唯と和磨がよく二人で行っていた展望台。

たくさんの思い出がある場所だ。

 

階段を登り、展望台に来た唯と孝太は二人で並んで街を眺めた。

そんな思い出の場所に和磨が来ているとも知らずに……。

 

「ここだよ。お前と一緒に来たかった所って」

孝太はそう言って、唯に視線を向けると

「よく舞と二人で来てたんだ……」

寂しそうな顔をした。

 

(え……舞と二人で? そっか……舞もこの場所にコウちゃんと来てたんだ……)

 

ここは唯にとって和磨と二人だけの秘密の場所だった。

和磨と二人で香奈にも拓未にも内緒にしておこうと言った。

だけど、そもそも公園の中にある公共の場所なのだから舞と孝太が知っていてもおかしくはない。

 

 

和磨が展望台に続く階段を登っていくと、高校生のカップルがいるのが見えた。

和磨と同じ制服を着ている。

(ここに人がいるなんて珍しいな)

そう思った次の瞬間――、

 

「っ!?」

和磨は展望台にいる二人の顔を見て驚いた。

咄嗟に陰に隠れる。

それは唯と孝太だったのだ。

 

(どうしてアイツと……? ここは唯と二人だけの秘密の場所だったのに……)

拓未にも香奈にも教えていないこの場所に唯と孝太がいるという事は彼女が彼をここに連れて来たのだろうか?

 

だとしたら……、

 

和磨はいろいろ頭の中で考えた。

 

(あの時、“好きにしろ”って言ったから……?)

 

 

そして陰から二人の様子を見ていると――、

 

「あの……さ、唯」

孝太はゆっくりと口を開いた。

 

「うん?」

 

「ちょっと……俺の我侭、聞いてくれるか?」

 

「……何?」

唯はいつもと少し違う孝太の様子に首を捻った。

すると、孝太はゆっくりと唯を抱き寄せ「……ごめん」

と言った。

 

「コ、コウちゃん……!?」

突然の事で唯は驚いた。

 

「ごめん……しばらくこのままでいさせてくれないか……?」

孝太は少し掠れた声で唯の耳元に囁いた。

 

「……」

孝太がこんな事を言うのは初めてだ。

唯はコクッと小さく頷づいた。

 

孝太は唯が頷くと抱きしめている腕の力を少しだけ強くした。

 

「……ごめん……ごめん、舞」

唯は孝太が自分の事を“舞”と呼んだのか、それとももういないはずの舞に向かって言ったのかは

わからなかったが怒る気にはなれなかった。

 

唯はそのまま目を閉じて孝太の腕が離れるのを待った。

 

(え……)

二人の会話が聞こえていない和磨は目の前の光景に目を疑った。

 

(マジかよ……)

抱き合う二人。

唯は嫌がっている様子もない。

 

(どういう事だ? 唯はやっぱりまだアイツの事が好きだったのか? だからアイツと……?

 そんな簡単に終わらせてアイツの所に行けるくらい、俺の事はどうでもよかったのか?

 唯の中では俺とはもう終わったって事になってるのか――)

和磨はその場から逃げるように踵を返した。

 

 

一体どれくらいの間、孝太に抱きしめられていたのかわからない。

ずいぶん長い間抱きしめられていたような気もする。

孝太は唯を抱きしめていた腕の力を緩めると、

「……ありがとう、唯」

そう言って体を離した。

 

唯は何も訊かないでいた。

きっと孝太は今の間にいろいろ考えていたんだろう。

舞の事……ここで舞と話した事……。

それを思い出していたのかもしれない。

 

「この場所で舞の事、吹っ切りたかったんだ」

 

「え……?」

 

「文化祭の時にさ、お前に“前を向いてないだけだ”って言われてから、自分でもやっと気づいたんだ」

 

「……」

 

「それで……ずっと考えてた。考えて辿り着いた答えは舞の事、忘れるんじゃなくて吹っ切ろうと思って……」

 

「……」

唯は孝太の顔をじっと見つめていた。

 

「……だから、お前がパリに行く前にちょっと力を借りようと思ってさ……」

 

「私の?」

 

「あぁ、俺一人じゃやっぱ吹っ切るのは無理だし……」

舞と同じ姿をした唯を目の前にして、気持ちの整理をつけたかったのだろう。

さっきまで唯を抱きしめながら考えていたのは、そういう事だったのだ。

 

「……さすがに、すぐにはまだ前を向けないけど……でも、前より気持ちがすっきりしたし、前を向ける気がする」

孝太はそう言ってさっき見せたような寂しそうな顔ではなく、すっきりとした柔らかい笑みを唯に向けた。

 

「そっか」

唯はその表情を見ると孝太に優しく笑みを返した――。

 

それからしばらくまた二人で街を眺めながら話をした。

 

「それより……お前、彼氏とはどうするんだ?」

 

「え……?」

 

「アイツだろ? お前のすぐ後ろの席に座ってたヤツ」

孝太は唯と和磨が付き合っていた事を知っていたのだ。

 

「……知ってたの?」

 

「てか、知らないとでも思ってたのか? あんだけ有名だったのに」

 

「え、そ、そうなの?」

 

「あぁ、超有名」

学校内では元々有名な二人だったし、あの体育祭以来、さらに有名になっていたからだ。

 

「ホントは今日、帰りにお前を誘おうかどうか迷ったんだけどな……彼氏とゆっくりしたかっただろうし」

 

「……いいよ。そんな事気にしなくて」

唯はそう言うと少し俯いた。

 

「けど……あの時の事で多分、アイツは俺とお前の事、誤解してるかもしれないし……てゆーか、してるだろ?」

 

「……うん、多分」

 

「あの事は、もうアイツに話したのか?」

 

「……ううん」

 

「なんでだよ? アイツは何も訊いて来なかったのか?」

 

「……訊かれたよ、でも……話さなかったの」

 

「どうして?」

 

「だって……」

 

「だいたい……アイツの所為で……」

「違うよ!」

唯は孝太の言葉を遮った。

 

「かず……篠原くんの所為じゃないよ」

 

「でも、アイツがちゃんと有坂にハッキリ言わなかったからだし、町田の言ってた通り、

 ファンだがなんだか知らねぇけど、そっちばっかりに気を取られていたのは事実だろう?」

 

「……ファンは大事だから」

 

「だとしてもっ……」

 

「もういいんだってば!」

唯はそう言うと、「篠原くんとはもう終わったから……」と続けた――。

 

HOME
INDEX
BACK
NEXT